第56話 セツカ
「で、攫った子供はどこにいる」
トウキ君は、両の手足を折られ、僕が即席で用意した蔦の縄で拘束されているカラスへ尋問する。カラスは自身が置かれている、打開しようのない必死の状況に一瞬目を細めたが、しかし動じることなく常の引き笑いをし、その尋問に平然と答えた。
「攫ったガキどもは全員金にしちまったぁ。もうこの国には居ねえだろうなぁ」
余裕ありげ。どうやら『敗北』というのを認めて冷静になったらしい。
その状態が癇に障るのか、トウキ君は答えを聞きながら、顔を絶怒で歪ませる。そして、もう我慢ならないといった風に、木に括り付けられているカラスの腹部に彼は蹴りを入れ込んだ。
ドグッと重々しい音を奏でた前蹴りは、カラスの背もたれになっている樹木に、まるで落雷が引き裂いたような亀裂を入れる。目玉が飛び出るかと思うくらい大きく目を剥いたカラスは、
「ゴホッ、ゲホッ」
と咳き込み、すぐにニイっといという不敵な笑みを浮かべ、怒りに満ちるトウキ君へ向ける。
「テメエが俺を殺そうが、ガキ共は帰ってこないぜぇ? イヒヒヒヒ! グッ! ゴホッ!」
煽るカラスの腹部に再び蹴りを入れたトウキ君は、低い声音で問う。
「子供たちを、どこに売った……!」
カラスはその質問の答えを、必死を嘲笑うかのように言い渋る。無言でニヤニヤと笑いながら、トウキ君の腹の中を探るような眼差しを向け、悪意に満ちている凄惨な笑み。
悪意に満たされた彼奴の顔。腹の底を感じ取った僕は、冷や汗を掻いて後退りしてしまった。
「お前、鬼人だよなぁ。もしかして取られたのかぁ? ひひっ! ひひひひひひっ!」
取られた? 何を? コイツは一体、何を言っているんだ? 僕が訳もわからず怪訝にただ思っていると、トウキ君はいきなり左手に握っていた和刀を上段に構え、一気に振り下ろした。
「————はっ!? トウキ君!?」
「ヅゥッ……!」
トウキ君に切断された『カラスの右耳』が、ぼとりと地面に落ちて音を鳴らす。
カラスは先程まで右耳があった顔側面から膨大な量の血を噴き出させ、それを認めた僕は半狂乱になりながらも、綺麗さっぱり斬り落とされてしまった箇所に、止血のための布を当てた。
「ひひっ! 図星かァ……!」
「喋んな、塵が……ッ!」
「ちょまっ、ダメだって! 殺す気なのっ!?」
右の耳を斬り落とされたにも関わらず、無謀にも怒りに満ちているトウキ君を煽るカラスに、額に青筋を浮かべ、全身の筋肉を怒りにより一気に膨張させたトウキ君は、今度は首を斬り落とさんと言わんばかりに、左手に握っている刀を右肩に溜め始めた。それを必死に押し止めている僕は、なんとか怒れるトウキ君と、ニヤニヤと煽ることをやめないカラスとの距離を離す。
「子供をどこへ売ったのか答えろ、クソ野郎ォッ!」
「と、トウキ君! 落ち着いてよっ!!」
怒気を超えた『殺意』を剥き出しにするトウキ君に危機感を覚えた僕は、必死にカラスに近づかないよう押さえ込む。が、僕と隔絶した力を持つ彼が、僕の全力なんかで押し止まる訳もなく。僕をずるずると引き摺りながら、地面に罅を入れる踏み込みでカラスに歩み寄っていく。
「待って! 待てよっ! 私刑はダメだっっっ!」
私刑。それを実行する気迫がある友人に、僕は必死に声を掛ける。
「分かってる……っ!」
だが、無意味。完全に頭に血が昇っている。どう考えても平静ではない。
「分かってないだろっ!? 止まれって言ってるだろっ!」
感情の吐露。もはや僕すらも冷静ではいられない状況の中、僕は必死に彼へと語りかける。
「————ッ!! ソラには関係ねえッ!! 邪魔をするな!!」
「関係なくないだろっ! 何でそこまでするのか訳わかんないんだよっ! 分かるように僕に説明しろっっっ!!」
「関係ねえって言ってんだろッッッ!!」
「うぐっ……っ!?」
僕を弾き飛ばした彼は、カラスのもとへ歩んでいく。
僕はすぐに立ち上がり、再び彼の肩を掴んだ。
……君が話してくれなくても、なんとなく分かっていたよ。
あの瞋恚の炎が灯された目を見て、僕はなんとなく察せていたんだよ。
君は、過去に『何か』があったのかもしれないって。
君の過去について、僕は何一つ知らないけど、カラス対して怒りを持つ理由は分かる。
僕も子供を攫ってどこかへ連れて行った、この悪賊を許す気は一切無い。
コイツは、ちゃんと人に裁かれるべきだって本気で思ってる。
その裁きで、カラスは死刑になるかもしれない。でも、それは『仕方ない』ことだと思う。
だからって、それは今ここでコイツを私刑に処していい理由にはならない。
「殺しちゃダメだっ! コイツを裁くのは君じゃない!」
「お前は引っ込んでろ……ッ!!」
「————っっ!? うおおっ!?」
真っ向からトウキ君と押し相撲をする僕は、背中を鷲掴みにされたのち、後ろへと投げ飛ばされた。弧を描くように投げられてしまった僕は、約五メートルほどの高さで宙を舞い「あだっ」と苦悶の声を漏らしたものの、何とか受身をとり、カラスに近づくトウキ君のもとへ急ぐ。
「子供達を、どこへ売ったッッッ!!」
「ひひっ! 知りたいなら教えてやるよぉ……」
ヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイ! このままじゃトウキ君はカラスを殺してしまう!!
友が悪人とは言えど『人』を殺すなんて——そんなこと、させていい訳がないっっっ!!
「カラス! 喋るなっっっ!!」
お前の答え次第で、トウキ君は——!
「ガキを買い取っていたのは『魔神教』の連中さ。今頃どこかの辺境で洗脳中だろぜ」
僕の時間が止まる。そして、どこかから『プチッ』と何かが切れる音がした。
「————ッッッ!!」
そう言ったカラスに、今までにないほど殺意を爆発させたトウキ君は『魔法』を発動した。
「ダメだっ、トウキ君っっっ!?」
僕が叫ぶ必死の静止は——彼には届かなかった。
「【雷砲】————ッッッ!!」
目を見開いてしまう僕の視線の先、構えられたトウキ君の右手から、極大の雷が放たれた。
大雷としか言い表せないその極大の一撃は、賭けているような、そして勝利したような不敵な笑みを浮かべているカラスの全身を飲み込み、その姿を『跡形』もなく消し去ってしまった。
目が眩むほどの雷光、鼓膜を引き裂いてしまいそうな雷鳴。
それに脅かされ、僕は尻餅をついて視覚と聴覚の機能を一時不全にさせた。
そして。眩い雷光と雷鳴が落ち着き、僕は目を開ける。
すれば、先程まで樹木に括り付けられていたカラスも、その背後にあった平坦な森も、トウキ君が放った雷砲により消し去られていて。何も、何もかもが、無くなってしまっていた。
「あ……あぁ…………」
大雷を真正面から食らって消えた、カラスの姿。
カラスの背後にあった、大雷の通り道になってしまった森は、あの攻撃で完全に消失しており、バチバチと音が鳴り聞こえ、地面からは焼け焦げた煙が上がっている。僕は唖然と口を開けながら立ち上がり、視界の先に立っていた、大雷を撃ち放ったトウキ君のもとへ駆け寄った。
「トウキ君……」
「〜〜〜〜〜っっっ!! クソォッッッ!!」
膝をついたトウキ君は握り拳から血を滴らせ、有り余る怒りを振るい地面を殴った。
彼の怪力を食らった地面は、ドンッと大きな音を鳴らし、辺りに土砂を飛ばす。
「ト——」
「五月蝿えッッッ!! 少し、少し黙っててくれ…………!」
「…………分かった……カラスを探してくるね」
膝をついたまま意気消沈するトウキ君を横目に、僕は姿を消してしまったカラスの行方を探しに向かう。甚だしい雷の魔法で消しとばされた森は、見るも無惨な状態であった。
黒く焼け焦げ、今もプスプスと熱を発する地面を、意味は無いかもしれないが、大きな声を出しながら探し歩く。
あの男が大雷に飲まれて消し炭になったとは、僕は全く思えない。
大雷を真正面から食らったんだ、重傷なのは間違いないだろうけど、あの悪賊は絶対に生きている。そんな気がする。トウキ君を止めておいて何だが、あの男を野放しにするのは危険だ。
重傷を負っているだろう奴を見つけ出し、捕まえて、シダレさん達に裁いてもらう。
それで子供達が帰ってくるわけではないけれど、お咎めなしは有り得ない。
絶対に、あのドス黒い『悪』には『罰』は受けさせなくては——
「それにしても、これは——」
更地になってしまった森は、トウキ君がいる場所から、大体『百メートル』くらい先まで消し飛んでいた。これが魔法かぁ……と軽く、いや、かなりの『衝撃』というのを受けた。これがトウキ君の本気の魔法なんだなと、場違いながらも感心しててしまう。もしかして、ルナさんやアミュアちゃんはこれより凄いのかな? ルナさんはトウキ君より凄そうな気がするけど、アミュアさんは——微妙だな。僕は、そんな無駄な思考を止め、辺りを見回しながら声を出す。
「おーい! 返事しろーっ! …………駄目か」
それから小一時間ほど捜索を続けたが、カラスが見つかることはなかった。
もしかしたら、あの雷で本当に消し炭になってしまったのかもしれない。
逃走という嫌な予感を胸の内に抱えながら、僕は仕方なく捜索を打ち切った。
そして、今だに地面に膝をつき、首を折っているトウキ君のもとへ行き、彼の肩を叩く。
「落ち着いた……?」
僕の問いに、力無く彼は頷いた。
「……ああ…………ごめん、怒鳴って」
今までにないくらい落ち込んだ声を出す彼に、僕は眉目を下げる。
「気にしないでよ。何か理由があるんだろうし……」
「……ごめん…………っ」
トウキ君のその声は、少しだけ嗚咽が混じっていた——
* * *
僕達はイチゴマックスたちを待たせている、五木の森の南西部にまで戻ってきた。
馬たちにお待たせと言いながら、しかし帰りはせず、その場で一時的なキャンプを行う。
火を起こしたりもせず、ただ、僕はトウキ君の隣に腰を下ろして、彼が動くのを待った。
このまま置いていくわけがないし、引っ張っていく気もならないしで、ただ待つことにした。 彼から動いてくれるのを、何時間も。何時間も。
辺りが夜の暗幕に覆われれば、空で星が瞬き出した。
僕は地面で大の字になって、空に輝く星々をぼうっと眺める。
チリチリと鈴の音のような虫の声が耳に届き、少しだけ眠気を感じた。
いかんいかんと気を張るも「はぁ〜……」と大きな欠伸を浮かべてしまう。その欠伸のついでに、チラッと隣に座るトウキ君を見る。彼は胡座をかきながら空を見上げ、星を眺めていた。 ちょっと、お腹空いてきたな……。
そういえば今朝から何も食べてないんだっけ。
僕は空腹を訴えてくる腹を摩り——やらかしてしまう。グゥ〜、という大きな腹の音を鳴らしてしまい、シリアスだった場の空気が完全に壊れてしまった。
「……マジで、ごめん」
「ブフッ、ブハハハハハハハハハっ! いや、こっちこそゴメンな。飯にしようぜ」
「うん……!」
僕達は立ち上がった。その辺にあった倒木をトウキ君が刀でバラし、それを集めて、僕が作った下手くそな石竈へと並べていく。
そして僕はバックから取り出した、リップさんからもらった魔道具で枯れ草に着火。
見る見るうちに火は燃え広がり、夜風に当たって冷えた身体を温めてくれた。
鍋に水を入れ、そこに米も入れる。
蓋を閉めてグツグツと煮て、トウキ君の「もういいだろう」という合図で蓋を開ける。
すれば鍋の中にはキラキラと輝く、僕の空いた腹を刺激する美味しそうな白飯ができていた。
炊き立ての米を三角に握り、その表面に味噌を塗る。そして熱した鍋の上に並べて、焼く。
僕が握った米は、どう見ても三角ではないが。
トウキ君が握った米は、どこからどう見ても三角で。
何というか、敗北感がすごい。まあ、そんなことはどうでもいいよな。うん。
『焼きおにぎり』というシンプルな米料理をひっくり返し、両面に焼き色を付けて完成だ。
「美味しそう」
「それじゃあ、食うか」
僕とトウキ君は焼きおにぎりを二つずつ皿に乗せる。そして——
「「いただきます」」
僕は味噌を塗った、ホクホクの焼きおにぎりに齧り付く。白米のシンプルな甘味と、味噌の深い甘さが絶妙に合わさり、甘味が苦手な僕でも美味しいと唸ってしまうほどの絶品であった。
「…………美味えな」
「ね! 超美味しいよ」
「ああ……」
僕は絶品の米料理を平らげて舌も腹も満たされた。
トウキ君はかなりの大食いだから、おにぎりが二つだけじゃ少なかったかも。
でも夕食を食べる前より声の調子が上がったし、表情も明るくなったと思う。
少し調子が回復した彼を見て僕は安心し、満腹感に流されるように、その場で大の字に寝転がって星空を眺める。トウキ君もその場に寝転がって、僕と同じ光景を視界に入れた。
「ソラ」
「ん? なに?」
「少し、昔話を聞いてくれ」
「うん」
彼が話し出したのは、過去のこと。今まで明かすことがなかった、身の上の話。
トウキ君には五つ下の、名を『セツカ』という妹がいた。
そのセツカちゃんは、兄であるトウキ君とは違い、たった一本の角を生やしていたそうだ。
鬼人族の角は通常ひとり二本。
極々稀に『角が一本しか生えない子』が生まれるらしい。
一次成長期に角が生え、二次成長期に生えている角が大きく成長する。
生えたての角は純白色をしており、二次成長期に真珠のような色に色変する。そして、純白と乳白との中間にある『白の一本角』は最上の魔除けとして、大昔から崇められているそうだ。
しかし、魔を退ける『一本白角』には、悪を引きつけるという『弊害』があった。
成長期の鬼人族の、しかも一本角は超希少。とどのつまり、裏取引などがアングラで行われているらしい。大昔は、その角を狙った暴虐なハンターによる被害が後を絶たなかったそうだ。
鬼狩りを行なっていたハンター達は、大昔の『鬼王』の手によって一時根絶やしにされたそうなのだが、約三年前、その鬼狩りの被害に、セツカちゃんは遭ってしまった。
用事で里を出ていたトウキ君が帰ると、皆殺しにされた人々の死体が里中に転がっていた。 急いで家に戻ると、殺されてしまった『角』が無くなっているセツカちゃんが、空室にしていた彼の部屋に横たわっていたそうだ。それから、妹を殺した犯人を探すために里を出たトウキ君は、鬼国中を巡り——数年後、鬼狩りを行ったであろう『犯人たち』の手掛かりを掴んだ。
その手掛かりが『魔神教』という宗教組織の名であった。
「初めて人に、これを話したよ。なんか、心がスッキリした。ありがとな、ソラ」
ポツポツと自分の身の上を話していったトウキ君は、軽くなった自分の胸に手を当てる。
「ううん。トウキ君が話してくれて嬉しかった。僕も旅をしながら『魔神教』について調べてみるよ。まあ、弱っちい僕が何とかできる気はしないんだけど……」
僕は首を横に振って、初めて彼についてを知れて嬉しかったと言った。
それは、一人の友人として認められた気がしたからだった。
「……ありがとな。ソラなら大丈夫だと思うぞ。お前は『魔神教』なんかに負けねえよ」
「そっか……うん。そうだね」
「オウ。夜遅くなっちまったけど、帰るか」
「そうだね」
僕達は立ち上がり、火の始末をする。そして出発の手前、僕はふと空を見上げた。そこには。
「うわっ! 流星群だ!」
幾百もの光の軌跡が、北西の方向へと走っていく。
その光景は、とても美しく、とても神秘的だった。
「流星……よく見るな」
「これを見るのは二度目だけど、やっぱり綺麗だ……」
「……そうだな」
して、広大な宇宙が生み出すほんの一瞬の絶景が見えなくなったのち、余韻に浸っていた僕へ、トウキ君が「行こうぜ」と言う。彼の呼び声に僕は「うん」と返事をし、待たせていた馬たちに跨った。僕は『世界の美しさ』を——その目から感じ取り、少しだけ、胸が弾んでいた。




