第80話 死力を尽くして
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「グヒハハハハハアアッッヒャヒァァァァャッッッ!!」
「ぐウゥゥゥゥっ!!」
猛速の肉薄を以て、瞬く間に僕の死槍の間合いに入れたアロンズは、先の激戦の疲れを一切見せることなく、凄まじい槍速で僕の命を執拗に付け狙う。
強撃に、猛撃に、連撃が重なる。僕はほぼ限界まで蓄積されている疲労の せいで、迫り来る槍撃の乱舞を捌き切ることができず、見る見るうちに着用している大事なコートの肩や腕部、太腿、ワイシャツ越しの腰部に至るまで、計十四の裂傷を負ってしまっていた。
「〜〜〜〜〜ッ! はあッッッ!!」
白かったワイシャツが、切傷から吹き出した鮮血で真っ赤に彩られる。
祖父からもらった大切なコートも、幾十も切り裂かれていく。
槍撃での裂傷や打撲痕を全身に負い続けている現状に冷や汗が止まらなくなった僕は、これ以上の手傷は負えないとばかりに渾身の『薙ぎ払い』を行使。
攻撃を繰り出し続けていたアロンズは、魂の髄まで憎悪に飲み込まれてしまっているんじゃないかと思ってしまうほど、常軌を逸した『狂殺気』を全身から立ち昇らせており、にも関わらず、至極冷静に僕の薙ぎ払いを、後ろへと飛んで回避した。
「グヒハァァァアッッ!!」
余裕綽々と言わんばかり。僕の攻撃を回避したアロンズは、極限状態のせいで湧き上がってくる、脂汗を全身に掻いてしまっているような、なんとも言えない不快感を感じている僕を煽る笑い声を上げ、回避中に石突きで抉った土塊を僕に向けた散弾させる。それらを鬱陶しげに、それでいて不愉快そうに顔を歪めながら、僕は纏っていた風の幕を膨張させ、全て弾き返した。
「はあ、はあ——チッ、クソッタレが……っ!」
一時的ではあるものの、アロンズの槍撃嵐は僕の命に『王手』を掛けていた。
薙ぎ払いにより攻撃は中断されたものの、肝を冷やした。
僕は一瞬で呼吸を整える。こんな極限の疲労状態でアロンズとの正面戦闘は武が悪いと断じて、奴から距離を取るために、曲芸師顔負けのバック転で、約二〇メートルほど距離を取った。
際限なく発散している狂気の影響か、アロンズはその眼球を血で編まれた蜘蛛の巣のような、真っ赤な網目状にしている。よほど僕への『敗北』が効けたらしい。そんなアロンズは命懸けの『僕の単独公演』を見て、面白おかしそうなニヤニヤとした気色の悪い笑みを浮かべていた。
腹の底から生理的嫌悪を多大に与えてくる笑みだ。
僕は目元の汗を袖で拭いながら、舐めてんじゃねえ、ぞクソ野郎。と釘を刺す視線を送る。
肉体を直接突き刺すような、鋭すぎる僕の視線。
それを涼しげに受け止めた、たった数分でリベンジをしに来た男は、ダメージがまだ残っているだろうに、邪悪な笑みを顔一面に広げる、
そして再び、自身が使える唯一の魔法を存分に行使した。
それはまるで、暴風で吹き飛ばされた自分が『戦場に戻ってきた方法』の答え合わせをするかのようで。奴の人外染みた『技』を見て、僕は目を見開いた。
「【飛剣・金剛】」
奴が披露した魔法は、僕が見切った魔法だった。しかし明確な違う点は、奴が魔法使用時に必ず言い放っていた『烈進』という言葉が無かったこと。その小さな小さな点に違和感を覚えた僕は、僕に魔法を教えてくれていた唯一の師匠であるトウキ君の『ある言葉』を思い出した。
『自分の使う魔法には『名前』を付けておいた方がいいぜ。
いざという時に『パッ』と出せるようになるからな。
あ? なんで魔法に名前が必要なのかって?
そりゃあ、魔法を発動するための『イメージ』を体に叩き込むってのが理由らしいぞ。
これが有るのと無いのとじゃ、雲泥の差が出る。
って、鬼国にいた『自称仙人』の爺さんが言ってたぜ?
ま、詳しくは魔法使いじゃねえしよくわからんが、あって損はねえってことだ」
曰く、魔法に名を付けるのは、反射で即座に魔法を発動するための『詠唱』というのが理由なのだそうだ。分かりやすく例えると、自分が使える魔法が入った複数の引き出しに、ここにはアレが、こっちにはコレが入っているぞという『メモ』を付けている感じなのだと思われる。
『慣れちまえば大して重要じゃねえと思うぞ』
そう、トウキ君は言っていたけれど、毎度毎度、律儀に呪文の全文を唱えていたアロンズが、最後の言葉を切った理由は絶対に何かがあるはずだ。気を抜くな。集中しろ。絶対に死ぬなよ。
「————は?」
再び、極限集中・ゾーンに心身を捩じ込んでみせた僕が見たものは、アロンズの魔力粒が纏われた矛先が、振るわれるのと同時に、超速の矛先が通過した軌跡に生まれた魔法斬が、僕に向かってくることなく、その場で滞留した、全く攻撃になっていない意味不明な光景であった。
一体何の意図があって奴は魔法を行使したのか。
横一閃の軌跡に現れた魔法斬は空中で留まったまま微動だにせず、それに対して目を疑っていた僕が硬直していると、薄気味悪い邪笑を顔一面に浮かべていたアロンズは『跳躍』した。
「グヒッヒャアッハッヒャア!! 【烈進】ッッッ!!」
そして魅せる。魅せられる。奴が誇る『一級の殺人術』を遺憾なく発揮して、意図的に空中に滞留させていたのだろう『魔法斬の上に乗った』アロンズが、最後の一文で完全に発動された魔法斬と共に、槍速に比例した凄まじい速度で僕に向かって『飛行』してくるという、想像もしていなかった、目を擦りたくなるほどの悪夢のような光景を。僕に、ヤツは、見せつけた。
翼を持たない人間にできるはずのない空中移動を『魔法の応用』で可能にしてしまったという正真正銘の人外の超技術で、僕を世界から消し去ろうとしている、人型の殺意の結晶を!!
「————ッッッ!! そういうわけかよっっっ!!」
本来の用途を逸脱した、魔法斬の応用での空中移動!!
この手を使って奴は『暴風』を対処しやがったのか!!
「グヒハハハハハハハハハ!! テメエは惨たらしく死にやがれエエエエエエエエエエエエエエエエエッッッ!!」
アロンズは自身の走力を超えている速さで飛翔する、魔法斬の上に乗って僕に肉薄してくる。
金に発光する魔法斬の攻撃は横一閃に進んでくるため、僕は一瞬で膝を畳み、その際にミシミシと溜め込まれた脚力を解放して、十二メートルの高さへ跳躍。その攻撃と肉薄を回避した。
「グヒャッヒャア!! 【金剛——烈進】ッ!!」
「チッ!!」
一息吐けるほどの束の間もなく アロンズは跳躍をした僕に向かって『飛剣』を使用する。
十字になって飛翔してくる猛速の二つの魔法斬。
それを空中で認めた僕は、足場が存在しない空中で回避行動に移れるわけもなく。避けることができないと踏んだアロンズが当たったと、そう確信したように唇を吊り上げたのを認めた。
「甘えんだよ——馬鹿がッッ!!」
僕は迫り来る二つの魔法斬から視線を切り、猛るアエルさんとロウさんを『ガエン』という魔人に任せた状態で、ひとり突っ立ったまま、下卑た笑みを浮かべているアロンズを一見する。
僕の一連のその行動を見て、何だと怪訝な感じで眉尻を上げた奴は、次の瞬間——僕が取った『まさか手』に目を見開く。僕は空中で姿勢を変えて、足裏を曇天が晴れた蒼穹へと向ける。
そして掌の代わりに足裏で溜め込まれた暴風を、天井知らずな蒼穹へと向かって撃ち出した。
自分に影響がある風と、自分に影響がない風。
それをゾーン状態の僕は無意識に切り替えることができていた。
足裏から撃たれた『自分に影響のある風』は、僕の足裏に風製の地面を形成。
地を蹴っての回避行動が不可能だった僕は、空中で『風』を蹴って、眼前まで迫り来ていた肉を斬断する魔法斬を回避することに成功した。
「————グヒッ、ヒャハハハハハッ!! そうこなくっちゃなアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!」
十二メートルの高さから勢いよく地上に降り立った僕は、地面を爆砕しながら肉薄してきたアロンズと剣戟を交える。
「お前さっきから五月蝿えんだよッ! 死ねッッッ!!」
「グヒャヒャヒャハハハッキャキャアッアピアッッ!!」
僕が腰に力を入れて撃ち放った剣突を、アロンズは横に構えた槍の柄で正面から受け防ぐ。 尋常ではない威力の攻撃から地面を削っての後退を余儀なくされた。
やや体を背に逸らしながら後退するアロンズを僕は即座の判断で追走。
「ガアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!」
「————ッッッ!! グゥヒッヒャアアッッ!!」
肉薄した僕が繰り出した横薙ぎの斬撃は、高回転しながら縦に構えられた槍の柄で完璧に防ぎ止められる。そして、カウンターとばかりにアロンズが放った槍突は、迫り来る矛先の側面を鉄剣で打ち払って軌道を逸らして無効化した。
長年の研鑽の果てに積み重ねられてきた、第一級の戦闘技術——怪物としか言いようがないトウキ君やカラスほどではないが——を有しているアロンズと『拮抗』した戦闘を繰り広げている僕が有しているのは、この場の誰よりも優れているだろう『戦闘の才』であった。
「グヒハヒャアアアァァァッ!!」
「——ぐぅぅウゥッ」
この誰よりも優れた才。それを余すことなく全開にしてもなお、今までの『戦闘経験』の差から生まれる優位は絶大であり、僕はアロンズに対して全く優勢を取ることができずにいた。
そこでコイツとの近接戦を続けたら負けると、底無しの悔しさを噛み締めながら見切りをつけた僕が、わざとらしくアロンズに肉薄し、怪訝な顔をしながら油断している奴に向けて——
口内で溜めていた『強風』を吹き放った。
「——っ!?゛あぁ゛あ!?」
口角を上げた僕が魅せた意識外の小技。それを回避することができず、顔面から浴びせられた強風で身体ごと後方へと吹き飛ばされていくアロンズは、一瞬で顔一面を怒りに染め上げるものの、地に足が付かない宙を舞う状態では風力に対して抵抗することなどできるわけがなく。
元いた場所から約三十メートルほどの距離がある地点まで風に乗せられて流されていってしまった。アロンズは怒気を発散していたものの冷静に、風力が弱まって高度が下がったところで持っていた槍を地面に突き刺し、向かい風のように襲い掛かってくる強風の余力を殺し切る。
「コロォッスッッ!!」
「分が悪いからな。コッチには近寄らせねえよ……ッ!」
急停止と同時に急発進したアロンズの殺意の声音を耳に入れ、それでも怯えることなく勇み立った僕は、近接戦闘を捨てて、奴を戦場から『追い出す』戦い方にシフトする。両手に方向性を持たせた『暴風』を生成し、警戒を怠らないアロンズに向けて比喩抜きで『連射』する!
全方位に爆発しない風ならば、鎧魔人と戦っているアエルさん達の邪魔になることはない。
早々にアロンズを『吹き飛ばして』彼等に加勢する。
すぐさま鎧と決着をつけて戻ってきらアロンズを三人で袋叩きにする。
完璧じゃねえかァ!?
限界まで息を吸った僕は、剣を手放して自由になった両手に溜め込まれた暴風を撃ち放つ!
「【風撃】ィィイイイイ——ッッッ!!」
僕が風を撃つのは『南方』だ。
風の被害を受けるだろうアイリ村には申し訳ないと思うけど、崩れてしまった家屋の復興を僕が全力で手伝えばいいだけだろう——多分!!
右の風を撃ち終えたら、左手の風を撃って右を溜める。ただただ、その手順を繰り返すだけ。
走りば体力が減少する。魔法を使えば魔力が消耗する。故に、こんな『超常の力』を出鱈目に振るい続ければ『何か』を多大に消耗していくはずだと、この戦場に立っている皆が考えた。
しかし神の寵愛である『風の加護』の力は無尽蔵!! 殺意を全開にしているソラが、今もなお躊躇なく振るい続けている超暴力の嵐は、止まることを知らない——!!
『…………まずい』
男二人を戦場一の怪力で薙ぎ払ったガエンは、このままではアロンズが負けると判断し、僕を潰すため駆け出した。
「〜〜〜ッ!? グオオオオッ!! ——飛剣ッッ!!」
尋常ではない風速を誇る、謹製の暴風に煽られながら、何とか地に足付けて移動していたアロンズは、このままでは遥か彼方まで吹き飛ばされていく雑木林に生い茂っていた木々と同じ運命を辿ると判断し、踏ん張るために地面に突き刺していた槍を引き抜き、魔法斬を発動する。
前後を魔人に挟まれた僕は危機に瀕しているに違いない。
それなのに僕は至って冷静だ。
あれだけ殺意に濡れた激情に駆られていたのに、どうしたんだろうか。
頭の中がスーッと真っ白になっていくみたいに、視野が狭まって、五月蝿いぐらい轟いていた音が徐々に聞こえなくなっていく。
「金剛——烈進ッッッ!!」
『霊剣——壊魂之断』
前方からは風の加護の暴嵐を耐え忍びながら、僕を上下のに分断するために撃ち放たれた金色の魔法斬が。
後方からは『詠唱』を口ずさみ、持っていた大太刀を薄らと青白く発光させている鎧魔人が僕を左右に分つために迫り来る。
『——死んで』
「——馬鹿だろ、お前」
魔法斬よりも先に、直立したまま動かない僕に到達したのは鎧魔人の大太刀だった。
鎧の魔人が放つ『大上段斬り』は、絶対に受け止められないと察することができるほどの威力が込められており、僕に防御行動を早々に放棄させた。
しかし、最初から防御など不要。
コイツ等は『とあるミス』を犯してしまっている。
僕に速さで完全に負けている馬鹿鎧が、アロンズが放った魔法斬の『軌道上』にいるということを、この馬鹿は気付いていない。
アロンズも風撃嵐を耐えるのに精一杯で、そこまで考えが及んでいなかったんだろうな。
だから、僕なんかにしてやられるんだよ……!
僕は背後から迫ってきていた必殺の威力が込められている大上段斬りを、まるで『見えている』かのように身体をずらして回避する。
そして跳躍。
ちょうど良い高さまで下がってきた兜を掴んで、魔人の上を背面跳びで越えてゆく。
『あ…………』
技アリ。美しい跳躍。それを血みどろな戦場で披露した僕は、着地してすぐに『魔法斬と僕との間』にいる赤黒い甲冑に包まれてい魔人の背中に風を溜めていた両手を当てて、魔法斬が迫ってきている南方へと勢いよく吹き飛ばした。この技に名前をつけるとすれば……そうだな、
「【風掌】——だな」
時と場合を考えていない、頭が真っ白になってしまっている状態で発された僕の言葉は、白金に輝いていた魔法斬を直撃させた甲冑から鳴る鈍重音でかき消されてしまった。
技の少ない僕が編み出した『新技』の披露を邪魔されてしまっても、してやったりとほくそ笑む僕は気にしない。
それだけ、この直線に魔人共が並んでいるという状況は、僕に『勝利』を確信させるのには十分だったからであった。
このまま出鱈目に乱暴に。
止めどなく暴風を撃ち続ければ、僕達は魔人共に勝てるはずだったんだ——
「…………うっっっ!?」
なんだ、なんだこれ……足に力が入らない。頭も回らないぞ。
視界もボヤけて、耳が聞こえない。
これ、まさか限界が来たってことなのか? なんで、い、今なんだよ……っ!!
「………………うぅ」
信じられないほどの激闘の末に『体力の限界』を迎えてしまったソラは、操っていた糸が切れた人形のように、両の膝を地面につき、息を切らしながらその動きを停止した。
まだだ。まだ終わってねえんだよ。動けよ、動けよ!!
僕は皆んなを殺す気なのか!?
動かねえと死んじまうんだぞ!! アエルさんとロウさんを置いて、また、また、また逃げる気なのか、お前はァアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!
「終われねえんだよ。まだっ、負けてねえぞオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッッ!!」
視界を明滅させながら、最後の最後まで絞り尽くしていた死力の残り滓を燃やして顔を上げた僕は——時を止めた。
「……………………は?」
僕の視界の先に居たはずの、狂殺気を全開にしていたアロンズが、メチャクチャな怪力を有していた鎧魔人が跡形もなく、僕の視界の先から消失してしまっていたのである。
「ソラさん」
「——! アエル……さん、アロンズが、魔人が消えて……」
「もう、終わったのです。とうの昔に終わったことだったのです」
「…………ど、どう、う。何、言……て——……」
「私達の宝を守ってくれて、皆の魂を救ってくれて——心から感謝します。ありがとう、ソラさん。貴方は紛れもなく我々の『勇者』でした。ちと、目が焼けましたぞ」
意識を暗転させた僕が聞き取れたのは、そんな言葉だった。
僕への最後の言葉を言い終えたアエルさんの気配が——彼が言葉を言い終えるのを待っていたロウさんの気配が、煙のように霧散していってしまったことが、なんとなくだけど分かった。
何も分からないけど、なんとなく分かる。
僕は彼等を救えたのだということが、なんとなくだけど理解できた——……




