第54話 カラス
僕達は休み無しで、カラスという名の神隠し事件の犯人が潜伏している可能性が高い、北東のとある場所を目指し、移動を続けていた。
その旅路を一言で表せば、物凄く快適、であった。
それもそのはず。
小高い山を上ったり、ちょっとした丘を下ったり、果てしく何もない平原を走ったりした移動はすべて、ギルドが貸し与えてくれた『イチゴマックス等』を利用して行っていたのだから。
長苦しい徒歩での移動で、足がパンパンになることがないどころか、長旅では心配になる食糧や水なんかも問題なかった。
食糧は大量の携行食をシダレさんから押しつけられていたので無問題。水なんかもイチゴマックスに大きな水袋を積んでいたから、わざわざ喉の渇きを癒しに水源を探さなくてよかった。
本当に快適だった。なぜなら『移動以外』に神経を割かなくて良かったから。
道中、見かけた町村に立ち寄ったのは、酷使している二頭のケアをするため。
十分なケアが終わり、走れるようになったら即出発。その繰り返しである。
僕は、敷かれたレールの上を進むだけの順風満帆だが忙しない日々に小粒の汗を浮かべつつ、ちょっとは旅慣れしたのかなと思ってみたり——していたが、視線は別の方へと向いてしまう。
僕がチラリと見やるのは、トウキ君の顔。暗い。影を帯びている。僕は彼が初めて見せる落ち込んだ雰囲気に、若干の動揺を禁じ得なかった。
いつも飄々としていたのに、急にどうしたんだと。
口数も少なく、僕から話を振らないと彼は頑なに口を開いてくれない。ようやく口を開かせても、返ってくるのは『ああ』とか『そうか』くらいで、まったく抑揚というものがなかった。 そんな何とも言えない感じで移動を続けること、かれこれ十日。山道を抜けた先にあった平原を進むこと小一時間。僕達の視界の先には、青く輝く地平線が広がっていた。
「あれだ。あれが、五木湖」
五木湖。浮かんでいる五つの小島に、一様に大きな木が生えていることからそう名付けられた。サクラビで一、二を争う巨大な淡水湖。
かなり有名な場所ではあるものの、周辺は山々に囲まれており、人の直接的な行き来を阻む。大きな水源であるため魔獣生息数も多いとされており、一般人が近づくことはほぼないという。
「この辺りなんだよね。人攫いをしている『カラス』って奴が潜んでいるのは」
「可能性は高いって話だ。ま、この空気……いるだろ、間違いなく」
「確かに、妙に風がざわついてる。まるで『来るな』って言っているみたいだ」
下馬した僕達は正面からややの強風を受けている。向かい風。まるで手を使って行く手を阻んでいるようだ。それはただの自然現象のはずだが、風の加護を有している僕の感想は違った。
風が来るなと言っている。ここに居てはいならないと叫んでいる。今すぐ帰れと訴えている。 とにかく僕達がこの場を離れることを切に願っているのだ。もちろん言葉はない。感触だけ。
間違いない。ここに奴はいる。拉致事件を起こしている凶悪犯。その所在は、確かにここだ。
「どうする?」
「互いに離れすぎないようにしよう」
「了解」
僕とトウキ君は短い会話で行動を決めた。精鋭であろう第二、第三武士団なる国の戦力を全て殺害していると思われる『カラス』の実力は、少なく見積もっても、あの『エリオラ』さんと同等。そんな人間と僕が接敵してしまったら、僕が秒殺されてしまうことは想像に難くない。
故に、エリオラさん以上の実力を有すトウキ君が側に居れば、僕が殺害されるリスクは多分に減少する。僕は足手まといにならぬよう、会敵即時逃亡も心に決めて。いざ、先へと進んだ。
「……」
踏みつけられた雑草がガサリと音を奏でる。無音に響いたそれは、不用意な反応を誘った。
五木湖を中心に、外から内へと向かって、所謂『渦巻き状』に歩いていく。
僕等は、魔蜘蛛退治へ赴く際に確認した、生命反応がない静寂の森以上に、この場がどんよりと静まり返っていることに気がついた。そして同様に緊張を覚える。
何よりも僕の意識を悪い意味で引いたのは、風で漂ってくる『血生臭さ』だった。
これは魔窟でも似たことがあった。腐らせたものをさらに腐らせたような、という。
しかし、今のこれはそれとは少し異なっていた。
それは『人と獣』との違いだった。獣が有している野生臭が、今に嗅げているこれにはない。
すなわち、これは『人間』のものだ。それも一人や二人じゃない。言わば数十人規模の……。
「風上から凄まじく血の匂いがする……多分、遺体がある」
「向かおう。供養しないといけねえ」
「うん」
風が流れてくる方向から、尋常ではない血の香りがしている。最初は来ることを拒んでいた風も、しかし勇敢に足を進めた僕たちに折れたように、遺体がある場所へと誘ってくれていた。
「————っ!?」
「…………酷えな」
枝が削がれ、芯だけになっている木。
先は円錐を形どっており、まるで一本の槍のようだった。
串にも見れるそれには、甲冑を着込んでいる人間。
おそらく、音信不通になっていた武士団の人間が突き刺さっていた。
臀部から頚椎へと深々に。まるで食材にそうするように……。
もう冷静になれない。冷静でいられるわけがない。
串刺しの惨死体。紛うことなき凄惨な『死』の具現を見てしまったのだから。
遺体に群がっている蝿と蛆が生理的な忌避感と恐怖を掻き立てている。
僕は喉奥まで込み上げてきた『モノ』を必死に飲み込んだ。必死に抑え込んだ。
そして酷く嘔吐きそうになりながら、許せないという『怒り』を全身で発露した。
「……早く、早く大地に下ろしてあげよう」
「キツイならそこで休んでてもいいんだぜ」
「いや、やるよ。僕もやる。こんなのを見せられて『逃げる』なんて、僕にはできない」
トウキ君も同じように、カラスの所業に怒りを露わにしていた。だが、僕とは違って冷静さを失うことはなかった。そして、僕達はカラスが用意した死のオブジェクトの解体作業に移る。
トウキ君が木を伐採し、倒れてきたそれを僕が受け止める。受け止めた後は、遺体が損壊せぬよう細心の注意を払いながら、木から遺体を抜いていく。
ズブズブ。ズブズブ。
生々しい血と肉の感触。言い表せない死と腐の香り。それを間近で感じながら、僕はぎりっと歯を鳴らした。それは怒りだった。それは憎しみだった。そんな思いから、くるものだった。
「この場で火葬する。遺体はキャパ的に持ち帰れねえけど、遺灰なら可能だ」
「うん」
地面に十四人分の浅い穴を掘った。そこに遺体を寝かせて、枝と枯葉、巻木を敷き詰める。
甲冑や武器はキャパ的に持ち帰ることができない故、それは墓標として利用する。
衣服の一部を破いて頂戴した。それに遺灰の一部を包み、都へ持ち帰ると決めたから。
トウキ君の雷魔法で着火する。
せめて自分達の手でと思ったから、魔道具は使わなかった。
黄白色の閃光が指から迸れば、パチパチと枯葉から枝、薪木の順に火が回っていった。
皮膚が焼け、肉が焦げ、骨が炭化していく光景。
それを前にし、僕は天地がひっくり返ったような錯覚に見舞われた。
これが現実なのか。これは夢じゃないのか。そんな言葉が浮かんでは消える。
どうしようもない悲惨。僕は膝から崩れそうになった。だけど、踏ん張って二足立つ。
ふと隣を見やると、トウキ君もその光景を見つめていた。
だけど、その目は遠かった。彼は『在りし日の記憶』を見ているのかもしれない。もしかしたら、彼にとってこの光景は二度目なのかもしれない。僕はそう思ったが、追求はしなかった。
思い出したくないことというのは、実際にあるのだから。
「これで全員だ」
荼毘した全員の遺灰一部と徽章の回収は終わった。残った灰は武器の下で土と共に眠らせる。
本当は全て持ち帰ってあげたいが、今は仕方ないと割り切った。
遺族に対して酷だとは思いつつも。
「ここにいたのは第三武士団の人達だけ……第二武士団も音信不通になってるんだよね」
「ああ。十中八九、この辺りの何処かにいるだろうな」
「探そう。探して、家に帰してあげなきゃいけない」
「…………そうだな。探そう」
家に帰す。それがせめてもの救い。そう信じている僕は犯人探しよりまずは、行方不明の武士団の捜索を行おうと暗に言う。トウキ君はそれに数瞬の間を置いて頷いた。トウキ君は犯人探しを行いたいという本心があるのだろうと察しつつも、僕は自分の行動を、思いを優先した。
十四人の遺灰を中身を捨ててほとんど空にしたリュックに詰め込む。
僕はその、物理的以外にもある重さを実感しながら、もう一部隊を探すために歩き始めた。
「あっちだ。あっちから血生臭い匂いが漂ってきてる」
僕は再び、吐き気を催す『血生臭い匂い』を感じ取った。先程と全く同じものだ。ほぼ間違いない、あっちの方角に第二武士団の人達がいる。そう当たりをつけて、僕達は走り出した。
「…………クソッタレ」
生々しい匂いが漂ってくる方へ向かうと、やはり甲冑を着込んでいる人達がそこにはいた。
しかも全員、第三武士団と同じ『死辱』を受けていた。
枝が削がれ、芯一本になっている木に突き刺されているのだ。僕は既視感甚だしいその光景にギリっと拳を握りしめ、この邪行に及んだカラスという犯人に対して、怨嗟の舌打ちをした。
しかし、怖気て足踏みはしない。
僕達は急いで木を伐採し、第三武士団の遺体を地面に安置する。
浅い穴を掘り、再びトウキ君の雷魔法で荼毘に付した。全員が大地に還ったことを認め、残った遺灰を衣服の一部で包む。それをリュックに仕舞い、僕は立ち上がった。
「これで全員の『弔い』は終わったね」
「ああ。心置きなくカラスって野郎を探せる」
二人で話す。これにて被害者全員の『弔い』は終わった。これで数ある凶行に及んだカラスなる人物を探し始めることができる。誅伐することができる。
だが、一つだけ思うことがある。
それは、未だに『カラス』の居場所が掴めていないこと。
吹いてくる風は、どうするべきかを決めかねているように、落ち着きがない。
狂人の居場所を教えるべきか、狂人から僕が離れるようにするべきか。まさにそんな感じで。
思考の嵐。引くべきか否か。どれだけ脳を回転させても、その答えは導き出せやしなかった。
「とりあえず進もう。この辺りに野郎がいないのは確かだ。なんせ『気配』がねえからな」
「……それなんだけど」
気配の有無。超強者のトウキ君でさえ察知できていない敵の存在。それへの危惧が胸をざわめかせる。僕はトウキ君の進もうという言葉に、一歩引いた立ち位置から発言した。
「僕は戻った方がいいのかもしれない」
その言葉に、トウキ君は脚を止める。そして振り返って、僕の目を見た。
「足手まといになる。戦いになったら、僕は逃げることしかできない。そんな僕を執拗に狙われたら、トウキ君の身を危険に晒すことになる。だから、僕はここから離れるべきかなって」
思いの吐露。僕は足手まといだという事実の提示。トウキ君は僕に気を遣って言っていないだけで、実際はそう感じていたと思う。お前がいなければ、もっとスムーズに動ける、って。
「……いいのか? ソラは、それで」
「……うん」
「………………そうか」
トウキ君は何かを考えるように目線を逸らした。そしてもう一度振り返って言った。
「分かった。ここから先は、俺一人で行くよ」
+ + +
一人で五木の森の中を歩く。トウキ君とは十分前に別れた。彼は来た道を戻れば安全なはずだと言っていた。それは僕も納得していた。
なぜなら、道中に気配という気配はなかったから。 風が騒がしい。無数の木々の葉を風が大袈裟に揺らして、耳障りな摩擦の音を絶やさない。
ザワザワザワザワ。
天照らす極星が、分厚く薄黒い雲に覆われた。
それだけでは森羅万象を満遍なく照らしてくれる極光を無に帰すことは叶わない。
しかし視界が暗いと思わせるだけの遮光を成し得ていた。
ザワザワザワザワザワザワ。
僕は浅い息を吐きながら、早足でイチゴマックス達のところへ向かっていた。
トウキ君も狂人の誅伐が終わり、拿捕すればすぐに戻ってくるはずだから。
別に今急ぐ必要はないのだけど。
ザワザワザワザワザワザワザワザワ。
急ぐ必要はない。焦る意味はない。わざわざ限りがある体力を浪費する理由はない。なのに、僕は足を限界まで急かしていた。
理由は全く分からない。無駄だって頭では分かっているのに。
ザワザワザワザワザワザワザワザワザワザワ。
心臓がうるさい。呼吸がうるさい。頭の中の警鐘がこの上なくうるさい。
気配はない。周りには誰もいない。自然に囲まれているだけなんだ。
ちょっと暗いだけ。ちょっと静かなだけだ。
何もいないはずなのに。誰もいないはずなのに。
風が、風が何事かを叫んでいる。
訳がわからなかった。
なぜこんなにも焦っているのか理解できなかった。
本当に何も感じないのだ。無なんだ。限りなく虚無なんだ。周囲の音も、見目も、気配も、何もかも無なんだ。それなのに、
ザワッ
「よォ……」
なんで、いるんだよ。
「————」
突然、背後から『声』を掛けられた。
男の嗄れた声は、聴き慣れている『友人』の声とは似ても似つかず、さらには悍ましいとすら思える、ねっとりと絡みつくような悪意が孕んでいた。
僕の背に突き刺さる何者かの視線は、まるで蛇のように僕の全身に巻き付いて、腹の底をほじくって僕という人間の味を調べているようだった。
それほどの不快感がその視線にはあった。
肌が泡立ちそうになる不快な視線の主は、背を向けた状態で固まってしまっている僕を見て、ニヤッと笑ったような気がした。
視線の主——狂人カラスは、再び特徴的な嗄れた声を発する。
「妙な『風』が吹き出したから警戒してたんだァ。ふと気になって風の中心を見に来たらよォ、そしたらよォ、ひひっ。いひひひ、大当たりじゃねえカァ……ひひゃっ」
この野郎、尋常じゃねえくらい気配が薄い。
まるで草木だ。自然そのものだ。完璧なまでに周囲に溶け込んでやがる。こいつ、本当に人間か? 野生動物すら顔負け。人間が出していい気配の量じゃねえだろ。
首すら動かせないでいる僕の背後をとっているカラスの気配は、今に後ろにいると分かっていてなお、気を抜けば見失いそうになるほど薄かった。
もはや人間のそれじゃないとすら思う。
まるで周囲の森と一体化しているような、ひとえに不自然さの欠片もない、そこにいて当たり前でるかのような圧倒的自然。
その極々自然さの中で一際異彩を放っているのは、ゾッとするほどの悪意。
僕は全身を締め付けられたような感覚に襲われながら、カラスに対して嘘偽りない『恐怖』を覚えた。
どうする、どうする、どうする。叫ぶか? 走るか? それとも戦うか?
全て悪手。下手に動けば背後から斬頭。即死するのがオチ。
一言で、動けない。
抜剣していない状態で背後を取られているから、早撃ち勝負は必敗。
何もできない。それが、僕の心と頭が導き出した、唯一の正解だった。
「ッッ!? ぐうっ……!?」
膠着。それを打ち破ったのは、僕の痛苦の喘ぎだった。
突如として、大蛇に締め付けられたような感覚に見舞われる。何も見えないはずなのに、確かに僕に巻き付いている。その不可思議さが尚更に僕の混乱を誘った。
なんだ、この蛇に締め付けられているみたいな感覚は。
ギチギチと僕の身体から嫌な音が鳴り、足が地面から離れていく。ついに宙に浮いてしまった僕は足をバタつかせて何とか動こうとするが、無様にも足を踊らせるだけで全く効果が無い。
宙に浮いてる!? 痛っ、苦しいっ、息ができねえ……!?
凄まじい怪力をもって僕の体に巻きついている『透明な何か』は、僕の人外の膂力でも微動だにせず、無慈悲にも僕を締め殺さんとして、服の上でギチギチと蠢動する。
服の上に『何か』が巻き付いてやがる。
なんだこれは……まさか、これは透明な『蛇』!?
生き物か!? 生き物なのか!?
実態はあるのに姿が見えない蛇がこの世に存在する!?
否! 否否否!
こいつは『生物』じゃない!! もっと別の、異質な力の『結晶』だ!!
「何だ、これ……ぐうっ!?」
やばい。やばいやばいやばい。本格的に死ぬ。トウキ君に助けを呼ばないと、このままじゃ、間違いなく僕はコイツに殺される。
「ひひっ、そのまま死んじまうのかぁ?」
「テメェ……っ!」
僕の力でどうにもならない! なら、神の力を、加護の『風』を使うまでだ——っ!
「ぐっ、ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」
僕は身体の内側で巻き起こした暴風を、一気に体外へと発散させた。
僕を中心にして放たれた暴風怒涛は、甚だしい暴力をもって辺り一帯を蹂躙する。
五木湖の西部。
そこに広がっている広大な森、その一帯を根こそぎ吹き飛ばしてのけた僕は、ついに謎の力による束縛から解き放たれる。そして這いつくばりながら荒く息を吐いた。
「はっ、はっ、はぁっ。アイツが吹き飛ばされた今の内に、トウキ君のところへ行かないと」
暴風の余波が残っている旧森林から、逃げるようにトウキ君がいるであろう方へ向かおうとした、その時。
僕は嫌な予感を感じ取って、後ろを振り向いた。
するとそこには、ボロボロな黒い羽織を身に纏い、血に汚れたように赤黒く染まっている袴を穿いた、先ほどまで感じさせなかった異臭を放っている、黒髪黒目の男が一人いて——。
「あんな強風を浴びたのは生まれて初めてだぜぇ……なあ? もしかして逃げれると思ったのカァ? ひひっ! 逃すわけねえだろ! バ〜カァ……ひひっ、いひひひひっ!」
その男の右手には、血で染め上げたような赤黒い刀身する『和刀』が握られていた。
「テメエのそれ、加護ってやつだろ? 知ってるぜぇ、何かの神に愛されてんだろぉ? ひひっ、ひひひっ! そんな奴を殺せるなんて、最っ高じゃねえカァァァッッッ!!」
おどろおどろしい力の波動。
異質な力を感じさせるその和刀は、僕の首に吸い込まれるような横一閃を取る。
僕は咄嗟に鏡面剣を抜剣。
それを斜に構え、その攻撃から身を守ろうとしたが、僕の必死の守りを見たカラスは、怖気立つような顔を、表しようのない狂笑を浮かべて。
僕はその表情を見た瞬間、自分が生きるためにとるべき行動を、選択を間違えたことを悟る。
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っっっウガァッ!?」
横一閃に対する防御形態を取った瞬間、無防備だった僕の脇腹にカラスの強蹴が炸裂した。
メキメキ、ミシミシッ、と。
人の体から鳴ってはいけない音が、聞き覚えがある破砕の音が、真っ白になっている頭の中に響く。決河の勢いで五木の森の木々を爆砕する。背中を襲った衝撃はもはや数え切れない。
十秒。約十秒もの間、僕は下に引っ張ろうとしている重力に逆らって『真横』に飛んだ。
その結果は言うまでもない。
満身創痍。瀕死重体。戦闘不能。僕はたった数秒で敗北した。たったの一撃で、死に掛けた。
「…………ごぽっ……はっ、うぅ……ァッ……」
大木に受け止められた僕は血反吐を吐きながらも、自分が生きているという奇跡に震えた。
おそらく咄嗟に、反射的に、身に纏っていた『風の膜』を膨らませたのが生存の理由だろう。
「ひひひっ……意外と頑丈だなァ」
カラスは、致死量にも見える血反吐を吐き出している僕の元へ歩み寄って来た。
「んじゃ、死んでくれや。ひひひっ」
カラスは意識を朦朧とさせている僕の首へ、赤黒い刀を突き付ける。
そのままブスリと、僕の首を貫こうとした——寸でで、また響いた。
あの声音が。あの一撃が。あの極光が。
「【雷砲】ッッッ!!」
カラスが僕の首を貫く寸前、僕とカラスの間に割って入るように『雷』が放たれた。雷を放ち、凄まじい速さでコチラに駆けてくるのは、白髪で、二本の鬼の角が生えている、僕の友人。
「ソラッッッ!!」
「………………ど、ドヴギぐん」
カラスは凄まじい形相をしながら、極雷を撃ち放ったトウキ君から距離を取った。そして目にも止まらぬ速さで僕とカラスとの間に入ったトウキ君は、即座に竜刀を抜刀、男を睨み返す。
「……テメエは誰ダァ?」
「忘れたのかよ? 鳥頭」
煽るように男に言葉を返すトウキ君に、男はミシミシと顔に筋を立てて、律儀にも名乗った。
「俺はァ、カラス」
「俺はトウキだ」
もはや言葉は不要。二人の役者。揃ったなら順当に。始まるは、竜戦虎争。
「そうか。んじゃあ、殺し合いだなァァァ……!」
「ソラ、そこで休んでてくれ。コイツは俺が殺る」
僕はトウキ君が来たことにより、張り詰めていた糸が切れたように気絶した。火花を散らす両者から意識的に離れる。
僕は自分の無力を噛み締めながら、友の勝利を願い、黒へと落ちた。
「腑抉り出してやる」
「お前には無理だろ、鳥野郎」
その言葉を発した瞬間——二人の壮絶な『殺し合い』が
「「——————ッッ!!」」
始まった。




