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蒼ノ旅人 ー蒼風のヘルモーズー  作者:
『オルカストラ』編〈1〉
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第67話 暗い影から目を逸らす

 村の東には、先程まで僕達がいたアイリ村の村長、アエルさんの大きな屋敷がある。

 その屋敷を背後にし、右手側。

 村の北東の方には、ロンさんとその両親が住んでいるという、二階建ての煉瓦の家が。

 見渡すことができる村のほとんどの建築物が煉瓦造り。

 歌の国の建築材料は、土と木材を主として造られているハザマの国の建築物や、ほぼ木材で造られているソルフーレンの建築物とは違うんだなと、パッと見ただけで察することができた。

 こう言っては何だけど、こっちの建物の造りの方が『頑丈』そうだなと思った。

 煉瓦を積んで造られた重力級のこの外壁なら、並大抵の強風を真正面から受けても崩れないような気がするし、そう僕に思わせるだけの頑強さを、この建物たちからヒシヒシと感じれる。

 そういえば豚の獣人が主役の童話で似たような話があったような気がするな。

 なんだっけ? 確か、狼の獣人が本気を出しても壊せない建物を、豚獣人の兄弟が造るとか何とかだったような気がするけど……。


「あそこが唯一の商店なんだが、残念ながら商品は置いてなくて店仕舞いしてしまっている」


「それって大丈夫なんですか? 生活必需品とか商人から仕入れられてないってことじゃ?」


「ああ、生活に必要な物は、各人が必要分は備蓄しているから問題ないよ。こんな山奥の村だから他所の人は全然寄り付かないし、物を店頭に置いたりする必要がないんだよね」


「なるほど……」


 確かに。普段から他所の人が寄り付かないのなら、わざわざ商品を店頭に置く必要がない。

 そりゃそうだ。

 せっかく仕入れた商品を店に置いても、買ってくれる人が来なかったらまったく意味は無いし、経年劣化なんかで商品が廃棄になってしまったら、店は大赤字になってしまうからな。

 まあそうなると、この村に来た他所の人達は店屋で物資を補給できなくて困っちゃいそうなんだけど、それは村の人達と交渉して売ってもらえばいいだけだ。

 そうか。

 僕もいざ旅立ちとなったら、村の誰かから必要な物を交渉して手に入れないといけないのか。

 んー……どうしようか悩むけど、もしその時が来たらロンさんから食料なんかを買い取ることにしようかな。アイネさんの所だと全体的に物の値が高そうだしな。

 そんなことを考えながら歩いていた僕に、隣で立ち止まったロンさんが言った。

 

「一時間くらい歩いたし、そろそろ休憩しようか」


「そうですね」 


 ロンさんに案内されながら、村をぐるりと一周するように歩き回ること、かれこれ一時間。

 現在の時刻は太陽の位置的に正午が過ぎたころ。

 だいたい十三時くらいだろうか。

 暑い真夏が過ぎ去って、少しだけ冷気を孕んでいる秋の香りを乗せた風に全身を優しく当て吹かれながら、僕とロンさんは村の中心にある小さな公園の、煉瓦でできた花壇の縁に腰掛けて、ウォーキングで熱った体を冷やすように休息を取る。僕の隣に腰掛けているロンさんは額に掻いていた汗を袖で拭い、まったく汗を掻いていない僕の方をチラリと見て、口を開いた。


「ソラってさ、どこの国の人なんだい?」 


「えっと、ソルフーレンの出身です」


「へえー、ソルフーレンか。風の勇者の出身国だね」


「らしいですね……」


 まあ風の勇者の伝説を知ったのは、つい最近なんだけどね。僕の無知具合を人に喋ると「どういうこと?」って感じで変な顔されそうだし、このことは言わないでおいたほうがいい。


「ソラは、何故この国に来たんだい?」


 うっ、また言いづらい質問だな。

 どうしよう、本当の事を包み隠さず言うべきなんだろうか?

 ……うん。恩人であるロンさんに嘘は言いたくないし、本当の事を言おう。


「えっとぉ、この国の人には言いづらいんですけど、消去法というか……」


「はははっ!」


 よかった、笑って許してくれたみたいだ。ぶっちゃけ、アエルさんみたいな、どこからどう見ても『特権階級』のガッチリした人にこのことを言うと、絶対に良い顔されないだろうしな。

   

「ソラってさ、いつも他人に対しては敬語なのかい?」


「んと、目上の人には敬語を使うようにしています」


「なるほどね……」


 年上に対しては敬語を使うように心掛けていたから、故郷の村に居たときは周りには歳上しかいなかったし、普段から敬語を使っていたんだよな。

 そう考えてみると、僕が敬語を使わず普通に喋ってるのって、ルルド君やトウキ君。

 あと、アミュアちゃんくらいか。そんなことをボーッとしながら思考していた僕は、突然立ち上がったロンさんに肩を揺らし、彼の方に顔を向けた。


「やめよう!」


 急に立ち上がって花壇の縁に立ったロンさんは、どれだけ離れていても聞こえそうな張りのある声音で『なにかをやめる宣言』を言い放った。

 一体全体、ロンさんは何をやめると言うのか。意味不明な発言に硬直していた僕が問う。


「な、何をやめるんですか?」


「敬語」


「け、敬語……?」


 ロンさん、敬語なんて僕に使ってなかったよな。

 え、もしかしてロンさんは『僕に敬語をやめろ』って言っているのか?


「まさか、僕に敬語をやめろと……?」


「そう、堅苦しいからさ。僕には普通に喋ってくれよ」


「は、はあ」


 急に、年上に対して敬語抜きで喋らなくちゃいけなくなってしまった。

 まあ、ロンさんが良いって言うなら僕は別に良いんだけどさ。


「よし! これでソラと僕は『友達』だね」


「え、えぇーーー!?」


「ははは! いいね、こういうの!」


 ロンさんの突然の友達宣言を聞いて、僕はびっくら仰天する。

 花壇の上から僕を見下ろしていたロンさんは、目を剥いている僕のリアクションが随分と面白かったのか、花壇から飛び降りて、爽やかさを感じさせる満面の笑みを僕に見せつけてきた。

 僕は彼の笑顔を正面から見て堪らず苦笑し、友達という言葉を聞いて心に暗い影を差す。

 しかし、僕はその暗い影を彼に勘取らせないように隠し、彼にできる限りの笑みを返した。

 そうして、休憩はこれで終わりかなと思った僕が、腰掛けていた花壇の縁から立ち上がった。

 まさにその時だった。 


 カンカンカンカンカンカンカン!!


 という大きな鐘の音が、村の南側からこれでもかと鳴り響いてきた。

 突然の大音量。

 肩を跳ねさせた僕が、鐘の音が響く南を向き「なに!?」と叫ぶと、僕の隣で鐘の音を聞いていたロンは、笑みを作っていた表情を引き締めて、鐘の音がする方へと走り出した。


「ちょっ、ロン!? どこ行くの!?」


「ソラは急いでアイネの所へ行ってくれ!!」


「え、アイネさん!?」


「早く!!」


「わ、分かった!」

 

 僕は『ロン』に叫び急かされるまま、アイネさんたちが留守番している屋敷へと向かった。

 屋敷に向かう道中、鐘の音を聞いて家屋から出てきた人たちの、またか、という顔を認める。

 僕はそのどこか不安気な顔を見て、この鐘声は一体なんなんだ? そう心に疑問を募らせる。

 しかし今は調べることをせず、言われた通りに動く。

 僕は目前に迫っていた屋敷を囲う、固く締め切られた塀の門を地を蹴って『飛び越え』た。

 大跳躍で視界に広がったのは庭園。

 そこには指を絡ませた両手を胸に当て、祈りを捧げているアイネさんの姿と、そんな彼女の側でただ佇み、心配そうな顔をしているメイドのマキネさんの姿があった。

 南の方を向いていた彼女たちは、塀の門をなんと飛び越えてきた僕に目を剥く。

 そして、焦ったような顔をしているアイネさんが、僕のもとへと走ってきた。


 「ソラさん! ロンは!?」


「えっと、今さっきロンに「ソラはアイネさんの所に行け」って言われて、そう言ったロンは走って南へ——え、ちょちょっ!?」


 急いで屋敷に戻ってきた理由を話すと、ロンは走って南へ、のところを聞いたアイネさんは、まるで糸が切れた人形のように、ガクッと膝から崩れ落ちた。

 勢いよく地べたに座り込んでしまった彼女に驚愕した僕が駆けつけると、彼女は息を荒くしながた、両手を胸の位置で組み、なにかに祈り始める。

 そんな姿を見せられた僕は、この状況が只事ではないのだと否応なく理解した。

 そして、僕はこの鐘の音の理由を知っているだろう、アイネさんを落ち着かせているマキネさんに問いかける。

 

「マキネさん、この鐘の音は何なんですか?」


「この鐘の音は、魔獣が『村付近まで接近』してきた時に鳴らされるものです」


「——! それなら僕が力になれます!!」

 

 彼女の話を聞いて、今の状況を簡潔に理解する。

 僕は膝をついているアイネさんたちを置いて屋敷の部屋に戻り、鏡面剣で武装する。

 そして急いで外に出ると、いつの間にか鐘の音は止まっていた。


「……あ、あれ?」


 屋敷から自前の剣を持って出てきた僕は、鐘の音が止んで静かになっている辺りの状況に動きを止める。


「アイネ様、どうやら危機は去ったようです」


「ええ……」


 鐘声が鳴り止んだことを認めたアイネさんは、上下する胸に手を当てながら深呼吸する。 

 そして、マキネさんの手を取って立ち上がった。

 そんな彼女たちの様子を目を点にして見ていた僕は、覚悟を決めていた自分の行動が空回りしたことを認識。挙動不審に視線をキョロキョロと動かしつつ、僕は空いた片手で頭を掻きながら安心した表情を浮かべている彼女達のもとへ歩いて向かった。


「だ、大丈夫そうなんですかね?」


「はい。どうやら無事に戦闘は避けれたようです。ふふっ、急いで加勢しに行こうとしていたソラ様の姿、とてもカッコよかったですよ」


「へ、へへへ……」


 僕に返事をしてくれやのは、息を切らしているアイネさんを介抱していたマキネさんだ。

 彼女は意地の悪い笑みを浮かべながら、顔を羞恥に染めて、無理やり引き攣った笑みを作っている僕のことを、それはもうまじまじと見つめてくる。

 マジで恥ずかしい。

 行けます! 力になれます!

 ってカッコつけた手前、完全に出遅れてしまった僕の滑稽すぎる姿など誰も見ないでほしい。

 そんなこんなで暫くして、帯剣しているロンが屋敷まで走ってきた。


「アイネ!」


「ロン!」


 と。再会と共に急に抱擁を交わし始めた、親密な男女の姿を見せつけられる僕とマキネさん。

 やはり二人はそういう関係だったのか。

 僕は勝手に納得しつつ、邪魔をしないようにと、少し離れた所から抱擁を静観する。

 ぼんやりと抱きしめ合うロンとアイネさんは、黙って見守っていた僕とマキネさんの視線に気がついたのか、それとも満足して終えたのか。

 そこのところはわからないが、手を繋いだ状態で、僕たちの元へと歩いてきた。

 親密な男女の関係。それを堂々と晒している二人に、どういう顔を向ければ良いのか分からなかった僕は、いつもの調子でロンへと話しかけた。

 

「ロン、魔獣はどうなったの?」


「ああ、魔獣は僕達の姿を見て分が悪いと察したのか、少しずつ後退して樹海の方に走っていったよ。まだ安心はしきれないけど、今のところは大丈夫」


「そっか……」


「ふふふ、ソラ様は急いで加勢に向かおうとしていたんですよ」


「い、言わなくていいですから!!」


 油断しきっていた尻をバシンと強打する勢いで、くすくす笑いながら、さっきの僕の醜態を暴露したマキネさんに、当人である僕は焦りながら言葉を掛ける。

 その話を聞いて苦笑をしたロンは「警戒をしに行かないといけない」と言って、悲しげな表情でアイネさんと繋いでいた手を離し、泣きそうな顔をするアイネさんと再び抱擁を交わした。

 その光景を見て、アツアツすぎるなぁ——と。

 年頃の男女の放熱。

 それに目を閉じかけていた僕は、抱擁を終えて向き直ったロンに、


「アイネは任せたよ」


 と真っ直ぐな目で中々に重いことを言われてしまい、僕は、


「う、うん」


 と返事を詰まらせてしまう。

 僕の声の詰まった返事を聞いたロンは再び苦笑し、手を振って屋敷から出ていく。  

 そんな、愛する彼の背を見送るアイネさんの表情は、とても悲しげで、儚げで。手で触れたら霧のように霧散してしまうのではないかと思ってしまうほど、その雰囲気は幻想的であった。


「屋敷に戻りましょう、アイネ様」


「…………ええ」 


 僕は彼の行く道に背を向けて、暗い影を身に纏うアイネさんの後に続く。既視感のある暗影から逃げるように目を逸らした僕の視界には、どこまでも広がる蒼穹だけが広がっていた——

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