第69話 違和感満ちる樹海で狩る
約束通りの昼が過ぎた時間帯。現在時刻は十四時を回っている。
僕とアエルさんは、マキネさんお手製の絶品ピラフを食べ終えた後、魔獣狩りをする支度を済ませた。
そして心配をするアイネさんと、素面のマキネさんに見送られながら、屋敷を出る。
村の南出入り口。そこには彼が直々に声を掛けたという『腕の立つ腐れ縁の人物』が待っているらしい。
大草原を駆って移動するための馬を引っ張りながら、僕達はその待ち合わせ場所へ向かった。
それからかれこれ十数分後。
利口な馬を手で引きながら、歩いて到着した待ち合わせ場所にいたのは、自分が連れている馬を撫でている、藍色の髪をした長身の青年。
僕の命の恩人であるロンと、どことなくロンと似た雰囲気を醸している、三十代後半のアエルさんと同年代っぽい男性が一人。
「ロン!」
「やあ、ソラ。それと——こんにちは、アエルさん」
「……」
自分の馬を愛でていたロンに声を掛けると、こちらに気付いた彼はニコッとした笑みを浮かべ、僕と挨拶を交わした。
僕との挨拶を終えたロンは、僕の隣を歩いていた『恋人の父親』であるアエルさんに腰を折って丁寧な挨拶をする。
しかし、アエルさんは彼の挨拶を露骨に無視して、彼の隣に居た男性に『ガンを飛ばしながら』近づき、低い声音で言葉を発する。
「相変わらず趣味の悪い格好だな、ロウ」
「ああ? テメエがガチガチすぎるんだろうが、アエル」
アエルさんが開口一番に煽りにいったのは、ロウという名の男性だった。
動物から直接剥いだ物のような毛皮の腰巻き。
腰に差しているのは『シミター』という湾曲片刃剣。
鍛えられている胸板と腹筋を強調するように、上に羽織っているのは前開きのジャケット。
いかにも『賊』というファッション。
その出立ちは少々威圧的で、近寄り難い。
最初はロンと雰囲気が似てるなぁと思っていたのだが、対面してみると分かる。
性格と口調の粗暴さは、礼儀正しく育ちが良いと言える、ロンとは似ても似つかない。
雰囲気や髪色、顔立ちはにているから、彼はロンの近縁者なのだろうけど。
まさかこの人がロンの『父親』だったりするのだろうか?
ロウさんは今も口論——ただの罵り合い——をしているアエルさんと同年代のようだし、多分だけどこの人がアエルさんが言っていた『腐れ縁の人物』なのだろうから、あり得るよなぁ。
売り言葉に買い言葉。
いい歳をしている二人の男性は、聞くに堪えない罵詈雑言を飛ばし合う。
それを離れたところで静観していた僕はそう思考した。
僕のその考えを察したのか、こんなの日常茶飯事さという顔をして肩を竦めていたロンが、気になっていたことの『答え』を口にした。
「ソラの思っている通り、あの乱暴な人が僕の父親だよ」
「……言っていいのか分からないけど、全然似てないね」
「ありがとう。そう言ってもらえると助かるよ」
重要な戦力である二人がこんな『不和』のままで、命の危険がある魔獣狩りなんて無事に出来るのだろうか?
危なくないか? 中断するべきか? そう悩んでいた僕に、ロンは、
「いつもこんな感じだから平気さ」
と言って笑いかける。
ならいいかぁ。とはならないのが正直なところなのだが。
長年の経験があるロンが大丈夫と言うなら、本当に大丈夫なのだろう。
子供のような口喧嘩をし合うおじさんたち。
それを他所に、僕とロンは彼らが疲れ果てるまで、談笑を続けた。
カカさんのナメクジ事件や、蜂に刺されたロンの話。本当にたわいもないことを教え合う。
そうして。
息を切らしながら言葉の殴り合いを終えた二人と、それを呆れながら静観していた僕とロンは同様に馬に跨り、村の南出入り口から、南方にある樹海を目指して出発するのだった。
+ + +
各々の馬で広大な大草原を駆り進むこと、約一時間半。
僕達は、おじさん二人が全力で競争していたせいか、おかげか。
思っていたよりも早い時間帯に、樹海の目前に到着することができた。
馬鹿みたいな競争で、いらない無茶をさせてしまった馬から飛び降りた僕達は、疲弊している馬を樹海前の木陰で休ませて、樹海から流れてくる冷たい空気で一息を吐く。
「ふぅ〜、俺の勝ちだなァ!」
「ボケたことを言うなよ。この勝負は私の勝ちだった」
「テメエ、目がボヤけてんのか? 俺の勝ちだったろ」
「お前が耄碌しているだろう、ロウ人め」
「テメエがな」
「「あ?」」
「二人とも、そこまでにしておきなよ」
魔獣狩りを始める前の、大事な休憩だというのに。
懲りずに聞くに堪えない口喧嘩を始めようとする二人の間にロンが割って入る。
なんとか仲裁はなされ、事なきを得た。
その後、距離をだいぶ離した場所に腰掛けてしまった、いい歳をした二人に僕達は苦笑しつつ、僕とロンは不和なく隣り合って休息を取った。
「ソラってさ、狩りには慣れているのかい?」
突然、そう言ってきたロンに対して、僕は考えるように腕を組み、首を傾げる。
狩。と言うより、僕が魔族と戦えるようになったのは、トウキ君と出会ってから。
エリオラさんとの模擬戦や、犬型魔獣と殺し合ったのも、一つの要因ではある。
本格的に『魔族と戦うようになった』のは、つい最近のこと。
だから、まだ『狩り』というものには慣れていないんじゃなかろうか。
でも、魔族と対面した時に緊張や恐怖は感じなくなっているし。
もしかすると僕が気付いていないだけで、もう慣れてたりするのかもしれない。でも、
「んー、魔獣を狩り始めたのはつい最近だから、狩りに慣れているのかと言われると、そこまでなんじゃないかな?」
「ソラは『樹海』を越えて村に来たんだろ?」
「うん」
僕の肯定の言葉を聞いたロンは、僕の方から視線を切り、冷たい影が怪しく満ちる、広大すぎる樹海に視線を向けた。
「魔獣狩りを始めたのは最近なのに、魔獣がウヨウヨしているこの場所を、ほぼ無傷で越えて村まで来られたってことは、ソラには『戦いの才能』があるんだろうね」
才能がある。そう言われると、素直に嬉しい気持ちを覚える。
けど、魔法剣士のエリオラさん。
出鱈目すぎる強さをしているトウキ君。
悪人だけど、超強いカラス。
その人らを旅の中で見てきた自分としては、彼等彼女等に手も足も出ない僕なんかが、戦いの才能なんて大層なものを持っているとは到底思えない。
仮に僕に戦いの才能があったとしても、それは堂々と人に言いふらせるだけの、誰かに誇れるレベルではないと思われる。
「そう、かなぁ……?」
「そうさ。…………すごく羨ましい」
「——? ロン?」
「……なんでもないよ。さ、そろそろ狩りを始めようか」
「う、うん……」
そう言って、地面から立ち上がったロンは、ズボンに付着している土埃を叩いて落とした後、
少し離れたところでボリボリと、懐に忍ばせていたのだろう乾いた豆を食べていた父親の方へ声を掛けに行った。
残った僕は、剣を掲げて瞑想していたアエルさんに『ゴー』の声を掛ける。
「えっと、四人一組で動くんですよね? まさか二人一組とかじゃ……」
四人全員が同じ場所に集合した中、集まった面々に、僕はそう問いかける。
おじさん二人が不仲なのは、今までのあれこれで重々承知。
だけど、流石に危険な魔獣狩りを「競争だー!」っていう感じで、全員バラバラの個人行動なんかしないと思う。
フォーマンセルで行動するのか、はたまたツーマンセルで行動するのか。
それが気になっての、この問いかけである
「樹海の中を少数で行動するのは命知らずが過ぎるからよ、流石の俺らでも一塊になるぜ」
「ロウの言う通り、個々人では魔獣数体に囲まれた際の対処は困難を極めますからな。まあ、ソラさんは簡単に出来るのでしょうがな?」
「は、ははは……なるほどぉ」
話を聞いたロウさんは『単独行動なんかするわけないだろ?』と口端を上げた顔で答え、アエルさんは冗談混じりに彼のじゃなしを捕捉する。
ぶっきらぼうな問いの答えと、謙遜のような冗談。
それを聞いた僕は誤魔化し笑い浮かべつつ、ホッと胸を撫で下ろす。そして馬に掛けていた鞄から、少量の水と食料を取り出して、四人全員で魔獣と戦うための軽い補給を済ませる。
「よし、それでは出発しましょう」
「誰も死ぬんじゃねえぞ!」
「行こうか、ソラ」
「うん。頑張るよ」
アエルさんの号令で、僕達は腰に差していた剣を抜く。他人の間合いに入らない距離で固まり、静寂と冷気——魔獣の気配が満ちる樹海の中へと足を踏み入れた。
+ + +
樹海の中を小一時間ほど進んだ場所で、僕は右手に持った鏡面剣の剣身を魔獣の頭部から引き抜く。
ズグッという感触と音。気持ちが悪いの一言であるそれを、僕は黙って享受する。
「これで七体目」
僕は両手脚を斬断され、完全に身動きを封じられた状態のまま、頭を貫かれて絶命した、脳髄を血に垂れ流す『熊型魔獣』の死骸を、心底冷え切った目で見下しながらそう言った。
薄暗い樹海。その景色を反射している鏡面の剣を赤黒く汚す、剣身にべっとりと付着した魔獣の血を、たった一振りで落とし、僕は剣を鞘に収めながら周りの面々を見回した。
複数の犬型魔獣との戦闘中。真横から『漁夫の利』を狙ったように襲い掛かったきた熊型魔獣に対して、若干の焦りを顔に浮かべていた彼らは、終始余裕を見せていた僕が執り行った大型の熊型魔獣への一方的な蹂躙を目の当たりにし、再度驚愕で目を剥いていた。そして、勝利の感慨をまったく感じさせない、僕を見たロウさんは、大袈裟に肩を竦めんながら口を開いた。
「とんだ『バケモン』だなぁ、坊主。おい、ロン! お前も坊主を見習えよ!」
「父さん、友人を『バケモノ』呼ばわりはやめてくれ。あと——お疲れ様、ソラ。圧倒的すぎて動けなかったよ」
「ありがとう、ロン」
僕の『速さで圧倒』する戦い振りを見て、驚愕を節々に感じさせる声音でロウさんは言う。
そんな僕を『バケモノ』呼ばわりする彼に対し、ロンは言葉の訂正を求めつつ、僕に水の入った水筒を手渡してきた。
聞いて苦笑していた僕は、特に水分補給は必要と感じていなかったものの、心優しい友人の善意を受け取ることにして、彼の水筒の水を少量だけを飲む。喉を潤したその後、魔獣の気配は近くに感じないということで、僕達は一旦、戦闘を行ったこの場で休息を取ることになった。
「ふう……」
「おいおい、アエル! 疲れたのか? ジジイがヨォ!」
「黙れ、ロウ人が」
「二人とも、こんな所で喧嘩しないでくれよ」
気を抜けば喧嘩を始めようとする二人の仲裁に入る、非常に損な役回りをさせられている論をわき目に、僕は周囲を警戒する。
生えている木に背をもたれさせながら、樹海に漂っている『違和感』を機敏に感じ取っていた僕は、魔族への警戒を解かないように細心の注意を払いつつも、腕を組みながら思考に耽る。
何故か分はからないが、魔獣の数が先日よりも無視できないくらい多い気がする。
あの時は出鱈目に暴走していたから、殺した魔族の数なんて覚えていないんだけど……。
それでも一時間という短時間で『七体』の魔族と戦闘なんて、いくらなんでもペースが早すぎるというか。アイリ村の近くでこんなに魔族が跋扈しているのは、気が気ではないというか、
アエルさんやロンの様子を見るに、これが普通という感じだ。
これは、僕が周りと『ズレている』ということなのだろうか。
ソルフーレンは魔族の生息数が少ないというし、あり得ることだ。
いやでも、人里の近くにこの数は流石に多すぎるだろう。
ハザマの国で数ヶ月間移動したけど、ここまで頻繁に会敵はしなかったぞ。 探せばまだまだ出てくるだろうし、もしかしたら、この『樹海』が『特殊』だったりするのかもしれないな。
それなら一応、アエルさん達が魔獣の『数』というのを気にしていないという、理由の筋が通っているような気がするし、余所者の僕はそう納得するしかないしなぁ。
「ソラ! 僕が代わるよ」
「分かった」
休憩を終えたロンに笑顔で声を掛けられてしまったので、僕はそこで思考を中断、
彼に警戒を任せて休息を取った。
そうして僕達は日が暮れるギリギリまで、村に近づきそうな魔獣を狩り続け。
計『十七体』もの魔獣を駆除して、その狩りを終えた。
十分過ぎるくらいの戦果、それを手土産にして、樹海の手前で休ませていた馬で大草原を駆り、僕達は皆が待っているアイリ村へと帰還した。




