第52話 サクラビへ
ガヤガヤ、ガヤ。
五月蝿いとは思わないそんな喧騒が、絶え間なく耳の中へと入ってくる。
六月三十日。
サクラビまで残り僅か。リュウレンという大町の横丁を、僕達は歩いていた。
リュウレンとは、サクラビの東方に存在する、都市とは言えぬものの、しかし大きな経済力を有するハザマの国有数の町の名だ。
主に、鬼国へ向かう人、鬼国から来た人が利用している。
なぜ、北上していた僕達が一旦はここに来ているのかというと、それは止むに止まれぬ事情があってのこと。
その事情とは、とある人探しをするための『護衛』を依頼されたからだった。
言ってしまえば、盗賊退治みたいな『クエスト』である。
今はもう達成済みのクエストの内容は、なんと、出て行ってしまった奥さんを追うから、道中の護衛を頼みたい、というものだ。
この国——というか。僕の故国であるソルフーレン以外の国々は、隔てていない外界に魔族が跋扈してしまっている。
故、ちょっとした町村間の移動すらも、多少のリスクが生じるのだ。
ほとんどの町村は、自警団並び傭兵等の『行政が絡まない独自の戦力』を準備しているため、町村出移動の際に同乗したりしてもらって、考えうる危険というのをできる限り排除している。
戦力維持、維持している戦力稼働させるための資金は、拠金として町村民全員が負担しているものだ。そのため、同乗(護衛)には直接的な支出は伴わない。
のだが、今回は話が違った。
今回はあまりにも依頼主に『非』があったのだ。
その非とは、とどのつまり『浮気』である。もう話はいらないな? そう、僕達はたまたま寄った村で、痴情のもつれに巻き込まれたのである。
今はもう当問題は解決している。のかは、実を言うと知らない。
僕達を夫婦喧嘩に巻き込まない、夫婦喧嘩の仲裁を依頼しない、もしも離婚となった場合の調停を任さないという、トウキ君が用意した契約のもと、僕達は農家な優男『タケトマさん』の護衛を引き受けたのだから。
「大丈夫かな、タケトマさん。奥さんに刺されないといいんだけど」
「大丈夫だろ。あんだけ図太けりゃ、二、三箇所刺されても平気だ」
「たしかに、そうかも」
盗賊退治のクエストにより、懐は十分に潤っている。故に、僕達の買い食いを止めるものは何もなかった。
あった方がいいのだろうが、そこは食べ盛りな年頃の男子ということでご愛嬌。
ボリボリ、ムシャムシャ。買い食いが止まらない。
三色だんごを食べてみれば、屋台の店主に言われるがまま『コロッケ』を食べる。
対してトウキ君は、巨大なおにぎりを片手にし、川ウナギの蒲焼きというものを買って食べていた。そしてこちらも同じように、屋台が流している香りに釣られ、手羽先の唐揚げを食す。
大通りから外れたリュウレンの横丁は、とてもアングラとは言えない賑わいを見せていた。
屋台のほとんどが食べ物系かと言えば、決してそうではない。
謎の手作り人形が景品となっている輪投げや、獲得した点数に応じて賞品が豪華になっていく、鏃が丸く潰れている矢を使った射的などが、少し歩けば何店も見受けられた。
ちょっと楽しみたい欲に駆られ、射的屋の前に立てば、子供たちの注目を浴びる。
金平糖を取ってほしいなど、自分はいくらも出さないのに、それはもう注文が止まらない。
まあいいか。これもまた一興。
僕はそんな微笑を湛えながら、おそらく経験がある子供たちにコツというのを聞いた。矢を射た経験のない僕にとって経験者のそれは大いに助かるからだ。して、何度のやり取りを終えた後、トウキ君に「ククク」と見守られながら、僕は矢を射た。
「おめでとー、ど真ん中で百テーン!」
「「「うおおおおおお!!」」」
「ッシャイ!」
自称プロの子どもたちにコツを聞いた僕は、なんと一発目でど真ん中にヒット。
数字で『百』と書かれている畳的の中心に矢を突き立てることに成功した。どんなもんだい。ちょっと集中すれば簡単よ。ッシャイってガッツポーズもお手のものだ。
僕は横丁の人々の視線を浴びながら、続けて第二の矢を射る。
すれば、再びど真ん中。そのまま矢を射続け、なんと初の矢撃ちの実績は、全て中心を捉えた五百点満点で終わった。
「またおいでー」
点数を全て百点で交換できる金平糖に注ぎ込み、集まった子供たちと共有する。
僕は甘いものが苦手だからと、手元に残った数粒はトウキ君にプレゼントした。
すると彼は、お前なら流鏑馬も担えるなと、鬼国にある催しに例え、僕に賛辞を送った。
僕はそれに満更でもない様子で「まあね」と言うのだった。して、歩き続けること一時間。横丁を抜け、別の大通りに出た僕達は、気ままに北を目指す。
「いよいよだね。サクラビ」
ここまで、本当に長い旅路だった。寄り道に回り道。一直線に向かうことの方が珍しい日々。
急がば回れと言うが、別に急いではいなかったよな。なんて、そんなことをしんみりと思う。
「結構時間が掛かったな。路銀稼ぎに夫婦喧嘩に巻き込まれ。他にも色々あったし、当然か」
振り返る。今までの時間を。これまでの道程を。
「サクラビって、何があるのかな」
ふと思ったことを口にする。僕達がハザマの国の首都、サクラビを目指している理由は、行方不明の母さんを探すため。そして『神隠し』なる事件の全容を調べるため。ただ、それだけ。
それで思った。サクラビには、求めている情報以外に『なに』があるのだろう、と。
「詳しくは知らねえけど、国主・ハザマの城があるはずだぜ」
「ハザマさんって、たしか子孫がいなかったんだよね?」
「オウ。国の運営は臣下の『シダレ家』が担ってるって話だ」
主権者の不在で、ソルフーレンとオルカストラの『相互管理地帯』であったこの大陥没地を、莫大な私財を投げ打って整備し、晴れて両国から主権者として認められた、名主的な人物。
それが、ミサクラ・ハザマ。またの名を、国主ハザマ。
国立学校の歴史の授業でも出されるくらい、超有名な支配者。しかし、なんと『彼女』は子孫を残さなかったらしい。血は絶え、顔は忘れられ、その存在しか今には残っていない。
なぜ、国を起こしたのか。なぜ、国を起こしたのに一線を引いたのか。とどのつまり全てが謎に包まれている。僕はそんなことしか知らない。
ので、これ以上の話題延長は不可能だった。
「不思議な人だって話を聞いたよ。カカさん——僕に勉強を教えてくれた人がそう言ってた」
「らしいな。国を起こしたはいいものの、国を起こしてからは隠居しちまったんだとさ」
「すごく変わってるよね。せっかく一国の王様になったのに。山奥に隠居しちゃうとか」
「だな」
話が止まる。特に話題がないから。話が必要とは思えないけど、しんとする空気が一段と周囲の喧騒を目立たせている。
僕はなんとなしに空を見上げた。
ただ、そこには無限のような蒼空が広がっていた。
+ + +
七月。梅雨が明け、満天の蒼。陽光はより強く、暑さはどこまでも高く。しかし、悪くない。
僕とトウキ君は、そんな日の真昼、リュウレンを遠く離れた地を二人で歩いている。
首都の周辺は『討伐者』が多いという理由で、魔族の生息数が比較的少ない。そのため、馬車を使わずとも魔族と遭遇する確率は低いはずだと、僕達は己の足でサクラビを目指していた。
今朝まで滞在していたリュウレンはすでに遠い。
小高い丘を越え、大きな山を登り、何もない平原を突き進んでいく。
出発から、かれこれ数時間。
僕とトウキ君は昼食を取るために日陰で立ち止まった。
道端にあった巨大な岩。
それは、リュウレン最寄りの集落が近いという目印だった。
それからは、特に何事もなく昼食を摂った。
僕が食べたのは、塩海苔で包まれているおにぎり。
海苔は米の水気でしとしとしていた。
トウキ君が食べていたのは、僕と同じおにぎりと、味付けが塩と唐辛子のみのうどんである。
味気なさそうだなぁ。そう思いながら、ずるずると啜られていく麺を見ていると、気を利かせて麺を一本もらえた。
食べてみると、やはり味気なかった。水筒の水で洗っていたから余計に。
して、腹拵えを終えれば止めていた足を動かしはじめる。
「いよいよ明日の朝だね。サクラビ」
「オウ。このまま一晩中歩き続ければ着く」
細かな休憩は都度挟みつつも、途中にある集落をその日のうちに越えていく予定。
少し骨は折れるだろうが、まあ許容範囲内である。丸一日歩くなど、常人にとってはこの上なく辛いことのはず。
だがしかし、僕達は旺盛な年頃男児。体力は無限に等しい。過言だがな。
道中。決して居た堪れなくない無言が、僕達の間に流れていた。思いに耽ることができるそんな最中。僕はつい、気になることを彼に聞いてしまった。
言いたくないなら、別に言わなくてもいい。
そんな本音を抱きつつも、つい、口から胸の中にあった『疑問』を紡ぐ。
「トウキ君はさ、神隠し事件を追ってるよね。もしかして、解決に動きたいの?」
彼の行動の真意を問う。トウキ君は何かしらの理由をもって、神隠し事件を追っていると僕は思えている。
して、それは何なのか。僕は単純に、それが知りたかった。だから問いかけた。
「…………」
トウキ君は口を噤んでいる。どうやら、軽く語れるものではないらしい。
「あ、言いづらいならいいんだ。無理しては聞かないよ。それくらいの気持ちだし」
三歩先にいる彼へ、僕はさらに言葉を掛けた。何かしらの逡巡。それを見せられたら否応なく理解できてしまう。
彼が動いている理由は、彼にとって重大な『何か』があってのことだと。
「………………妹がいたんだ」
「…………妹?」
「……ああ」
目を見たかった。今に彼が浮かべている、目が。から少しだけ足を急かして、隣に並ぶ。
そうして首を動かして、歩きながら彼の横顔を探った。
僕が見たかった友の目は、ここではない、どこか遠くを見つめていて。彼は一言一言をとても重々しく吐いていることが分かった。
「妹がいたんだ……だけど………ああ、そうだ。だから神隠しを追いかけてる」
妙に引っ掛かる言葉づかい。僕は彼自身でさえ考えがまとまっていないと理解できた。
それは何故か。何となく分かる。彼の『妹』の身に何かがあったんだ。
そして彼の目の前から、大切な妹さんは居なくなってしまった。
結びついているんだ、彼の中で。
子供がいなくなる事件と、居なくなってしまった妹さんとが。おそらく、神隠しと妹さんに直接的な関連性はない。真実が不明な以上、間接的にはあるかもしれないが、おそらく直線の関係にはない。だが、動かずにはいられないといったところか。
「聞くけど……妹さんが神隠しの被害に遭った、ってことじゃないよね?」
念の為、問うてみる。やはり、彼は首を横に振った。それも重々しく。
「…………いや、違う。妹と今回の神隠しに直接的な関係はないはずだ。間接的にあるんじゃないかって、思っているから。だからこうして事件を追っているわけで……俺の——にとって、これが回り道なのは頭でも心でも分かってる。だけど…………なんでもない。忘れてくれ」
沈黙が生じる。色々な考えが浮かんでは、泡沫のように消えていく。
無意味な自問自答。
聞くべきか、聞かぬべきか。
それは誰のため。大義名分は彼のため。真実は、僕のため。
僕は黙った。言えば、傷を突くことになるから。
彼が時間をかけて塞いでいる『心傷』を抉るのは憚ったから。
聞いたほうが傷の治りは速くなるとは分かってはいても。僕は黙り込んだ。
「…………叶うよ」
「……? なにが?」
「母さんを見つけることも。君の願いも、いつか必ず叶う。こうして歩くのをやめなければ」
「…………そうだな」
君が心で願っているのはなんなのか。体で叶えようとしているそれはなんなのか。
何事にも聡くない僕には皆目見当もつかないけれど。
叶えることを諦めたりしなければ。
願うことをやめたりしなければ。それはいつか、必ず叶う。だってそうだろ。そうしないと、こんな広すぎる世界で母さんを探すなんて無謀なんだから。
だから、僕が言ったことは紛れもない事実。真理というに他ならない。
「——あっ! あの山のとこにあるのが集落じゃない?」
「ん? ああ、そうみたいだな」
「走ろうよ。あそこまで」
「あぁ? 走るこたぁねえだろ。疲れるだけだぜ?」
「いいじゃんいいじゃん! はい、よーいドン!」
「ああ? ったく、しょうがねえなー」
+ + +
ハザマの国の首都『サクラビ』。
面積は驚異の八十キロ平方メートル。人口は脅威の五十万人超。ハザマの国の人口が三百万人程度なため、六分の一ほどがその都市に住んでいる計算となる。
こう言ってはなんだが、なんでそんなに一箇所に集まったのだろうか。
ここが首都だから?
施設や商店、その他諸々なんでもあるから?
それとも仕事関係? よく分からないが、どこに行っても人がいるため、真の孤独にはならなそうだなとは思った。
八十キロ平方メートル。
直進しかできない馬車でも十時間以上の道のり。
そんな莫大な面積を、ハザマの国はなんと『壁』で囲っている。一枚の巨壁で囲んでいる。
ぐるりと、それはもうぐるりと。
気が遠くなるような労働と時間。その果てに完成した都市の巨外郭。
その威容、重圧と荘厳さはとてもじゃないが一言で表せないものに違いない。
話は変わるが、僕は今、その『サクラビ』を目前にしている。
現在時刻は七月一日の早朝。早朝というには、少し暗すぎる気がする朝の四時。
僕とトウキ君は徒歩で、サクラビを目指していた。
して、あとたったの数時間ぽっちで到着というところまで来たのである。
いよいよ到着という興奮で胸を弾ませるなんてことは、ほんのちょっぴりはあるけれども、しかし至って平常だ。
ふんすふんす。鼻息を荒くしながら一歩一歩を強く、そして前へ。
と、そんなどうでもいいことは置いといて。目的地がついに目の前だと興奮を隠せていない僕とは裏腹に、トウキ君はとても静かだった。
なぜ静かなのか?
それは、僕がつい聞いてしまった『妹』さんについてを深く思い出したからだろう。彼は何事かを思い出しているように、考えているように、ふと無言が流れると、一気に俯いてしまう。
僕がアクションを起こせば、いつもの感じで対応してくれるけど、でも、やはりぎこちない。
とどつまり、彼が目に見えて落ち込んでいるのは、僕のせいなのだ。しかし、僕は悪いことをしてしまったとは思っていないし、それはトウキ君も同じだろう。
だから、負い目を感じているとは思われぬよう、僕は『いつも』のように振る舞っていた。
そう、実は負い目を感じている。辛いことを無意味に思い出させてしまったのではないかと。
しかし、ごめん、というのは違う。
だから何を言いようも、しようもなく。今に至る。僕はとても静かなトウキ君の隣を『飾っていないいつもの感じ』で歩くことしかできない。
一人の友人として、トウキ君が抱えている『何か』の力になりたい。
けど、彼がその問題を吐露せずことには何もできない。だから、彼の決意が固まるまで、彼の方から動くまでは、何も言わずに待つことにした。
「日の出だ」
「ああ」
地平線の向こう側。遥か東方にある変哲なき山陵が、輝かしい後光を帯びる。他の山と違いはないはずなのに、ただ太陽と重なっているだけで、とても厳かに見えた。
蔓延っていた暗影が晴れて消えた。
陽光で高くなっていく気温。地上に朝露が生まれる。
燦とする朝光。
それが方々へと伸びれば、空を世に二つとない蒼で染め上げてしまった。
自然のループ。毎日繰り返される、まさに日常。さして珍しくもない現象。
しかしこの上なく美しく、神秘的。
僕はそれを認めて、早起きは三文の徳という言葉に納得を示した。
この光景を見られるのなら、そりゃそうだと。幾
億を差し出そうとも見られない、絶景。
夜を歩いて越えたこと。
かなりの苦だったはずなのに、たったそれだけでよかったと思えた。
「あ、渡り鳥」
「ヒラヅルだな。滅多に見られない種だ」
ググワア、ググワッ。
そんな、初めて聞くお世辞にも綺麗とは言えない鳴き声が耳に入った。
聞こえてきたその音の主を探すよう、僕は視線を『上』に送った。
視線の先には『朝と夜の中間』が、または『光と闇の狭間』があった。
夜側から光を目指すように飛んできていたのは、ヒラヅル、という名の渡り鳥の群れだった。
ヒラヅル。鶴の仲間であり、挙げられる特徴は、平たい首である。
平たく横に伸びている首は、独特の鳴き声を発するためのものであり、自然界にほとんどないそれを用いて、数キロ先にいる仲間に己の位置を共有する。
数キロ先の音を拾える。それは決して、大音量だから、というわけではない。
鳴き声が大きいのは事実だが、その真価は聴力にある。
とにかく耳がよく、故に雑多な音に塗れている人里周辺には姿を現さない。見られるのは人里から遠く離れた自然の中のみで、その姿を確認できるのは非常に珍しい。
「どこに行くんだろうね」
「方角的に鬼国だろうな」
太陽が昇ってきている方向に飛んでいった、ヒラヅルの群れ。それを見て、どこに行くんだろうと僕は素直に思った。方角や生息分布的に『鬼国・鬼ヶ島』に違いないだろうが。
珍しい渡り鳥を確認しつつ、僕達は歩みを進めていく。
峠を越え、橋が架けられた川を越え、平野を突き進む。土で舗装されている道のおかげで迷うなんてことはなく、僕達は着実にサクラビまでの道程を辿っていった。
そして——ついに。
「あっ! 市壁だよ! でっか!?」
「たしかに流石のデカさだな。想像以上だ」
地平線の向こうに、明らかな人工物が見えた。僕達は軽い駆け足でその方へ向かう。
見えてきたのは、壁だった。それも巨大な。
土台は整形された岩。壁に使われているのは推定数百年ものの一本杉たち。漆喰が塗られたそれは、白亜の城の城壁のようで美しく。しかし、何よりも目を引くのはその『規模』だった。
サクラビの面積は八十キロ平方メートル。
それを隙間なく囲んでいるとなれば、一体どれだけの資源が使われているのか。
常人では想像すらできない『財』が投入されたのは間違いない。
おそらく今でも増築に増築を重ねているのだろうが、それでも凄まじい。
一面作るだけでも相当なのに、これを囲い切るまで建てたのはさすがとしか言いようがない。 サクラビの建造に携わった人達に敬礼をしたい気分になるな。と、そんなことはさておいて。
「とうとう着いたね」
「ああ。ようやくだ」
サクラビを発ったもの。これからその地を踏むもの。まさに千差万別な思惑をもって移動をする馬車達と前へ後ろへすれ違いながら、僕達は何事もなく残りの道を踏破していった。
そして、場所は大東門。僕達はその前に立った。
「検問だ。朝から大変そう、すごい人だし」
「二十四時間稼働中だもんな」
僕とトウキ君は二人して検問所の列に並ぶ。徒歩で移動していた人はゼロだったけど、検問所を通り、門を潜ろうとしている人は多かった。
何度かすれ違った馬車に乗っていたのだろう。
多種多様な商品を乗せている商用車も多く、馬車用の検問所は人用のそれより列が長かった。 僕はそれを横目に、通れるのは何時間後なのかなぁと思う。
めっちゃ他人事だが、人用のそれも長いため、立たされている状況は同じかと遠い目をした。
「一人当たり十五分だから、ざっと二時間半かなぁ、ここを通れるのは」
「そのくらいだろうな。ま、気長に行こうぜ」
しばしの待機。
待つ以外にやることがないため、僕は腰に差していた鏡面剣を引き抜き、ポケットに入れていたハンカチを使って、自分の指紋がついている剣身を磨きはじめた。
キュッキュ、キュッキュ。丹
念に磨けば磨くほど、どんどん反射度を増していく愛剣。毎日見ているのに相変わらず綺麗だな。そう思いながら、これ以上ないレベルにまで仕上げ切る。出来上がった美しい剣身を晒す己が武器。それを認めた僕は、軽く息を吐いた。そうして——。
「次の方、どうぞこちらへ」
「あ、はい!」
二時間くらい待ったか。いよいよだ。
僕はトウキ君に「お先に」と言って、検問官の前に立つ。検問官は僕が所持している武器と荷物、そして名前、さらに来都した目的を口頭で調べた。それからは、かくかくしかじか。スムーズに検問は終了して、魔道型遮断式のゲートが開かれる。
「ようこそ、サクラビへ。貴方を我々は歓迎します」
検問官のその声を聞きながら、僕はサクラビの地を踏む。一歩、また一歩と。
+ + +
サクラビ。国主ハザマの城を中心に広がっているそこは、甚だしく広大だった。
都の内側に山陵などはないため、平坦な地形をしているとは言えるものの、しかしぼこぼことした地面の隆起が目立って多かった。
理由を聞くと、太古の神話に由来しているのだそうだ。
火巫女の伝説。
今より遥か、遥か昔。
数千年も以前。
この地には『日の国』という大国があったそうだ。
過酷な時代の中であって、確かな隆盛を誇っていたその国は、たったの一晩で、滅びた。
それの原因となったのが、ここではないどこか。所謂『宇宙』より現れた災い。
人間如きではどうしよもない『災厄』に他ならなかった。
曰く、宇宙から降り注いだ黒曜球。
それが無数に、この大地に降り注いだことで、そこにあった建造物はひしゃげ、平らな地面はクレーターに塗れ、壊滅した国から民草は去っていった。
結果、滅びた。跡形もなく。
支配者が消え、管理するものがいなくなったここは、長き間、ソルフーレンとオルカストラの共同管理地となった。
して、新たな支配者『ミサクラ・ハザマ』が一千年ほど前に誕生した。
現在は、こうして『ハザマの国』として、確かな存在感を世界へ放っている。
悲惨で、壮大。
話を聞いていた僕は、新たな支配者ができても素直に喜べないなと口にする。それに、サクラビを走っている馬車の御者は、だなぁ、と。のほほんとしながら頷いた。
と、この話はここまで。
僕達はそのサクラビへとやって来ている。検問をクリアして、大東門側から入都したのだ。
入都してすぐに僕達の目に入ったのは『ザ・和風』といった美しい街並みだった。
木造、漆喰の壁、いぶし銀の瓦屋根。
外と内を仕切っているのは硝子ではなく木の格子。
まるっきり違っている。まるで違っている。
僕の故郷、いつも見ていたソルフーレンとは。
今までの旅路で見慣れているはずなのに、やはり綺麗だと思えた。
この景色、この光景が。
そして何よりも目を引くのは、都の中心にあるハザマの城、に纏わりついている大桜樹だ。
アレが噂の『ハザマノミテ』。
この国の生ける国宝。世界一の巨大さを誇っている、巨大な桜の樹。話に聞いていた通り、バカでかいな。中心から離れているここからでも確認できるとは。
全長三百メートルはあるんじゃなかろうか。
本当に凄まじいな。ただの桜の樹のはずなのに。
……僕達が馬車で今に向かっているのは、サクラビに四つあるうち、東を仕切るギルドだ。
この都は、東西南北、計四つのギルドを内包している。それを統括している機関はなく、それぞれが本部の機能を有しているらしい。
つまり四つの脳みそで一つの体を支配しているのだ。
よく混乱しないなと思う。
何処かが動いたら、こちらは動かない、とはならないのだろうな。
それぞれが動く理由を得た瞬間動く。
他は関係ない。他が動こうが動かまいが、心底どうでもいい。そう割り切っているのだろう。僕は勝手にそう納得し、それ以上を考えるのを止めた。
「はいよー、終点のミカド屋前に到着ー。荷物を持って降りてけろー」
「ありがとうございました」
「あんがとよ」
「あいあいー」
キキっと、ミカド屋という大きめの問屋の前で馬車は止まった。どうやらここが終点らしい。
お世辞にも座り心地が良かったとは言えない馬車から、石畳の地面へと僕は飛び降りた。
運賃は事前支払い。だから降り側に送るのは感謝の言葉だけ。僕は下車したその場から少しだけ動き、通行人の邪魔にならないだろう空白で立ち止まった。
「うし、んじゃギルドを目指すか」
「オッケー」
一足遅れて、同じようにトウキ君が下車する。
彼は馬車を降りて早々に、目的地にしている東ギルドを目指し、その足を動かした。彼に倣い、僕も歩み始める。同じ歩幅で。同じ速度で。
もちろん、僕達に『土地勘』などない。
故に目指しているギルドの位置は不明瞭そのものだ。しかし、その歩みに迷いなど微塵もなかった。人に聞けば万事解決。所謂『他力本願』である。別に恥ずかしいことじゃない。人に助けを乞うのは。これは世界的に普通のことなのだから。
そういうわけで、僕達は人に聞きながらサクラビの中を進む。
日の国の譚。それを聞いて分かっていた。サクラビの特徴的な地理というのは。
小さな坂を上ったり、大きな坂を下ったり。なんとも凸凹として忙しない。少し歩けば無数の階段が確認できた。
相当足腰が鍛えられそうだと、僕は夏桜樹の影で空を見上げながら思う。
四季桜。
春夏秋冬。
それぞれの時期にのみ咲く、ハザマの国の桜の木。赤青黄、そして淡いピンク色。
今は夏。咲いている桜花の色は美しい空の色。
春は淡く、夏は青く、秋は紅く、冬は黄色い。
時期により見れなくなる、それは風流であるけれど、そうでないのも、それはそれで良く。
僕は散り落ちた一枚の花弁を掌で受け止めて、掌の上のそれを「ふっ」と飛ばすのだった。
して、僕達は聞いた話の通りの道を歩んでいき、目的の東ギルドを遠目にする。
「神隠しの情報、あるといいね」
「ああ」
二歩先を、こんがりと焼かれた団子を頬張りながら歩いているトウキ君へ、僕はそう言った。
何かしらの理由があって、こうして探っている『神隠し』なる不気味な事件。
実のところ僕も気になっているそれの情報は、フジノミハトやリュウレンにあった『ギルド支部』には一つもなかった。
そういうことが起きているから注意されたしくらいしかなかった。
だがしかし、この都にあるのはギルドの『本部』。
つまりハザマの国の各地にあるギルドの『中枢』。
ここにないのなら、この国のどこにもない。そんな不安げな気持ちは持ちつつも、しかし。
何かがある、何かはある。ここに求めている情報はある。
そんな希望を、差し込んでいる糸口を、僕達は確と第六感で認めていた。
だから。真っ直ぐな目で。神妙な面持ちで。ギギギ——ィ、と。僕達は他に倣って和風な造りをしている『サクラビ・東ギルド』の門を押し開いた。
ざわざわ、ざわざわ。
ギルドの内装はフジノミハトと変わらない、大衆酒場的な造り。が、違う点を挙げるなら、中にいる冒険者の数だった。それはもう溢れんばかりである。
高そうな和刀を腰に差している、所謂『武者』が大多数。さすが和国。ハザマの国。僕はすれ違っていく、装備がソルフーレンとは異なっている冒険者たちを横目にしながらそう思った。
「…………無いね」
大都会である故に、掲示板に貼られている依頼の数は多い。
だが、神隠しについての近況が貼られている、しかし『核心』に迫るものが見当たらない事実を前に、僕はついそう口にした。
「こうなってくると、規制線が張られてる可能性がある」
「……情報が公にされてないってこと?」
規制線が張られてる。その言葉に、僕は疑問符を頭に上に浮かべた。掲示板から目を離すことがないトウキ君を見ていると、何かしらの確信を掴んだような彼は僕に横目の視線を送った。
「ああ。これだけ情報が『無い』ってのは異常だ。そう踏むのが妥当だろう」
なるほどな。トウキ君の胸に引っ掛かっている箇所はそこか。たしかにそれは一理ある。
子供が忽然と姿を消している。行方をくらませている。居なくなっている。
しかもそれは、一人ではなく複数人……。
これは、何かしらの『異常事態』が国内で起きているということの裏付けである。
それの解決は急務に違いない。
して、全力を以て解決に臨むのならば、限りある国の戦力だけでなく民間が抱えている冒険者なりの戦力に援助してもらうのが合理的。単純計算でマンパワーが二倍になるわけだからな。
しかし現実として、民間に協力依頼が出された様子はない。全く。これっぽっちも。
それはおかしい。それこそ異常だ。
フジノミハトのみならず、組織の中枢たる本部にもないとなれば、それは『どこにもない』と言って然るべきだ。そんなの異常だ。あり得ない。
と来て、トウキ君は確信した。別の力が『裏』で働いていると。
神隠し事件に関して、情報規制を行なっている、ギルド以上の『権限』を有している、何か。
間違いなく国絡み。と、そこまで思考を行き着かせたものの、僕はブレーキ役を買って出た。
「でも、本当に何も分かってないだけかもよ?」
今までの会話は全て憶測で成り立っている。早々に断定を行うのは要らぬ暴走を招きかねない。
故、僕は暴走をしないための役を自ずと担ってみた。だがそれは不要だった。なんせ、
「国の宝が行方不明になってんだ。その被害者がギルドに縋らないわけがない」
「それは、たしかに」
そうして綺麗に丸め込まれてしまったから。
「情報収集は民間でも官公でも水面化で進められているはずだ。得られているはずのそれを共有してないってことは、共有をしないって理由がある。……その理由を調べたい。いいか?」
「全然いいよ。この世の果てまで付き合うつもりだから」
「くはっ。うし、んじゃギルドの職員に詰め寄ってみるか。何か知っているはずだ」
どこまでも付き合うよ。一人の友へ向けられたその言葉に、トウキ君は嬉しそうに笑った。
そんなこんなで、掲示板に貼られていた『神隠しに注意されたし』という、おそらく官公が貼り出したのだろう広報紙を剥ぎ取り、それを持って空いている窓口の方へ歩いて向かった。
で、このまま話を聞いたとして、僕はどんな返答が来るのかなと考える。
おそらくだが、ギルドは『ハザマの国の意』に沿って、把握している情報の公開を渋っている。民間の組織を支配する権力は国にない。
故に、ギルド的にも情報規制は賛成というわけだ。
それは何故か。そこが分からないから、モヤる。なんで、どうして、どういうわけで、って。
今は何も分からない。が、相当根深い問題なのは確か。いや、分からん。
もし国の『闇』が関係しているなら、追われる可能性も出てくる。けど、そうではない気がしている。勘だけど、ただの一個人の勘だけど、これには止むに止まれぬ事情がある気がする。
全部想像の域を出ないが。さて、鬼が出るか蛇が出るか。
「神隠し……ですか」
神隠しについての情報が欲しい。窓口で対応してくれた職員へそう言ったのは、広報紙を台に広げて見せつけるトウキ君だ。
彼のそのアクションに対し、職員は露骨に表情を緊張させる。
僕はその『突かれたくないところを突かれたような反応』を見逃さず、ギルドが情報規制に一枚噛んでいることを察した。
民間と官公が足並みを揃えている事実。点が線で繋がった。再び、彼らの会話に耳を傾ける。
「どうにか解決に動きたい。なんでもいい、掴んでる情報をくれ」
僕達は悪戯に話を聴きに来たわけじゃない。ただ、解決したいだけ。僕に関しては間違いなくそう。トウキ君も、彼なりの何かしらの理由はあるだろうが、この思いは共有しているはず。
手を広げて、悪意がないことを認識させる。そして真摯に質問する。これで駄目なら相当だなと、僕は思いながら。逡巡し、苦しそうな顔をしている職員を見た。
「申し訳ありません。神隠し——少年少女が行方不明になる未解決の事件に関しましては、少し前に民間の介入を禁止すると国から伝達がありまして……。それ故に情報提供を行うことができないのです。下手に情報を流し『被害』が広がってしまえば、国とギルドの間に不信という溝ができる可能性があるので……申し訳ありませんが、お引き取りいただければ幸いです」
少し前に、民間の事件への介入を禁じるという指令がハザマの国から出た。
僕はそれを聞いて、まったくもって理解できないといった顔をしてしまう。
いやいや、早期解決に動くのなら、介入禁止は意味不明の一言だろ。
巨大な戦力を内包するギルドの協力を断ち切るなど、戦力半減と言って然るべき事態だ。
まさか民間に知られると不味いことでもあるのか。本当に国の闇が絡んでる事件なのか。
そうじゃないなら、一体どういうことなんだ。
ギルドは世界的な組織だ。名実ともに『世界最大の民間戦力』だ。それを『被害が広がるだけだからもう介入するな』って。本当に意味が分からない。
この事件の中枢にいる『何者』かは、それほどの力を持っているということなのか……?
「対応、感謝する。行こうぜ、ソラ」
「え? あ、うん……」
重々しく口を噤んでしまった職員の男性に、僕はもう少しだけどういうことなのかと尋ねたかった。が、短い感謝だけを述べたトウキ君に促され、何を言うこともなくその場を後にした。
そして、再び掲示板の前、見に来る人の邪魔にならない場所に、僕達は立って向かい合った。
「どういうことなんだろ。なんで協力を断ち切ったのかな」
「…………アレが相手なら納得できる」
「え?」
「……いや、なんでもない。これからの動きを決めよう」
「う、うん」
なんとも引っ掛かることを呟いたトウキ君に、僕は案の定、疑問の表情を浮かべる。が、強引に話を転換されたことで追及することができず、仕方なく『次』を決める話し合いを始めた。
「どうする? ギルドの協力は得られなくなったし、ちょっと道行きが怪しくなったよね」
ギルドはもう、この件には関与しない。そう言っていた。
まったくもって意味が分からないものの、しかしそう決定したのなら、僕達にはもうどうしようもなく。もはや受け入れるしかない。
「神隠しの解決に動くために、俺達がやりべきことは『信頼』を勝ち取ることだ。俺達が事件解決に『有用』だって国に知らせる必要がある」
「と、言うと?」
腕を組みながら僕と話すトウキ君の目は、やはり別のどこか、おそらく彼が持っている記憶に向けられていた。さっきの『アレが相手なら』というやつが関係しているのだろう。
まさか、この事件を起こしている『犯人』と面識があるのだろうか。聞きたいけど、まだタイミングが見つからない。そういうわけで僕は今のところ詮索せず、今についての話を続けた。
「依頼を受ける。それはもう数多く。できれば腕っ節に関わるやつを」
腕っ節。トウキ君が大部分であるそれを利用して、只者じゃないと周知させる。それがトウキ君が掲げた作戦だった。僕には難しそうだと思いつつ、だがやるしかないと心の帯を締めた。
「僕達が神隠し事件に対応できる実力者だって、意図的に流布する、ってことだね」
「その通り」
「こりゃ、長期戦かな」
「そうでもねえさ。すぐに向こうから来るはずだぜ」
へっぽこな僕がいるのに、その自信はどこから来るのか。僕はそう思って苦笑する。しかし、すでに心の帯を締めていた僕は臆さず、にっと笑った。
「よし、頑張るぞ!」
「……ごめんな、ソラ。巻き込んで」
「いいよ、全然。僕もこの事件は解決したいって思ってるしさ」
どうしたんだよ。そんなしおらしくなっちゃって。
僕は誤魔化すように、茶化すように、ただ笑って、最後まで付き合うと告げた。
「……ありがとな」
「いいってば、気にしなくて。友達だろ?」
「くははっ。ああ、そうだな」




