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蒼ノ旅人 ー蒼風のヘルモーズー  作者:
『ハザマの国』編〈3〉
68/139

第60話 黒が差す日常の光

加筆して再投稿

 僕は昨日のこともあり、体調の方に細心の注意を払いながら村を歩いて、待ち合わせ場所にしている村端の小高い丘の方へと向かっていく。

 道中、相変わらず村の人達から『キッ!』とした目力で睨まれたのだが、彼等彼女等の目には、何故か、先日にはなかった感情も込められていた。

 多分だけど、この感情は『畏怖』ではないだろうか? 

 ただの怯えから、畏怖。

 なぜ一歩先へ進んでしまったのか、ちっとも理解できない。

 まさか、昨晩のあれが影響している? 

 いやいや、村ぐるみで何かしてるとは思えない。

 もし村ぐるみで何かしてるのなら、ニア君が真っ先に教えてくれるはずだ。

 排他的なら、そう伝えてくれる。

 あの子はそういう子だ。優しさを持っている偉い人間だ。

 だから、村ぐるみの線はない。それじゃあ一体なんなんだろうな。

 悪目立ちしているようであまり良い気持ちにならないけど、これは無視するしかないのかな。

 僕は常に睨んでくる周囲の影響で挙動不審になりながらも、この村で唯一『全幅の信頼』をおけるニア君と早期に合流するため、徒歩から駆け足へと変えて進んでいった。


「あ! おはよう、ソラ兄ちゃん」


「おはよう、ニア君」


 丘の上に登っているニア君が、僕に手を振っている。僕は軽く片手を上げて、挨拶を返した。

  

「それじゃ、イカ魔族を見たっていう森に行ってみよう」


「うん。あっちだよ」 


 予定通り、待ち合わせ場所で落ち合った。会話もほどほどに、魔族を見たという森の方へと向かう。その道中、僕は昨日から胸の内にあったモヤモヤを、先導しているニア君に吐露した。


「ニアくん。何かさ、村の人達が変なんだよ」


「…………それがどうしたの?」


「えっとね——」

 

 僕はニア君に、昨日の深夜に猛烈な苦しみを味わったこと。そして、僕をここまで連れてくてくれた御者のおじさんが、一言も置かずに村を発ってしまったことを伝えた。

 マジで死にかけたよー。

 軽い調子でそう言うと、ニア君は驚いた顔で『大丈夫だったの!?』と叫んだ。

 僕はそれに対し「大丈夫。ほら、元気ビンビンだよ」と言って、見事な宙返りを見せた。


「それってさ、もしかして『毒』ってこと?」


 緊張した面持ちと声音で、僕が毒を盛られたという可能性に触れるニア君に、僕は知り得ている情報のピースを繋ぎ合わせて、ゆっくりと言葉を選んで吐いた。


「うーん……正直に言うと、疑っちゃってはいるかな。薄らとだけど。でも、ここに来る前に朝食を食べたけど、こうして身体はなんともないから、昨日の晩は本当に『傷んだものを食べた』ってだけなのかもしれないんだよね。食中りに効く薬を飲んだら、一晩で回復したしね」


 僕がする話を黙って聞いていたニア君は、話の終わりに小声で「そっか」と呟いた。

 そして、下を向きながら黙り込んでしまう。

 その姿を見た僕は、この話をするべきじゃなかったのかもと思った。

 ニア君は頭がいい。無知蒙昧な僕よりも、断然。

 だから、下手に答えがはっきりしない話をしてしまうと、余計な心労を掛けてしまう。

 こんな小さな子供に、本来であれば大人たちが解決すべき案件を任せるのは酷の一言。

 僕がなんとかしないと。支えてあげないと。妙な使命感。だがこれでいい。

 迷子の子猫のような暗い顔をしている彼の肩を、僕はポンポンと叩く。

 心配無用。そんな笑みを彼に見せた。すると。 


「ソラ兄ちゃんは、ボクの味方だよね……?」


 唐突に彼の口から出た、意味がわからないそれに、僕はつい『?』という顔した。


「当たり前だよ。僕は君の味方だよ」


 ニア君はどういう思考に行き着いて、そんなことを言ったのか。

 僕には皆目見当もつかないけど、彼の心配、恐怖、それを和らげてあげたいと思った。


「そっか……」


「——?」

 

 表情に差し込んでいた影は取り払われたものの。相変わらず、ニア君の顔は暗かった。

 頭がいい子供の悩み事。不安。苦悩。心配。

 それを解消してあげる手が浮かばない、壊滅的に頭の悪い僕は、なんて話し掛ければいいんだろうと考えながら、しかし何もできないまま、イカ魔族を見たという場所に足を踏み入れた。

 件のイカ魔族。それと野生の魔獣。その二体の襲撃、奇襲を警戒する僕は、辺りをキョロキョロと見回して、異質な存在の気配を感じないことを認めた。

 害意や殺意は感じない。僕はほっと息を吐き、ニア君の方へと向き直った。


「魔獣とかは近くにいなさそうだけど、もしもの時は僕だけじゃ危ないから、早めに調査を済ませなきゃね。それで、イカ魔族を見たのってどの辺?」


「あっちの小崖のところで歩いているのを見たよ」


「よし、それじゃあ行ってみようか」


「うん」


 それから、僕達は森の中を互いに離れることなく、イカ魔族なる元凶を探し歩き回った。

 探索中、当たり前だが周りは植物だらけなので、僕が着ている大切なお下がりのコートに、トゲトゲした何らかの種子が何度も引っ付いてきた。

 それも一度や二度ならず、何度も何度も。都度都度都度。

 くっつき虫だねとニア君は笑いながら言う。確かに羽虫並みに鬱陶しいねと僕は口にした。

 彼は僕のげっそりした顔に笑ってくれたので、僕はまあこれもありかなと内心で思う。

 ありがとな、くっつき虫。彼の影を取り払ってくれて。

 あと、もう引っ付くなよ。マジで鬱陶しいから。振りじゃないぞ、マジでくっつくなよ??


「そういえば、イカ魔族ってどんなのだったの?」


 僕は、ふと気になったことを口にする。イカ魔族は『人型』だったという情報は聞いているが、しかし僕が件のイカ魔族について知っていることは、本当にそれくらいしかないのである。

 ニア君から聞いた話を元に、謎が謎を呼ぶイカ魔族の姿を想像したりしていたのだけど、皆目見当つかないまま眠っちゃったんだよな。起きたらアレだし、まだ答えが導き出せていない。

 人型の魔族と言っても結局は『イカ』なわけなんだし、生物図鑑の情報が確かなら、普通のイカは触腕が二本あって、足が八本あるんだったはずだ。

 イカの頭に人間の胴体。二本の触腕に八本の足。

 ニア君が見た姿が『人型』だったってことは、このイカが人間にみたいに立って歩いていたってことだろ? 一体全体、イカ魔族はどんな姿をしているんだ?

 まさかとは思うけど、人間みたいに『服を着ていた』なんてことはないよな……?


「えっと、僕が遠くで見た時は『人』みたいに歩いてたよ。足は茂みで見えなかったけど、二本足で歩いてるみたいだった。木に『手』を付けているところも見えたんだよ!」


「そ、そっか」


 やっと話せるイカ魔族のせいで鼻息があらくなってしまっているニア君に若干気圧されてしまった僕は、苦笑しながらかろうじで返事をし、視線を左右に動かしながら森の中を見探った。

 そうして時間は進んでいき——昼。

 子供のニア君の昼食や水分補給が必要になってしまったのだが、僕が背負っていたリュックの中に入っていたものだけで、彼の昼分の補給は十分に間に合わせることができた。

 僕には『十日間ぶっ通しの移動』の経験があったから、水分補給や食事の必要性はまったく感じなかったので、手持ちの水や食料は、食べ盛りのニア君に全て与えた。

 与えたというか、無理やり押し付けたというほうが正しいかもしれない。

 ニア君は、たくさんの補給物資を、近所のおばあちゃん暗い押し付けてくる僕に、ずっと遠慮していた。しかし、僕の「平気だよ、平気平気」という言葉と、言葉通りに一切の疲労感がない僕を見て『ごめんね、ありがとう』と言いながら、携行食を頬張り、水をグイッと飲んだ。


「はっ、はっ、はっ」


 日暮れ前。十六時はもう過ぎた。

 どれだけ探し回っても、一向に見つかる気配がない、童話に出てきたイカ魔族。

 もしかして、自分の見間違いだったのでは。

 もしかして、樹木と蔦が見せていた幻想だったのでは。

 そんな可能性を案じているのか、昼食を摂り終えた頃から、ニア君は無言を貫いている。

 昼食の時に休憩は入れたが、それだけ。昼食を除き、水分補給の時以外、常に探し歩き回っている。そのせいで、ニア君の体には、子供には荷が重い疲労が蓄積してしまっていた。 

 正直にいうと、昼食を終えた頃には『今日は引き上げるべきかも』と言おうとしていた。しかし、彼の影が差した顔を見てしまった僕は、そんな『酷』なことを言うことができなかった。

 彼の不信、それは僕では理解しきってあげれない。

 誰も信じてくれなくて、やっと味方が現れて。

 魔族をようやく探し始めたのに、何時間しても見つけられなくて。

 だから、彼は焦ってしまっているのだと思う。もしかしたら自分の見間違いなのかもしれないって。本当は村の人達の言う通り、そんな童話の魔族はこの世にいないのかもしれないって。 イカ魔族が見つかろうが見つからなかろうが、僕は彼の味方であり続けると確信している。 尊敬する友人達のように、全力で無条件に、僕は彼の『力』になってあげるつもりだ。だけど彼の体力は、もう限界がきてしまっている。だから、今日はもう止めておくべきだと思う。


「ニア君、今日の探索はもう止めにしよう。夜が来て、ベットで眠りにつけば明日が来るよ。だから探索は明日にして、今日はもう休んだ方がいい」


 立ち止まった僕の言葉を聞き、歩みを止めて振り向いた彼の顔には、相変わらず影が差してしまっていたのだが、彼は目元を苦渋に歪めつつ、コクッと頷いた。


「…………ごめんね、ソラ兄ちゃん」


「気にしないでよ。見つかるまで何度でも探せばいいんだからさ」


「……! う、うん!」


 泣いているような、笑っているような顔で、僕と話をしていた彼は、突然ガクリと、膝から崩れ落ちた。何事かと肩を跳ねさせた僕が急いで駆け寄ると、彼の二足は体力の限界がきてしまっていたせいで、ガクガクと震え、立ち上がることができないようだった。僕が思っていたよりもニア君は無茶をしていたようで、そんな彼に僕は申し訳ないように眉尻を下げて言った。


「ごめんね、ニアくん。もっと早くに僕が言ってあげられたら」

「違うよ、ボクが悪いんだ! だから……ありがとう、ソラ兄ちゃん。ボクを止めてくれて」


「……そっか。よしっ! 僕が背負って帰るよ」


「あはっ! ありがとう!」


 僕はリュックを前に移動し、立ち上がれないニア君をおんぶした。めちゃくちゃ軽いニア君に僕は一驚しつつ、背負われた彼が退屈しないように、僕が今までの旅で体験したことを話す。 世話になったエリオラさん達の話。

 楽しかったルルドくん達の話。

 女王蜘蛛との死闘の話。

 尊敬しているトウキ君の話。

 それらをニア君に聞かせながら、僕達は帰路に着いたのだった。


 + + +


「ソラ兄ちゃん、また明日ね!」


「うん。また明日」


 結成した魔族討伐隊の初任務。名をイカ魔族討伐作戦は、タイムオーバーで一時引き上げ。

 村に数十分かけて戻った僕にニア君は、互いに別れの挨拶を済ませ、各々の帰路に着いた。

 ゆっくりとした歩幅で村を見て歩き、客が僕一人だけになってしまったあの宿屋へと戻る。

 今夜は、昨晩みたいに苦しまなきゃいいけど。

 常の調子の腹をさすりながらそう考えていると、部屋を借りている宿屋に到着した。

 借りているとは言っても、予定では今日に村を発ち、オルカストラトの国境を仕切っている関所に行くはずだったから、一泊分の宿泊費しか払ってないわけで、これから宿泊日数の延長をするために、魔族討伐が達成するまでの不確定日数分の宿泊を頼まなくちゃいけないのだが。

 一泊が『一二〇ルーレン』だから、今の財布事情的にはかなり余裕ではあるんだけど、あの目力が凄まじい宿屋の女将達が、僕の頼みをすんなりと引き受けてくれるかどうかなんだよな。

 宿泊延長? そんなの駄目。無理無理無理。

 って淡白に返されて、これから野宿をしなくちゃいけなくなる可能性も微レ存。その辺がちょっと心配なんだけど、まあもし宿の泊まれなさそうだったら、ニア君に家にでも泊まるかな。

 そんなことを微笑しながら考えていた僕は、宿のフロントにある帳場を雑巾掛けをしていた宿の女将に、宿泊日数の延長の旨を伝える。

 

「あの、宿泊を三日くらい延長したいんですけど」


「…………三百六十ルーレン」

 

 よかった。拒否はされなくて。

 無表情で三日分の宿泊料を提示された僕は、コートのポケットに入れておた財布から銅貨四枚を取り出し、帳場の上に置いている料金皿の上に乗せた。皿に乗せられたお金をじーっと見ていた女将は、帳場の下から十ルーレン紙幣四枚を取り出し、バサッと帳場の上に放り投げた。

 ざ、雑っ。

 信じられない対応に衝撃を受けていると、女将は何食わぬ顔で雑巾掛けを再開した。

 やっぱり歓迎されてないんだな。

 渋々ながらこの対応に納得した僕はフロントを移動、昨日と同じ部屋に戻った。


「ふーー……」 


 部屋に入った僕は、久方ぶりに警戒を解き、鏡面剣をベッドの横に立てかけ、横になった。

 仰向けで両手を枕にし、何も無い白い天井を見つめる。

 今日は魔族は見つからなかったけど、まだ明日がある。

 明後日だって、明明後日だってあるんだ。ニアくんは嘘を言ってないし、イカ魔族が村の近くにいたのは間違いないはずだ。そいつを僕達が見つけられなくて、結果としてニア君が落ち込んでしまっても、村の遠くに行ったんだよ、って言ってあげればいい。見つからなかったら彼は落ち込んでしまうだろうけど、村を守るために動いていた彼が『正義』なのは確かだから。

 僕は脳みそを回し、脳底から生まれてきた考えを纏める。そして、ゆっくりと息を吸い——吐く。瞼を閉じていた僕の意識は暗闇の海野底へと進んでいき、どんどん下へと潜っていった。


 + + +  


 魔族討伐隊が結成されて、その活動を開始してから、かれこれ『三日』が経過していた。

 現在時刻は、人歴・一〇三七年の、八月二十二日。その十四時を過ぎた辺りである。

 終夏の強い日差しが、雲一つない空から降り注いでいる。

 しかし森に生えている木々のおかげで、森を歩いている僕達への直射日光は避けられていた。

 薄暗い影に満ち、涼しげな微風が吹く森の中は、僕達に夏を感じさせることはなかった。

 あと一週間と少しで九月、秋なのだからそれは当然なのかもしれないが。 

 時折目に刺さる日光。僕は反射で目を細めながら、目の前を歩いているニア君に声を掛けた。


「そろそろ休憩しようか」


「……うん」


 かれこれ三日間、朝から夕方まで、このイカ魔族を目撃したという森を、歩き回っている。

 一向に見つかる気配がない魔族に対して、ニア君は焦りの感情を募らせているようだった。

 日に日に口数が減り、声から抑揚が失われていっている。

 顔からは晴れが消えて、分厚い雲が掛かっているように、暗い顔のまま。僕はそんな彼を追い詰めてしまわないよう慎重に言葉を選び、大丈夫だよ、そう伝えるように優しい態度を取る。

 

「はい、水」


「……ありがとう」


 僕はリュックにぶら下げていた水筒を取り出す。そしてニア君へと手渡した。

 しかし、それに口をつけることなく、ただ俯いてしまっているニア君に眉尻を下げる。

 

「大丈夫だよ。イカ魔族が見つからなくても、それは村の遠くに行ったってことだからさ」


「……うん」


 心からの言葉。嘘偽りもないそれに、ニア君は顔を上げて、僕と同じように眉尻を下げた。

 追い詰められているようにも、悲しんでいるようにも見える彼の顔。

 それを正面から見た僕は、少しだけ悲しくなった。そして悔しかった。小さな子供を安心させてあげられない自分自身に、自分の役立たずさに、僕は顔に出さずとも落ち込んでしまった。


 それからは連日通り、午後五時過ぎくらいに魔族探索を引き上げて、体力が尽きてまともに立ち上がれなくなってしまったニア君を僕が背負い、村へと戻る。

 深い森から村に向かう帰り道。

 喋らないニア君に、僕は「明日の天気どうだろう」と話を振ってみる。しかし、ニア君は殻の中に閉じこもってしまったみたいに、その言葉に返事をしてくれなかった。僕の声が聞こえていないのだろう彼に、僕は特段気にした素振りを見せることなく、根気強く話し掛け続ける。

 終夏の暑さと、照り付ける日差しにやられてしまった夜闇は、太陽の極光に怯えているのか、顔を出す時間がとても遅い。

 夕方だというのに、煌々と森全体を照らしている太陽に、僕は目を窄めながら、背負う迷子の子猫に話し続けた。

 見つからない、見つからないって悩んでいる彼を安心させてあげるように、まるで絵本の物語を読み聞かせる親のように、ゆっくりとした口調で彼に声を聞かせ続けた。

     

「早く君を安心させてあげられるように、頑張るからね」

         

         * * *

  

 魔族討伐隊が探索活動を始めてから、かれこれ五日が経過した。

 現在時刻は、八月二十五日の十五時が過ぎた頃。

 相変わらず、件のイカ魔族は見つかる気配が無く、五日間も歩き回った森には、もう行ってないところがないのではと思うくらいに、見えるすべての景色に既視感を感じてしまっていた。

 日光を遮っているせいで生まれている薄暗い影が森を満たし、それらが僕達の視界の万全を妨げつつも、終夏の暑さも日光と同じように遮られているおかげで、森での活動は容易だった。

 夏の暑さなど微塵も感じていない。なのに、僕は焦りからくる汗を額に浮かべていた。

 それは、僕の前で息を切らしながら、森の奥へ奥へと、無謀にも突き進んでいく黒毛の子猫を、眉尻を下げて見守っていたからだった。僕は、止まろうとしないニア君に再三声を掛けた。


「ニア君、そろそろ休憩したほうがいい」 


「……」


「ニア君!」


「…………」


 僕の声を意図的に無視しているのだろうニア君の肩を、早足で追いついた僕は『ガッ』と片手で掴み、力尽くで彼の動きを止めた。

             

「ニアくん、少し休憩しよう。君はまだ昼食を摂っていないから、これ以上動き回るのは無理だ。君が焦っているのは分かってあげられる——だけど、無茶したら駄目だよ」

 

 僕に肩を掴まれ、説得を無理やり聞かされたニア君は僕に背を向けたまま俯き、黙りこくる。 イカの触手のように執拗に絡みつく、小さな子供である彼が背負うには、あまりに重すぎるだろう暗い影を認めて、僕は悲しげに眉尻を下げ、彼を向き直させた。そして両膝を地面につき、影を纏っているとても暗い顔を上げたニア君と目線の高さを同じにし、視線を交差させた。


「君は嘘を吐いてない。君が言っていたことが『間違い』だったなんて、僕は微塵も思っていないよ。僕はニア君を心の底から信じてる。だから、君も僕のことを信じてほしいんだ。大丈夫、たとえ見つからなくても、それは『いない』ってことじゃない。だから焦らないで。少し休もう、ニア君。無茶をして倒れたら、それはもう魔族どころじゃなくなってしまうよ……」


 目を合わせて、泣きそうな顔をする僕の『懇願』とも取れる言葉を聞いたニア君は、泣くのを我慢しているかのように表情をピクピクと痙攣させて、両手で自分の服をクシャッと掴んだ。

 

「ご、ごめんね……ソラ兄ちゃん……っ。ぼ、ボク……」




 泣くのを我慢していたニア君は、両目から透明な雫を溢れさせる。

 声に嗚咽を混じらせながら、僕に対して謝罪の言葉をかけた。僕は泣いてしまった子猫の目に溜まっている涙を手で拭い、肩を震えさせる彼を安心させるように、優しく頭を撫でる。


「僕達はもう『友達』だろ? だから謝らないほしい。僕は全然気にしてないんだからさ」


「グスッ……ボク、何かが……ソラ兄ちゃんと友達になって、いいのかな……っ」


「何言ってんだよ——僕達はもう『友達』じゃん」 


「そ、そっか……へへっ……すごく嬉しい……っ!」


「僕も少し疲れちゃったから、少し休もう。落ち着いたら、また、二人で探しに行こう」


「うんっ!」


 森が日差しを遮って、暗い影が森中を満たしてなお、僕達は雲一つない晴れやかな笑みを浮かべ合う。小さき身に纏われていた影は、その姿を消しており、魔族の影が取り払われた彼の顔には、太陽のように明るい笑みが咲き誇っていた。

 木の根に座って食事を摂る僕達は、久方ぶりに会話を弾ませた。

 エリオラさんとの苛烈すぎる模擬戦の話や、ロウベリーさんによる、ルルドくん大折檻事件。 それにトウキ君の人外じみた大食い話などなど。

 目を輝かせながら「それで、それで」と聞き入ってくれるニア君に、僕は嬉しさを溢す。微笑む僕は村に帰り着くまで、短い中でも鮮烈に輝いている濃い旅の話を無邪気な友に語った。

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