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蒼ノ旅人 ー蒼風のヘルモーズー  作者:
『ハザマの国』編〈2〉
56/138

第50話 盗賊退治へ

 母の捜索依頼を出し、見事に財布の中身がすっからかんになった僕は、物珍しさでギルド内を散策することもなく、一直線に掲示板前で待っていると言っていたトウキ君の元へ向かった。


「お待たせ、トウキ君。どう? めぼしい情報はあった?」 


 掲示板の情報紙に目を通しているトウキ君を見つけ、そう声を掛ける。

 すると彼は、僕の言葉に対して首を横に振った。


「まったく。昨今の当国では子供の失踪が相次いでいる。故に注意されたし。ってやつしかねえ。核心に迫るものは何もない。こりゃ当初の予定通り、サクラビを目指すしかなさそうだ」


「そっか……」


 どうやら、探し求めていた『神隠し事件』についての情報は、何一つ得られなかったらしい。

 ま、分かりきってたがな、という風に彼は肩を竦める。僕はそれに残念そうに眉尻を下げた。

 しっかし。こんなに大きな町の、調査が専門の人間も通っていると思われるギルドにも何の情報もないとなれば、トウキ君が追いかけている『神隠し事件』とは一体、なんなのだろうか。

 ただの人攫いが起こしている事件なら、とっくに冒険者や国の兵士——この国なりの言い方をすれば『武士団』に捉えられているはずなのに。しかし、未だに詳細不明。不可思議なまま。

 ていうかそもそも、本当に『人間』が起こしている事件なのか、これは? 


 人間ならば、足跡やら臭跡やらと多種多様な『証拠』というのを残していくもの。

 そう何たらって小難しい推理小説には書いてあった。

 どれだけ細心の注意を払っても、認識の限界というのものがあるから、完全な『ゼロ』は達成できない。

 人間は成功する生き物ではなく、失敗を重ねていく生命体であるのだから、とも。

 だから軍犬や、リップさんみたいな『プロ』に掛かれば、あっという間に尻尾を掴めるはず。

 しかし、煙のように何も掴ませていない。

 いや、そもそも『煙すらも見せていない』のではないか?


 行方不明になっている母の捜索に、ギルドは世界中にある同組織に情報を共有すると言った。

 ならば、サクラビであろうと、スミカザリであろうと、他の名立たる町村であろうとも、ギルドの本部または支部が存在している場所には、一件の重要な最新的情報が張り出されるはず。

 裏を返せば〝ここにない〟というのは〝どこにもない〟ということなるのではないか? 

 それとも、まだ他地域に共有されていないだけ……? 

 事件の真相と情報を現在進行形で求めている以上は、そう考えるしかないのが事実なのだが。

 何はともあれ、物凄く『薄気味悪い』事件なのは確かか。


「んで、ソラの方は無事に済んだのか? 母親の捜索依頼は」


 名探偵の真似事のように、顎に手を添えながら未解決事件を思案していた僕へ、まだ何も分かってねえんだから、深く考えすぎんなよという風に肩を竦めたトウキ君が、今まで二手に分かれていた理由、つまり僕の用件であった『行方不明の母親の捜索依頼』について質問をした。

 無事にことは済んだのか? と。

 僕はそれに苦笑し、ポケットに仕舞っていた財布を見せる。


「おかげで素寒貧。ほら、信じられないくらい痩せてる」


「ブハハッ! 俺のと似たり寄ったりになったな」


「あんまり嬉しくないソックリだね」


 コートのポケットに仕舞っていた、今までにないくらいに痩せ細ってしまっている僕の財布。

 旅をするには心許なさすぎる細さのそれを見せられて、彼はケタケタとおかしそうに笑った。


「今手持ちはいくらだ? 場合によっちゃここで依頼を受けて、路銀を稼がなきゃいけねえ」


「んと……千ルーレンとちょいだね。小銭はいくらかあるけど……めちゃめちゃ少ない」


 手持ちの方を問われてしまった僕は、正直に言って『目を当てたくない惨状』をしている財布の紐を緩めて、改めて手元に残っている己が全財産を確認する。

 財布の中にあるのは、千ルーレンに該当する銀貨一枚と、百ルーレンである銅貨が二枚。

 あとは端金の十〜一ルーレン紙幣が数枚。

 ハザマの国の平均宿泊料が『八十〜百五十』という情報を鑑みて、ざっと十日分。

 食費を含めても一週間くらいは余裕か。

 だけど移動するとなれば話が変わる。運賃の有り無しで。これは、本格的に仕事をしないといけなそうだ。ヒッチハイクとか……無理よなぁ。


 再確認した己の窮乏さ。行く末が不透明になった現実。つい首を折りたくなってしまったが、致し方ないと、こうなったのは必要経費を支払ったからだと、僕は全力で開き直った。というわけで、僕は財布の紐をきつく、とてもきつ〜く、物理的にも精神的にも引き締めるのだった。


「俺の手持ちが三千ちょっとだし、幾許か稼ぐ必要があるな。ぶっちゃけ、小物に目を付けられてるのが気になるが……仕方ねえ、明日になったらまたここに来よう。そしたら金策だ」


 二人合わせても手持ちが五千ルーレンに届かない。

 それを確認し合っては、僕は『やばくねぇ?』と今更ながらに思い、つい圧口を披露する。

 しかし、財布の中身が三千に迫っていたのに、あれだけ暴飲暴食的な爆裂買い食いしまくっていたトウキ君は、僕とは違って至極冷静だった。

 まるで金欠は日常茶飯事であるかのように。

 して、彼は『稼ぐ』と言った。ここで『金策』を行うと口にした。

 それすなわち、僕が出したような『依頼』を『受注』して『達成』する。ということだろう。

 冒険者じゃないって言っていたのに、めっちゃ冒険者っぽいこと提案するじゃん。

 僕は内心で、ポリポリと後頭部を掻きながら予定を組んだ友人にそう思った。

 冒険者じゃなくても、依頼って受けられるんだなぁ、とも。


 もしかして、僕のように旅をしている人の主な稼ぎって、依頼の『達成報酬』だったり?

 トウキ君ならその辺の冒険者よりも高難易度な、それこそ普通なら命懸けになるものとかも余裕でこなせてしまうだろうし、あのぶっ壊れた金銭感覚もそれが理由だったりするのかも?

 うーん、妙に納得できるな。本人に『指摘・注意』するもの吝かではないくらいに破滅的な金銭感覚をしている友人Tに視線を送りながら、なるほどなぁ、と僕は頷くのだった。そして。


「ごめんね、もっと大きく避けとけばよかった」


「いいさ。ありゃどうせ、ソラが車道に走っても追いかけてきたぜ」


「そうかな?」


「そんなもんだ」


 もっと大胆ば回避をしておけば、向こうも唖然として因縁をふっかけてこなかったかも。そんな『タラレバ』を口にすれば、口角を上げながら肩を竦めた友人のフォローに苦笑を返した。


「うし。用も済んだし、今日はこの辺でお暇しようぜ。また明日、金を稼ぎに来よう」


「おけ」


 + + +


 現在時刻は十九時を前にしている。ギルドに到着したのが六時ごろだったことを鑑みて、大体一時間くらいは滞在していたことになる。

 夜が短くなる夏の前ということもあって、夜に染まる空の上に、太陽の残光が広がっていた。

 僕はそれを見上げながら、ギルドの門前でトウキ君と向かい合う。さて、どうしようか、と。


「遅くなっちゃったけど、この辺の宿に空きがあればいいね」


「この辺は望み薄だろうな。なんたってギルドの近くだからな。その日暮らしの冒険者連中が借り切ってるに決まってる」


 妻子を持たず、身を固めていない冒険者は、たとえ活動の中枢を一つの場所に固定していたとしても、一軒家などではなく、宿屋などを拠点にするらしい。つまり借用拠点というわけだ。

 それは別に、不動産等の高額資産を得られる財力がないというわけではないそうだ。

 固定資産税等の『支払いの義務』を負うことを憚っているのが理由として大きいのだろうが、おそらく彼等彼女等が念頭に置いているのは『身軽さ』の維持だろう。


 エリオラさんみたいな『仇討ち的目的』を全員が持っているわけではないだろうが、彼女のように各地を転々とするのなら、家など不要としか言えないし。

 家屋や土地等の固定資産を持ってしまうと、先ほど述べた税の支払いや管理というのが必要になる。長らく空き家状態にして、浮浪者やホームレスに乗っ取られてしまうと最悪だからな。

 上記の『煩わしい』を避けている。それが主な理由だと思われる。

 そういうわけで、活動の心臓、ギルドの周辺は、軒並み冒険者に借りられてしまっている可能性が大ということだった。 


「どうしようか? 北区中央を離れる?」


 この辺りの宿屋が冒険者らに借り切られてしまっているのなら、ここを離れぬことには、安全に夜を明かすことは叶わないのではなかろうか。柄の悪いチンピラと早々に遭遇してしまう、やや不安を感じざるを得ない治安をしているし、宿に泊まれないのは最悪としか言えない。

 暗にそう言っている僕へ、トウキ君は後頭部を掻きながら口を開いた。

 

「さっさとこの辺りを出ちまった方が、宿を取るには確かだろうな。出入り口がある北区の北端も冒険者で溢れていそうだし、一旦は中央区にまで戻ってみるか」 


「中央区って『セレブ街』っぽくなかった? 大きい役所もあったし、公園も広かったよね」


 トウキ君は、ギルドを中心にして、宿に空きがないだろうことを口にし、ならばここから遠く離れている中央区にまで戻るかと言う。しかし、僕は自分の記憶を辿って、懸念点を語った。


「あー、あんま外の方は見てなかったが、確かに匂いがそんな感じだったな。飾ったような」


 この辺は望み薄で、中央区は場違い。ギルドを中心にした北区全土も、宿泊できる可能性が限りなく薄いときた。

 思い浮かぶ打つ手はもはや、ここから西東のどちらかに向かう他ないか。

 さてさて。どうしたものか。

 

「ギルドも〇時には閉まっちまうし、見つかるまで歩くか?」


「そうだね。せっかくだし歩こう。ついでに夕食も取ろうよ。まだだから」


 僕は、今にもグーグーと泣き出してしまいそうな腹を摩りながらそう言った。


「おっ、そういえばそうだな。昼は蕎麦食ったし、肉か魚……煮付けもありだな」


「あはは。何を食べるかは任せるよ。なんでもいい気分だから」


「オウ、任せとけ。俺は鼻が効くからな、美味い店を見つけてやる」


「頼りになるね」


 無駄話はここで終わり。僕達はのんびりとマイペースに、ギルドの前から歩き出した。

 聞こえる。それは犬の声だ。どこかの誰かが飼っている、一匹の遠吠え。

 僕は一番星が煌めいている空を見上げながら、大型犬かな、と無言ながらに思うのだった。


 + + +


 鼻が曲がりそうになる酸っぱくてキツい匂いと、男連中の野太い大声が屋内に充満している。

 僕達は明日に待っている『一仕事』のために英気を養おうと、トウキ君が有している抜群の嗅覚が導き出した、とっても美味しい料理屋——大衆酒場『まっさか亭』へとやってきていた。

 仕事終わりの冒険者らから向けられるセクハラ発言を平然とスルーする店員の女性に声をかけた僕は、自慢だという照り焼きローストチキンを注文。トウキ君は予算内でできるだけと言い渡していた。して、僕とトウキ君は二人用の小卓で向かい合いながら、お冷やを同時に飲む。


「それにしてもすごい人だね」


 僕は仕切りがないおかげで丸見えになっている周りに目を向けながら、そう口にした。

 対面しているトウキ君は僕の言葉に釣られて、首を回して周囲を見渡す。


「夜は目が効きづれえし、大抵の冒険者が活動を避ける。一部、夜間の特別報酬を狙って昼の活動を避けてる奴もいるが……ほとんどが昼に動いて夜に休む」


 夜の活動はあのエリオラさんもしなかった。それだけ危険度と難易度が跳ね上がるのだろう。視界が機能しづらくなる、日の下で活動をする人間にとってはアウェイとなる夜という環境は。

 それもそうだ。真っ暗闇の中であの犬型魔獣と戦えって言われても、いくら魔族憎し——理由は今も分からない——な僕でも避ける。

 周囲に溶け込む迷彩色。それの脅威は計りしれない。


「夜に暗色の魔獣とか出てこられたら最悪だしね」


「ああ」 


 騒めきが大きい。それでやや声を大きくしながら話している僕達は、料理が運ばれてくるまでの暇つぶしとして、適当な世間話をする。

 それから話題は移ろい、今後について話し始めた。


「ここで路銀を稼いだら、いよいよ首都のサクラビだね」


「オウ。ここに目当ての情報がないのは確定しちまったからな。遠いが、仕方ねえ」


 フジノミハトを出て、目指すはハザマの国の中枢、国の中心に存在する『サクラビ』である。 そこが今だにどんなところなのかは分かっていない。だから『楽しみ』ですらある。

 僕の旅の目的——母さんとの再会がその場所で果たされるとは心の底から思えていない。

 確信があった。啓示などはない。だけど断言できる。母さんはこの国にはいないと言える。

 だからだろう、こうして余裕なのは。ゆったりと、マイペースにしていられるのは。

 しかしそんな僕とは対照的に、トウキ君は表情や雰囲気的に楽しみではないらしい。


「結構渋々な感じ? サクラビに行くのは」


「実のとこ、長距離の移動は好かん」


 えー、めっちゃ意外。トウキ君、移動している時はいつも寝ていたのに、それは致し方なくだったってこと? 

 昼寝というか寝るという行為が好きで、何もすることがない長距離の移動中は絶好の昼寝時だから、割と好きなのかなぁって思っていたんだけど、勘違いだったのか。


「なら大変なんじゃない? 旅って。ずーっと移動し続けるわけだし」


 トウキ君にも、僕と同じように、しかし別の目的がある。それを達成するために、彼は今もこうして動いている。動き続けている。神隠し事件を追っている今は、その過程と言うわけだ。

 そのことに理解を示しつつ、だが聞いてみる。無理をしていないか、と。


「俺にもソラと同じように『放浪をする明確な目的がある』から、その過程を苦とは思わないな。早くって焦りを感じるくらいだ。ソラはどうなんだ? 早く母親に会いたいんだろ。焦りとか……ないのか?」


 焦りか。気遣いを返された僕は、彼の言葉を口の中で反芻させながら上を向いた。


「うーん。焦りとかは全く感じないなぁ。母さんと会いたい、会って話をしたいっていうのは本当だよ。だけど、うん。必ず会えるって信じているから、意外とのんびりできるのかも」


「そうか……。やっぱソラは強えな」


「え? そうかな?」


「ああ、そうだよ」


 何かを思い出しているのか。それとも別に理由が? 妙にしんみりとしているトウキ君にそんなことを思いながら首を傾げつつ、僕は話が止まったちょうどのタイミングで運ばれてきた、表面がパリパリな、とてもじゃないが食欲を抑えられない照り焼きローストチキンを受け取る。

 トウキ君はというと、千ルーレンに収まるだけの料理を注文していたので、それはもう山盛りの玄米と、サービスだという漬物、そして自慢の鶏料理が前に出される。

 一食の食費が周辺諸国と比較しても安いハザマの国なだけあり、それに対して『こんなに!?』という僕の驚愕を誘うのだった。


「美味しそうだねー!」


「ああ。空腹の我慢は毒だ。そう言うわけで早速いただこうぜ。んじゃ——」


 二人揃って、僕とトウキ君は手を合わせる。

 今日も美味しいを食べられる感謝の念を込めて。

 

「「いただきます」」


 + + +


 酒場の料理で舌鼓を連打した僕達が、空きがある宿を発見し、ようやく休めるという風に床に就いたのは、なんと夜遅い二十二時が過ぎた頃だった。

 足がパンパン。なんてことは微塵もないが、長距離移動を続けている身として、ちゃんとした布団で寝られるのは至上の幸福に等しく、故にものすごーく充足した顔で僕は横になるのだった。


「ふわぁ〜」

 

 夏季目前の、六月の中旬。じめったい時期になってきたなぁと嫌に思いながら、僕は湿気を吸い込んでやや重たくなっている布団を持ち上げて、完全に疲れが取れている身体を起こした。

 今は朝の五時過ぎ。体感で六時前といったところ。

 いつもは六時くらいに目覚めるから、今日は早起きなわけだ。

 なぜ早起きをしたかというと、それは今日が『特別な日』だからである。

 特別とは即ち、人生で二回目となる『クエスト』の実行だ。一回目は、以前にソルフーレンでエリオラさんたちと行った『魔獣捜索』で、あれはまさに受動だったが、しかし任務は任務。

 あの時の経験が今日に活きるかもしれないと思うと——いや、そもそも魔獣討伐を行うのかは知らぬが——妙にソワソワしてしまう。だから、ちょーっと早起きしてしまった的な感じだ。

 

「…………」


 ポリポリと寝癖を掻き梳く。

 ふと隣を見れば、少し離れた場所に敷かれている布団に、トウキ君が横たわっていた。掛け布団は蹴られてしまっており、彼は大胆に表面を空に晒している。

 寒くないのかなぁ。ま、平気か。これがアミュアちゃんだったら掛けてあげたけど。そんなことを思いながら、僕は名残惜しいと感じさせる布団から退き、寝巻きから普段着に着替えた。


「ちょっと外を散歩してくるよ」


「…………」


 ぐっすりだなぁ。寝ているし不要と思いつつも、一応は残す言葉。しかしピクリとも反応を示さない友人の熟睡ぶりを目の当たりにして、僕は直せていない寝癖を披露しながら苦笑した。

 そして、トサトサと。

 他にも居るに違いない宿泊客の迷惑にならぬように、慎重に廊下を歩いていった僕は、戸口を掃いていた女将に「おはようございます」と挨拶をして、外へと出る。

 朝日が照らす町並み。霜が降りた景色はまさに幻想。

 それらの一部になってみれば、今まで眠りの底に沈んでいた身も心も一気に晴れ晴れとして、眠気の淀みは消え、確かな明瞭を得る。

 

「スゥー……ハァー……うーん、たまの早起きって気持ちいいよなぁ」


 早朝なのにも関わらず、外には意外に多くの人がいた。僕はすれ違う老夫婦に元気よく挨拶をし、いい匂いを市中に漂わせている『うどん屋』の前でピタリと立ち止まる。

 おそらく、鰹出汁。多分キノコも入ってる。まさに旨味と香りの暴力。

 これはなかなかに堪えるな。金欠である以上は、美味しそうだからっていう浅い理由で『食う』に進むことはできない。

 しかし、ここで引き下がれるほど僕は食欲に鈍感じゃない。さて、どうするかな。いや、どうするかなって、引き下がるしか『正解』はないのだけども。

 

「はぁー……帰ろ。これじゃあ自分に鞭を打ってるみたいだ」

 

 北区の西寄りであるこの辺りは、冒険者や、ギルドに関係している、言ってしまえば定住していない人たちを狙って、表店が溢れかえっている。

 戸口がない、内と外が一枚で隔てられていない造りをしている故に、その食欲を刺激する香りがただの通行人である僕に殴りかかってくるのだ。

 僕にとっては心底恐ろしいの一言である。なので、僕は尻尾を巻いて逃げるように、後ろ髪を引かれながら宿屋へと引き返すのだった。


「あ、おはよう、トウキ君」


「オウ。相変わらず早えな、起きるの」


「なんかソワソワしてさー。仕事頑張るぞーって感じで」


「ハハ。あんま肩張るなよ。疲れるだけだからな」


「心得た」


 借りている宿の一室に戻った僕は、すでに着替えを済ませているトウキ君と顔を見合わせた。

 彼は僕の起床の速さに苦笑しつつ、早起きした理由を語った僕へと、無駄な緊張は極力避けるようにと忠告する。

 それに頷けば、畳の上で胡座を掻いていた彼は「よし!」と膝を叩いた。


「んじゃ、朝飯を適当に済ませつつ、ギルドに向かうとするか」


「うん。ってか、もう開いてるの? まだ七時前だけど。早いんじゃない?」


「大丈夫だ。鬼国のギルドは朝の四時には開いてた」


 朝の、誰もが寝ているだろう四時に始業とはたまげたなぁ。これが組織——いや、会社、か。

 夜の〇時に終業して、朝の四時に始業。たったの四時間しか空白がないわけだ。

 朝入りの職員が終業まで組織を回しているとは思えないし、シフト制だとは思うけど、しかし大変に違いない。文字びっしりな書類を朝から晩まで目を通すなんて、拷問に近しいのでは。

 余計なお世話。

 なんとも言えない憐憫を名も知らぬギルド職員に抱いた僕は、荷物を抱えて出発の準備を終えたトウキ君に後ろに、同じように荷物を背負った状態でついていく。

 この頃になると、もう就寝中の他宿泊客は皆無で、以前のような慎重な忍び足は不要だった。


「行ってらっしゃい、いつでも帰ってきてね」


 散歩ではなく、出発。それを荷物と雰囲気で察した女将さんが、僕達に笑顔でそう言った。

 

「はい、行ってきます!」


「ああ、行ってくる」


 片や元気に、片や淡白に。僕とトウキ君はまるで違うようで、しかし同じような嬉しげな感情を抱きながら、手を振って見送ってくれている女将さんに、爽やかな笑みを返す。


 + + +


 ギルドへと足を運んだ僕達は再度、昨晩のようにギルドの中にある大掲示板の前に立った。


「昨日の今日だし、新しい情報はないね」


「ああ。けど、まあいいさ。今日の目的は情報収集じゃなく、銭稼ぎだからな」


 掲示板に貼られている、昨日となんら変わりがない情報紙を眺めながら、僕は肩を竦める。

 神隠し事件についての更新は何もない。やはり煙のように尻尾を掴ませていないのだろう。

 僕は口を結びながらそう思った。そんな残念がっている僕と違い、こんなことは分かりきっていたと言わんばかりの素面を見せているトウキ君は、何やらの依頼が記されている紙を一、二枚取って内容を確かめはじめた。すると、確認を終えたのだろう彼は、一枚の紙をペラペラと僕に見せる。そして言った。


「ソラ」


 この辺りで出る『盗賊』を退治しにいかないか? と。


 + + +


 盗賊。何人も沿うべき法を無視し、民間人から略奪を行う、犯罪者。無法者で、不届き者。

 それが、フジノミハトの近隣にある宿村辺りで出没しているらしい。おそらく、フジノミハトで商売を終えた、これから商売をしに行く層を狙っているのだろう。

 どちらも商品または金銭を多く抱えているはず。それを狙われるのはまさに死活だ。

 トウキ君は昨日のうちに目を付けていたのだろう。その依頼の報酬は、他と比べて、破格。

 報酬額はなんと三万ルーレン。僕とトウキ君を合わせた『持ち金の約十倍』に相当している。

 なぜここまで高額な報酬を用意できたのか。それは、依頼主が複数の『商人』であるからだ。

 盗賊の被害に遭った、これから遭うかもしれない人達がお金を出し合っているというわけだ。

 

 しかし、不可解な点があった。

 

 なぜ、こんな『高額な報酬を謳っている依頼が、未だ残されたままなのか』という違和感が。

 僕達はそれについて話し合いつつもしかし依頼を受けないという選択は取らず。だが万が一の返り討ちを危惧し、情報は収集しておこうと決めた。

 慎重になっていたのは主に僕であるが……。

 して、当依頼紙を掲示板から剥がし、ギルドの窓口へと足を運んだ僕達は、昨日に捜索依頼——行方不明の母の捜索——の発注の対応してくれた人ではない、妙齢の女性職員に話を聞く。

 

「このクエストについてですね。少々お待ちください、提出書類を確認いたします」


「お願いします」


 僕達から依頼紙を受け取った女性職員は、〇〇番と振られている番号に合ったファイルを棚から取ってくる。

 そして、ペラペラと、それ読めてるの? という速さで中身を確認しだした。


「こちらは……サードランクのクエストですね。盗賊の中に、相当な腕利きがいて、依頼主が雇ったフォースランク冒険者数人を返り討ちにしているそうです」


 冒険者、そして民間または官公が出すクエストには『等級』というものが存在している。

 上から、ファースト、セカンド、サード、フォース、フィフス、の五段階。

 例えば、サードランクの冒険者なら、サードのクエストが適正値。

 変わって、フォースランクの冒険者は、サードのクエストは不適。

 そんな説明を、謎に口を挟んできた暇そうなおじさん冒険者から聞きながら、僕は意識を切り替えて、おじさんに溜め息を吐き、一度咳払いをした女性職員が続ける話に再度耳を傾けた。


「こちらのクエストは難易度が高く、サードランクのクエストの報酬は十数万ルーレンが最低ラインということを鑑みても、割に合わないものとなっております。提出を受理したこちら側としても、貧乏籤と言わざるを得ません。それを理解していただいて、初めて受注を受理させていただきます。全て自己責任の世界ですので、よく考えていただければ幸いでございます」


 依頼内容と報酬が不釣り合い。そう真正面から言ってきた女性職員に、僕は内心で驚いた。

 こういうのって進んで貧乏籤を引かせにいかないんだなぁ、と。

 僕のような無知を騙すようなことはしない。そんなポリシーが彼女に、もしくはギルドという組織にあるのかもしれない。

 事務的に提出された依頼は受理しなきゃいけないのかもな。

 相場は相場であって、ギルドが『こう』と定めているわけじゃないだろうし。

 僕は、トウキ君ならば誰が敵であって平気だろう、問題ないだろうと心底理解しているため、警告とも取れるそれに対しても特に慌てることなく、横目の視線を当の彼へと送った。そして。


「ソラ、もう一度聞くが、いいか?」


 横目に流し目。先ほどよりも厳かに、トウキ君は僕に対して確認を取った。

 僕はそれに平然と肩を竦めた。

 君がいれば百人力だろ? それなのに踵を返すわけがないと。


「クハハッ。うし、んじゃ『受注』ってことで頼む」


「かしこまりました。どうか、ご武運を」


 + + +


 盗賊が出没するのは、フジノミハトから西へ四時間ほど進んだところにある、山村の付近だ。

 フジノミハトと、当該の村との『間』で被害が多発しているそうなので、一旦はその村まで足を運んでみようと、僕達は話し合った。

 出発するための物資調達的な準備中、当クエストを発注した商人グループの内の一人とギルドで会った。どうやら、クエストが受注されたとの報告を受けて、飛んでここまで来たらしい。

 彼は、割に合わない報酬額ですまないと、出会い頭に謝罪を述べた。曰く、盗賊の被害に遭った影響で、全員が貧窮した状態なのだそうだ。故に誰もが満足いく額を提供できなかったと。

 

 ようやく都村間の障害が取り除かれる。

 

 そんな嬉しげな表情をしている彼の話を聞いていた僕は、ふと気になっていることを問うた。 僕が気になっていたこと、それは。

 これは国は都政が関与するべき案件なのでは? 民間に被害が出ているのに、対処を民間に丸投げするというのは『税』を取っている身からすれば不健全なのではないか? というもの。

 その疑問に、商人は首を横に振った。

 曰く、フジノミハトはこの問題に対して動くことは難しい。

 はい? どゆこと? 僕はそんな疑問をそのまま投げた。


 商人は苦々しい顔をしながら、僕に顔を寄せた。 

 どうやら表立って口にできない『なんらかの理由』があるようだ。

 聞けば、どうやら盗賊に身を堕とした数人のうちの一人に、フジノミハトの裏側、つまり裏社会を牛耳っている『ヤクザ』の『息子』がいるらしい。

 フジノミハトが動こうとすれば、そいつが止めろと圧力を掛けてくる故に、未だに大々的な対応に動けていないのだとか。


 いやいや、反社会的勢力に怖じけるなよ……。


 ついついそう言いたくなったが、しかし。都政を任されている人達からすれば、自分たちがヤクザの『標的』にされる恐れがあるから、あまり動きたくはない——ということなのだろう。

 そう考えると、この商人さん達も相当な勇気が必要だっただろうな。バレたらこの町での活動が難しくなるわけだしさ。これは大々的に動かず、密かに事を終わらせる必要がありそうだ。

 僕とトウキ君は、そう意見を合致させ、頷き合った。

 

「ていうか、その『ヤクザ』って、そんなにヤバいんですか? 僕達は何かがあっても、ここフジノミハトを去ればいいだけなんで、もし対立してしまっても問題はなさそうですけど」


「圧力を掛けてるヤクザはこの町の賭博を仕切ってるんだ。非公式だけど、この町一番の金持ちと言っていい。金貸しもやっているし、その組に頭が上がらない人は多いんだよ」


 なるほど。賭博で得た莫大な資金力である種の『金銭的支配』を実行しているわけだ、そのヤクザは。

 こう言ってはなんだが、本拠地で相手をしなくていい『旅人』の利点が活きたな。

 さっきも言ったけど、もし目をつけられてもさっさと他所に移動しちゃえばいいんだ。さすがに別の都町村にまで影響力を持っているとは思えないし、この『シマ』を出れば万事解決よ。

 というわけで標的の危険度を数段上げた僕達は、ひそひそしながら商人と別れ、町で三日分の食料と水を確保。

 数時間の移動の末に、フジノミハトの西区、その西門の前に立つのだった。


「ここから馬車で四時間くらいらしいね」


 所持金が千ルーレンを切ってしまっている僕が話す。一旦は村を目指すことにした故、そこへどうやって向かうのか、という意図を持ってのことだ。馬車を使うか、自分の足を使うのか。

 そう暗に尋ねられているトウキ君は、あっけらかんとした様子で口を開いた。


「ああ。馬車で行ってもいいが、食料の調達でさらに財布が痩せちまったし、歩いてくか?」


 彼の言葉に、上目になりながら自分の考えを口にする。


「歩いてくより、走った方が良さそうじゃない? 善は急げって言うし」


 それに、トウキ君は『確かにな』と頷いた。話は決まった。これにより爆速の、人外の脚力が用いられた『馬超えの移動』が開始する。

 

「うし、走ってくか」


「おけ」

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