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蒼ノ旅人 ー蒼風のヘルモーズー  作者:
『ハザマの国』編〈3〉
69/139

第61話 VS? イカ魔族

加筆修正して再投稿

 深い眠りについていた僕は、太陽が地平線の彼方から顔を出したのと同時刻に目を覚ました。

 目を開けた僕は頭を掻きながら上半身を起こし、両腕を天井に向け、ググッと背伸びをする。


「ふぅー」 


 背伸びを終えて、深く息を吐き、身体を捻って後ろの方を見る。

 枕の上側に置かれている、珍しい帝国式巻き時計。

 それが指し示している時間は、六時二十分だった。

 いつもと同じような時間に起床。ルーティーンがしっかり決まっている僕は、のそりとベッドから降り、着ていた寝巻きを着替える。外に出る準備を済ませ、さっさと部屋を出た。

 階段を下り、宿のフロントに入る。 

 そこで雑巾掛けをしていた女将さんと娘さんに、おはようございますと、一応は挨拶をする。

 百回に一回は返ってくるんじゃないか。そんな淡い期待は水の泡。

 相変わらず凄まじい眼力で睨んでくるだけで、僕の挨拶の返事はなかった。

 一週間も一つ屋根の下で過ごしたのに、何も変わらないこの調子。

 信用信頼の欠落。本当にどうすればいいんだよと僕は思った。


 苦笑しながら、僕は水場へと向かい、桶に溜められている水を使って顔を洗う。

 冷水で目がシャキッとした。よしとフロントにある食卓へと足を運ぶ。

 これも相変わらず。変な隠し味のするスープ。それと馬肉のステーキ。

 さらに赤紫色の謎の草——野菜なのか?——が混じっているパン。

 僕は遠慮なくそれらを平らげた。

 支度を済ませ、食事を終えて準備万端になった僕は、魔族討伐隊の仕事のために、七時前という早朝にも関わらず、もう一人の討伐隊のメンバーと待ち合わせをしている丘の上に向かう。


「行ってきます!」


 これまた返ってきた試しのない挨拶。

 それを『一応ね』という感じで行った僕に対し、相変わらず彼女らの反応はなかった。

 顔が引き攣りそうになるも、なんとか作り笑いを浮かべ、僕は玄関を開けて宿を出た。


「……雨が降りそうだな」


 宿屋を出て、顔を上げた僕が認めたのは、遠くの空から流れてきている、黒と灰色をした分厚すぎる暗雲だった。探索中に雨や雷に見舞われないといいんだが。

 そう思いながら、僕は駆け足で村を移動。

 ニア君と待ち合わせをしている村端の丘の上に、彼よりも一足先に到着した。


 魔族討伐隊が活動を始めてから——一週間が経った。


 一向に『イカ魔族』が見つかる気配はないものの、ニアくんの心は安定しているから、この調子だと「もう遠くに行ったのかもね」という感じで、魔族討伐隊は解散になると思われる。

 僕も自分の『旅』があるから、この村に一、二カ月間も長居はできないし、ニア君もそのことを何となく察してくれている気がするから、明日までに魔族が見つからなければ、僕の方からイカ魔族探索の打ち切りの旨を伝えるつもりだ。

 そんなことを思考しながら待つこと二十分。

「お待たせ!」と言って、僕のもとへと走ってきたニア君に、僕は「おはよう」と挨拶をする。

 僕の挨拶を聞いた彼は「おはよう、ソラ兄ちゃん!」と言って、僕が発した挨拶を返してくれた。この村で唯一、僕の挨拶を返してくれる尊い友人に、僕は嬉しさで笑みを溢す。

 そして彼が待ち合わせ場所に来たことを確認した僕は、森がある村の東側を指差し、言う。


「それじゃあ、行こうか」


「うん!」


 魔族討伐隊の任務を遂行するべく、僕達は『イカ魔族の目撃例』がある、一週間も通い詰めている森へと歩いて向かった。

 

           * * *

 

 計七度目となる、イカ魔族の探索。それを始めてから、かれこれ五時間が経過していた。

 現在時刻は、八月二十六日の正午過ぎ。

 天候は暗雲が空を覆い隠しているせいで悪く、いつも以上に視界が悪かった。

 しかし、暇潰しの言葉遊び、所謂『しりとり』をしながら魔族を探していると。

 ポツンと、僕の鼻頭に大粒の水滴が落ちてきた。

 空を見上げれば今朝の予想通り、漂ってきた雨雲から、滝の如し涙が大地へと降り注ぐ——。


「うわっ! どこか雨宿りできる所を探そう!」


「う、うん!」


 なんつう豪雨だよ。そういえば前にもあったな、こんなの。僕達は空から降り注ぐ滝のような雨から逃げ惑い、いつも以上に暗い影に満たされている森の中を、奥へ奥へと進んでいった。


「あ! ソラ兄ちゃん、洞窟があるよ!」


「行こう!」


「うん!」

 

 イカ魔族探索中に寄ったことのない、というか村から遠すぎて見に行くことがなかった、謎の洞窟へ足を踏み入れる。そこで雨を降らしている暗雲が遠くに流れることを待つことにした。

 僕はニア君の傘にしていたコートをギュッと搾り、吸い込んだ雨水を一気に吐き出させる。

 残った水を切るようにコートを『バッバッ』と勢いよく振った。

 

「ソラ兄ちゃん、大丈夫? 寒くない?」


「ん? 全然平気だよ。それよりも……」


 僕はニア君の心配に、笑顔で大丈夫と伝えた。

 後、奥深くまで続いていそうな洞窟の暗闇を見つめる。マンパワーで滅ぼした魔窟ほどのプレッシャーは感じない。異臭も寒気もしない。だが、気になる。まさかこんな所があるなんて。

 無言でそう思いながら、僕はある『予感』を胸の内に感じていた。

 ニアくんも僕と同じ『予感』を胸の内に感じているのだろう、僕の背中に手を当てて隠れるように身を隠し、表情を緊張させながら洞窟の暗闇を見つめている。

 無言のまま突っ立っていた僕は、地面に置いていたリュックから『火の魔導具』を取り出す。


「なに、それ?」


「知り合いからの貰い物。便利だよ」


 ニア君の疑問の声。それに対し、僕は行動で答えを示した。

 火の魔道具を点火する。すれば、黒一色だった周囲が一気に明瞭とする。

 剥き出しの岩肌。完全に停止している場の空気。ザー、と降る雨だけが鼓膜を揺らしている。


「奥に行ってみよう」


「……う、うん」


 そう言って、僕達は洞窟の闇の中へと身を沈めていく。

 僕はトゲトゲした緊張感を周囲に発しながら、ニア君は怯えの様子を見せながら。

 ゆっくりと慎重に、小さい歩幅で進んでいった。

 僕は魔族の襲撃に対し即座に『反応と対応』ができるよう、一言も声を発することなく。

 浅く息を吐きながら極限の集中力を発揮し、その集中の維持に神経を尖らせた。 

 洞窟を進んでいくこと——約十分。僕達が『一週間』も森を歩き回って探していた、童話に出てくるという人型魔族、俗な名称を持たない『イカ魔族』は、何とも呆気なく見つかった。


『グギ、ギュギュギュゥゥゥ!?』


「そ、そそ、ソラ兄ちゃん……っ!?」


「落ち着いて、ニア君。絶対に僕から離れないで」


 日光が入らない、どこまでも続いていそうな洞窟の暗闇に浮かぶ、赤い二つの眼光。それを認めた僕は咄嗟の判断で、眼光が浮かぶ闇の中へ、唯一の光源である火の魔道具を放り投げた。

 洞窟内を満たしていた『黒』は、火の光を恐れて逃げていってしまったものの、その眼光の主は、僕の静止を強制させるほどの鋭い眼光、そして甚だしい戦意を受け止めたせいで、その場から逃げ出すことができず、闇に隠れていたその異形の姿を現した——。


 その魔族はイカの頭を首から上に生やしていた。

 赤い眼光を放っている二つの目。

 ギザギザとしている、鋭い歯を生やしているのは大きすぎる円形の口。胴体から生える人のものではない二本の腕は、イカやタコのように複数の吸盤が上から下にビッシリと付いていた。

 魔族の下半身から生えている地に立つ二本の足は、四つの触手が一本に絡まり合ったかのようになっており、数本の紐を捻ったかのような形をしていた。

 その姿形は、ニアくんが言っていた『童話のイカ人間』そのものであり、目の前にいる存在が僕達が躍起になって探していた『魔族』であると確信させた。

 目の前にいる魔族が『人を食べて、その人に化ける』という特性を持っているかは見た感じ謎のままであるが、だからどうしたと。このままこの魔族を放っておく気は、僕には毛頭ない。

 

 討伐。


 心の声が僕の全身を満たし、魔族に有無を言わさない超速で、僕はイカ魔族に斬り掛かった。


「ふッ!」


『ギュギュギュッ——!?』

  

 凄まじい速さで魔族へと肉薄した僕は、上段斬りを繰り出す。対し、魔族は豪速の開戦への驚愕で目を剥きながら、両の触腕を胸の前で交差させた。

 しかし、僕の愛剣『鏡面剣』が、その程度で止まるわけもなく。トウキ君と歩んだ日々で確かに強くなった僕の斬撃は、容易くその触腕を斬断。胸に浅い斬傷を残す。

 

『ギュギュギィィィィィィッッッ!?』

 

 斬断されてしまった両触腕と、浅く斬り裂かれた胴体から、イカ墨のような『黒血』を勢いよく噴き出させる魔族は、まるで『助け』を呼んでいるような絶叫を洞窟内で打ち上げる。

 人の恐怖を助長させるような凄まじい大声量は、洞窟内の隅々まで反響し、僕の背後にいたニア君は反射で耳を畳み、うあわっ! という声を上げてその場で蹲った。 

 耳を塞ぎたくなるような汚い大絶叫を物ともしなかった僕は、両目を恐怖に染めていた魔族に無意識の『殺意』を宿した眼光を向ける。

 恐怖で身動きが取れなくなってしまった魔族を見て、好機と察した僕は、ググッと右肘を背後に溜め、魔族が反応できないほどの速さで剣突を繰り出し、イカ魔族の頭部を、貫いた——。


『ギョォッ!? ギュ……ゥ……——』


 頭を貫かれた魔族は体をビクッと跳ねさせ、その体色を周囲と同化させていた茶色から、白色へと変化させた。無言で魔族を『殺害』した僕は、無意識の殺意が宿っていた目で微動だにしなくなった『イカ魔族の死骸』を認める。軽く息を吐き、身に纏っていた戦意を霧散させた。

  

「もう大丈夫だよ。他の視線は感じないし、多分ここにいたのは、この一体だけだと思う」


 僕は耳を塞いで、身体を小さくするように蹲っていたニア君の肩を叩く。

 恐る恐る顔を上げて、僕のそれを聞いていたニア君は、僕の手を取ってゆっくりと立ち上がり、頭部を撃ち抜かれて絶命した『イカ魔族』の死骸を認めて、口を開けたまま固まってしまった。

 呆然と固まってしまっている彼に、僕は気を取り直させるように再び声を掛ける。 


「ニア君が言っていた通り、本当に『イカ魔族』はいたんだよ。これを今から持ち帰って、村の人達に見せないといけないね」


「……う、うん」


 僕は地面に転がしていた火の魔道具を拾い上げ、掲げる。

 洞窟内に他の生き物の気配は感じないけれど、一応の警戒として辺りを見回した。

 イカ魔族の仲間が洞窟内にいるとは感じない気配的に思えないけれど、守護すべきニア君がいる手前で、もしもがあってはいけないからな。


「…………っ!?」 


 それを見つけられたのは、偶然の一言。ただの『奇跡』と言う他になかった。

 引っ張られたような気がした。そこに導かれたような気がした。

 乞うように、呼ぶように、ここにいると言われたような気がした……。

 火の光がギリギリ届いた場所。

 僕の視界の端に確と映り込んだもの。

 それにグンッと意識を持っていかれた僕は、焦ったように、飛ぶように、その『何か』が見えた場所へと急いだ。 


「……? どうしたの? ソラ兄ちゃん」 

 

 僕の様子の変化を心配したニア君は、片膝を地面に突き、手に取った『地面に置かれていた何か』を愕然とした表情で見ている僕の元へと歩み寄る。

 

「これは……」


 息を震わせている僕が手に持って見ていたのは、人間が使う鞄だった。

 僕に凄まじい既視感というのを感じさせてくる大きな鞄は、一週間前に村から消えた、僕を村まで運んでくれた『御者のおじさん』が使っていたものにソックリだった。

 しっかりとした重みのある、パンパンに膨らんでいる鞄。それを焦ったように開けた僕が見たのは、見覚えのある男物の服、それと結構な額のルーレン通貨であった。

 もしかして御者は魔族に襲われたのか。帰り際に……? 

 頭の中が`グチャグチャになって混乱しかけ他ものの、ニアくんの心配した声音を耳に入れた僕は、グッと腹に力を入れて平静を取り戻し、鞄を持ったまま勢いよく立ち上がった。

 

「今すぐ村に戻ろう」


「う、うん」


 僕はニアくんに鞄を持たせた。手の空いた僕は、自分が殺した魔族の死骸を抱えて引き摺る。

 そして、今だに視界を妨げてしまうほどの土砂降りの雨が降る森の中を僕達は強行し、何とか森を出て村に辿り着くことができた。

 村に着いた僕達は一息も吐かず、背の高い木が生い茂らせていた木の葉の恩恵が無くなって、さらに猛烈な強さになってしまった大雨を頭から被りながら、村長宅へと一直線に向かった。

 

「村長さん! 村長さーんっ!!」


 壊れてしまう寸での強さで扉を叩いて、絶対に僕の呼び声が聞こえているメイドが、折れて出てくるまで辛抱強く応答を呼びかけること、約五分。

 音を鳴らして薄らと扉が開き、その隙間から妙齢のメイドが顔を出した。

 やはり呼び出しても出てくるのが遅かった。そう苦々しく思いながら、メイドに『イカ魔族の死骸』を見せると、彼女は愕然としたように目を見開いて、僕達を家の中へと入れてくれた。

 それから真っ直ぐな廊下を速足で進み、居間へと入り、玉座のような椅子に座っていた村長に魔族の死骸を見せた。

 村長は魔族の死骸と、ニア君が持っていた御者の鞄を見た瞬間『驚愕に満ちた顔』をしたものの、すぐさま緊張したように表情を引き締めた。  


「…………なんと、ニアの言っていたことは本当だったのか」


 そう言う村長は態とらしく大袈裟に慄いており、彼の両脇に立つ男女の従者は『恐怖』を感じているのか、両足を震わせて声を出せずにいた。


「すまなかったな、ニア。信じてやれなくて……」


 村長から薄っぺらい謝罪を聞かされたニア君は、顔を下に向けて「いいよ。ソラ兄ちゃんが何とかしてくれたから……」と顔に暗い影を纏いながら、喉奥から絞り出すように声を発した。


 それからは『村長の言う通り』に村人全員の家を訪問し、魔族の死骸を見せて回った。

 御者の妹夫婦が暮らしている家にも行って、被害に遭っているかもしれない旨を伝える。

 諸々の行動を終えた僕に、あとはこちらで何とかしようと言って、村長が魔族の死骸と御者の荷物を求めてきた。

 僕は懐疑的な感情を持ちつつも、それを表に出すことなく、分かりましたと受け入れて、彼に死骸と荷物を預けた。

 できうる限りのことはした僕達は、村長宅から傘を借りて帰路に着く。

 ニア君を家族が待っている家まで送り届けた僕は、膝を折って小さい友人と目線を合わせた。 


「ニアくん。君の言っていた『イカ魔族』は倒したから、僕は明日、この村を出るよ」


「ソラ兄ちゃんは……お母さんを探してるんだよね」


「うん」


「……明日、村を出て行く時は見送りたいから、時間を教えて」


「朝の八時くらいに出ようと思ってる。僕が早めに着いても、君が来るまで待っておくから」


「絶対、約束だよ」


「うん。約束する」

 

 僕は友人との一時的な別れを済ませ、初めて驚くという反応を見せた宿屋の母娘の元へ帰る。

 胸の内にある妙な不安を感じながら、ふと空を見上げた。

 見上げた空は、昼間と変わらずの、暗雲立ち込める灰色のままで——

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