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蒼ノ旅人 ー蒼風のヘルモーズー  作者:
『オルカストラ』編〈1〉
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第76話 男は宝を奪い去る

「はあ、はあ、はあ、はあ……」

 

 強く。どこまでも強く。その声が、その音が、その意志が、世界に轟く。存在感を放つ。

 雑木林の密集した木々の隙間を縫ってまで、死戦場に背を向けて走っていたロンの背中を叩いていた戦闘音が、時が経つごとに、距離が離れていくごとに、耳から遠退いていってしまう。

 遠退いていくその音とは裏腹に、背中で感じる死闘の余波は。

 燃え猛る戦意と悪逆非道なる殺意の衝突で発生してしまっている超高温の熱波は。

 ロンという足手纏いが居た頃よりもさらに熱く、どこまでも猛々しく。

 戦場から離れてしまっている心身が熱くなるほどに、その熱量を上げていた。それはまるで、恋人のもとへと向かっている、ロンの背中を敵に追わせまいとする高潔な意志の表れのようで。


「……っ! ぐううぅぅぅっ!」


 彼等の熱意を感じ取り。彼等が託してくれた思いを受け取って。

 ロンは溢れ出る涙で顔中をグチャグチャにさせてしまいながら、それでも絶対に戦場を振り返ってはいけないと必死に頭を振って真っ直ぐ前を向く。

 そしてロンという人間の核である魂を 永遠にも感じれるほどの時間が過ぎ去った現在まで、アイリの大地に縛り付けていた『愛離の呪縛』から解き放つために、大量出血してしまうほどの力強さで、限界まで歯を食い縛りながら、悔恨と無念が満ちているこの地にロンを留めていた縛鎖を、一本、二本と強引に引き千切って、前へ前へ、北へ北へ——。

 ロンの心を奪っていった、愛おしいアイネのもとへ向かい駆けていく。


「はあ、はあ、はあ、はあ——」


 暖かくとも、涼しげとも。無温のようにも感じることができる不思議に満ちた清廉な微風。

 ソラが力になるようにと託してくれた『風の加護の一端』が、ロンを中心にして旋風のように渦を巻いている。

 その無限の安心感を与えてくる神の助力は、走る際に前面に掛かるはずの風圧を全く感じさせなくなってしまうほど激減させて、懸命に腕を振りながら走る背中を追い風かのように力強く押してくれていた。

 一時的だが『風の加護の力』を身に纏わせているロンは、普段の自分では絶対になし得なかっただろう超加速を持って、アイネ達が通り過ぎていった雑木林の中を駆け抜けていく。

 

「————」


 まるで、自分自身を抑え込んでしまっていた殻を脱ぎ去って、どこまでもどこまでも、果てしなく続いている世界を自由気ままに吹き流れていく、一陣の風になってしまったかのように。

 悠々と生い茂っている木々の隙間を縫い進んでいくロンの姿は、どこまでも走って行けるのだと真に思わせてくれるほどの、自由を感じさせた。全身で感じる風の知らせが、アイネの居場所を一直線に教えてくれている。そして、ロンは雑木林を抜け出た。


「——っ!」 

 

 故郷の村を北方へと進んだ先、雑木林が開けた場所に広がっている『アイリの花園』の中を駆け抜けていくロンは、本来であれば美しく咲き誇っているはずの、見るも無惨に踏み荒らされてしまっていたアイリの花を認め、グッと奥歯を噛み締めた。

 そしてアイリの花園を越えた先、武器と武器が打つかり合う音を耳に入れたロンは、その音の鳴る方へと走っていく。

 そして見た。

 遥か南方にある『鬼ヶ島』と『ハザマの国』で広く使われているという『赤黒い甲冑』を着込み、素肌を晒さないように全身を包み隠している大太刀を振り翳した巨体の武者が、背後でアイネを庇っているアエルさんの右腕を『剛の一閃』によって斬り落とした、その瞬間を——


「アエルさんっ!? アイネっっっ!!」

 

 ロンは、愛して止まない恋人の危機的状況を目にした結果、我を忘れた状態で駆け出してしまい、アロンズと同等の『闘気』を醸している強者に引き抜いた剣先を向け、血を噴き出させる右腕を押さえていたアエルさんの前に立った。


「…………」


 絶対に勝てる相手ではない鎧武者の魔人と相対してしまったロンは、大きく震えている右腕で剣を構え、重傷を負ったアエルさんと、戦えないアイネを守ろうとする。

 しかし、血飛沫が飛び散る死戦場に自ら入ってきた、命知らずとしか言えない圧倒的弱者と対峙した鎧武者の魔人は、スゥと目を細めて完全に動き止めた。

 何故だか分からないが『コイツは斬ってもいいのかな?』というような雰囲気で、露骨に甲冑の隙間から見えている目を右往左往させだした。


「何をしに来た、馬鹿者ッッッ!! お前が勝てる相手ではないことが一目で分からんのか!?」


 それに困惑してしまっていたロンとアイネは、即座に右腕を縛って止血したアエルの怒号を聞き、肩を跳ねさせる。これまた何故か、彼の怒号に武者魔人も驚いていた……。

 

「で、でも、僕がやらないと貴方が……っ!」


「——お前という奴は、なんと愚かなんだ! コイツが居なければ今すぐにでも叩き切ってやりたいくらいだ!!」


「お、お父様、落ち着いて——」


「アイネは黙っとれッ!!」


「ぁ……は、はい…………」


 突然勢いよく立ち上がり、凄まじい激昂ぶりを。敵から視線を切って振り返ってしまったロンに見せつけるアエルは、右腕を無くす重傷を負ってなお、無事なのか? と思わせしまうほどの怒気と声量で、何事だとキョロキョロしだした武者魔人を指差し「コイツ」呼ばわりする。 こんな緊迫した状況で怒るのかという驚愕で固まってしまった、アエルを除いた三人は、呆然としながら顔を真っ赤な怒りに染め上げているアエルを見つめる。


「お前は私を助けに来たのか!? 私達と共に殺されるために来たのか!? 違うだろう!? お前がやるべきことは死に体になった私を盾にして、お前が愛しているアイネだけを救うことだ!! この私から宝を奪ってみろ! 一番の宝であるアイネを連れ去ってみろ! お前の強さを見せてみろッ!! 今この場でッッ!! 私を殺せるほどの強さを見せろォッッッ!」


 そう吼えたアエルは、利き手ではない左手で剣を持ち、固まっているロンを押し退けて、恐ろしい魔人に突撃する。

 ロンは『二択』を迫られている。

 究極の選択を強制されてしまっている。

 このままアエルと共闘して、ロンもアイネもアエルも、全員が目の前の魔人に殺されてしまうか。

 宝を守るために命を懸けて戦っているアエルから、彼を見殺しにしながら、全てを——アイネを奪い去っていくか。


「………………ぅぁ——ッッッ!!」


 顔を限界まで歪ませながら、覚悟を強制的に決めさせられたロンは、言葉にならない声を上げながら『アイネの手』を取って再び、大切な人が戦っている戦場に背を向けて、駆け出した。


 ロンは、アイネの、今はたった一人の肉親である『父親』を見捨てる。

 ロンは、大切な人々よりも、たった一人の愛おしい人の手を取った。

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