第57話 友との別れ
サクラビに着くまで、約十日。
字面だけで見れば短くとも、実際はとても長い旅路。
僕達は駆らせている馬の状態に細心の注意を払いながら、ぶっ通しで移動を続けた。
道中、馬を休ませるついでに、宿で風呂を借り、汗で汚れていた衣服と身体を洗う。
そして食事。携行食だけでは味気ない。
そんな僕の提案を、誰も否定しなかった。
身を清め、十分な食事を摂り、心身を癒す。
馬の体力が十全に回復すれば、いざ出発である。
山を越え、丘を越え、平原を駆け抜ける。行きとまったく同じルートを辿っていくこと、十日。僕達の視界には、あまりにも大きいサクラビの防壁が、この旅の『ゴール』が見えていた。
ようやく見えた。ようやく着いた。僕は自分の胸が興奮で高鳴っていることに気づく。
長く、そして険しかった遠征。それの終わりがすぐそこなのだから、その反応も当然だった。
神隠し事件。それを巻き起こしていた主犯、狂人カラスは、ヒガンノ・トウキが打ち倒した。
これにより事件の拡張は防げるわけだ。
しかし、全体的な解決には、いまだに至れていない。
事件を完全に解決するには、子供達の奪還が必要だ。
しかし、それを行うのは僕達ではない。
領分が違うというか、ただの一個人ではどうしようも問題と言う他にない。
子供達の行方の特定。そして奪還。
その手伝いを申し込まれれば、それは当然に手伝う。だが、僕達で解決できうる問題ではないため、おそらくだが、シダレさん達は頼んでこないと思う。勘だけど、妙な確信がある。
僕とトウキ君は、これからどうするんだろうと移動中に話し合った。
短いそれで導き出されたのは、複数の国による連携だった。
ハザマの国で完結していない問題なために、まずハザマの国だけが動いても解決には至れないだろう。故に、他国と連携する。
これはキッカケだ。
僕達の遠征、それは複数の国が手を取り合って巨悪に立ち向かうという、エピソード・ゼロ。
「帰ってきたね」
「ああ」
僕とトウキ君は、大東門にある人馬の列を通り過ぎて、割り込むように検問所へと向かった。
静止を言い渡してきた門衛に、自分の名と管理者から任されている使命についてを聞かせる。
しばしの確認の末、列に並ぶことなく僕達はサクラビへと入都を果たした。
そこからは速かった。僕達はシダレさんは使わせた、長刀を差した侍の一人と会う。女性のような青の長髪をした彼に促され、イチゴマックスたちに乗ったまま、ハザマの城へ向かった。
「よっと。ありがとね、イチゴマックス」
『ぶるる』
僕達は城の第一門前で馬から降り、徒歩で城へ向かう。何度も大きな城門を通り、美しい庭園を過ぎ去って、やっとのことでハザマの城に到着。城の門前にいた着物の女中、名をトノサキさんに案内されて、僕達はシダレさんが待っているという、城の中層、四階へと足を運んだ。
「こちらです」
四階。少し大きな襖の先にあった、執務室らしき場所で、シダレさんは茶菓子を食べていた。
「やや! おかえりだね。いや〜寂しかったよ! さ! 再開を祝して抱擁でもしようか」
「結構です」
笑顔でふざけたことを言いながら、本当に両手を広げてウェルカムするシダレさんに、僕は片手を向けて制止し、キッパリと否を言い放った。
「え〜、ソラ君のい・け・ず。ま、いいさ。君たちが無事でよかった。一件の報告を頼むよ」
真面目で遊びがないなぁ。そう目で言っているシダレさんは、まったく和風ではない革張りの執務椅子に腰掛けながら、小豆モナカをボリボリ食べる。
僕とトウキ君はトノサキさんに促され、応接椅子に腰掛けた。そして、トウキ君がカラスのことを話し始める。特にやることがない僕は、出された茶を飲み、芋羊羹を顰めっ面で食べた。
「やはり魔神教絡みだったか。面倒だからそうじゃないように祈ってたんだが。厄介だな」
「あの、魔神教って宗教? のことを僕は全く知らないんですけど、一体何なんですか?」
僕は胸の内にひっそりと抱えていた、魔神教についての質問を投げ掛ける。
帰りの道中で、当組織? を追っているトウキ君に聞けばよかったのだが、彼は妹さんを魔神教に殺されているため、それを無意味に思い出させないためにも、聞くに聞けなかったのだ。
すると、シダレさんは「知らないんだ? やっぱり可愛いね、ソラきゅんは」と、意味不明な言葉を吐き連ねがら、優しく笑んでいる顔で懇切丁寧に『魔神教』についてを教えてくれた。
シダレさん曰く、魔神教というのは何千年も昔、この世に魔族を創り、人々が暮らすこの世界を滅ぼそうとした『魔神』を崇拝している、世界最大宗教である『聖神教』と対をなす邪教。
それが魔神教。
まあ、攫った子供を買い取っていたと言うし、邪教なのは間違いないのだろうが。
魔族を創り出した『悪い神』を崇拝か。そんな世界を滅ぼそうとした神を、被害に遭っただろう人が崇めているなんて。こう言っては何だが、その人達は正気なのだろうか?
「魔神を崇めている人間が何を考えているかなんて、私達が考える必要はこれっぽっちもないよ。邪教は邪教だ。我々とは相容れない存在というわけさ——」
一連の報告が終わると、シダレさんが「礼をさせてほしい」と言ってきた。
何かご所望はあるかい。その質問に、僕は『歌舞伎』なる和芸を見てみたいと言う。すると、シダレさんは「あぁー……」と言い、額から一筋の汗を流し、露骨に斜め上へ視線を泳がせた。
まるで『言いづらい』ことでもあるかのようだ。
どうしたんだ そう僕とトウキ君が顔を見合わせると、後ろに立っていた頭痛を堪えているような苦しい表情をしているトノサキさんが、その説明をしてくれた。
なんでも、シダレさんは歌舞伎の女形を何度も口説き、それが祟って三年前に歌舞伎座への出禁を食らってしまったらしい、
それでも諦めずに舞台裏に侵入し、見つかって逮捕。
二日間の勾留の末、歌舞伎座への『接近禁止令』を言い渡されてしまったとのこと。
そのせいで歌舞伎座に近付くことすら出来ないのだとか。
僕が軽蔑の目を向けると、シダレさんは「だから、それ以外で頼むよ!」とヘラヘラと言う。 この調子だと色んな所を出禁にされてそうだな——と思った僕は彼に問いただす。
「歌舞伎座以外に、どこが出禁にされているんですか?」
「う、うーん……」
謎に言い渋るシダレさんの代わりに、後ろに立っていたトノサキさんが、また答えてくれた。
「実は、サクラビにある殆どの店で問題を起こしていまして、ほぼ全ての店を出禁にされているのです……」
「はあ……?」
僕は開いた口が塞がらず、トノサキさんは恥ずかしそうに顔を隠した。
当のシダレさんは「あはは」と空笑い。場の時が止まる中で動けたのは、関係ないとばかりに茶菓子を頬張っていたトウキ君と、淹れられた茶から立ち昇る、白い湯気だけだった——
その後「まだ何処があるはず。多分だけど行けるはず! デートしようよ〜」と言い続けるシダレさんを哀れに思い、僕は「もういいですよ」と言って、城の執務室から退出。
トウキ君も茶菓子を平らげ、茶を一気飲みし、僕の後に続いた。
執務室を出る僕達に「行っちゃいや〜ん!」と女声で叫ぶシダレさんを無視して、城を出る。
帰り際、トノサキさんから「こちら、今回の依頼料です」と金一封を手渡された。
彼女は「どうせこうなると思っていた」と、シダレさんに対し呆れ気味に、それでいて辛辣な愚痴を溢し……ハッとして「聞かなかったことにしてください」と言った。彼女の底冷えするような全く笑っていない目を向けられて、僕達は何も言えなくなってしまったのである……。
行く当ての無い僕達は、城の近辺をふらつく。
晴れ晴れとした快晴に見下ろされ、僕は照り付ける日差しで目を窄めさせた。
「……ソラ。俺は明日、ここを出るよ」
「……そっか」
「オウ。だから、この報酬で寿司を食おうぜ。こんな都会なら、寿司屋くらいあるはずだ」
そう言って、さっき受け取った金一封をヒラヒラさせる。
もちろん、僕がその誘いを断るわけもなく。
「うん! 行こう行こう! よくわかんないけど、美味しそうだ、寿司って」
「ククッ。よっしゃ、寿司だ寿司!」
結果。一人『五万ルーレン』という破格の報酬の半分以上を一日で使ってしまったとさ……。
+ + +
「別れを済ませたい。少し待っててくれ」
「はいよ」
僕達が今いるのは、都の大西門を出たところにある平原だ。
現在時刻は、七月三十日の夕方。日が沈みかけていて、空が茜色に染まってしまっている。
ヒュー、と。平原に吹く夏の風は意外と冷たく、少々肌寒い。風に揺らされて擦れ合う草花が、耳心地の良い音を奏でており、僕とトウキ君はそれを聴きながら夕日を眺めた。
「ソラは北へ……オルカストラへ行くんだったな」
「うん」
西はトウキ君が行く方向。
南はソルフーレンで、今里帰りをする予定はない。
東はトウキ君の故郷の鬼国だ。
鬼国に行くか、トウキ君の後を追って西へ行くかは正直悩んだ。
でも、彼の旅には同行しないと決めてしまったから。
僕はトウキ君を追わず、流れるままに『北』へ進むことにしたんだ。
「オルカストラか……」
茜の空を見上げながら、彼は独り言のようにそう呟く。
「うん」
僕は彼の視線の先を追いかけて、ただそれだけの返事をした。
「あれだろ、歌姫? がいるんだよな」
「らしいね。詳しくは知らないけど、実は気になってる」
「ソラも知らないのか。悪いけど俺も詳しくない」
「そっか」
歌姫。絶歌の姫君。これについては、ルルド君達とのお別れ会で話題になった。
まあ話題になったってだけで、それが何なのかは何一つ分かっていないのだが。
確か、聖火祭というのも話していた気がする。これも結局は分からずじまいか。
オルカストラは『歌の国』とも呼ばれているって、ルルド君が言っていたっけ。
カカさんに教えてもらったけど、確か『世界三大劇場』の一つがあるんだよな。
歌姫に聖歌祭、三大劇場……何もかもが分からないけど、一目見れるといいな。
「トウキ君はエビールルに行った後は、どこへ行くの?」
「んー、俺の目的は魔神教だからな。それ次第でコロコロ変わるだろうが……そこから西にある国ってどこだ?」
エビールルのさらに西の国か。
「エビールルの真西は中央海で……北西は『サイゴーン』でしょ? で、南西は芸術の国『アトリエア』だった気がする」
「あー……じゃあ、アトリアエだな。その横にあるのが『ララバ』だったろ」
武国『ララバ』は、芸術の国『アトリエア』の隣国だ。
ギルドの『総本部』がある国であり、民間の戦力が国家戦力を『上回っている』という稀有な国である。とすると、もしかして——
「トウキ君、もしかして『ギルドの総本部』に行くの?」
「オウ」
僕はそんな質問をする。民間の戦力が凄まじいララバに、邪教とまで言われている魔神教の本部があるなんて微塵も思えない。だから、彼がそこを目的地としているのは不思議だった。
故に「なんで?」と疑問を吐いてみる。すれば、トウキ君はパチンと指を弾いてみせた。
「なんか、裏に首突っ込んだ情報屋がいそうだろ?」
「ははっ! 確かに」
まさかの答え。僕はそれに笑う。しかし次の瞬間には納得の表情を浮かべた。
ギルド総本部には、腕利きの冒険者が集まっていると話に聞く。
そこには凄腕のシーフがいる可能性が高い。
シーフなら裏社会のことに詳しいだろうし、トウキ君の考えは的を得ている気がするな。
「……んじゃ、そろそろ行くよ」
「…………そっか」
そう言って、トウキ君は馬車を待たせている方へと歩いて向かう。
僕はトウキ君の夕陽を浴びて手に染まっている背中を眺めながら追従する。
たった一つしか歳は離れていないのに。
彼の背中は僕とは違って、とても大きくて、とても逞しかった。
少し、いや、かなり寂しさはあるけど、これが旅だ。
これが爺ちゃんに背中を押されて、僕が始めた旅なんだ。
だから、泣いちゃダメなんだよ……!
涙目になっている僕は鼻を啜りながら、馬車に乗ろうとする彼を見送る。
すると、突然僕の方を振り返ったトウキ君は、僕へと右拳を突き出した。
それに僕は目を見開き、にっと笑いながら彼の拳に自分の拳を合わせた。
お互いが右拳を突き合わせる格好で、別れを済ませる。
これは儀式。再会を誓う、友情の証。
「またな、ソラ!」
「またね、トウキ君!」
彼は晴れやかな笑みで、僕は泣きそうな笑顔で。旅の別れを終えたのだった——
ハザマの国編・其の二・完
加筆して再投稿。ハザマの国編の第二が終わりました。次は第三ですが、とても短いです




