第51話 盗賊ぅ?
快晴。お天道様の微笑みがハッキリクッキリ窺える、雲一つない良天候。
どんな危険が潜んでいるか、遭遇するか、その時になるまで分かったものではない夜間の走行と比べ、遥かに安全で、神経をすり減らす必要もなく精神衛生的にもよろしい絶好の外環境。
そこを、かれこれ三十分は走った。
すれば、山の中腹にあるという村がその姿を現した。
ギルドで聞いた話では、フジノミハトと今に見えている村との『間』で盗賊被害が相次いでいるらしいのだが……しかし僕達が件の犯行グループと遭遇することはなかった。
運が良い? いや、拿捕を目的にして来たのだから不運なのかも?
まあよく分からないのが正直なところだが、僕達はなんの障害もなく、一度寄ってみようと話していた山村へと足を踏み入れるのだった。して……。
「近くで盗賊が出るらしいけど、雰囲気は普通だね。ザ・長閑って感じ」
「ここの連中が盗賊団と連んでるって線も頭に入れとけよ。ま、油断すんなよってことだ」
「了解。注意しながら話を聞いてみよう」
「オウ」
トウキ君から忠告を受け、確かにと思った僕は頷く。
そういう、民間人と犯罪グループが裏で手を組んでいるという話は常套だ。
金銭など『持っている者』に対する妬みや嫉み、もしくは税苦による手染め。何であれ、多種の理由を以て『反社会的勢力』の肩を持つ人は多いと聞く。
そうせざるを得ない。そうするしかなかった。
手を組んでしまった理由を詳しく聞けば憐憫を抱いてしまうに違いないが、法を犯しているという点は同情の余地が無い。
善性の人間が悪事を働いているのなら、止めてあげなきゃいけない。ビンタしてでも。
これは人として。捕まえる側の言い分ではなく、同じ人間としての気持ちだ。
盗賊等と手を組んでいるのかどうか。まずはそれを調べる。
僕達は考え同じく、歩き出した。
「フジノミハトから西へ向かう人達が中継に使ってるらしいけど、全然いないね。他所の人」
「ああ。盗賊が出るってのは案外周知なんだろうな。被害が多いっていう盗賊よりも、遭遇するか分からない魔族を選んで、この辺を避けるように遠回りしてるってところだろう」
「魔族の方が話にならないと思うけどなぁ。命乞いとか効かないだろうし」
「自分の命よりも物品金品が優先なんだろ。実際、金がねえと屋根が無い世界だ」
「悲しい現実だね」
村の中を歩いていると、とある違和感がキャッチできた。その違和感とは、どう見てもここで暮らしていないだろう人達が少ないということだった。明らかに人通りが少ないのである。
とても小さな村だし飲みに行くこともせず宿に閉じこもっている可能性はあるけれど、一軒だけ見つけた飯屋も閑古鳥が鳴いている感じだし、そもそも来村した人が少ないように思えた。
そのことについて話すと、トウキ君は盗賊の被害を避けるために、魔族的な危険度が高い道をほとんどの人が選んでいるのではないかと言った。
僕はそれに、えー、と思った。が、すぐに納得した。
商人にとって、商品とは=金である。
自分や自分以上に大切な家族の命を守り、そして育むのにも、金という物体は必須だ。この世界で、社会で生きている以上、それは普遍の事実だ。
だから、その商品を、商品からなる金銭を、繋ぐべき家族の命を、ただ守るために。
自分の命を率先して懸けるというのは、即座に納得させるだけの『強さ』があった。
だが、商品じゃあなく、人を乗せている馬車はどうだろう? それも標的なのか? だとすると、僕達が遭遇しなかったのは偶然? それとも必然?
依然として疑念は尽きないものだ。
「ごめんくださーい」
僕達は、この村にある三軒のうち、一軒の宿の戸口を跨いだ。
二階建てで、だいたい十人くらいが宿泊できる規模をしている。
ハザマの国らしく、土足は厳禁。僕は外で待っているから後は任せたと言うトウキ君を置き、靴を脱いで暗木の床に上がった。
「ひひひ。はいはい、いらっしゃいな」
側にあった帳場には誰もおらず、困った僕は誰かいないかと声を上げる。すると、薄暗い廊下を軋ませながら、腰の曲がった老婆が現れた。
山姥という言葉がピッタリな皺皺の容姿。失礼ながら、僕は若干腰を引いてしまった。
「あの、僕達……」
そういえば、盗賊団と村の人達が裏で手を組んでいる可能性があるんだった。
それなのに正面から、盗賊団を撲滅しに来ましたー、なんて言えないよな。
マジかお前ってなるのがオチだ。
全員を疑うなんて心苦しいの一言だけど、僕達の身の安全も掛かっているし、致し方ない。さて、どう嘘を吐いて探ればいいか。
「えっと、宿に空きはありますかね? この辺りは盗賊が出るって話だったので、早めに安全を確保しておきたくて。できればすぐに部屋を用意してほしいです」
僕はさりげな〜く盗賊について話した。これで妙な反応を見せたなら、その時点でグレー確定。裏で繋がっている証拠を掴めば黒確。ぶっちゃけると、この人が犯罪者と繋がっているなんて思いたくはないが……どうだろう?
「ええ、ええ。空きはありますよ。見ての通りのがらんどうですもの。ひひひ」
「あ、あはは。えっと、盗賊が出るって聞いてたんで、かなり緊張しながら村に来たんですよ。でも、盗賊なんかと出会う気配がなくて。デマだったのかなぁ……て」
やはり、僕がばら撒いた罠と言えるか怪しい罠を、老婆は踏まなかった。故に、下手くそな探りを入れた。自分に不甲斐なさを覚えながら、白黒ハッキリつけに行く。
そんな思惑を見透かしたように、老婆は「ひひ」と面白おかしそうに笑い出した。
「アッシが盗賊なんかと関係があるとお思いのようで。それはご安心くださいな。生まれてこのかた七十八年、犯罪に手を染めたことなど一度もありませんから。外にいるお連れの方にもそう伝えといてくださいな。悪者に見られるのは心外ですからなぁ、ひひひ」
「…………わ、分かりました」
「部屋は分けられますかな? それとも相部屋で?」
「あ、同じで大丈夫です」
「はいはい、それじゃあご案内をしましょうかね。ひひひ」
向いてないんだよなぁー、こういうの。
非常に申し訳なさそうな目で老婆を見ながら、僕は俯いて頭を掻くのだった。
+ + +
「あの婆さんは白か。となると、村ぐるみの可能性はだいぶ低くなったな」
「だね。あのお婆さんだけ除け者にしているとは思えないし。ちょっと一安心」
「クハハ。それもそうだな。んじゃ、作戦会議と行くか」
「了解」
九十ルーレンで借りれた宿屋の大部屋、その一室。僕達は長方形の木机を挟んで向かい合いながら、粗茶を啜る。
そして、盗賊退治、クエスト達成を図るために『作戦会議』をはじめた。
「フジノミハトと、この村との間で盗賊が出没するって話だったけど、結局なんのアクションも気配もなかったよね。本当にいるの? って思っちゃうくらい」
「ああ。遠くから俺達を捕捉している感じでもなかったし、居なかった、っていうのは正しい。だが、居る、出る、って情報が間違いとは思えねえし、それで考えられるのは、時間帯が違う、それか狩場を変えたか、だな。道通りに進めば会うことないなんて意味不明だしな」
トウキ君と、僕は二人して軽く意見交換を行う。そして次の手を模索しだした。
僕達が二人して考えている『次の手』とは、こちら側が起こす『アクション』のことだ。
事実、向こうから来なかったのだから、こちらから行くしかない。
そうしないと、こちらから動かないと一生かけても『クエスト達成』は不可能だろう。
標的が掛かるまで待つのも手だが、その場合『すれ違い』が起こってしまう可能性がある。
ギルドで収集していた情報から導き出した、盗賊が出没する場所。そこで標的が来るまで待つという選択肢。それを選んだ際に起こり得ること。
もしも、件の盗賊団が強奪行為に及ぶ地を他に移していたら? ここはもう望み薄だと捨てていたら? すなわち『すれ違い』である。
先ほどトウキ君が言ったように、例えば盗賊が狩りを行う場所を変えていたなら、以前の活動拠点で何時間待とうと連中が現れるはずがない。その懸念は解消されていない。故に考える。
なぜ遭遇しなかった? ということを。選んでいる線はない。なぜなら気配も視線も感じなかったから。つまり、居なかったのだ。僕達が移動していた昼頃に、盗賊は付近に居なかった。そこで導き出せること、それは『時間』だった。
「夜か……夕方くらいにまた戻ってみる?」
「今はそれしかねえな。とりあえず、白で確定した婆さんに話を聞いてみようぜ」
「それもそうだね。っと、荷物は置いていっていいかな?」
「あー、貴重品は全部抱えとけ。窓から空き巣に入られる可能性がある」
「おけ」
僕はトウキ君の忠告に素直に頷いた。盗賊が出るんだし、貴重品を肌身離してしまうのはよろしくない。壁をよじ登って窓から侵入なんてのは普通にあり得る話だ。
僕は畳に降ろしたリュックから、仕舞っていた爺ちゃんのナイフ等々、まったく多くない宝物を全てに身に付けた。そして部屋を出て、廊下を歩き、階段を下りた。
「お婆さーん」
「はいはい、なんでしょうか? ひひひ」
お婆さんは宿の一角、私室で休んでいたらしい。
僕達以外に宿泊客はいないし、何もやることがないのだろう。大声で呼ぶと、私室の襖を開けて、玄関口のところに突っ立っていた僕達のもとまで足裏を擦りながらやって来た。ご足労かけて申し訳ないと僕は頭を下げながら、予定通り話を始める。
「実は僕達、この辺りに出る盗賊を捕まえに、フジノミハトから来たんです。それで何か、盗賊についての情報があれば聞いておきたいなって。ありませんか、なんでもいいんですけど」
「盗賊ですかぁ。それらしい格好の人は村で見たことないですな。ここに来る行商さんが物を盗られたという話は聞いておりますがぁ、アッシらは至って問題なく。何か教えられると言っても、そうですねぇ……今日の晩御飯は山芋焼きってことくらいですね」
「そうですか……いえ、ありがとうございました。晩御飯、楽しみにしてます」
「ひひひ。丹精込めて作りますから、期待していてくださいな。ご武運を祈っとります」
「はい! 頑張ります!」
頑張れと言っているお婆さんに、僕は笑みながら頷いた。トウキ君も微笑を浮かべ、二人は意気揚々と情報収集へと出掛けるのだった。
+ + +
宿を出た僕達は、取り敢えず村長のところへ行こうと決めた。この村の統轄しているのだから、盗賊について何か知っているはず。
そんな思いを持って、村で一番の豪邸へと足を運んだ。
「和風……じゃないね。ソルフーレンとかの造りみたいだ」
「煉瓦建は確かにこの辺りじゃ珍しいな。誰かの別荘説もあるが……人が住んでるみたいだし、何かしらの権力者で間違いないだろう」
ごめんくださーい。呼び鈴をカランカラン鳴らしながら、僕は外に見えない屋敷の人を呼ぶ。
すれば……ガチャリと。この国では珍しい、というかまったく見かけなかった『押し開きの重厚な木扉』が動いた。
「どうされました? 旅の方」
+ + +
「帰ってくれ!!」
扉を開けて、屋敷から出てきたのは、和装姿のメイドであった。
そのメイドが、屋敷の主人に何か用かと、僕達に対して口を開く。ここは村長の家じゃないのか。和風建築じゃないし、もしかして外国人の別荘とか?
そう思った僕が、ちょっと話を聞きたいんですけどと言えば、アポなしだから対応できるかは約束できないと念押しをされたつつ。
それでもと引かなければ、彼女は屋敷に入っていった。
主人に確認を取りに行く。
彼女の言葉を足元の小石と共に転がして、かれこれ十数分。再び屋敷からあのメイドさんが出てきた。僕は開口一番に『どうでしたか?』と問いかける。
すると「旦那様からの許可がおりましたので、どうぞ中へ」と、僕達は屋敷の中へ誘われた。
して、執務室らしき部屋に通された僕が、出された紅茶を啜りながら本題を述べると……。
屋敷の主の様子が、明らかな『怒りの色』へと変貌したのである。
「えっ!? いや、盗賊を拿捕しにきたんですよ!? この村の近くに出るんですよ!?」
「構うか! 私達は被害に遭っていないのだ!! 余計なことをするな余所者風情が!!」
「え、ええ…………」
「出ていけ!! 私の屋敷から出ていけ!! 私は忙しいんだ!!」
熱々の湯呑みを僕に投げつけてまで、僕達の退出を屋敷の主人は訴える。明らかに、普通ではない変わりよう。盗賊退治が面倒とか、そういう感じじゃない。
まるで、盗賊を退治されるのは不都合。そう言っているようだ。何かがある。その何かは、ここで引き下がれば別種の問題へと変異する可能性がある。
故、その考えを僕とトウキ君は共有していたため、食い下がった。
「オッサン。こっちは手荒なことをしたくはねえ。何かあるなら言え。今すぐに」
「黙れ! 二つと生きてない小童が!! 早く出ていけ! さもなくば私兵を動かすぞ!!」
「その辺の雑兵で俺らを止められるわけねえだろ。いいんだぜ、武力で強制しても。俺らは余所者。ここでどう扱われたって屁でもねえんだからな」
「くっ……」
「そもそも、このメイド……いや、アンタの娘以外、この屋敷に人はいねえだろ?」
「…………」
胸ぐらを掴み上げたトウキ君は不良じみた凄みを披露、湯呑みを客人に投げつけるくらい動乱していた屋敷の主人を威圧。スゥーっと彼の全身の血の気を引かせた。
まともに会話をする気を見せなかったのに、強引に椅子へと座らせる対人技術。圧巻である。
確かに。彼の言うことは合っている。
この屋敷に、執務室にいる僕達以外の人間はいない。
誰も。誰もいない。一人としていない。
さっき脅しに使っていた『私兵』とやらも、嘘八百であろう。二人なら過剰だろと言いたくなるくらい広い屋敷。それが合わさって、非常に不気味だった。気配がないのはそうだが、奇妙なまでひんやりしている。人の温もりがないからだろう。
だが、残り香はある。他の誰かがいた痕跡は。
なのに、今いないのはなぜ? 帰ってきていないのは、なぜ? この屋敷に、この一家に、一体何が起きたのか? それを知るべく、僕達は部屋を陣取った。
「何があったのか言えよ、オッサン。聞かなきゃ帰れねえんだよ、俺らは」
「い、言えるか! こっ、これは不当滞在だぞ! 奉行が黙っていない!!」
「知るか、んなこと。早く言えよ。場合によっては解決に動かなきゃならねえんだからよ」
「っ…………」
場合によっては、解決に動いてあげられるかもしれない。そのトウキ君の言葉に、屋敷の主人は分かりやすい反応を見せた。やはり、この一家には何かがあったらしい。
盗賊退治に向かわせないようにしていたし、勘繰りになるけどおそらく、件の盗賊絡みか。
「何があったんですか? あなた達に」
狙ってはいないが、これは飴と鞭。もちろん、僕が飴。一方は刺々しく危うげで、もう一方は丸く穏やかに。まるで幼子に掛ける声のように落ち着いているそれを聞かせると、胸ぐらを離された屋敷の主人は肩で息をしながら、無言で俯いた。
「それについては、私が」
このことを伝えるべきか、否か。そんな逡巡が端々から見えている村長を置いて、今まで口を閉ざしていたメイド——いや、正確に言えば屋敷の主人の娘、令嬢が前に出た。
+ + +
屋敷を出た、門前。そこで僕達は向かい合う。
「まさか、ここでヤクザ絡みとはね」
「ああ。野郎、フジノミハトだけじゃなくここにも圧力かけてたとは。用意周到さに驚くぜ」
ワンオペで大変だろうたった一人のメイドさんならぬ、屋敷の主人の娘『ミハコ』さんの話を聞いた僕達は、彼女が語った彼女の家の実情を知り、なるほどなぁと納得。続けて盗賊退治に動いていた僕達を、まるで自分と自分の家族を守るように忌避していた理由に理解を示した。
彼女の家の実情。盗賊に強く出れない理由。それは、多額の借金、だった。
フジノミハトを拠点にしているヤクザは金貸しをしている。
その話を商人から聞いていたため、スムーズに納得することができた。
屋敷の主人——ミハエルさんは『借金』をしていたのだ。ヤクザから。
ここではない国で商会を起こして、一代で富を得た。
そして、新たな開拓地として選んだここに引っ越し、ヤクザが運営している『ギャンブル』に嵌まってしまった。その結果が、借金。
型として育てた商会の経営権は奪われ、フジノミハトにあった本邸も押さえられてしまった。
雇っていた人達は賃金未払いの末に去り、まともな生活力を持てなかった妻は失踪。
今は別荘として用意していた、この村の屋敷でひっそりと暮らしている……と。
「借金となると、僕達での解決は難しそうだね」
腰に手を当てながら、僕はふぅーっと息を吐く。思ったよりも重たい話だったから、ちょっとだけ心がどんよりしてしまっている故のため息だった。
「金の話、こればっかりは当人が解決するしかねえ。だが、盗賊に関しては別だ」
トウキ君は僕とは違って大して気にしていない素振りを見せる。
さすがの精神力。見習わなくては。僕はそう心の帯を締め直した。
「うん。ヤクザが圧力をかけている理由は、盗賊の中に倅がいるから。その倅をどうにかすれば、説得ができれば、強く出られない人達に向けられる不当な圧力は解消するはず」
ギルドで商人が言っていた。ヤクザの親分の倅が、この辺りに出没する盗賊の中にいると。
もしその『倅』を説得することができれば、フジノミハトのミハエルさんに掛けられている圧力が解消するはずだ。
どうやるかはまだ考えつかないが、それが一番丸く収まるはずである。
「組に泥を塗った俺達が恨みを買う可能性はあるけどな」
「そこがネックだね。ま、その時はオサラバしちゃうだけなんだけど」
「言えてるな。んじゃ、もうちっと情報を収集して、本格的に動くとしようぜ」
「うん。まずは村長さんを探そう」
「オウ」
+ + +
しんとする森の中にて、絶えず、火花が散る。
「うがっ」
技アリ一本。美しい背負い投げ。により背中は強打され、踏み潰された蛙のような声が響く。
蛙と違って、聞くに堪えないそれは、暗色の空へと吸い込まれていった——。
暗夜。綺麗な円美月で綿雲が覆い掛けてる、正確には十九の時。
鈴の如し虫たちの演奏が聞こえる中、フジノミハトと山村の中間にて、僕達は激しい『一方的な戦闘』を繰り広げていた。
「シッ!」
「ぐあっ!?」
裂帛の尖閃。短く浅く、だが甚しく熱い気合を吐き出した僕の、撃ち放たれたる剣突は、標的が握っている武器の腹に炸裂し、その半身を『バキッ!』と折った。
上半分が消失した愛用の片手剣に目を剥く、顔バレ防止か、マスクを深く着けている男。
驚愕。致命的に硬直してしまっているそれの胸ぐらを無表情で一気に掴み上げた僕は、軽々と六十数キロはある男を投げ飛ばし——大衝突。甚だしい膂力をもってその者の意識を奪った。
樹木に叩きつけられ、木の葉と同じように、白目を剥いた男が意識共々ずるりと落ちる。
それを見届けることなく、僕は次へと動いた。
敵の渾身の斬閃。指で難なく挟み止め、無効。
敵の槍一閃。ジャスト。剣突にて槍先を木端。
大槌の猛進。
勢いに乗る前に足裏で止める。槌と足裏蹴りの重さによろけた対象の腹を打つ。
まさかの炎球魔法。
普通に遅かったために軽く避けて肉薄。傷がある顎を掌底で捉えて昏倒。
鎖鎌の縦横無尽。
その程度で寄せ付けない気かと溜め息。凄まじい動体視力を活かして振り回されるそれをキャッチ。そのまま鎖を引っ張って寄せた鎖鎌使いの頬に裏拳を叩き込んだ。
それで終わりだった。全て、片付いてしまった。
戦闘終了。
僕達は傷一つないまま、逆に相手取っていた十数人はぐるぐると目を回している。
「最後はあなただけですね」
「な……なっ、なんなんだお前達は!?」
僕達が相手取っていたのは、例の『盗賊団』だった。
日暮れの中、迫り来ている夜から逃げるように急いで走っている馬車を主に標的にしているという、事前に収集していた情報の通り。
夕方の道脇。広がっている森の、無数に生えている木々の影に隠れ『待ち伏せ』を行っていた、紛うことなき反社会勢力。一言で表せば、犯罪者集団。
それを『逆待ち伏せ』していた僕とトウキ君は、何も知らずにのこのことやって来た『盗賊グループ』を背後から『襲撃』した。
別に、落とし穴みたいな『罠』に上手く嵌めたわけではない。なんなら、盗賊たちがセコセコ掘っていた落とし穴に数人を蹴落とした始末である。
して、妙に腕利きだった盗賊らが圧倒されたことに動揺し、ひどく舌を縺れさせているのは、あからさまに上等なコートを着込んでいる、おそらく例のヤクザの倅だろう『女性』が、尻餅を吐きながら叫び声を上げた。
僕が放った横一閃で、上半分がなくなっている剣を持ちながら。
「あなたが例のヤクザの倅ですね? 息子と聞いていたんですけど……違ったみたいですね」
子供にそうするように膝を畳んで、同じ目線になって問いかける。怖がらせる気は毛頭なかったのだが、僕が見せつけてしまった『虚無の眼差し』を受け、彼女は掠れた悲鳴を漏らした。
噂のヤクザの倅——息子ではなく、娘だった。その齟齬は何故?——と思しき女性の身長は、ざっと見た感じ一六〇センチ後半。濡羽色の、僕よりは長めの短髪で、濃灰色の目をしている。
スタイルは女性と受け取れるものの、しかし声調や雰囲気、見せる表情の千変万化。顔の形は童顔のそれで。
大人になりきれなかった子供みたいだ。そんな言い得て妙な感想を抱かせる。
「だったらなんだってんだ! 俺はもう母ちゃんとは関係ねえ! 殺すなら殺せーーっ!!」
めちゃくちゃうるせえ……。
無駄に大袈裟なリアクション。ヤクザの倅はもう逃げられないと悟ったのか、自分の腹を見せつけながら駄々っ子の地の舞を披露している。
僕は盛大に顔を歪めながら、ぺぺぺっと飛んできた唾をコートの袖で拭った。少しくらいは品行方正であれよ。そんな思いをゴクリと飲み込んで、僕は話を続けた。
「殺しはしないです。捕まえて衛兵に突き出すだけで」
「死んだも同然じゃねえか!! くっそぉ、俺だけにしろ! 子分たちは関係ねえ!!」
関係ないわけないだろ。十数人全員が共犯じゃんか。
とんでもないこと言い出すな、この人。
「それは無理な懇願ですね。全員もれなく突き出しますよ」
「くっそぉ……! なんでこうなったんだ……!?」
「強盗を働いたからでしょ」
「ぐっ」
馬鹿なことを口に出すのを止めない倅に、僕は『図星』を突き刺してみた。
すると、まさにぐうの音が彼女の口から出る。僕は殆な困り顔で頭を掻きながら、目線を合わせるためのしゃがみを辞め、立ち上がった。
「どうしようか?」
その問いは、隣に立っているトウキ君に向けられたものだ。
彼は先程の僕と同じように、非常に困ったような顔で頭を掻きながら、とりあえず、適当に縄で縛っておこうぜと言った。
僕はそれに苦笑しながら頷き、用意しておいた麻縄を使って、とにかく五月蝿い倅を先に縛った。
「はんっ、無駄だ無駄だ! フジノミハトの連中は母ちゃんに頭が上がらない! 今に俺たちを牢屋に押し込んだとて、どうせすぐに無罪放免にされるのがオチだ!!」
倅の母ちゃん。つまり、ヤクザのドンか。
だが、それがどうした。恐れることなど何もない。
「今にあなた達を捕まえたこと、それ事態に『意味』がある。今日の強奪行為を止めたそれは、必ず誰かの救いに繋がっている。だから、今に捕まえたあなたたちを見逃すわけがない」
真っ直ぐな目。
それを以て放たれる意志に対し、明らかにヤクザの倅はたじろいだ。しかし。
「ふ、ふんっ。意味がないことに対して意味を見出そうと必死だな!! 無駄、無駄無駄!! 母ちゃんがいる限り全部無駄なんだよ!! あの束縛魔がいれば、ぜーんぶ無駄だ!!」
束縛魔、ね。
どうやら、彼女にとって『母親』というのは、尊敬の対象ではないらしい。
おそらく、ヤクザのボスだろう『彼女の母親』に、彼女が向けているそれは〝畏怖〟なのだろう。
凄まじい『遣り手』なんだろうな。
だが、いくら圧力を掛けたとて、善に動く者は必ずいる。
『影』がそこにあるのなら、近くに『光』が差しているということなのだから。
だが、娘たる彼女とその一派を捕まえたことで、僕達は、彼女の母親であり、ヤクザのボスである当人の顔に間接的に泥を塗ったわけだ。
今日のうちに、フジノミハトから今より離れるべきか。
「……とりあえず。あなた、名前は?」
して、場面は切り替わる。
「冒険者を返り討ちにしたっていう実力者がいるはずなんだけど、いた?」
用意していた麻縄を使って、一人、また一人と動きを制限していく僕は、ふと思い出したことを口にする。
その思い出したこととは、盗賊団の中に相当な実力者がいるというものだった。
盗賊団を拿捕する際の、要注意事項。というか、要注意人物。
フォース……ランク? の冒険者数人を返り討ちにした、盗賊団最強の者。
それが今にも見当たらないことに、僕は『うん? あれ?』と疑問を抱いた。
決行前に『やるぞ』と覚悟を決めていたのに、なんとも拍子抜けだったのである。
僕と戦闘にならなかったってことは、予定通りトウキ君が相手にしたということなのだろう。
だが、それでも思い出せない。本当にいたのか? そう思えてしまうくらい。
まあ、もしかしなくとも『苦戦すらしなかった』といったところか。ま、そんなもんだろう。トウキ君が相手だし。あの女王蜘蛛をワンパンするレベルだもんな。
「ああ、上等な槍を持ってた奴がいたぜ」
僕が勝手に疑問を解消していると、トウキ君がとある方を指差した。そこを見ると、纏めやすいように山積みにされている、昏倒している盗賊団の一味がいた。
「どれ?」
特に強者的に目立った人物はいないが。
そう言っている僕へ知らせるよう、トウキ君は具体的な特徴を述べる。
「そこに寝てる『かっぱ頭』がいるだろ? そいつだったはずだ。たしか」
かっぱ頭……いた。
この人か、フォースランクの冒険者数人を返り討ちにしたっていうのは。
となると、一つの問題が浮かび上がるな。
僕の腕力で、この程度の麻縄は引き千切れる。なら、このかっぱ頭の盗賊も同じように縄を千切って脱出することができるのではないか?
「どうしようか? 麻縄くらいなら千切られるよね」
「鎖鎌を使ってる奴がいたろ。そいつの得物を使っちまおうぜ」
「ああー、鎖を転用するんだね。納得」
トウキ君のアイデアに僕は『なるほどね』と頷いた。
盗賊らから離れた場所に投げ置いていた武器の中から、鎖鎌を回収。鎌と拳大の鉄球をトウキ君の腕力を用いて無理やり除去。
攻撃力が多分に削がれたそれを緊縛用の道具へと転用した。
「念の為、俺がカッパの関節を外しとくから、ソラはその辺の雑魚を縛っといてくれ」
「了解」
流石の徹底ぶりだな。僕はトウキ君の言葉に頷き、バボコッ、ゴキョッという音と「いギャあっ」という悲鳴を聞きながら、まだ意識が戻っていない盗賊達を麻縄で縛り上げるのだった。
「ぐぐぐっ……カワゾウを一蹴するなんて、お前らは本当になんなんだ……っ!?」
覚えとく意味はないけど、このカッパ頭の盗賊は『カワゾウ』というのか。
クソどうでもいいな。
+ + +
「覚えてろよーーーーーーーーーーーーーっっ!!」
精一杯の負け惜しみ。どうしようもない負け犬の遠吠え。そんな女の声が辺りに轟く。
「更生するんだよーーーーーーーーーーーーー!!」
僕はその声には、やや小馬鹿にしたような、しかし『改心』を願った本音が込められていた。
もうこんな悪事は働くんじゃないぞ。明日には綺麗さっぱり更生しているんだぞ、という。
「うるせえバーーーーーーーーーーーーーーカ!!」
汚い言葉の裏に『もう懲り懲り』という感情が見えた。
僕はそれを認め、たとえ今日のうちに釈放されようと、同じような悪事は行わないだろうとの確信を得、ふふっと苦笑を浮かべた。
「さようならーーーーーーーーーーーーーーー!!」
猪とか、熊とか、場合によっては魔獣とか。
偏に『大型の害獣』を輸送するためのカーゴ。それが取り付けられている馬車で連行されていくのは、ヤクザの倅こと『ウルシ・ミハタ』とその一行である。
彼等彼女等は、獣のように檻の中に閉じ込められており、村の出入り口で手を振っている僕へと、なんとも恨みがましい眼差しを送ってきていた。
しかし、圧倒的な実力で伏せたということもあり、その視線には一様に畏怖の感情があった。
ゲントウさんといい勝負が出来るレベルの、輝かしい河童頭のカワゾウ氏はというと、両肩と両膝の関節がトウキ君の手によって上手く外されており、自力での移動が不可能なため、荷台と連結された棺桶みたいな箱に入れられている。
揺れがもろにくるだろうから、腰の辺りが辛いだろうな。
彼は、親元からの『独り立ち』を強固していたウルシ・ミハタに、心配だからとついていったヤクザの武闘派だったらしいが、相手がトウキ君となると、稚児も同然であった。少し可哀想だが、強盗という悪事に手を染めていた故、その爆揺れも罰の一環として食らってもらおう。
捨て台詞の数々を涼しく避けながら、僕とトウキ君はミハタ盗賊団の面々を見送るのだった。
「もう行きましたかね?」
「あ、はい。もう見えなくなりましたよ、ササダさん」
盗賊団が詰め込まれた馬車が見えなくなったのを見計らったように、そろりと怯えながら現れたのは、先日ギルドで出会った、僕達が受注したクエストを発注した『商人』だった。
名を『ササダ』という彼は、ヤクザに目をつけられるリスクを取ってまで、ここいらを荒らしていた盗賊団の退治を依頼した。
結果、その依頼を僕達が受けて、今に達成したわけである。
「こちらが、報酬に提示していた三万ルーレンの小切手です。ギルド、もしくはギルドが運営している銀行に渡せば、書かれている額と交換してくれます。あと、これは私個人から」
偽造できない特殊な紙に、ギルドの押印とサインが施されている、三万ルーレンと書かれた小切手。
これを使うことで、どうやら提示されていた報酬が手に入るらしい。
無くしたり、汚したり、盗られたりすると、その効力は失われてしまうと注意された。
これは大事にしないとな。
そう思った僕は、受け取ったそれを財布の中に仕舞うのだった。
「ありがとさん」
「ありがとうございます、ササダさん」
三万ルーレンを二人で割れば、なんと一万五千ルーレン。
一気に旅立ち時の財布の状態にまで回復した。二人合わせて三千ルーレンちょっとしか持ち得ていない僕らにとって、それは果てしない大金である。
とてもありがたい。僕達はその思いで感謝を伝える。すると、ササダさんは『いえいえ』と首を横に振った。
「お礼を言うのはこちらの方ですよ。お二人のおかげで、ようやく『ウメノミヤ』へと続くこの道を安全に通ることができるようになったのですから。本当に助かりました」
ウメノハ。フジノミハトから西にある大きな町の名。
そこへと向かうのに、この山村は重要だった。この山村を通れないとなれば、山を大きく迂回することになる。そのため、ここの盗賊団からの解放は、数多の町村を行き来する彼らにとっては、この上なく必要なことだった。
「本当にありがとうございました、ソラさん、トウキさん。あなた達の武勇は、ヤクザがいる手前、フジノミハトで広がることはないのでしょうが。しかし、私達は語り続けますから」




