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蒼ノ旅人 ー蒼風のヘルモーズー  作者:
『オルカストラ』編〈1〉
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第71話 アイリの花

 僕がアイリ村に来てから四日目の朝。連日通り、朝食の用意をしているマキネさんを手伝い、朝の六時に起床して部屋から出てきたアイネさんたちと食事を共にする

 今日の朝食は鶏肉のトマトシ煮込みとカボチャのパンだ。

 昨日の夜から仕込んでいたとはいえ、朝から手が込んでるなぁ。

 って、料理が装われた食器を並べながら、僕は感嘆した。

 さすがプロだな、マキネさん。

 僕は屋敷の主人の背で凛として立つ、家事のプロに対し、静かに尊敬の念を送った。 

 そうして朝食を摂り終えた僕は、何かの用事で村を出ていくアエルさんを、アイネさん達と玄関先で見送ってから、食器の後片付けをする。  


「ソラ様」


「——ん? どうしました?」


 流し台でガチャガチャと食器を洗っているマキネさんの隣で、彼女が洗い終えた食器を受け取って、布で乾拭きをしていた僕は、唐突な声掛けを聞き、隣へ顔を向けた。外した眼鏡を頭の上に乗せる彼女は、食器をスポンジと洗剤で洗いながら僕の方に視線を送り、言葉を続ける。


「今日の御予定はございますでしょうか?」


「予定ですか? んー、明後日はアエルさんに剣を教えてもらえることになっているんですけど、今日は特に……」


 唐突に予定を聞かれてしまった。

 記憶を読み漁るように目線を上げて、今日の予定はないことを正直に伝えるその返事を聞いたマキネさんは、動かしていた手をピタリと止めて、僕の方に視線を向けた。 

 顔を見合わせた状態になっている僕は、眼鏡を掛けていないせいで視力が落ちてしまっている彼女の、グーッと細められた目で見詰められてハッとし、手が洗剤の泡だらけで自分で掛けられない彼女の代わりに、眼鏡を優しく掛けてあげた。それで視力を取り戻した彼女は『パチパチ』と数回瞬きをし、泡を流した片手を口元に当てて「くすり」と小恥ずかしそうに笑った。


「ありがとうございます。それでなのですが、今日の御予定がないのでしたら、村の仕事の手伝いをしていただけませんでしょうか?」


「村の仕事——ですか? 僕は全然構いませんけど、何の仕事をするんですかね?」


 率直な疑問を掛けられた彼女は、僕の質問に答える。


「村の警備——主に魔獣防衛の仕事となっております。ソラ様のお力を見込んでの提案でありますね」

 

 マキネさんは突然、顎に拳を当てて、首を傾げるように顔を斜めにし、片足を無駄に地から離した、常に凛としている状態を維持していた彼女ができる、最大限のあざとい笑みを作った。

 よく分からないけど、恐らく世間一般的には可愛いポーズ。無表情で、それでいて小恥ずかしそうにポーズする彼女に対し、反応に困まってしまった僕は引き攣った笑みを返してしまう。

 僕の無理やり形作った笑みを正面から見せ付けられた彼女は、すぐさまポーズを崩し、羞恥で朱に染まった頬を手で覆い隠した。

 そして、睨むように僕を見詰めてきた彼女の『ここまでしたんだから、やりなさい』と命令されているような目を向けられてしまった僕は、再度顔を引き攣らせつつ、しかし観念したように「わ、了解しました……」と承諾の言葉を吐き出させられ、ガクリと首を折ったのだった。


          * * *


「そういう訳で、仕事をしないといけなくなりました」


「はははははっ!」


 屋敷を出た僕は、あざといメイドに命令されてしまった『お仕事』をこなさんとして、村の自警団に加わっていそうなロンに、僕が飛び入りで参加できる仕事はないかと聞きに行く。

 彼の家に向かって、朝の八時くらいに戸を叩いて呼び出した。

 そして家から急いで出てきた寝起きの彼に事の経緯を説明して——今に至る。

 寝癖を玄関先で披露しているロンは、今日一日『暇』をするはずだった僕に、まるで落雷のように唐突に打ち下された、マキネさんからの絶対命令。それを内容を聞き、大笑いし始めた。

 涙を溜めながら腹を抱える彼に対し、僕は「笑いすぎじゃない?」と不満げに眉尻を上げた。

 ロンには『僕はイヤイヤ仕事を引き受けた』なんて思われていそうだけど、そもそも僕には一宿一飯の恩がある。だから与えられた仕事を断る気なんてさらさらない。

 まあ、ちょっと強引すぎないかって思ってしまったのは、内緒にしておこう。


「ははっ。いや、ゴメンゴメン。アイリ村の自警団は随時団員を募集しているから、戦える人員は大歓迎。せっかくだし、自警団の仕事をするなら僕と一緒にやろうよ」


「え、いいの?」


「もちろん。友人の頼みだし、見回りは一人より二人の方が楽しいだろ?」


「そっか。ありがとう、ロン」


 そうして僕は、アイリ村の自警団に一日限定で飛び入り参加することができた。

 これでマキネさんの命令を遂行することができる。

 そう胸を撫で下ろした僕は、朝から協力を頼んで快く引き受けてくれたロンに感謝を伝える。

 すると彼は「いいってことさ」と気前の良い笑顔を浮かべて言葉を返した。

 そして「コーヒーでもどうだい?」と家の中に招待されてしまった。

 僕は遠慮しつつも、コーヒーの魔力を浴びて生来の食い意地を発揮してしまい、「じゃ、じゃあ……」と、甘い蜜に誘い込まれた虫のように、ふらふたと彼の家の中にと足を踏み入れた。

 

「急にお邪魔してすみません。僕は『ソラ』って言います。お、おはようございます」

 

 人の家なんだから当たり前だが、家の中にいたロウさんと、彼の妻であり、ロンの母親であるケリーさんと顔を見合わせた僕は、急に来たことに対する謝罪と、朝の挨拶を同時に行う。

 家に招待された僕を見たロウさんは「よく来たな、坊主!」と気の良い声を張り。

 ケリーさんは「まあまあ、いらっしゃいませね」と笑顔で歓迎してくれた。

 そんなこんなで彼の家の食卓についた僕は、ケリーさんが快く用意してくれた、湯気が立つブラックのコーヒーと、焼き立てフレンチトーストを食した。

 卵の黄色と牛乳の白さ。

 それが混じった、焼き色が薄らと付いたフレンチトーストは、僕が思っていたよりも甘味が少なく、サチおばさんとは違って砂糖を掛けすぎていないことが分かり、少しだけ安心した。

 噛んでいた物を飲み込んだ僕は「ズズズ」と熱々のブラックコーヒを口に含む。

 初めてコーヒーを飲んだ時は『苦いだけの湯』という感想しか出てこなかったけど、慣れてくると、この苦味と香りがクセになってしまうんだよなぁ。 


「ソラは、コーヒーが好きだったんだ」


「うん。久しぶりに飲んだけど、やっぱり美味しいよ」


「ははは! アエルさん達は甘党だから、食卓に苦味のあるコーヒーは出てこなかったんだろうね」


「なるほどぉ」

 

 そんなこんなで、久方振りのコーヒーを飲み終えた僕は、帯剣などの支度を済ませたロンに連れられるまま、アイリ村の自警団の仕事に着手した。


 + + +        


「よし。今日はここで終わりだよ、お疲れ様」


「うん。何事もなく終わってよかったよ」

  

 現在時刻は十七時半。朝の九時に始めた自警団の仕事は、日が落ちかけた頃に終了を迎えた。

 見張り台の上に登って。魔族が村に近づいて来ていないかを見張ったり。

 村に不審者や魔族が入り込んでいないかの巡回をしたり。

 非常時に使われる村民の避難経路の確認をしたりなどなど。

 朝に仕事を始めてから、今の今まで動きなっぱなしだった。


「さすが、ソラ。全然疲れてないね」 


「はは、少しは疲れたよ?」


 額に汗を浮かべているロンは、それを鬱陶しそうにワイシャツの袖で拭い去る。

 そして、朝から夕まで行動を共にしていたのに、まったく疲労というのを感じさせない、汗ひとつ浮かべていない僕へ、尊敬の念が込められた言葉を送る。

 ロンは何でも褒めてくるなぁ。そう思った僕は、不意に素直な賞賛を浴びてしまったせいで、全身にむず痒さを感じてしまい、態とらしく頭を掻いた。

 顔の汗を拭い終わったロンは、僕に爽やかな笑みを送りながら口を開いた。

 

「ソラ。よかったら明日も一緒にどうかな?」

 

 明日の仕事の誘いを受けてしまった僕は、申し訳なさそうに眉尻を下げる。

 そして明日の予定を彼の話した。 


「ごめん、ロン。明日はアエルさんに剣を教えてもらう予定になってるから、自警団の仕事はできないと思う」


 赤裸々に語る内容。それを黙って聞き終えたロンは、驚愕したように軽く目を剥いたまま、何かを考えるように、考え込むように、視線を足下へと向けた。

 一言も返事をしない。黙りこくってしまった彼に対し、僕が『どうしたの?』と首を傾げていると、少しだけ暗い表情になったロンは、自分の状況をまったく分かっていない僕に向けて、まるでなにかを誤魔化しているような、無理やり作ったような。ぎこちない笑みを向けてきた。

 それを正面から見せられた僕はついキョトンと目を点にしてしまう。


「そうか、アエルさんが……」


「? ど、どうしたの? 何かあったの?」


 悲し気な表情を浮かべながら、掻き消えそうな小さい声音でそう呟いたロンに、僕は堪らずその表情の理由を問い掛ける。

 しかし、僕の問い掛けを聞いた彼は、何かを言い悩むような苦し気な表情を浮かべ始め。

 数分ほど悩んだ末、結局、僕の問いにロンが答えることはなかった。

 ある種の答えを示された僕は、僕には言いづらいことなんだなと言外に察し。

 黙ったまま後ろ手を振って去っていく、哀愁を纏う彼の背を追いかけることはしなかった。

 僕は黙って、夕日に染まる彼を。

 何らかの決断を踏み切れずにいるのだろう『友の背』を、ただ見送った。


           * * *


 与えられてしまった任務。それを忠実に遂行し、日が落ち切る前に屋敷へと帰還。 

 玄関先で帰りを待っていたマキネさんと目を合わせる。彼女は僕と目を合わせるなり、


「お疲れ様です、ソラ様」


 という労いの言葉。そして、なに文句を言えなくなってしまう、晴れやかな笑みを浮かべた。

 押し付けるようにそれを送られてしまった僕は、これが私からの『報酬』ですと言わんばかりの、態とらしくニコニコとしている彼女を見て、堪らず苦笑を浮かべ、大袈裟に首を折った。

 

「コートと武器は私が部屋に運びますので、ソラ様は汗を浴室で流してきてくださいませ」


「分かりました」


 目の前に差し出された、女性の細い腕。それに脱いだコートと、腰に差していた鏡面剣を渡す。僕は荷物を受け取った彼女に急かされるまま、スリッパに履き替え、僕のためを思って早めに用意してくれたという風呂に、家主を差し置いていの一番に入らせてもらうことになった。

 

「ふぅ〜〜〜」

 

 頭と身体を石鹸で泡立てて洗い、沸かしたての熱々の湯で流し終えた。

 これまた熱々の湯船の中に綺麗さっぱりになった身を沈めていく。

 屋敷の主人であるアエルさんたちを差し置いて、ただの客人である僕が一番風呂をもらうのは申し訳なく思うんだけど、不眠のせいで重く溜まっていた疲れを、一人で気兼ね無く取れるのは、とてもありがたい。

 湯船の中で疲れを取っていた僕は、瞑想するかのよう、スッと目を閉じた。そして。

 何故かぬるくなっている湯船の中で、眠るギリギリの状態、無心になっていた僕が全開と目を開けた頃には、いつの間にか『二時間』も経過してしまっており、自分の体内時計に青ざめた僕が急いで浴室から飛び出ると、カンカンになっているマキネさんに詰められてしまった。


「心配させないでください!」


 という怒気怒気した言葉を打つけられる。小動物のように身を小さくし、正座させられた僕はアイネさんに「クスクス」と笑われながら、常に冷静沈着で大人しかった彼女からは想像もできない程の、カカさんを思い出す『ガミガミ説教』を聞くことになってしまうのだった……。


         * * * 

 

「はあ……」


 現在の時刻は二十二時。怒り心頭のマキネさんの、

 

「溺れ死んでいたらと心配して、何度も浴室に向かおうと思っていたのですよ!」


 小一時間の説教を終えて、ようやく解放された僕は、温め直してくれた食事を摂り、久方振りに怒られてしまった気晴らしをしようと、夜の散歩をするためにこっそりと屋敷から出た。

 慎重に扉を開けたのと同時に、視界を阻む夜闇の中で、自分を誇示するように響いていた鈴虫の鳴く声が僕に耳に届く。

 ハザマの国でよく聞いていた鈴虫のチリチリという高い鳴き声とは少し違って、こっちの鈴虫の方は『重低音』が特徴的に思える。

 歌の国には『美声』の生き物が多いのだと図鑑に書かれていた。

 この音の主は歌の国の『固有種』なのだろうな。

 気持ちの良い音を聴き続けた僕は、空に浮かぶ月の明かりに照らされて、何とか視認できる道を、ゆっくりと行く当てもなく歩き始める。 

  しばらく歩いて行った先、村の中心にある円形公園に誰かが居り、僕は目を凝らしながら、空に浮かんだ月を見上げている誰かのもとへと向かった。

 そして、その誰かも僕の足音に気づいた様子で、向かっている僕に歩み寄ってくる。


「あ、ロン!」


「なんだ、ソラだったのか! 誰かと思ったよ」


 夜が更けてくる前の時間帯に、バッタリと出会したのは、今日の仕事を共にした、服装の変わっていないロンだった。彼は、闇夜に紛れていた僕の姿と声を認めるなり、


「ははは!」


 と笑いながら、嬉しそうに駆け足で寄ってくる。 


「や! ソラも散歩かい?」 


 向かい合った僕に、気の良い張りのある声を掛けてきたロンは、別れ際の表情の暗さ——夜だから暗いけど——はなく、いつもと変わらない様子だった。

 それで人知れずホッと胸を撫で下ろした僕は笑顔で彼に返事をする。


「うん。ロンも?」


「ああ。せっかくだし、一緒に歩かないか?」


「いいよ」


 彼からの誘いを断る理由はない。一つ返事で了承する。

 僕の了承の意を受け取ったロンは、再度口を開いた。


「よし。それじゃあ、とっておきの場所に連れて行ってあげるよ」


 そう言ったロンは、樹海の反対、北の方角を指差した。

 彼が指差していた方を目で追っていた僕は、そういえば北の方には行ってなかったな。

 と視線を前に戻し、謎に自慢げな表情を浮かべているロンに疑問の声を投げかける。


「とっておきの場所って?」


「行ってからのお楽しみ。さ、ついて来て」


 まるで『サプライズ』をするかのように答えを出し渋っているロンの後を、僕は内心ワクワクしながらついて行く。

 村の北側に生い茂っている雑木林を歩き越えて行った先、村の境界線を越えたところに広がっていたのは、息を呑むほどに美しい、月明かりに照らされて『青く輝く』大平原。

 微風と共に、草花の擦れ合う音が鳴る大平原には、オルカストラの固有種達が奏でる、胸を躍らせてしまうほどに調律の取られた、誰一人して客のいない、圧巻の演奏劇が行われていた。

 比喩抜きで青白く輝いている『花』を一面に咲かせているおかげで、より幻想的な風景が視界いっぱいに映し出されている。

 まるで夢の中のような光景に、僕は息を忘れて、無意識に両腕を広げてしまっていた。


「もう少し先に行ってみよう」


「うん」


 目の前の光景に見入って固まってしまっていた僕に『分かるよ』という理解の眼差しを送っていたロンは、ザッザッと草々を踏み鳴らし、下り坂になっている場所を降りていく。

 彼の「行こう」という言葉に同調した僕は、地に咲き誇っている『謎の花』を踏んでしまはないように細心の注意を払いつつ、平原の先を歩く彼の後に続いていった。


「ねえ、ロン。この青く輝いてる花はなんて花なの?」


「これは『アイリの花』だよ。世界でも『ここ』にしか咲いてない、希少な花なんだよ」


「へー……綺麗だね」


 僕は月明かりを反射しているかのように、青白く輝いているアイリの花に見入られながら、上の空の感想を呟く。

 

「…………なあ、ソラ」


「ん?」  


「村長——アエルさんに何か言われたりしたかい?」


 歩みを止めず、背を向けたまま表情を見せないロンが発した、その真剣な声音を聞いた僕は、彼は『この話するため』に僕をここに連れてきたのだと、何となく理解することができた。

 だから真剣に正直に、彼の問いに言葉を返す。


「今日は用事があるから出ていくとか、マキネさんとアイネさんは幼馴染で姉妹のような関係とか——くらいだよ」


「それだけ?」


「うん。これくらいしか話してない」


「そっか……」


 あ、昨日の晩にアイネさんが僕の部屋に訪ねてきたんだった。


「そういえば、昨晩、アイネさんが「父の様子がおかしくなかったか」って聞いてきたよ」


「どこかおかしかったのかい?」


「それがよく分かんないんだけど、まあ、優しいなぁって思ったかな。最初に会った時は厳しそうな人だなって思っていたから、喋ってみて、アレ? って感じだった」


「そうか……」


 僕とロンは平原を進んだ先にあった、地面が盛り上がった小高い丘の上で腰掛けた。

 辺り一面を絨毯のように埋め尽くしているアイリの花を黙って見つめていた僕は、悩み続けていた思いを吐き出そうとしている、苦し気な表情を浮かべているロンが、意を決して喋るのをただただ待ち続ける。

 そうして、虫達が奏でる『オーケストラ』を聞くこと十数分。意を決したロンは、声を震わせながら僕に何かを語り出した。それを一言一句聞き逃さないように集中して、僕は聞き入る。


「多分さ。アエルさんはソラを、アイネの『夫』として考えているんだと思う」


「…………はっ!?」


 超が付くほどの真面目な雰囲気の中、そんな突拍子もないことを言い出したロンに対し、堪らず驚きの声を上げてしまった僕は、座っている丘から盛大に転げ落ちそうになってしまった。


「ど、どういうこと……?」


 なんとか転げ落ちないように全身を使って踏ん張り耐える。

 僕は残像を残すほどの高速で、ロンの方へと顔を向けた。

 恋人がいる女性と僕が結婚する。

 恋人がいる女性と夫婦になる。

 とかいう、かなりぶっ飛びまくっている結論に行き着いた、その経緯の説明を求める。


「アエルさん——というか、アイリの一族は代々『オルカストラの国宝』を守っているんだ」


「こ、国宝?」


「ああ。その宝は『宝具』っていう、世界的にも超希少な物らしいんだ。

 何でも、アエルさんの曽祖父が歌の国で五本の指に入る実力者だったらしくてさ、それで歌の国からその実力を買われて宝具の守護を任されたそうなんだよ。

 この村もついでにね」


 なるほどな。つまりアエルさんは『宝具の守護を任された戦闘系貴族』だったというわけか。  

 通りで魔獣狩りなんてどう考えても危険なことを、特権階級の人間が進んでやっていたわけだ。

 そもそも、そういう『役割』を歌の国オルカストラから与えられている貴族だったんだな。 


「ん? それで、どうして僕が結婚?」


 僕の疑問の声を聞き、数瞬だけ間を開けてロンは答える。


「弱ければ宝なんて守れるわけがないだろ? 

 アイネも、アエルさんにとっては宝具以上の宝だから。

 アイネも宝も村も、全部『守り切れる』者じゃないと『結婚』は認めないって、そう言われたことがあるんだ」


 だから、二人はあんなに熱々だったのに結婚まで行けていなかったのか。

 ていうか『弱ければ反対』って、なかなかに無茶なこと言ってるよな。

 何かを『同時』に守るなんて、どれだけ強い人でも困難を極めることだと思う。

 それなのに何で、大して強くもない僕なんかに結婚とかいう、とんでもなく巨大な白羽の矢が立っている意味が分からないんだが。

 もしかして昨日の夜の「身体能力が高い」っていう話が関係してる?


「そ、そうなんだ……え、でも、何で僕なんかが」


「ソラは僕が見ても才能のある人だと思う。あの『熊』だってあっさりと倒しちゃうし。それに、ソラには『風の加護』だってある。あの最強の『勇者』と同じ力だ」


 加護って言ったって、そんなの全然使いこなせてない代物なんだよな。

 勇者だって、つい最近知った言葉だし。

 ロンとアエルさんは僕のことを過大評価しすぎているように思うんだけど。

 

「ぼ、僕は——」


 僕はロンが思っているような強い人間じゃない。

 そう言おうとした、その時。ロンは態とらしく言葉を被せてきた。


「僕は、昔自分のことを『俺』って呼んでいたんだ。

 でも、アイネのことが好きになって、呼び方を『僕』に変えたんだよ。それで、結婚の話をアエルさんに断られた日にさ、アイネに「村を出ないか」って言われたんだ。

 ……それに僕は「いつか、二人でどこまでも行こう」って、そう言ってしまった。

 でも、僕達はまだ村から出られてない。

 勇気が無いんだ。アイネを連れて村を飛び出す勇気が、弱過ぎる僕には無いんだよ。

 何度も考えたさ。それでも、こんな時代の中を『アイネを守っていけるのか』って、そう考えてしまう。アイネを、アエルさんのもとから連れ去る度胸が、僕には無いんだよ……」

 

 嗚咽混じりに声を震わせながら、赤裸々に今の悩みを吐露していくロンに、僕は何も言えなくなってしまった。

 僕には恋愛経験なんてない。

 結婚の話なんて、カカさんから執拗に言い寄られていたことくらいだから。

 そんな僕に彼らの問題を解決する能力は皆無と言っていい。

 何も言わなくなってしまった僕とロンとの間には、秋夜の静寂と虫達の荘厳な演奏のみが流れている。月明かりに照らされる花園の中、ただただ無意味な時間が流れていった——


「……そろそろ戻ろう。冷えると風邪をひいてしまう」


「……うん」


 スッと立ち上がったロンの言葉に続き、僕も丘から立ち上がって帰路に着く。

 僕とロンは終始無言を貫きながら村へと戻った。僕は何かを言おうとしては、何を言えばいいかが分からず、声を詰まらせては諦めるを繰り返してしまった。

 どう励ませばいいのか。

 男女の関係に疎すぎる僕に出来ることなどなく、僕達は、それぞれの道を歩み出す。


「それじゃあ、おやすみ。また明日」


「うん。また明日」


 目尻を下げて、別れの挨拶を済ませたロンに、僕も言葉を返す。

 そして、闇夜の中を二手に別れて歩き出した僕とロンは、軽く手を振り合いながら自身の帰る場所へと歩いていった……。

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