第75話 VSアロンズ
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目の前に立つ、死槍を携えた桃髪の男が発している、凄まじい殺気と力量を感じ取った僕は、襲い掛かってくる甚だしい緊張感で息を呑んだ。
「俺はぁ、アロンズ。宝を寄越すなら見逃してやってもいいぜ?」
釣り針のような返しがついている、二メートルの長さをした、禍々しい赤黒の槍。それを持つ『アロンズ』と名乗った男が、名をきた僕の愕然としあ顔を見て、面白おかしそうに笑った。
桃色の髪と目。身長は僕より低い『一七○センチ』くらい。
外見的年齢は、ロンとあまり変わらないようにも見える。
特徴的なのは目の下にある黒茶色の『隈』と、目尻が下に向かっている垂れ目。
毛先が曲がっている癖毛気味な短髪は肩まで伸びてしまっており、パーマを掛けているように見えなくもない。
そんなものよりも僕の目を引くのは、エリオラさんの仇と『同じ名前』である以上に僕の意識を持っていくのは、奴が持っている槍の先から滴り落ちている、真っ赤な『鮮血』であった。
「……お前、どこで何してた?」
最大限まで張り詰めている警戒を解くことなく、僕は力み過ぎて震えてしまっている左人差し指を桃髪の男へと向けて、真っ赤に充血してしまうほどの目力で、そう問いかけた。
「俺が何してたかだってぇ? なんでんなこと知りたいんだよぉ。気持ち悪いぃ野郎だなぁ」
「っ! 真面目に答えろよ!! お前は魔族を狩ってきたのかッ!?」
「おお? そう見えるかぁぁぁあ? グヒハッ!」
悪戯好きの子供のようで、無邪気な子供とは明確に違う。
怖気立ちそうになるほどの『邪気』が満ちた、醜悪な笑みを浮かべながら質問の答えをはぐらかしているアロンズに、僕は苛立ちに歪む表情で、怒りと不安が入り混じる声音で追求する。
「じゃあ、その槍先から滴ってる血は何なんだよッ!!」
喉が張り裂けんばかりの大音量。それにもかかわらず、アロンズは必死に問い詰める僕のことを、さも自慢の芸を見せている道化師のように、ニヤニヤと見る。
僕が指差した槍先に視線を向けて、先程よりも醜怪な、邪悪に染まった笑みを浮かべた。
「ああ、これは——さっき殺した『奴』の血だなぁ」
「奴って誰だよォオッッッ!」
「誰かなんて、俺が知るわけねえだろぉぉぉ?」
盛大に顔を歪ませている僕の口から発されたのは、憂慮と苦渋。そして怒りと焦燥。それが大いに込められている僕の切羽詰まった声音を、アロンズは耳の穿りながら五月蝿そうにする。
言わなくてもわかってんだろ?
そう言外に伝えるように、気怠げな感じで白けた顔をした。
そして、お前じゃ話にならないな、と。
斬り掛かれる隙を見せないまま、怒気に全身を支配されている僕から視線を切り、強蹴されや腹部を片手で抑えながら、地面に吐瀉物を撒き散らしていたロンに、嗜虐的な視線を向けた。
「テメエッッッ!!」
奴がする仕草が。奴が発する言葉が。
奴が取る行動の一つ一つが、生理的嫌悪を与えてくる。
張り詰めている混乱と緊張の最中。
僕は己の心にある『逆鱗』を、汚泥のついた手で逆撫でてくる、目の前に存在してしまっている『邪悪』を消し去るために、今すぐ発狂しながら斬り掛かりたい衝動に駆られた。
「んなことよりも宝だよ宝ぁ」
ビキビキ、と。額に複数の青筋を浮かべてしまっている僕は、奴の『宝を寄越せ』という発言と、エリオラさんの『アロンズは銀の指輪を求めていた』という話が点と点で繋がり、目の前に立つこの男が、エリオラさんの家族を皆殺しにした『仇敵』と同一人物であると理解する。
明らかに異質な雰囲気と、気配。それを漂わせながら、肉体から魂が抜け落ちた、抜け殻を思わせる謎の空虚感をひしひしと感じさせてくるアロンズが、僕達のような、世界に生きている『原生物』とは違う、人型魔族——通称『魔人』呼ばれている魔族の一種であると確信する。
そう、そうさ、そうだよ。コイツは絶対に確実に明確に魔族なんだ。
人間でないのなら。生物でないのなら。魔族であるのなら。
たとえ人語を流暢に操る『人型』であっても、僕は容赦なく斬り殺せる。
そんな確固たる『殺意』を目に宿して、右手に持った鏡面剣の柄を音が鳴るほどに強く握り締めた僕は、心の内で猛々しく燃え上がり、全身を熱く焦がすほどの絶大な怒りを戦意の燃料に変え、目の前にいる世界の害悪を絶命するまで『斬り刻んでやる』ための心構えを済ませた。
「そう殺気立たすなぁ。宝さえ寄越せば、お前らは俺に殺されなくて済むんだぜぇ? 金ピカの『腕輪』らしいんだけどよぉ、お前らぁ知ってるかぁ?」
燃え上がっている戦意を解放した僕が鏡面剣を縦に構えて戦闘態勢を取ると、それを横目にしていたアロンズは気怠げな顔で、突如『戦闘を避ける』ための発言をする。漂わせている絶大な殺意とは裏腹な、不可解すぎる行動を取るアロンズに対し、怪訝に眉尻を上げた僕は、一瞬だけ、コイツが求めている『金の腕輪』についての考察をするために動きを止めてしまった。
金の腕輪。
おそらくそれが、アエルさんやアイネさん、つまり『アイリの一族』が代々守護している歌の国の国宝——宝具と呼ばれるものなのだろう。当のアエルさん達は早々に荷物をまとめて北方への避難を済ませているから、無人になったこの村にその宝が残っているわけはないのだが。
そこまで思考した僕は〝金の腕輪〟というアロンズの発言を聞いて、つい一瞬だけ、顔色を変えてしまったロンの様子に気が付いた。その変化に、彼奴も気付いてしまったのである……。
「知ってる顔だなぁ、お前ぇ……」
邪悪に満ちている笑みを作ったアロンズが、握っている槍を振り鳴らしながらロンの方へと一歩を踏み出した瞬間。
それが『戦闘開始』の合図だったように、極限まで張り詰めていた、息を吸う肺が痺れるほどの緊張の空気が弾け飛ぶ。
僕は流し散らした汗をそこに置き去りにする超加速で駆け出した。
息子の『危機』に血相を変えて飛び出してきたロウさんも、ロンに嗜虐的な殺意を全開にしたアロンズに対し、奴の恐ろしい『殺意』に負けないくらいの『戦意』を打ち付ける。
この時、戦いの火蓋は切られた。
「アロンズゥッッッ!!」
最初に『攻撃行動』に移ったのはこの僕だ。
標的との距離が約十メートルであったため、即座に肉薄することが可能だった。僕は剣を持っている手をミシミシッと限界まで背に溜めて、豪速を伴った超威力の『剣突』を撃ち放った。
「ギャハっ! 殺るってかぁッ!!」
自身の心臓に向かって直進してくる剣先を横目で視認し、凄まじい速さでありながら、目を剥くほどに美しい『至極滑らかな動き』を以て、驚愕で目を見開いた僕と視線を交差させたアロンズは、僕が繰り出した豪速の剣突が突き進む直線道に自身が持っていた『槍の柄の腹』を挟ませて、全力を出したアエルさんの防御すら撃ち抜いた一撃を——真正面から受け防ぐ!!
「——なっ!?」
金属同士が激しくぶつかった時に奏でられる、耳を劈くほどの高音。
一瞬だけ目を閉ざしたくなるような火花。
それが、僕とアロンズの目の前で飛び散った。
僕の『攻撃』と、アロンズが取った『防御』が打つかり合うことで発生した、信じられないほどの衝撃を全身で受け止めた両者は、それぞれが地面を削りながら否応なく後退させられる。
模擬戦形式の稽古中。
僕と戦ったアエルさんが取った攻撃を受け流す防御方法ではなく。
アロンズが行った防御は、僕の攻撃を真正面から受け止めるという正真正銘の力技。
そんな防御方法で防がれたという結果は、驚愕を禁じ得ないものであった。
僕の最大を受け止められたとは則ち、アロンズの膂力は僕の本気を凌駕しているということ。
脚は僕が上。だが、肉薄している。総合的な能力は、断然、アロンズが上だ。
「ゲャヒヒッハアッ! いい威力だったゼェッ!」
攻防の相殺により発生した大衝撃波。大きく後退する結果となったアロンズは、ロウさんと僕とに『挟まれた』たことを認める。ロウさんが駆けつけている雑木林を背、僕を正面にする。
僕は目の前に立つ邪悪への勝利に一歩近づいたような希望の匂いを確かに嗅いだ。
しかし、そんなことを感じ入る余裕などない僕は、身を襲う衝撃を殺し切ると即座に崩れかけていた態勢を立て直し、思いっきり地を蹴って、ロウさんが参戦した最前線へと駆け出した。
「ゼガァアアアアアアアアアアアアアアア!!」
僕が駆け出すのと同時に、自身の間合いに入ったアロンズに向けて、ロウさんは気合いに満ちた砲声を戦場の中心で打ち上げながら、飛び掛かる形で大上段切りを繰り出す。
「雑魚の攻撃なんざ、俺に効くわけねえだろォッ!」
「グウゥッ! 坊主といいヒョロッヒョロのガタイの癖に、どっからんな力が出てくんだ馬鹿たれがぁっ!」
僕の最大威力を正面から防ぐことが可能であるアロンズに、ロウさんが繰り出せる程度の攻撃が通用する訳もなく。
不敵に唇を吊り上げていたアロンズは手に持っていた槍を、繊細でありながら野生に満ちた力強さで勢いよく振り回し、飛び掛かっていたロウさんを身体ごと後方に弾き飛ばした。
「お前は僕が殺すッ!!」
「グヒハッ! やってみろォッ!!」
時間差で戦場へと舞い戻る。
僕は強烈な槍撃を受けて吹っ飛んでいくロウさんを視界の端で認めながら、三人の中で一番の実力を有する僕から視線を外さないアロンズと、凄烈な剣戟を刻む。
右から左へと向かう高速の袈裟斬り。
それは風を感じるほどの速さで振り回される槍捌きにより、難なく防がれた。
防御時の回転を最大限利用したアロンズが放つ、瞬く三つの槍撃。僕はそのうち二つを後方へと飛んで回避し、残り一つの超速刺突はアエルんから盗んだ『剣の道』で流し防いだ。
「ひゅう——やるじゃねえかぁ」
「テメエを殺すっつったろうガ」
「グヒッヒャア! そうだったなアアアッ!」
僕は滅多に——魔族戦で多用している——使わない暴言を、無限に来るのではと思わせてくるほどの、手数で攻め立ててくる『殺人槍』からの恐怖を誤魔化すために腹の底から吐き出す。
百、二百、三百、四百、五百、無限。未来永劫に続きかねない『ほぼ互角』の殺し合い。
生まれて初めてする本格的な対人戦。生まれて初めてする『魔人』との戦闘。何もかも『経験が浅い』にも関わらず、ここまで強者との『戦いの体』が取れている理由は、たったの二つ。
一つ目は『トウキ君とカラスの死闘』を一瞬だけど、間近で見たから。二つ目は、眼前で超速の槍を振るっているコイツが醸し出している雰囲気と、謎の『乖離』を見せている身体能力。
アロンズの『戦闘技術』は、アエルさんを優に超えていると感じられる。
しかし、身体能力だけで言えば、コイツは僕と明確な差——力の隔絶はしていない。
何らかの『ハンデ』を背負っているのか、はたまた元からこうなのか。
実情は僕には全く分からないが、戦闘技術の差から生まれる負担は僕とロウさんの二人で何とか補うことができている。しかし、問題はそこではない。
もし、コイツが単独犯ではなかったとしたら?
アイリ村の『宝具』を求めて来たというコイツに他数人の『仲間』が居たとしたら?
アロンズと同じく、宝具を求めてきたソイツは今、何処にいる?
アロンズが僕達を『足止めするように戦っている』この状況がコイツの思惑通りだとしたら。 もう一体の敵が向かう場所——その可能性が一番高いのは。
宝具を持ち出しているだろう、守人たる屋敷の住人。
北方へと避難している『アエルさん達』の居所だ。
先のロンの反応からして、それは間違いないだろう。
僕が胸の内に抱えている懸念は、強蹴された腹部が回復し、隔絶した実力のせいで参加できないまま、呆然と僕とアロンズの戦闘を見ていたロンと、吹っ飛ばされた衝撃で、しばらく動けなくなっていたロウさんも共有している。
この中で、僕達三人の中で、アエルさん達の居場所に向うことができる適任者は、一番、この状況に怯えているだろう『恋人』のもとへ向かわなければいけない人物は——
「ロン! テメエはアイネちゃんの所へ迎え!! テメエがここに居てもただの足手纏いだろうがっ! さっさと行っちまえ!!」
肩を揺らしたロンの視線の先。暴言としか思えない強烈な言葉を発したのは、前線を無理しながら張っている僕のもとへと駆け出したロウさんだった。
その言葉を先頭の最中に聞き取った僕は、僕たちを死地へ置いていけず、この場で無意味に踏みとどまってしまっているロンへ『余裕』を見せるために、接戦死闘での緊張で強張っていた上場を強引に動かし、視線はアロンズに固定したまま、その口角を吊り上げた。
「行けよ、ロン。アイネさんのもとへ。安心させてあげるんだ、君の姿で! 君の声で!!」
かなり無理をしながらも、言葉を紡ぐことに成功した僕は、ロウさんの戦線復帰のおかげで、若干の余裕を手に入れた。
しかし、技術と身体能力の両方で置いて行かれているロウさんは、僕が咄嗟にカバーしないと即座にやられてしまいかねないほど、この戦場においては『ギリギリ』であった。
正直な話、ここにロンが参加したところで、大きく戦果が変わるとは思えない。
それが、アロンズと真正面から戦い続けている僕とロウさんの結論であった。
だが、実の父親であるロウさんと、友人である僕の、張り詰めた緊張感に染まった声音を聞かされたロンは、死への恐怖に震えている手で質の低い駄剣を握ったまま、何とか立つことができている状態にある震え切った足で、僕達の思いとは裏腹に首を横に振った。
「で、できないよ……大切な家族を、大事な友人を、こんな死地に置いて行くなんて、僕にはできないよ……っ!」
優しさを滲ませているようなロンの言葉を聞いて、苦虫を噛み潰した表情を浮かべたロウさんが「じゃあ、死ぬ気で俺達を手伝え、馬鹿息子!」と叫ぼうとした——その時。
「逃げてんじゃねえ、この——バカヤロォッッッ!!」
「!? ソ、ソラ……?」
僕は『タガが外れた怪力』による全力の薙ぎ払いを行い、目を見開きながら槍の柄で薙ぎ払いを防御したアロンズを、南方『数十メートル』先へと抵抗余儀なく吹っ飛ばした。
そして、アロンズから視線を切ってロンへと目を向けるという、命が懸かっている戦闘中に絶対にしてはいけないような暴挙を起こした僕は、はち切れた怒りのせいで充血してしまった目で、たじろいでいるロンを映し、一人の大切な友人として、思いっきり『怒り』を打つける。
「ロン、お前は『優しさを盾にしてる』だけじゃねえか!
ロウさんが言っただろ!?
お前がいても戦いの結果は大して変わらねえんだよ! なあ、お前がやるべきことは、ロンが本当にやりたいことは、僕達と戦うことなのか!?
違うだろ! 分かりやすいんだよ! あからさまに顔に出てるんだよ!!
一人の友人として、僕は分かってるんだ!!
逃げるな! 逃げるんじゃねえ!!
彼女を——アイネさんを置いて、一人にしたまま逃げてんじゃねえよッッッ!!
行け! 彼女のもとへ今すぐ迎え!
安心させろ! 抱きしめてやれ! 戦士じゃないお前にできるのは! アイネさんの『恋人のロン』がやるべきことは!
彼女の隣を手を繋いで歩いてくことだけだろッッッ!!」
息を切らしながら、真っ直ぐな思いを吐露した僕は、顔を苦渋で歪ませてしまっているロンを映す。
僕達が共に居た時間は、とても短いものだけど、僕は、ロンが優しい人間だと知っている。
ロンとアイネさんが、お互いを愛し合っていることを知っている。
その意思を伝える、真摯な目をする僕との視線を合わせていたロンは、肩を震わせながら、僕達と——死が満ちている『戦場』に背を向けた。
「……っ! ありがとうっっっ!!」
僕は、雑木林へと駆け出す友の背を視線で追うことなく、息子の跡を追わせないよう、必死になって格上のアロンズを抑え込んでいた傷だらけのロウさんのもとへと駆け出す。
「ロウさん! 絶対にコイツを抑えますよッッッ!」
「わあってる! ははっ! こんなに気分がいいのは生まれて初めてだぜ! なあ、坊主ッッッ!!」
「気色悪いぃ、馴れ合いを見せやがって。テメエら二人を殺したら次はアイツだなァァァ!!」
場違いなまでに気分を高調させた僕とロウさんは、発する殺意をさらに増したアロンズの猛攻を捌き——
「ガアアアアアアアアアッッッ!!」
「ズウゥッ——ゴミ共がガ……ァ!!」
僕はアロンズの腹部に、ロンのお返しとばかりに『強蹴』をめり込ませた——!!
ソラ君のガチギレ、マジで笑いそうになる




