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蒼ノ旅人 ー蒼風のヘルモーズー  作者:
『オルカストラ』編〈1〉
81/138

第73話 悪夢と強襲

加筆修正して再投稿

 まただ。また、この夢だ。本当に最悪な悪夢。

 閉じられた瞼の上を、手のひらで上から塞ぎたくなるほどの、恐ろしい絶望の景色。

 だから、僕は眠るのが嫌だったんだよ。

 一度でも眠ってしまったら、最後までこれを見せつけられてしまうんだから。 

 苛烈を極めた模擬戦形式の剣術稽古。

 アエルさんという強者を超えて、確かに『一歩先の強さ』を得た実感はあった。

 だけど、それと共に手に入れてしまった睡眠不足と肉体的疲労が限界まで僕の身体に蓄積されたせいで、堪らずベットの上で目を閉じてしまい、こうなってしまった——

 

『はあ、はあ、はあ』 


 盛大に息を切らしながら、どこまでも続いていた山稜を駆け上がる。

 到着したのは、怪しげな濃霧が満ちる山の中。

 そこにある小さな小さな山村。

 違和感を感じてしまうほどの『無音』が、村に流れている。

 僕は、絶望に染まる愕然とした表情を浮かべ、顎が外れんばかりに口を開いた。

 ここにくるまでの全力疾走と、風に漂っている嫌な緊張のせいで、全身から噴き出てくる滂沱の汗を辺りに飛び散らしながら、僕は必死に『小さき友』を呼ぶ大声を上げる。


『ニアくんっ! ニアくんっっっ!!』


 小さな民家の庭先に、ぽつんと置かれていたのは、小さな円卓。

 その上には、淹れたてのコーヒー、そのカップが置いてあった。

 それを視界を凝らし、遠目で認めた僕は、その民家へと走って向かう。

 いつの間にか僕の手には鏡面剣が握られていた。

 そんなどうでもいいことは、人命に関わる緊急極まれりの状況では些事でしかない。


『ニアくん! ……い、居ない』


 民家には鍵が掛けられていた。無人であることを伝えるように、その扉はびくともしない。

 しかし狂乱している僕は、何の躊躇いもなく。

 右手に持っていた鏡面剣を使って、扉を切り刻んで、強引に屋内へと入った。

 視界に広がるのは家主も友人も居ない屋内の状況。募る焦りで表情を歪めた。

 罅が入ったガラスの心。

 僕のそれを叩き割ろうとしてくる、絶望の足音が聞こえた気がした。

 それから逃げるように、玉のような汗を散らしながら無人の家屋を飛び出した。

 そして目の前にあった、庭に設置されている物干し竿に、洗い立てなのだろう水を滴らせている洗濯物が干してある民家に向かって走り出す。


『誰かあっ!? 返事をしてくれよおっっ!!』


 先と同様に、頑丈な鍵が掛けられている扉を、今度は力尽くで蹴破って侵入する。

 出来立ての食事が並べられている、誰も座っていない空の食卓。僕は声にならない声を上げてしまい、衝動的に食宅に並べられていた料理群を掃き散らしてしまった。

 払われた腕のせいで、床に陶器が落ち、甲高い割れ音が響き渡る。それに大きく肩を跳ねさせた僕は、その場から逃げ出すように、住民の形跡が残っている他の民家へ向かって走り出す。


『はあ、はあ……うぅ……あぁぅ……っ』


 開かずの扉を一つ開けても、生活感が残されている家の中には誰も居ない。

 二つ目の扉を開けても、中はもぬけの殻だった。

 三つ開けても結果は変わらない。四つ開けても、結果は同じ。

 五つ開けても、六つと七つを開けても。

 さらに八つ、最後に九つ。

 永遠に等しく。無限にも等しく。果てしないと感じてしまう長い長い時間を使って、村中を調べ回った僕は、たった『一件』だけを残して、どの家屋にも誰もいないという事実を得る。

 

『うぅ……あぁ……誰か……誰かぁ……』


 違和感を感じるくらい『音』というのがしない村の中。僕の荒れきった呼吸と、鈍痛を訴えるほどに大暴れしている鼓動だけが、異物かのように存在感を示していた。

 周囲に漂う、真っ白な濃霧。それは湿度の高い、嫌な熱気を孕んでいた。

 滝のような多量の汗を流す、疲労困憊の僕にそれは執拗に纏わり付いてきて、ボヤけていた視界をさらに悪化させ、思考が回らなくなるほどに意識を朦朧とさせてくる。

 へドロになっている地面に、いつ倒れ込んでもおかしくないという状態、状況。

 内容物を全て吐き出しそうになるほどの不快感を抱えたまま、残された最後の一軒。

 村で『一番大きな建物』に僕は足を引き摺りながら、歩いて向かった。


『……ぁ……ぅ』


 耳鳴りという、不協和音な雑音群が奏でた『オーケストラ』が響き渡っている、誰も居ない、無人の廃村。僕の罅だらけの心を砕かんとする絶望の世界。

 多足類のような触手の形をした濃霧が、僕を悪夢の中から逃さないように全身を締め付けており、歩く地面は底無し沼となって執拗に僕を沈めようとしてくる。水のように重たい空気を吸って吐き出し、身体が蒸し焼きになってしまいそうに思えるほどの異常な蒸し暑さ感じながら、底無し沼に沈んでいく脚を必死に上げ、すぐそこまで来ている目的地に向かって進んだ。


『………………』


 最後まで残った。

 否。最後まで残してしまった。最悪な記憶を激しく刺激してくる、大きな家屋。まるで招いているかのように、僕のことを誘っているように、両開きの扉には鍵が掛けられていなかった。

 扉を押し開けた僕は、一直線に居間へと続いている、やけに長い廊下を進む。

 ぴちゃ、ぴちゃ。足に合わせて波紋する、居間から流れてきている真っ赤な液体。

 その上を這いずるように歩いていけば、玉座のような椅子が置いてあるだろう居間に入るための扉が見えて。僕はゆっくりと開け広げた。

 するとそこには、前と変わらず、息絶えた猫が居て——




「——っっっ!? はっ……はあっ……うぁぅ……」

 

 居間への扉を開けた先。

 愕然と目を見開いている僕の視界に広がった絶望の光景に、その心は音を立てて全壊した。

 糸が切れた人形のように、床一面に広がっていた真っ赤な絨毯の上で膝をつく。

 その瞬間、底なしの悪夢から意識を浮上させることに成功する。

 僕はベッドの上から勢いよく上半身を飛び起こした。

 悪夢に苛まれていたせいで、荒れに荒れてしまっている呼吸。それを何とか落ち着かせるように、寝起きで靄がかかっている頭をなんとか回転させて、深く、深く、深呼吸を行なった。

 そして、バクバクと暴れている心臓を服の上から片手で抑え、ゆっくりと部屋内を見回した。

 カーテンの隙間から漏れている朝日のおかげで、段々と靄が晴れる。

 寝惚けていた頭を覚醒することができた僕は、今いる世界が悪夢の延長ではなく、紛れもない『現実』であるということを認識し、ホッと胸を撫で下ろす。

 息を落ち着かせた後、ビッショリと掻いてしまっている寝汗を、部屋に置いてあったタオルで隈無く拭き取り、汗で濡れてしまっている寝巻きを、洗剤のいい香りがする清潔な衣服に着替えて、やつれた表情を屋敷にいる誰にも見せないようにグッと引き締めてから、部屋を出た。


 + + +


 廊下を歩いて階段を降り、先に起きて朝食の準備をしているだろう、マキネさんの手伝いをしに厨房へと向かう。


「ん……?」

 

 階段を飛ばし飛ばしで下りていく。

 早々に屋敷の一階へと移動、僕はそこで、玄関が開きっぱなしになっていることに気付く。

 なんせ、昨日の模擬戦式稽古で僕とアエルさん加減なく踏み荒らしてしまった『見るも無惨な状態の芝生』が屋内から丸見えになっていたからだ、

 僕は怪訝な風に首を傾げた。

 

 まだアイネさん達が起きてくる時間じゃないし、扉を閉めていないのはマキネさんだよな? でも、ちょっとの用事でも戸締りはキチンとするよな、マキネさん。

 じゃあ、開けっぱなしにしているのは誰だ? まさか僕か? ってそんなわけないか。

 

 生産性のない思考。僕は直接開けっ放しの理由を探るため、足先をその方へ向けた。

 すると、玄関近くにある広間へ続いている扉の隙間から、


『ザワザワ』

 

 という雑踏に流れる喧騒のような、不安と緊張を纏わせた複数人の声音が漏れてきていることに、超人的な聴力をもって気が付く。

 何を言っているのかまでは声が重なりすぎていて聞き取れないものの、声の感じからして只事ではない状況なのだと察することができる。

 僕は足の速さを一段上げて、広間へと向かった。

 そして、まるで怒号かのような余裕を欠けらも感じさせない複数の声音が漏れ出てきている扉に手を掛けた僕は、ドアノブを捻り、押し開けた。


「早く『村を捨てて』逃げた方がいい!」

 

 居間への扉を開けたのと同時に言い放たれた「村を捨てて」という、微塵も想像していなかった言葉を聞き、僕は驚愕で目を見開いた。

 故郷を捨ててでも逃げ出さなくてはいけない状況だということを言外に伝えてくる張り詰めた緊張の中、緊迫した話し合いを早朝から続けていたのだろうアエルさんとロウさん、それにマキネさんと村の住民達は、突然扉を開けて広間に入ってきた僕に、一斉に視線を向けてきた。


「な、何かあったんですか?」


 その視線群に晒されている僕は怖気付くことなく、老若男女を問わない村の住民達に向けて、先程の言葉の詳細な説明を求めた。


 + + +


 日が昇る前、だいたい十数分前に開かれたという、村の緊急集会。

 それに、アイリ村とは全く関係がない僕が飛び入り参加する。本当に意図せず盗み聞いてしまった、村を捨てて逃げ出さなくてはいけないという状況の詳細な説明を、僕は全員に求めた。

 僕の問いに対し、邪魔しないように静まり返っている広間。

 そこに流れている静寂を破ったのはマキネさんだ。彼女は僕の問い掛けに対し、ことの重大さを感じさせる重々しい表情で、至極丁寧に説明をしてくれた。

 緊張を孕んだ声を発している彼女の言葉を『一言一句』聞き逃さないように集中していた僕は、彼女が語り出した『状況』に、目を見開いた状態で時を止めてしまう。


 曰く、長年アイリ村と友好関係を築いていた近隣の村が、前触れなく強襲してきた『魔族の大群』の襲撃を許してしまい、一夜にして滅ぼされてしまったという——。


 昨晩、緊急事態を知らせる狼煙が上がっているのを確認した自警団数人が、すぐさま用意を済ませて救援に向かったそうなのだが。

 約一時間ほど馬を走らせて現場に到着した頃には、計三十八名の獣に喰い千切られたような、目を背けたくなるような惨死体が発見。

 残り四十三名の村民は、今だに行方不明になってしまっているとのこと。

  その話を注釈するように割って入ってきたロウさんが言うには、


「人間への勝ち鬨を上げた魔獣が、補給がてら殺した人間を平らげて行ったんだろう」


 完全敗北。完全全滅。今居る場所からそう離れていないところにある農村に住んでいた、普遍的な日常を過ごしていただけの無辜な人間全員が、昨晩の内に惨殺されてしまった。

 そんな、あまりにも衝撃的すぎる話を、まさに寝耳に水と言った愕然とした顔で聞き終えた僕は、出す言葉を失った。

 幼子でも理解できるくらい、アイリ村が危機的な状況に直面していることを把握する。


「ソラさん、これから村の防衛と、住民の避難を始めます。強者である貴方も、それに協力していただけませんか」


 拳を力一杯に握り締め、この世の害悪たる魔族への殺意を新たにした僕は、研ぎ澄まされた眼光を発しながら、村の防衛の協力を依頼してきたアエルさんと視線を合わせ、力強く頷く。

 アエルさんやマキネさんには一宿一飯の恩があり。

 この村に住んでいるロンやアイネさんには命を助けられた恩がある。

 そんな、人に助けられてばかりの僕が『怖いから』と言って彼等彼女等を見捨てることなんかできない。もう、僕は恐怖に怯えて逃げるわけにはいかないんだ。

 

「全力で守ります!」


 何も失わせてなるものか。命を使ってでも、必ず僕が守ってみせる。


 + + +


「俺達が生まれ育った大切な故郷を、易々と捨てられる訳ねえだろうが!!」


 と言う『防衛派』の人達と。


「魔族の大群にアンタ等が勝てる訳がない! 魔獣の餌にでもなる気なのかい!?」


 と言う『人命優先』の人達の『怒号のような大声』が飛び交っていた緊急集会は過熱を極めたものの、魔族との戦いで『死んでもいい』という者だけが村に残り、その他の者は歌の国の都市『ミファーナ』に一時的に身を寄せる——という結論で何とか締めて終わることができた。

 自警団の男たちは『村の防衛』に力を入れると言った。

 そんな勇敢とも蛮勇とも言える彼等に、あなたも逃げましょうと、涙ながらに訴えている伴侶や子供の姿を見てしまった僕は、ことの原因である魔族への殺意を燃やすのと同時に、恐怖する彼等彼女等を安心させてあげられない自分の無力さに、打ち拉がれたように視線を下げた。


 北西にある歌の国の都市『ミファーナ』への出発は、村から逃げることにした村人たちの荷支度や、村に残されてしまう『故人』への別れが済む頃合いを想定して、正午ごろに決定した。

 ミファーナを目指す村人たちを、野良の魔族から護衛をするのは、家族からの説得を受けて、このアイリ村を離れることにした自警団員数人。そして、村に残って防衛に回るのは、意気込む自警団の男達と、アイリ村の村長であるアエルさん。それにロウさんと僕の計『十五人』だ。


 決して多いとは言えない人数。

 しかし、全員が魔族と戦える歴戦の猛者だということで、とても心強く感じる。

 

「ふぅー…………よし!」


 僕は両の頬をパンっと力強く叩き、万全の気合を入魂した。そしてバタバタと自警団——改め『防衛団』が忙しなく出入りしている屋敷を出て、村の中央公園にある花壇の縁に腰掛けた。

 腰に差している鏡面剣の柄を静かに握りながら、空気を震わせるような緊張感を発している、いかにも近寄り難い僕のもとへと、アイネさんと共に村を発つことになっているマキネさんが、摂ることができなくなった朝食として、サンドイッチを作ってもってきてくれた。僕はそれを、


「ありがとうございます!」


 と心からの感謝を伝えて受け取る。この村に残ることになった僕のことを心配しているのだろう、眉目を下げた表情を浮かべている彼女を安心させるため、僕は浮かべていた柔和な笑みを変貌させて、食い意地の張った獣のように、バクバクゥッ、とサンドイッチを貪り食らった。

 まったく予想だにしていなかっただろう、早食い。前触れなく怒涛の勢いで食事を摂り、そして完食してしまった僕のことを目を点にして見ていたマキネさんは、パチパチと何度も瞬きを繰り返した後、僕の想定通り、心配していた顔を、呆気に取られた表情へと様変わりさせた。

 びっくら仰天している彼女を視界の端に収めていた僕は、あっという間にサンドイッチ五つを平らげる。

 そして「ご馳走様!」と張りのある声で言って、サンドイッチが詰まっていたバスケットの空にした。そんな僕を見た彼女は、張り詰めていた心配の表情を解して「あはは!」と笑った。


「ソラ様。絶対に、死なないでくださいましね」  


「はい。絶対に生きて、アイリ村を守りきってみせます。だから、マキネさんはドーンと安心していてください」


「ふふっ。約束ですよ?」


「ええ。約束します」


 二人で約束を交わす。それは誓いだった。嘘偽りない、僕の宣誓。

 絶対に守りきる。そんな口約束。

 それを経て、あどけない少女のような笑顔を咲き誇らせた彼女は、長いスカートの裾をふらりを浮かせながら、走って屋敷へと戻っていった。

 走り去る彼女を見送った僕は、彼女の背中から、先程までまとわりついていた不安が綺麗さっぱり取り払われていることを認める。人知れず、ほっと胸を撫で下ろした。

 最後になるかもしれない補給。それを万全に済ませた僕は、今度こそ準備万端な状態となり、どっしりと花壇の縁に腰を掛け直す。


「…………」 


 ふと見上げた空は、あの時と同じ灰色のまま。僕は最悪な既視感と嫌な胸騒ぎを感じつつも、それを旅の中で培ってきた精神力で抑え込み、時が来るのを目を瞑って待ち続ける。

 それから三十分が経った午前の十時過ぎ。

 ザッザッという足音が僕に近づいてきていることに気づき、僕は目を開けた。


「や、ソラ」


「——ロン」

    

 変わらず花が咲く、花壇の縁に腰掛けていた僕へ声を掛けてきたのは、腰になんの変哲もないただの鉄の剣を差している、武装した格好のロンだった。彼はアイリ村を出るための荷物など何ももっておらず、そんな彼を見た僕は『まさか』という考えを過らせる。その、若干目を剥いていた僕の考えを肯定するように、隣に腰掛けたロンは口を開き、悲し気な声音を発した。


「アイネ達は村を離れることになってしまったね。だけど、僕は村に残ることにしたよ。アイネと『愛している人と共に育った故郷』を捨てるのは、僕には難しかった」 


「……そっか」


 ロンは意気消沈したように、身体に暗い影を纏わせたまま、両肘を膝の上に乗せ、煉瓦畳みの地面に視線を向けていた。

 そんな彼を横目にしていた僕は、彼の姿に対し、強い『既視感』を感じてしまっていた。

 ロンが来て早々に語り出した内容と、ロンが発していた、自分の心に逆らって無理やり搾り出しているような『言い訳』染みた声音。

 そして『何か』から背を向けて逃げ出しているような彼の姿。

 それがどうしようもなくに忌避感を、不快感を、若干の苛立ちを、真正面から与えてくる。

 その負の感情——苛立ちの理由を知るために、僕は思考する。


「絶対に村を守り切るんだ。そしていつか、アイネと『アイリの花園』で式を挙げる。その時が来たら、ソラには友人枠として参席してほしいな」


 ああ、そうか。そうだったんだな。

 今のロンの姿に感じてしまっていた既視感って。

 彼に重なっている影の正体って、あの時の『僕』のものだったんだ。

 僕が魔族以上に嫌っている、この世で一番嫌いな、目を背けたくなるほどに忌避している過去の『僕』に、ロンは似てきてしまっているんだ。

 自分が出来なかったことを魔族のせいにして。死んでしまった人間を、生き返らせてほしいなんてメチャクチャなことを恥も外聞もなく、小さな恩人に頼み込んで。

 ただひたすらに友を殺したと思い込んで、魔族を滅ぼしたいほどに憎んで恨んで怒って。

 でも、本当に『友』を殺したのは。

 あの時、助けられるはずだった『小さき友人』を救わなかったのは。

 紛れもなく、背を向けて逃げ出した『僕』だったのだ。

 そんな、どうしようもない過去の自分の姿が、今の。

 言い訳をしながら『最も大切な一歩』を踏み出せずに、その場で足踏みをしているロンの姿と重なってしまっているという訳なのだろう。それが、この苛立ちの正体で間違いない。


「ロンは、本当にいいの?」


 心の中で渦巻いていた『負の感情』の理由。それに気がついた僕は、耽っていた思考を終えて、先の発言的に、未来永劫引き摺りかねない最悪な後悔を進んで手に入れようとしている、大切な友人であるロンへと向けて、釘を刺すような発言をする。


「…………必ず生きて、アイネのもとに行くさ」


 僕の説得するような言葉を聞き、声を詰まらせたロンは、まるで言葉を発した僕ではなく、何度も自問してくる『自分自身』に言い訳をしているかのような、苦し気な返事を絞り出した。

 そんな優柔不断な彼に横目の視線を向けていた僕は、少しだけ怒っている風に眉尻を上げて、続けて言葉を投げかける。


「行きなよ、ロン。アイネさんの居場所に」


「……いつか、必ず行くよ」


「〝いつか〟じゃない。〝今〟行くべきだ。ロン、逃げたら駄目だ。

 一度でも逃げてしまったら、その逃げた結果は『未来永劫』残り続ける。

 一度でも逃げてしまったら、もう二度と取り返しがつかなくなってしまうんだよ」


 薄暗い影を差した表情で僕が発した、今もなお、罪過として引き摺り続けている『後悔』を滲ませた声音を聞いたロンは、口を開こうとしては閉じ、呼吸を震わせながら拳を握り締めた。

 決断しきれない自分自身に怒っているかのように、それでも力及ばず諦めてしまったように、彼は僕が投げかけた言葉の返事をせず、逃げるように押し黙った。


「……別に、逃げているわけじゃ——」


 しばらくして、声を震わせながら発せられた、ロンの弱すぎる言い訳。

 それに対し、眉尻をグイッと逆立てた僕が「君は逃げていると思うよ」という、辛辣にも思われるだろう厳しい言葉を投げかけようとした——その時。


 カンカンカンカンカン


 突如として、村の南方にある見張り台から、余裕を一切感じさせない、とても大きな鐘の音が鳴り響いてきた。それを聞いて肩を大きく跳ねさせた僕とロンは、すぐさま腰掛けていた花壇の縁から立ち上がり、状況を探るために空を見上げた。すると、


「魔族だっ! 南からっ! 魔族が来たぞォォォォォォォォォォォオッッッ!!」


 見張り台の上で決死に叫ぶ男の声を押しつぶす形で、遠くとも言えない距離から、数々の遠吠えが打ち上げられた。

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