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蒼ノ旅人 ー蒼風のヘルモーズー  作者:
『オルカストラ』編〈1〉
82/139

第74話 最悪の『襲撃者』

加筆修正して再投稿。

 鳴り響く鐘の大音量。それを聞いて屋敷から飛び出してきたロウさんの、


「ロン! お前らは村の連中が『北』に逃げ切るまで魔族が近づかねえように抑えとけ!」

 

 という言葉に従い、腰に差していた剣を同様に引き抜いた僕とロンは、守護すべき北方を背にした中央公園にて、こちらに進軍してきているという魔族たちを待ち構えた。

 荷支度を済ませるため、各家に散らばってしまっている村民たち。

 保護するため、村の防衛を担っている防衛隊の人たちはあちこちを奔走している。

 故、実質、ミファーナへ向かう人達の集合場所だったアエルさんの屋敷と、北にある深い雑木林を使った避難路を守っているのは、僕とロン、そして防衛隊の隊長を務めているロウさん。

 最後に屋敷で村人に避難を指示しているアエルさんの『四人』だけだ。

 しかし、村長のアエルさんに至っては、予想だにしていなかった早期魔族強襲における、村人達への緊急避難を先導する立場にあるため、魔族との戦闘を行う余裕は無いであろう。

 もしも、アエルさんを除いた僕達の三人の守衛が突破されて、逃走中の人々がいる方に魔族軍を進軍させてしまった場合。先頭に立つアエルさん一人で村人達を守ることになってしまう。

 そうなってしまうと、いくら歴戦の猛者であるアエルさんであっても、キャパシティを超えてしまえば『複数の犠牲』を出してしまうことが想像に難くはない。

 

 だから、守る。

 死んでも守る。

 

 迫り来る血に飢えた魔族を、逃げる人々の背に追い付かせる訳にはいかない。

 その意思を確固とした僕は、死の恐怖か、足を震えさせているロンよりも前に出て、南方の木柵を軽く飛び越えてきた魔獣達に眼光を放ち、圧倒的な殺意と戦意を打ち付けた。


「ロン! 残るって言うなら気合を入れて! 来るよ!」


「——っ! せっ、背中は任せてくれ!」


 我先にと先陣を切って、三メートルはある村の木柵を飛び越えてきた、複数の影。それを超人的な視力で視認した僕は、その影の正体が、脚に秀でている五匹の犬型魔獣であると認める。

 見張り台から監視者が居なくなったせいで、魔族軍の総数が分からなくなってしまったけど、隣村を一夜で滅ぼしたということは、人の手に負えない数が一斉に攻め込んできたってことで。

 百か? 二百か? 三百か? 全然分かんないし、魔獣侵攻なんて経験の無いことだから全く想像もつかないんだけど、魔族の数が想像を絶するくらい多いってことだけは確かなはずだ。

 

 まあ『全部殺すだけ』だから、数なんか関係無いけどな。

  

 僕が発している刺々しい殺意の眼光を受け、犬型魔獣達はこの途方もない殺意の発生源である僕を、最大最強の『敵』として認識した。

 殺戮する優先順位を臨戦態勢を取っている僕を最高とし、その一等首級を上げるため、我先にと走る速さを最大値にする。口端から汚い涎を撒き散らしながら、猛速の突撃を開始した。

 

『『『『『グルゥラアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!』』』』』


「来いよ……!」


 殺意に濡れた咆哮が空へと打ち上がる。

 凄まじい速さで猛進してくる魔獣達に、雲の隙間から差した陽光を反射して、眩く輝いている鏡面剣を見せ付ける僕は、魔速斬の用意を即座に済ませつつも、しかしその場から動かない。

 普段であれば、僕自身が魔族に向かって肉薄するところ。

 だが、今回だけは北方を背にした状態での『守備』が最優先。だから、自ら『この場から離れる』なんていう『愚の骨頂』とも言える馬鹿げた行動を行うことは不可能。

 僕が魔族の数に押し負けて、魔族侵攻が手に負えなくなってしまうという『最悪の場合』が現実に起きたとしたら、どうにかロンを逃して、僕が肉壁になるしかないだろう。


 やれるのか? できるのか? 目の前の恐怖から逃げ続けていた僕に、生物にとって最大の恐怖である『死』を正々堂々と受け入れるなんて。本当に、弱すぎる僕なんかに可能なのか?


 そこまで静止した時の中で思考して、この緊迫した状況にまったく似付かわしくない不敵な笑みを浮かべる。目前まで迫り、僕を目掛けて飛び掛かってきた二体の犬型魔獣に向けて、凶面剣を持った右腕が霞むほどの『豪速の一閃』を放った。


「…………やるしかねえよな」


 スピードタイプの魔獣すら目で追えないほどの超速。

 繰り出された煌めく二つの斬閃は、極限の集中力を発揮していた僕の頚部を狙い、鋭利な牙を剥き出しにしながら左右に分かれ、挟み込む形で跳躍していた二体の魔獣を空中で斬断する。

 一体目の魔獣は隙だらけの頭部に横一閃の斬撃を食らって即死。

 二体目の魔獣は斜め一閃の斬撃で胴体を上下の二つに斬断された後、喉奥から掠れた断末魔を零しながら、時間を掛けて目から光を消した。瞬く間に『斬殺』された二体の魔獣は、汚い赤血を辺りに撒き散らしながら煉瓦畳みの地面に落下し、ボトボト。そんな重低音を鳴らした。


『『『……!』』』


 返り血すら浴びず、まるで何事もなかったかのように、ただ悠然と地に立っている僕を、震える四つの眼で見ていた残りの魔獣達は、地を蹴っていた脚を急停止、僕への攻撃を中断する。

 三体の魔獣が取った、剣によって命を絶たれ、物言わぬ残骸と化してしまった元仲間と同じ末路を辿らないようにした判断は、一見すれば正しいように思えてしまうものの、僕に余裕を与えるという攻撃の中断は、生死を決する命を奪い合う戦場においては、致命的なものだった。

 一度、原生物への勝鬨を上げて、勢い付いていた犬型魔獣達は、僕が発する圧倒的な殺意に当てられて、燃え上がっていた精神に凪を得る。

 培われた本能が言っている。ヤツには勝てないと。絶対に勝てないと。

 最強の敵への挑戦。それを今、犬型魔族達は前にしている。しかし、当の魔獣達は、自身の死が確約されている切符を切ろうとはせず、心身の芯から、その挑戦を拒絶してしまっていた。


 時すでに遅し——

 

 一度でも戦場で立ち止まってしまった弱物に、戦意を絶やさない最強へ挑戦することは不可能。この時、犬型魔獣が積み重ねてきた『捕食者』としてのプライドが、音を立てて崩壊する。

 完全に戦意と殺意を喪失させてしまった、意気揚々と先陣を切ってきた魔獣達は、絶対の恐怖である死と相対することなどできず、敵対者に背中を見せながら逃走を図りだした。しかし、


「フウゥッッッ!!」


 それを見逃してやるほどの甘さか、今の僕には存在しない。

 僕は戦場から逃げ出した愚物が晒している隙だらけの背中へと向かって、足元に敷き詰められている煉瓦を踏み砕いて作り出した『拳大の破片』を、ウォルスルス柔剣術の腕をしならせる動きに倣いながら、ミシミシッと腕を肥大化させるほどの剛力をもって、全力で投擲した。


『『『——グアキャアッ!?』』』


 空気が嘶くほどの豪速で、僕の左手から発射された三つの煉瓦片は、瞬く間に『謎に足が遅く』なっている犬型魔獣達の背中に炸裂し、必死に逃走していた背を貫通。

 真っ赤な鮮血と臓物を穿たれた穴から溢れ出させる、物言わぬ肉片へと変貌させた。

 

 犬型とか熊型くらいなら何体きても余裕なんだが……。


 僕に遠く及ばない実力でありながら、無謀にも『命』のやりとりを所望していた五体の犬型魔獣を、ほんの『一分弱』という超短期決戦で鏖殺しきったにも関わらず、それはただの余興だったと言わんばかりに、苦しげな表情で開かれている僕の視線の先では、頑強な木柵を難なく破壊してきた、軽く『五十』は超えている魔族の大群が、続々と村への侵入を果たしていた。

 濁流かのように流れ込んでくる魔族軍の中には、僕が戦ったことのない完全初見である個体がチラホラと見受けられ、攻撃方法や毒などの特性の有無が全く分からない『未知の個体への対処を強制』されている現状から生み出された緊張感のせいで、僕は頬に一筋の汗を伝わせる。

 

 この乱戦下での『毒』は本当にヤバイ。


 一撃でも真面に食らえば、その時点で戦いの『結果』が決まってしまう。僕ならば、しばらくの間だけは耐えられるだろうが、ロンが食らってしまうと致命傷になってしまうに違いない。

 特に、あのデカい蛇に人の腕が生えている魔族。

 紫色の体皮に、黄色の斑点が散りばめられた胴体をしている。

 どこからどう見ても、毒を使うような形だ。槍っぽい鋭利な樹木を『武器として装備』しているから、通常の魔獣なんかとは比較できないくらい危険度が高い。

 こっちに向かって走って来てる、全長二メートルはある『鶏型の体に蛇の尾』の魔獣。

 確かこいつには名前がある。記憶が正しければ『コカトリス』は、トウキ君のいう話だと蛇尾の牙に毒があるらしい。この乱戦の中での接近戦は可能な限り避けなくてはいけない。


『ゴケエエエエエエエエエエッ!!』


「チッ——やかましい!」


 僕は少しだけ『とろい』と感じてしまうコカトリスの前蹴りを身体を逸らすことで悠々と回避し、勢いを殺さずに白毛を茂らせる丸い胴体に肉薄。

 

 攻勢を取った僕を毒殺するために、足元から這うように飛んできた蛇の尾を、その動きは読めていたと言わんばかりの冷酷な瞳を眼前まで迫ってきている蛇に見せつけ、至極冷静に捌く。

   

『ゴケエッ!?』


 僕は右手に持っていた剣を鶏の胴体の奥深くに突き刺し、空いた両手で開かれていた蛇の上顎と下顎を掴み止め——


「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」


 腕を筋張らせながら、人間離れしている怪力を全開にし、蛇の体を上下の二つに引き裂いた。

 紙のように裂かれた蛇は抵抗虚しく光を消す。

 分身たる尾を裂殺され、内臓と肉を貫かれて致命傷を負ってしまった鶏は、心身に襲い掛かる死の予感を解放して、悪足掻きとばかりに出鱈目に暴れようとする。

 しかし、それを許してやるほどの余裕はない。


 僕は鶏の胴に深く突き刺さっている剣を即座に引き抜き、噴き出る鮮血を『風の膜』で防ぎながら、その首を断つ。そして行動の邪魔になる死骸を退けるために、掌に溜めた風を撃った。

 加護の力で前方に吹っ飛んだ死骸を避けて、迫り来る第二、第三の敵に眉尻を吊り上げた僕は、剣に付着している鮮血を一振りで全て飛ばし、間合いまで迫ってきた魔獣に向けて振るう。 


『ジャジュアアアアアアアアアアアア!!』 


「人の真似してんじゃねえよ……!」

 

 僕は、手に装備した木槍を突き出して攻撃してくる『人手蛇』を見て、人間のように生活していたイカ魔族のことを思い出し、不快感を隠さない、盛大に歪んだ表情を浮かべる。

 そしてコンマ一秒でも早く、僕の視界を汚す邪悪を殺戮してやろうと、さらに剣速を上げた。

 魔族が目で追えないほどの高速斬撃を以て、鮮血を散らしながら切り刻まれていく魔族を眼前で視認していた僕は、何故か心に満ちてくる『快感』のせいで唇を吊り上げてしまっていた。

 だが、僕とは違ってこの状況をよしとしない人手蛇は、着実に『死』が迫りつつある窮地を打開するために『奥の手』を行使する。

 自身が扱う槍以上の武器。

 どんなものであっても食らえば一溜まりもない、効果絶大な毒液。 

 それを口内にある器官から勢いよく噴き出し、冷酷かつ鮮烈に剣を振るっている僕の全身に浴びせようとする。しかし、その攻撃結果を見た人手蛇は、左右に閉じる目を限界まで剥いた。

  

「残念だったな」


 小馬鹿にするように口角を吊り上げる。

 僕は『死』を確信した人手蛇の頭部へ向けて、猛速の剣突を放った。

 打つ手なし。その状況に時を止めていた人手蛇は、その攻撃を防ぐ術もなく、顎下から頭部に向かって、豪速を伴う剣身を貫通させられて、呆気なく白目を剥いて絶命した。

 態と回避行動を取らなかった僕に向かって、無慈悲なほどに降り注ぐ毒液の大雨。それは僕の頭頂部に到達する寸前、まるで『見えない傘』が差されていたかのように全て弾き返された。

 僕への毒液攻撃を防いだのは、僕が無意識に纏っている風の膜。

 風神の守りによるものであった。

 僕はただ、生まれた時から一緒にいたと思える風に、全幅の信頼を置いただけ。

 言ってしまえば『ただの賭け』だったのだが。

 結果としては僕の想像通り、人手蛇の奥の手を風の守りは完全に無効化してくれた。

 

「——ハハッ!」


 風の護りを間近で認め、魔族に負けるわけがないという全能感が全身に満ち満ちてきた。 

 若干『ハイ』になってしまいながらも、突っ込んできた四体の魔族を瞬く間に屠る。

 少なからず存在していた『敗北という不安』が綺麗さっぱり取り除かれた。

 僕は留まることを知らないとばかりに、襲い掛かってきた『百に近い魔族』を鏖殺し続ける。

 それを、僕の背後で撃ち漏らしを狩っていたロンは見ており、積み重ねられていく魔族の屍の山に希望の光を見たかのように、不安気だった表情を明るくした。

 そして——


「村の連中は全員逃がした! 全力で撤退しろ!! 絶対に死ぬんじゃねえぞォッ!!」 

 

 ロウさんの吉報を聞いたロンは「ソラ! 逃げよう!!」と言って、僕のことを迂回して飛び掛かってきた犬型魔獣を一振りだ斬断し、一歩後退する。

 魔獣の断末魔が五月蝿い。

 しかし、超人的な聴力により彼らの声を聞き取った僕は、この場にいる魔族を全て斬殺したいという『負の欲求』に全身を駆られつつも、全員の命が最優先だど断じ、魔族の大群が濁流のように流れ込んできている南方へと向けて、左の掌に溜め込んでいた『暴風』を撃ち放った。


「【風撃】——!!」


 僕が撃ち放った暴風は、前方から突き進んできていた魔族軍を丸っと飲み込み、徹底的に害悪を殲滅せんと、暴虐の限りを尽くした。

 まるで巨大な竜巻が村の南方に突如として顕現したかのように、吹き荒ぶ風は標的全てを巻き込んで、陰鬱とする灰の空へと向かって昇っていく。 

 僕が行使した『尋常ではない風の威力』に目を限界まで剥いていたロンとロウさんは、風が吹き止んだ村の中から、南方からこれでもかと進軍して来ていた魔族の大群が『跡形もなく吹き飛ばされた』ことを認める。

 一気にしんと静まり返った村を視界に映していた僕は、これが当然の結果であると言わんばかりに一切動揺することなく、固まってしまっているロンたちへと視線を向け、言葉を発した。


「家を吹き飛ばしちゃった村の人には申し訳ないけど『人が巻き込まれる心配がないなら』どんどん風を使っていく、だから余裕で魔族軍から逃げ切れるはずだ。行こう!」 


「——あ、ああ!」


 ハッと肩を跳ねさせて僕の言葉を聞いたロンは、風の加護、風の神が味方に付いているという希望の光を目に灯し、力強く頷いた。


「遅えぞ! 早く逃げんだよ!」 


「は、はははっ! 行こう、ソラ!」


「うん!」 


 そして、ロンさんの声に従うように、僕達は彼が待っている『北の雑木林』に足先を向けて駆け出そうとして——


「——!? ロンッ! 伏せろォッッッ!!」


 西側から猛速で迫り来ている『邪悪な気配』に感付き、先を行くロンに向かって必死な叫び声を上げた。

 

「〜〜〜〜〜〜っズッ、ごァッ!?」


 その必死な叫びを聞いたロンは、反射で僕の言葉に従い、勢いよく地に伏せる。しかし、それにも反応してのけた『人影』は、地に伏せた彼の腹部に向けて強烈な蹴りをめり込ませた。

 それを目の前で視認した僕は、訳の分からない状況への混乱を、燃える盛る激怒で抑え込み、手に持った短刀を投擲しようとする『桃髪の男』に向けて豪速の剣を振るう。


「誰だ、テメエは!!」


 怒りを隠す余裕がない声をうざったそうに聞き、繰り出された僕の斬撃を軽々と回避した謎の男は、ボサボサの桃髪を掻き毟りながら気怠げな垂れ目をした表情を僕に向けて——答える。


「あ? 俺ぇ? 俺はぁ——アロンズ」


「————」


「今からお前ら殺すけど、よろしくなぁー……ヒハッ」

 

 その『名』を聞いた僕は愕然とした表情をしながら、地を這う虫を弄ぶ子供の狂気を感じさせる雰囲気と、カラスを想起させる、絶句してしまうほどに絶大な殺意を発している男を見て。


 一筋の汗を地に落とす……

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