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蒼ノ旅人 ー蒼風のヘルモーズー  作者:
『オルカストラ』編〈1〉
72/139

第64話 VS熊型魔獣

加筆修正して再投稿

 二カ国の国境戦場に建っている関所を通り抜ける。僕は通り過ぎた門の方へと振り返り、招き入れるように開いていた、個人用の門がゆっくりと、そして完全にしまったことを確認した。

 そして、何日も世話になった恩人の気配が消えたことを感じ取った僕は、ピリッと身の回りに燃え滾る殺意を漏らしながら真っ直ぐ前を向き、歌の国『オルカストラ』の大地を一望する。

 伝説のような『穴』など開いていない、ただの蒼空を睨みつけるように見ていた僕の視界には、ハザマの国に入国した時に見た『山山山』という圧巻の光景とは真逆の、息を呑むほどに美しく整えられた、つい裸足で走りたくなるような薄緑の、果てしない大平原が広がっていた。

 遠くに標高が高そうな山が幾つ見えるものの、ハザマの国とは違った、山々に囲まれていない景色を数ヶ月ぶりに見て、僕は少し、ほんの少しだけ、解放感というのを感じてしまった。

 

 以前の僕ならば、一度、何もない平原に寝転がってから、次にどうするか、どの方角へ向かうかを決めていただろう。

 しかし『今』の僕は、気を抜くようなことをする気が一切なかった。

 だから。遠くに届かせていた視線を、目を閉じるように切り。

 ハザマの国から入国してきた、輸出品を多く載せている馬車が向かう方角とは別の方向を向いて、そちらの方へと歩き出した。

 僕が今から向かうと決めたのは、北西の方角に見える、標高が高い灰色の山だ。

 僕はそこを『仮のゴール』として、その道中に見つけた魔族を、無謀にも僕に襲いかかってきた塵を、膿を、害を、悪を、世にいてはならない絶対異分子を、一匹も残さず狩り殺す。

 

 ただただ殺したい。友を殺した魔族を、この世から消し去りたい。

 この手で一匹残らず皆殺しにしてやりたい……。

 だから、僕は前に進む。


「…………絶対に殺してやる」


 人が歩む道とは違う、血に染まった荊の道を歩んででも、僕は——……。


 + + +


 昼前に国境を越えてから、北西に向かって歩き進むこと、半日。

 今だに、目指している標高の高い灰色の山は視界の遥か遠くにあるものの、僕が今歩いている道は、すでに人や馬車が通るものではなくなってしまっていた。

 なんの手入れもなされていない、人の手が加わった形跡のない広大な平原には、腰の辺りにまで猫じゃらしのような雑草が生い茂っており、その草むらを両手で掻き分けながら、空にある大きな月が放射している、煌々とした月光が照らしている自然の中を、僕は歩み進んでいた。

 現在時刻は、僕の体内時計的に、〇時を回ったくらいだろう。

 もう夜が更けってしまったし、そろそろ休息を取りたいんだが、流石にこの燃えやすそうな草むらの所で焚き火を行うことはできないし、もう少しだけ歩き、先に見えている樹海の中に行くとしよう。そこで延焼しなさそうな場所を見つけて、そこで夜を明かすことにしようかな。

 そう決めた僕は歩く速度を一段上げて、視界の先を覆い尽くしている樹海の方へと向かった。


「…………」


 それから三十分ほどで、果てしなく広がっていそうな樹海の中へと入る。

 僕は背の高い木々の間を縫いながら進んでいき、風に乗ってきた魔族の気配を感じ取った。

 目をスッと細めた僕は、初秋夜の冷気を防ぐため、着ているコートの前を閉め切る。

 そして視界を阻害する夜の暗闇が満ち満ちている樹海の中を歩み始めた。

 一歩、二歩と。恐れなく暗闇の中を進む僕の目には、心には、一切の油断がない。

 腰に差している鏡面剣の柄を、いつでも抜剣できるように掴んでおく。

 僕はザッザッと踏み潰される草の音を聞きながら、樹海の中を奥へ奥へと進んでいった。


「……この辺で休むか」


 立ち並ぶ木々が月光を阻んでいるせいで先を見通すことが全くできない樹海の内。そこを無言で歩く僕は、木々が生えていない開けた場所を発見。そこで火を焚き、夜を明かすと決めた。

 よし、と。背負っていたリュックを地面に置き、焚き火を行うと決めた場所に敷き詰められている枯れ葉を、間違っても周囲に延焼しないよう足で掃いていく。

 こういう時、器用に微風が使えればいいんだけど、心が煮え滾っている今の状態で風を弱々しくコントロールできる自信はなく。もし僕が下手をして、この辺りの木々を一掃してしまうと、本当に取り返しがつかない故、こういう手間暇は未熟だということで、仕方なく甘んじた。

 

「よし……」


 枯れ葉をあらかた掃き終えた僕は、拾い集めておいた枝を掘った窪みの中に並べていき、コートのポケットにしまっていた火の魔道具で、窪みに入れた枯れ葉に火を点けた。パチパチという音を鳴らしながら、見る見るうちに燃え盛っていく火を、ドスっと腰を下ろして見つめる。

 半日ぶりの休息。しかし僕は警戒を解くことなく、軽めに息を吐き、リュックの側面にぶら下げられていた鉄の小鍋を手に取った。

 それに水と無洗米を入れて、焚き火の火を当てる。

 蓋を閉め、ぐつぐつと米を炊いて、しばらくの間煮込ませたら、ホカホカの白米の完成だ。

 その白米の上に、前に買っておいた、小壺に入っている『梅干し』を乗っけてと……。


「いただきます」


 僕は、震えるほどの寒さをしている樹海の中で、湯気を立ち昇らせている白米を食べる。

 怒りと殺意を糧にする炎で荒んでいた己の心を、ほんの少しだけ癒し、気分を落ち着かせた。

 それからは、焚き火の炎が消えてしまわないように、定期的に目を開けては薪、燃料を焚べて、また十数分ほど目を瞑るという行為を繰り返した。逆に疲れてしまいそうな、非常にまめまめしいことを僕は繰り返していたけど、意外と移動の疲れを取ることはできた。

 僕がこんな人気のないところを進んでいた、当初の目的、魔獣狩りの方はてんで駄目だった。

 何かしらの、原生物らしからぬ視線は、目を閉じている間に都度感じていたのだが、僕の警戒と目的を感づいているのか、その視線の主達が近づいてくることは朝が来てもなかった……。


「……行くか」


 焚き火のために掘った地面の窪みを土で埋め立てる。それは場から立ち去るための旅支度だ。

 僕は昨日の晩に炊いていた米と、まだまだ余裕がある梅干しを一粒だけ平らげ、水筒の水を飲んでから、北の方へと出発した。

 風が方角を教えてくれる。

 故に全く同じ光景に囲まれている樹海の内であったも、僕は北を見失わないで済んでいた。


「……五日くらいかな」


 遠くに見えている、仮のゴール地点である標高の高い灰色の山。

 その場所と、現在地との距離を目測し、このまま徒歩で行けば、約五日ほどで到着することができると、僕は結論づけた。

 手持ちの米は、ざっと六日は持つ。

 リュックを圧迫しててちょっと邪魔だけど、梅干しは小壺いっぱいに入ってるし、食料の方はしばらくは心配いらない。

 あとは水なんだけど……水筒の残りは四分の一くらいか。これだけの量があるなら問題はないな。先に進んでいけば何れ小川を見つけられるだろうし、そこで汲めばいいだけだ。

 そう思考を纏め終えた僕は、昨日よりも速い足取りで樹海の奥へと進んでいく。


「……!」


 出発したから約五時間。ザァー、という川のせせらぎの音が聞こえてきた。 

 目敏くその音を耳で拾った僕は、その音が鳴る方へと向かう。

 ようやく見つけた小川。これで補水ができる。

 水筒を底の砂利が入り込まないように小川に浸け、空きが目立っていた水筒の中を満たす。

 そして、その小川で顔と頭を洗い、絞った濡れタオルで汗で汚れていた体を拭いていく。 


「ふぅ……」


 頭を洗い、顔を濡らし、体を清め、スッキリとする。

 色々な身支度を済ませた僕は、小川を流れている透き通った水に口づけをした。

 数日は水分補給なしで動けるよう、ゴクゴクと喉を鳴らしながら水を飲み溜める。

 そして、十分な水分補給を終え、空になっていた水筒に水の補充を済ませたので、もうこの小川に用はなく、立ち上がった僕はその場から早々に出発した。

 で。小川を発ってから四時間後。

 体内時計の短針が数字の『三』を差している昼過ぎの時間帯に、待ちに待った、今まで待ち侘びていた『あるもの』を肌で感じ取った僕は、軽快で眉間に皺を寄せつつも、我慢できないとばかりに狂気的な笑みを浮かべて、ピタッと立ち止まった。

 

「見てるな」

 

 コートを閉じ、防寒仕様。肌は晒していないのに、それでも突き刺さる鋭い複数の視線。 それを一身に受けていた僕は、不敵な笑みを浮かべながら鏡面剣を抜剣。臨戦態勢を取った。

 僕の生きた血肉を狙っている、視線の主たち。

 直立した状態でそれが近づいて来るのを誘い待っていると、二メートルを超える体長をしている、四体の『熊型魔獣』が、ガサガサと枯れ葉を踏み鳴らしながら姿を現した。


『『『『ゴルルルルル……』』』』


 熊は孤高なのに、なぜ群れているのか。内心でそう思いつつ、鏡面剣を構える。複数の熊型魔獣は余程腹が空いているのか、開いたままの大きな口から、膨大な量の涎を垂れ流していた。

 地肉を貪り喰おうという確固たる意志を宿す眼光。

 生物に死の恐怖を与える強力な爪牙。

 しかし、どうせ脚で負けて、野生動物的な獲物にありつけてねえんだろ。

 ビキッと額に筋を浮かばせて、目に殺意を宿す、殺し合い。それが僕達の望み。

 僕はこの燃え盛る殺意を、無限量の魔族への恨みを、周囲に発散させながら口を開いた。


「来いよ、魔獣ども……!」


『……ッ!!』


 僕の言葉が契機となったかのように、一人と四体の魔獣はその意志を一つにした。

 我こそが敵を屠り、敵を喰らう。

 おおよそ理性が伴っていない、純然たる獣の意志。

 場に流れていたひりつく空気は、僕が腰を落としたのと同時に、糸が切れたように弾けた。

 獣に堕ちた人間と、異獣が真っ向から打つ狩り合う。


「『『『『ガァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」』』』』


 僕の四方を囲むようにしていた魔獣たちは、雄叫びと同時に突進攻撃を繰り出し、矮小な人間である僕を圧死屠殺しようとする。

 しかし、その超暴力的な攻撃に対しても僕は一切怯むことなく、視界前方から突撃してくる一体の熊型魔獣に向かって、僕は地を蹴った。

 片や二百センチオーバ。片や百七十五センチ程度。

 力で負けているのは何方か。それは『がたい』からして明白。

 そのはずなのに『真正面』から向かってきたことに目を剥く『僕の獲物』は、このまま突進の勢いを殺さずに打つかって、僕を跳ね飛ばし、殺害することを決める。

 だが、その行動を熊型魔獣は一瞬で後悔した。

 それは、奴の攻撃を読み切った僕が向けている、血に濡れた殺意を宿す『目』を見たからで。

 

「グゥアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」


 喉奥が張り裂けんばかりの叫び。

 それと共に僕が繰り出した攻撃は、真正面からの『剣突』だった。

 友の『鬼拳』に倣った超威力のそれは、ボウッという空気を叩く凄まじい音を奏でる。

 全力で突撃していた熊型魔獣は避けることは叶わない。

 正確に突き狙われた眉間、そこに剣突は直撃した。 


『ゴッ!? オ——……」

 

 凄まじい威力の剣突を以て、一体の熊型魔獣は分厚い頭蓋ごと頭を貫かれて即死する。

 痩せている図体からは想像もつかない膂力。攻撃の威力。

 仲間の即死を直視した熊型魔獣三体は、恐怖で突進攻撃を中断する。

 獣の本能からくる恐怖。理性ではない。それは本能からの警鐘だった。 

 勝てない。

 魔獣は理解した。しかし、相手が逃す気がないこともまた、理解した。

 逃げることはできない。ならばもう、全力で狩るしかない。

 不可抗力。獣の意地。それの相乗。熊型魔獣三体は、その牙を剥き、戦意を立ち昇らせる。

 逃がさない。全て、殺す。

 僕は魔獣の頭蓋から剣を引き抜き、背を向けなかった、一番距離が近い個体に狙いを定めた。

 怪物のような殺意を全開にする僕の凄まじい速さの肉薄を受けて、反射で背を反らしてしまった魔獣は、まるで死の恐怖を誤魔化かのように喉奥から叫声を上げる。

 

『ゴアアアアアアルルルル!!』

 

 二メートルはある巨体は、瞬く間に肉薄知ら僕にとってはただの的であり、僕は怒りと憎しみに身を任せつつも、冷静に熊型魔獣が繰り出した巨碗の大ぶりをしゃがんで回避。

 そして、ガラ空きになっている広い腹部に強烈な拳撃をめり込ませた。

 ドグゥッ、と。

 甚だしい重打音。

 それを腹部で奏でた魔獣は勢いよく吐唾。大きく背から倒れ込んでしまった。

 その倒れる動きに僕は合わせる。

 撃ちやすいとこまで降りてきたな。僕は心の中で思いながら、超速の剣突を再び繰り出した。

 

『ガァッ!? アァ……——』


 一体目のように、剣で頭蓋を貫く。

 頭を貫通させられた魔獣は、体をビクビクッと痙攣させた後、白目を剥いて絶命した。

 数少ない仲間だった、地に転がる二つの死骸。

 速さで圧倒し、殺害してのけた僕に、血濡れの剣を無表情で引き抜いている僕に、残り二体の魔獣は一様に恐怖した。自分達も、このまま殺される。間違いなく、ここで、今、殺される、

 だが、大自然を死なずに生き抜いてきた純然たる獣に、諦めという概念は存在しない。

 己の死を直感するという、耐え難い恐怖。尚もそれを喰らい、身の糧にしたように、甚だしい雄叫びをあげた二体の熊型魔獣は、無言で動きを見ていた僕へと向かって、再び突撃する。


『『ゴアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!』』


 熊型。魔獣の超暴力を乗せた突撃に対し、真っ向から挑む僕の背中は、育ってきた村を旅立った時の、非常に頼りがなあいヒョロヒョロとしたものから一変していた。

 殺意に染まっている視線が打つかり合う中、凄まじい速さで戦場を駆け回っている僕の動きは、完全に『常人の域』を超えてしまっていた。



 僕は一体の突撃を地を滑ることで回避し、時間差で来たもう一体の魔獣の突撃は、その突撃に合わせるように後走して無に帰す。

 完全なる脚負け。僕は付かず離れずをキープしつつ、隙を見て肉薄、果敢に斬りかかった。


「フゥッ!!」


『ガッ! グアッ!? ゴアアアアアアアアアアア!!』


 上段下段、袈裟斬り。幾つもの煌めく斬閃を、僕を噛み砕くために向かって来ていた魔獣に正面から食らわせる。ズタズタに斬り裂かれていく顔面に手を当てて痛がる魔獣を見て『笑み』を向けた僕はトドメとばかりに、横薙ぎの斬撃で魔獣の首を深く切り裂いた。そして僕は凄まじい勢いで斬痕から噴き出す、汚い獣の血飛沫を浴びることなく『最後の一体』へと肉薄する。


『ゴルゥアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!』


「——塵が」

 

 僕は汚い叫声を最後の魔獣にそう吐き捨てる。そして身体を勢いよく捻って繰り出す『回転斬り』で、魔獣の太い首をあっさりと斬り落としたのだった——

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