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蒼ノ旅人 ー蒼風のヘルモーズー  作者:
『ハザマの国』編〈2〉
54/139

第48話 二人で進むは森の中

「妙な風だなァ——ひひひっ」


 ハザマの国某所。その山中の奥深くにて、引き攣った狂笑が空を泳いだ。

 そこにいるようで、いないとも思えてしまう超極小の気配量。

 自然。言うなれば、極々自然。

 目の前にいても見失いそうになる程、男が漂わせているそれは薄く、小さかった。

 して、男は乱暴に破り捨てたような、ボロボロの黒の和服の裾を風で靡かせながら、ぽつんと置かれた孤独岩に腰を落とし、今にも真っ黒になりそうな曇天を仰ぐ。


 黒い、黒い、ドス黒い。周囲に満たされている夜の闇よりも暗い。まるで現存する世の悪意をまとめて煮詰めたような、濁った漆黒色をしている男の瞳孔。

 それに映っているのは、今に厚い雲に覆われてしまった、月光の端くれだった。


 月は世界に手を伸ばそうとしているように、その恩光を発散する。だが、拒絶。

 何人も闇を侵させないように、分厚い暗雲が悉くを遮っている。

 歓迎していた。賛美していた。

 男の悪を。男の形をした『悪』を。この闇は。茫漠たる黒は。 


「…………気色悪いィナァ。ひひ、ひひひっ」

 

 男のことを忌避している。無生物であるはずの風が、すぐに去ねと確かに言っている。

 まるで守るように。さも護るように。

 男の闇が、風たちの『光』を消し去ってしまわぬように。

 風が、男の周りを旋回していた。風が、男の存在を否定していた。

 それに男は凄惨に笑む。

 言われなくても、殺してやるよと。悪意に満ちた笑みを浮かべる——。


「んぅーっ。ぅぅーーー!!」


 男の背後。

 何かを訴えるように、何かを求めるように、誰かの存在を乞うように。頻りに、頻りに大袈裟に揺れているのは、木に吊るされている猿轡を嵌められた子供だった。


「五月蝿えナァ。これだからガキは嫌いなんだァ」


 ひょいと孤独岩の上から飛び降りて、他のとは違って大人しくしていない『攫われた子供』の一人に男は近づいた。そして大粒の涙を浮かべている子供の顔を、吐き気を催す理外の悪意で侵すように髪を鷲掴んで引き寄せ、ドス黒い暗笑を見せつけた。


「オメエらはもう帰れねェよ。ひひひっ、ほうら、もう迎えが来たぜェ? ひひひ」


 下に生えている雑草をかき分けることなく、木々の『上』を飛んで場に現れたのは、黒づくめの集団だった。

 匂いも音も発さないそれらは、一目で『表の人間』でないことを理解させた。


 男ほどではないが、しかし、高い闇の実力を窺わせる。まるで何者か分からない数人に男は気怠げに近づき、吊るされている子供たちを指差した。

 そうすれば、黒づくめの集団はナイフを投擲して縄を切り、手刀で暴れて抵抗する子供たちを気絶させ、何処かへ。

 陽の光が届かない何処かへと、運んで行ってしまった……。


 ぽすんと、男の足元に袋が落ちる。じゃらじゃらという音を鳴らすそれを拾い上げた男は、中身を見ることもなく、もう一度、空を仰いだ。

 そして人外の肌感覚を用いて、風の中心を、大風の『目』を探り出した。


「この風の中心ハァ……南カァ?」


 + + +


 大切な二人の友人と、一人の……一人の…………ん? あれ、あれれ? 二人について行った『ゲントウさん』に関しては、なんて呼称をすればいいんだろうな?

 誰の身内でもないし、誰かの恩人でもなければ、歳の離れた友人というわけでもでもない。とくれば『知り合い』か……? ってか、もうそう言うしかなくないか?

 

 んんー、でも。知り合いとは言ってもなぁ。

 寝食を共にしたわけでもないし、一緒に魔窟を冒険したけど、救出という使命の達成に不可欠な、所謂『不可抗力』的なやつだったし。仲が良かったわけでもない。関係値などゼロに等しいレベルの付き合いだよなぁ、僕達って。

 まあ、よく分からないけど、浅めの知り合い——。

 いや。知り合いではあるけど、そこまで知り合ってない『顔見知り』ということでで通しておくか。うん。そうしよう。その方が合っている気がするし。

 

 ということで、閑話休題。

 

 大切な二人の友人。そして、倍以上の歳を食っている一人の顔見知りと、スミカザリ西の大門の外で別れた僕とトウキ君は、各々の目的を胸に抱きて、ハザマの国の首都『サクラビ』へと揃って足先を向けた。

 それからは、かくかくしかじか。 

 サクラビへ直行する馬車は、離れすぎている距離的に見つかるわけもなく。

 目的地までの中継となる『北の宿場町』へ向かうのなら、スミカザリの北に行け。

 武器防具の調達をし終えた冒険者を狙っての客待ちをしていた数人の御者に「あのぉ」と話しかけた際にはそうとしか言われなかったので。

 今さら町に戻る? と二人で話をした結果。僕とトウキ君は、町へは戻らず、一旦は『徒歩』で、次の地へと進むことになった。

 

 うん、なんで? どうしてそうなった? 馬鹿なの? 馬鹿だね。

 色んな人達にそう言われてしまいそうだけど、もうその場のノリと気分だったとしか……。そんなこんなで、珍道中の始まり始まりー。

 

 ズザザザザザァ————。


「雨がとんでもなくなってきたよ!?」


「雨を凌げ場所を探すぞ! これはやってられねえ! 洞窟だ、洞窟!」


「この辺にあるの!? どこをどう見ても平地の森だよ!?」


「分からん! だが、足を止められねえ今は探すしかねえ!」


「うひゃーーっ。もう滝だよ滝!」


 現在時刻は、悲しいが、明るい先を見据えられる別れがあった同日の、午後三時。ルルド君達と別れたの午前十一時くらいだったことを鑑みて、今はそれから四時間ほどが経過していた。

 今いる場所は、当てになる地図もなく、誰も周辺の地理を把握していないため、正確に教えることはできないものの、だが偏に言えるのは『森の中』ということ。

 もちろん、猪突猛進して、進行方向にあった深い森へと突っ込んだ。というわけではない。


 僕達は人の手が加わっている道通りに進んできている。

 道通りにザッザと、間違いを犯すことなく歩んできている——はず。

 この豪雨に襲われる前とかしょっちゅう、お客や商品を乗せた馬車とすれ違っていたし、今も歩いている道には目新しい轍が残ってる。だから、道を外れていないのは確かなはずである。

 ゲリラ豪雨に襲われてしまったせいで、とんでもなく間違った道に入ってしまっている気さえしてしまうけど……僕だけじゃなくトウキ君もいるし、その辺は大丈夫なはずだ。


 しっかし、もう碌に前が見えないぞ。

 それは、レースのカーテンと呼ぶにはあまりにも荒々しい。

 糸ではなく、自然の涙で編まれた、言うなれば天幕。

 それが突如として、ほんの数分前に一帯に降りてきては、まるで魚を入れる水槽に閉じ込められていると錯覚してしまうくらいに、僕達のことを水責めにしていた。

 流石のトウキ君も、比肩しようもない自然相手には、その強力無比な力も通じず。

 神助たる風の膜をも貫通してくる自然の脅威に、僕と同じように焦った声を上げていた。

 さっきまで晴れてただろ! と。だよねだよね。僕はそう頷く。

 自然の悪戯か。にしては度が過ぎてるぜ、まったくよぉ。


「あそこ! 大木の枝同士が絡み合って、自然の『傘』ができてる!!」


「走るぞ!」


「うん!」


 もはや滝だよ、滝。世界絶景百選に載りそうな大滝に打たれてると言って然るべき、災害的な状況だ。

 なんてハプニングだ。まさにオーマイグッドネスだ。いや、ふざけるな。

 これじゃあ修行僧よろしく瞑想なんて、到底できやしない。全然落ち着けねえよ。

 ここが、吸水してくれる土が無くて水捌けの悪い都心——都心には下水道が通ってるだろうし、浸水被害に遭うのは稀だと思うが——ならば、浸水被害も出ること間違いなし。ハザマの国でよく見る『畳』を敷いていたら最悪だ。泥臭くなるからきっと頭を抱える。僕なら抱える。


 大河を泳いできたんか。海原でマグロと競争しとったんか。

 ここじゃない晴れたどこかにいる誰にそう聞かれてしまうこと想像に難くないくらい、僕達の全身は『超びっしょり』だった。

 おそらく相手が自然だから、まったく機能してくれない風の加護。そのせいで、僕は陸地で必死に走る——いや、泳いでいる、か? だからふざけるなよ馬鹿。

 僕と同じく、何の守護もないトウキ君も、現在進行形で海川に浸かっている風だ。

 紛うことなきそんな豪雨を、かれこれ十数分浴びていた僕とトウキ君は、マジで馬よりも速く走り続け、しかし依然と森の中で、夫婦大樹が作り出している傘的な『避雨地』を発見した。

 が、そこには先客と言うべき複数の影があって……。

 

「鹿も猿も、急に来たこの雨にはびっくりだったろうね」


「だな」

 

 バッサバサ、と。僕達が着ていたコートと羽織、それを雨が避けられる自然の傘の下で何度も振り、多分に吸い込んでいる水気を飛ばす。

 それを興味深そうに見ているのは、同じように豪雨に襲われてしまった、鹿や猿、鳥に蛇などの、見事に種族がバラバラな野生動物たちだった。

 動物達は、人間の僕達を見ても逃げ出そうとせず——というか豪雨的に逃げられる状況ではないのもあってか——非常に落ち着いていた。

 肉食動物がいないのもあり、調和が取れている。

 何となく、別世界のようだ。

 俗世から離れた森の奥。だからなのだろう、この神秘的な空気感は。

 

 遠くは雨暈け。空は灰色。草地は川を作りそうなくらい濡れて。聞こえる息遣いは千差万別。胸を弾ませる雷は鳴ることなく、雨粒が葉々を叩く音がただ騒々しい。 

 ……なんか、変な感じだ。

 野生動物と戯れるのは、ソルフーレンでもよくあったことだ。

 ここにいる動物は向こうにいるのとは別の種類だから、何というか『知らない家の子』みたいな感じで、つい目を奪われる。

 妙な距離感。心地良い程度の。だけど、ちょっとだけむず痒い感じ。言うなれば、肩と肩が触れ合う距離で、真隣で、同じ階段を登っているみたいな。

 一匹一頭一羽一尾。それぞれと親しくなれる時間がないから、惜しいなと思う。

 ——まあ、それもまたいいのかも。僕はそう思って、何が悲しいのか、ずっと大粒の雨を降らせている薄暗い灰の空を見上げた。


「しばらくは止みそうにねえな」


「だねぇ」


 僕達は、これは夜近くになるまで明けないコースだろうなぁ、と。

 ざあざあな空模様を見て悟り、自然に口無し。なら仕方ねえという風に、柔らかい草地にドサッと腰を下ろした。適当な燃料で火を焚いて、沸かしたお湯で一服。

 といきたいところだが。しかし、それは残念。近くに野生動物がいる以上、人の文明で悪戯に脅かすわけにもいかないので、火は厳禁だ。

 故に、僕は水筒の中に入っている冷えた水でゴクゴクと喉を鳴らし、トウキ君は自分の、黒の刀身、黄金色の刃でとてもカッコいい和刀の手入れを始める。


 そうして、近寄ってきた野生動物と戯れながら、なんてことのない時を過ごしていると——。


 バサバサァ——キィキィッ、と。僕の側で腹を見せ、足を折り、毛繕いをして、各々のやり方で寛いでいた野生動物達が悲鳴を上げて、まだ止んでも、弱くもなっていない豪雨の中へ逃げるように走っていってしまった。


「……魔族。この感じ……獣型かな」


「ああ、音的に四足。雨宿りでここに団子になってたから、匂いで寄ってきたな」


 野生動物達が『ザッザッ』とこちらに近づいてきている魔族に、正確に言えば『魔獣』の気配に気が付く前に、その存在をしっかり知覚していた、野生顔負けの僕とトウキ君は、一目散に逃げていってしまった動物たちとは違って至極冷静に、敵性存在の『動き』を探った。


 数は一匹。だが、その存在感は大きい。流石に『女王蜘蛛』ほどではないが、その子分——中型程度の力量をひしひしと感じさせる。

 冒険者数人で討伐可能な個体。紛うことなき強敵だ。だが、特に動じない。別に吃驚しない。なぜかって? そんなの、魔窟掃討作戦で吐きそうになるくらい蜘蛛退治をしたからさ。あはははははははははははははははははははは——……。


 と、壊れた人形的感情は置いといて。 


 しっかし、どうするかな。

 魔蜘蛛換算で中型程度の力なら、僕一人でもどうにかなる。速さというアドバンテージを生かした立ち回りをすれば容易に討伐可能だ。実際、そうしていたし。

 だが、ここを無闇矢鱈に荒らしたくはない。

 天然の傘。夫婦大樹による慈しみ。それを壊すのは絶対に嫌である。

 動物たちも次に豪雨に襲われたら、変わらずここを憩いの場にするはず。 ならば、やるべきは一つだけ。会敵瞬殺に他ない。そして、それができるのは——。


『ガゥッ、ガィァ——…………』


 サンッ、と。鯉口が切られた音は無く、鞘に収まる音もなく、空も斬られたことすら気づき得ず。

 ただ、一撃が。究極の鋭さを有した『斬撃』が成された音だけが響いた。


 絹豆腐を切ったように滑らかに骨断ち肉離れ、濁った黒血は雨水に溶けて消える。

 まさに絶剣。空前絶後と思わせる、必殺。しかし意図した人外神技。

 かくして異生殺は成された。

 気を抜けば放心しそうになる神技、それを振り払って僕は視線を落とす。


 首を斬断されて、信じられないくらい太い椎骨の断面を晒しているのは、巨大な熊型魔族だ。

 斬られたコイツはのそのそと、まるで自分が『狩られる側』だとは露にも思っていないようなマイペースさで僕達の方に接近し、静かに居合の構えを見せていたトウキ君の存在を認めた。

 そして、彼が装備している超一等級の和刀の間合いを正確に見定めて、一分ほど膠着。

 空腹だったのだろう大きく腹を鳴らし、痺れを切らしたコイツは馬鹿正直に突進——するわけもなく。

 大きく立ち回って、戦闘の用意をしていない、隙だらけの僕へと突貫してきた。

 だが、それでも絶対強者たるトウキ君の一撃から逃れるには至らず。

 こうして物言わぬ死骸となったのであった。


 バサバサ——キィキィ、と。外敵の気配が消え去って、豪雨の中で散り散りになっていた動物たちが傘の下に戻ってきた。

 一部は僕達がいるからか逃げ出さず、先の光景を見ていたが、さすが野生を生きるものたちで、まったく動じることなく。

 ただ雨模様を何を思っているのか分からない目で見通していた。

 まるで、何事もなかったような、今。

 ちょっと血生臭くなったが、雨のおかげで鼻が曲がらずに済んでいる。

 だがしかし、どうするか。

 体長二メートルほどの肉食魔族。

 このくっさい死骸の処理は、一体どうすればいいのだろう?

 燃やすことはできないし、埋めるくらいしか手は無さそうだが、この夫婦大樹の近くに『生ゴミ』を埋めるのは気が引ける。

 放っておけば蛆が湧いて勝手に処理してくれるだろうけども。


「どうする? これ」


「ほっといていいだろう。この血の匂いに誘われた狼が、適当に喰って処理してくれる」


「ええー。魔獣の肉とか、お腹壊すんじゃない?」


「まあ大丈夫だろ。俺んとこ、狩った魔獣の肉を犬の餌にしてたぜ?」


「へえー、そうなんだ」


 ソルフーレンの魔獣生息数は他国と比較して超少ないと聞く。だから、狩猟した魔獣を犬の餌にするというのは、ちょっと驚きだった。

 原生の鹿や猪ならまだしも、枠外の魔族をか、という感じで。

 まあそれも、魔族の個体数が多い国の文化的なものなのだろう。

 そういえば、村でよく相手していたメアニーは、生の肉は好まなかったな。

 しっかり中まで火を通したのだけ好んで食べていたっけ。

 そう思うと贅沢だなぁ、アイツ。なんだか懐かしい。


 ザアザアと、降り頻る雨を見て、うつつ。

 横に倒れている雌鹿の頭を撫でると、毛のせいで意外と硬くて、対して猿はふかふかだった。

 僕の頭で好き勝手に毛繕いをしている猿に苦笑しつつ、動けぬままな時を潰していく。

 熊型魔獣の死骸は雨を浴びながら少し位置をずらし、目に障らないようにした。

 そうして、雲で見えぬ太陽が果てに向き、その顔を半分にした頃、ようやく雨が上がった。

 やぶけた雲の間から、茜の光が差し掛かり、緑の山を染む。

 自然の絵。高名な画家ですら描く手を止める、絶景。万人の目を引き、じっと見惚れさせるそれを見留めながら、僕は地べたから尻を離した。


「うし、んじゃ出発するか」


「ってか今更だけど、夜の森って危なくない?」


「問題ねえさ。俺とソラなら」


「そっか。まあ、そうかもね。トウキ君がいるし」


「ハッ。そんじゃあ行くか、北へ」


「うん、行こう」


 こわーいこわい、夜が顔を覗かせる。

 だけど、僕達の歩みを邪魔する気配はなかった。

 微塵も怖気ていない両者の足取りを見て、もはや脅かす気すらなくなったように。

 行く。進む。向かう。歩む。北へ。先へ。サクラビヘ。二人の目的地へ。


 + + +


 一二三。四五六。大きく飛ばして十九。そこから増えて二十一。三十三。四十八。

 どんどん増える。どんどん溢れる。水の通り道であるはずのパイプに詰まった汚泥の如く、根城にしていた大地の裏から。

 それは悪夢の再来だ。

 吐き気を催す最悪の具現だ。

 つい舌打ちしそうになるクソッタレだ。


 ザワザワザワザワザワザワザワ。


 図鑑に載ってる愛玩鼠、モルモット。

 それと同程度の大きさをした、しかしそれと違って何の可愛げもない『糞臭い鼠』の群れが、僕がシャベルでこじ開けた穴から無尽蔵に溢れ出す。

 カカさんやサチおばさんが見たら、ブクブクと泡を噴くことが想像に難くはない、その集合的恐怖な光景に対して、相手が魔族ではないから普通に後れている僕の背後で待ち構えていた、鍬や鋤などの農具を装備している『農村の害獣駆除部隊(即席)』が鬨の声を上げて迎え撃った。


「殺せェエエエエエエエエエエエエエエイ!」


「死なあ!!」


「なにがなんでも駆逐スルダァア!!」


 ことの発端は、僕達がとある商人の馬車に『タダ』で乗ったことに起因する。

 僕達は『首都のサクラビ』を目指す道の途中で、金銭に余裕がないという商人と出会した。

 どこもかしこも継ぎ接ぎだらけで、もはやどういう柄なのかも分からない、非常にぼろい着物を着ていたその商人は、徒歩でまあまあ平坦な道を移動していた僕達へと、こう声を掛けた。


『君達、もしかして山向こうにある宿場町を目指しているのかい? いやはや、えらい長丁場だろうに凄いな。若さが活きてる証拠なのかな。うーん、馬車を使わず道を進んでいるのを見たところ、私と同じであまり懐に余裕がないんだろう? しかし『歩いて行ける実力』はあると。それなら、タダで向こうの宿場町まで乗せて行く代わりに、私と馬を近くの農村まで盗賊や魔族から護ってくれないか。見ての通りカツカツでね、冒険者の一人も雇えていないんだ』


 そうして、突発的な依頼の内容と報酬を提示された僕達は、現状で稼ぎがない故に、というか財布の中身が一万ルーレンを切っていて危ない僕の事情で、急がば回れだとそれを承諾する。

 かくして移動開始。魔族とも盗賊ともエンカウントしないまま移動終了。

 農村に到着した僕とトウキ君は、ほとんどが米俵であった荷下ろしを手伝った後に、茶でも飲んでってくださいと言われ、言われるがまま一服する。

 

『え? 売り物にしている農作物が害獣に荒らされてる?』


『鼠っつうと、ああ、歩兵鼠か。アレの駆除は大変だぞ。アイツら大所帯だからな』

 

 歩兵鼠。これは当生物の『生態』からきた俗称であり、真名は『キブタネズミ』という。

 キブタ。木蓋。

 言葉の通り、このネズミは自慢の前歯でガリガリと削り作ったボウル状の木の帽子をさも『兜』のように頭に被って、自分のツルピカな頭部を堅堅しく保護している。

 ハザマの国と鬼国・鬼ヶ島に生息している齧歯目の、害獣だ。

 主に食べるのは、ドングリや栗などの木の実、毒のないキノコ、あとは柿やアケビ等の果実。

 故に『取り合い合戦』が発生してしまう『ライバル(人)』がいない山の奥地で、よくその姿が見られる。と生物図鑑には書いてあった。のだが。

 地表が白雪に埋もれてしまう冬の季節になると、越冬のために食料を備蓄している人里に現れて、食料を囲っているバリケードなどを悉くを食い破り、数多い蓄えを掻っ攫っていく。

 

 まさに火事場。いや、冬場泥棒なのだ。

 

 たかが一匹や二匹の強盗なら、犬に庫を守らせておけば済むし、ちょっとくらいなら見逃せてしまえる。

 しかし、そう上手くいかない理由は、コイツらが有している生態のせいであった。

 歩兵。つまり、コイツらは鼠のようにコソコソしないのだ。

 数百という『軍隊』で人里に押し寄せては、それはもう集合的地獄絵図を作り、応戦する犬だの人だのの足を勇敢に噛みつきながら、所謂『強盗』を行う。

 害獣とは言ったが、そんな生態を鑑みるに、もはや『侵略的悪獣』と言っていい。


 蛇蝎の如く嫌われているそんな鼠の被害に遭っていると、茶菓子どころか漬物も出してやれねえと嘆いていたお爺さんお婆さんの話を聞いていた僕達は、つまり駆除の手伝いをしてほしいということか、と。

 村には腰が辛そうな高齢者ばかりだし、手伝いますよと頷くのであった。 

 そうして。

 害獣駆除ならび駆除対象の巣の探索を始め、巣穴を発見後『逆侵攻』を断行して、今に至る。


「こりゃあ、俺達が出る幕はねえな。一揆だ一揆。相当根に持ってたな」


「みたいだねぇ」


 鼠の活動が落ち着いた夜間のうちに、巣穴の周辺を柵で囲んだ甲斐があった。

 完全に退路を塞がれてしまっている木蓋鼠たちが、どうにか生き延びようと僕達の足元を駆け回っている。

 しかし体力の利があるのはまさかの高齢者集団で、それも焼け石に水だった。

 百姓一揆。とは違うが、さっきまで曲がった腰で杖をついていたお爺さんたちは、その積年の恨みを晴らさんとし、まさに鬼の形相で農具を振るい、体力が尽きて動けない一匹一匹を鏖殺していく。

 ちょっと惨殺されていく木蓋鼠のことが可哀想に思えたが、しかしこれは生存戦争。


 被害に遭っていたのは、物理的に腰が重い高齢者達の村である故、時間が経つことに外来的問題の対処は難しくなる。だから早期解決が望ましく、それが今なのだ。

 もしこの鼠たちを放置して、冬を迎えてしまえば、最悪の場合は餓死者が出かねない。可哀想に思えているのは本当。だが致し方ないのは事実。

 僕は首と胴が泣き別れしている鼠たちの死骸を一箇所に集め、ことが終わったら埋葬しようと思った。

 頭に血が昇っている村の人達も、冷静になれば少なからず何かを思うだろうから。

 コロコロと、足元に転がってきた、鼠が被った木の帽子。

 それを拾い上げながら、僕とトウキ君はこの戦争の終わりを見届けるのだった。


 して、変遷。


 パチパチと、乾いた音が耳を打つ。

 被るものがいなくなった木の帽子が、焚き火の中で燃えている。

 棒に刺している紫芋が一番近くで火に当たり、薄皮に焦げ目をつけていた。

 去年の蓄えである紫芋のほとんどは木蓋鼠に食い尽くされているものの、今は祝賀だからと、なけなしのそれを調理している。

 僕はその芋を半分に割って、よぼよぼの老犬に食べさせた。

 

「いんやぁ、ありがとうな、若いお二人さん。あんたらがいて働いてくれなきゃ、鼠たちを一網打尽にはできなかったよ。本当にありがとう。これでもう、今年は飢えなくてすまぁ」


「いえいえ。僕達は参戦はしてないですし」


「オウ。それにしても爺さんは大丈夫か? あんだけ暴れたら腰にキタろ」


「ほはは。向こうの家のスケさんはぐったりだが、オラは大丈夫だあ。まだ七十と四だしな」


「七十も八十も、ジジイなのは変わらねえだろ」


「ほはは! だなだな、違いねえ」


 御年七十四だという、僕の爺ちゃんと歳が近い高齢な村長さんは、言葉を包まないトウキ君のことを、まるで孫を見るような目で見ては、彼が言うツッコミに晴々とした笑みを浮かべた。

 数多い木蓋鼠の埋葬を、最後の一仕事だと自分に鞭を打つ村の人達と共に終え、非常に甘い紫芋を、僕の膝の上で寝転んでいる老犬——脚にいくつもの傷があるし、今日駆除した木蓋鼠にやられたのだろう。まともに走れる感じでもないし、もしかしなくとも、村一番の長齢はこの犬だな——と共に味わっていた僕は、その甘さにウッとしつつ、一気に温かい緑茶を飲んだ。


「ああ、君達! 申し訳ない、本当にこの村には金がなくてね、一軒一軒と集めても端金にしかならず、それを渡すのも恥だと思ったもので『これ』を、支払えない金銭の代わりに」


「これは……?」


「なんだこれ?」


 僕達をここまで乗せてきてくれた、そしてこれから宿場町へ送ってくれる商人のおじさんが、別に求めていないのに、達成したと言えばしたけど、だが直接的な駆除は行なっていない僕達に『依頼の達成報酬』というのを渡してきた。

 売り物にしている農作物が長い間、木蓋鼠たちに荒らされていた故、お金の方はまったく集まらずに渡せなかったと付け足されたそれを受け取った僕達は、なにこれ? という顔をする。


「翡翠……じゃない。中にキラキラしたのが入ってる。あの、これはなんですか?」

 

 渡されたそれとは、薄緑色の宝石? が付いている『ストラップ』であった。

 これはもしや『パワーストーン』などと呼ばれるものだろうか。

 とても綺麗で、とても神秘的。

 明らかに『普通の石』ではないように思えてしまう。

 蒼を背景にした日の光を吸収して、美しく輝いているその宝石の中には、まるで夜空に散りばめられている星のような『薄光』が浮かんでいる。 

 総じて、正体不明。人工物ではなさそうだし、そういう種類の宝石なのだろうか?


「これは、天緑石って言うんだ。大昔——というほど昔ではない、だいたい五十年くらい前なんだけど、あそこの山に『緑の星』が降ってきたそうで、私の祖父やらが何事だと爆心地を見に行ったそうなんだ。すると、大きな大きな大地の窪みに、それの『原石』があったらしい」


 昔々。いうほど昔ではない昔。ハザマの国のこの地にて、宙から緑の星が降ってきた。

 大地と接吻を交わしたそれは纏っていた熱を治め、美しい宝緑の素肌を人々の目に晒した。

 おお、これは天の恵みだ。おお、これは宇宙からの施しだ。万歳。万歳。万々歳。

 しかし、どうするか。こんな僻地には誰も来ぬ。こんな場所には人は来ぬ。

 置くのは駄目で、放置も駄目で。稼ぎの乏しい村は悩みに悩み、砕いて売ろうと考えた。


 どうしてそう考えた? 僕はそう思いつつ、話に耳を傾ける。


 砕いて砕いて『内』を見る。石の中には星々が浮かんでいた。これは宝石だ。これは星石だ。

 高値で売れる。高値で売れる。

 商人は未知の宝石を売らんとし、どんどんどんどんやってくる。

 どんどんどんどんどんどんどんどん売ってけば、あっという間に無くなった。

 これはいかん。一時の富だった。泡沫の夢だった。

 あら不思議。石が無くなりゃ人が来ぬ。石が無くなりゃ稼ぎ無し。あっという間に元通り。

 今に渡したその石は、ただの気まぐれ残り物。何に使うか好きになさい。

 飾るも売るも、持つも捨てるも貴方の好きにしてしまいなさい。

 

 + + +


 ガタガタという揺れを感じながら、静かに瞼を開ける。

 夏を前にした六月。その日差しが瞼の裏を焼いてしまわないように被っていた重めのコート。それを退かして、僕は起き上がった。

  

「〜〜〜っぁ。もうそろそろじゃない?」


「オウ。あと二、三十分で着くってよ」

 

 人間と害獣による熾烈な戦争を見届けた翌日の、昼。僕は昨日から馬車を運転してくれている商人のユクキチさんに一瞥を送りながら、荷台の縁に背を預け、僕とは違った格好で落ち着いていたトウキ君に、到着が近いのではと問いかける。

 すれば目的地の宿場町まで、残り数十分だと彼は告げた。

 僕はそれに頷き、再び伸びをする。 

 グググ、っと絶え間ない振動で凝っていた背中がほぐれた感触に、息を吐く。そうして、自分のリュックに付けている、宝物のロケットと天緑石のストラップを見た。

 

 旅立ちの時は飾り気など何もなかったというのに。

 この数日でオリジナリティが出てきたな。

 これからもっと増えてるするのかな。

 何は鎖帷子みたいにジャラジャラ言わせるのかな。

 そんな疑問を胸に抱き、笑みを含めた欠伸を掻いた。 

  

「今向かってる宿場町を越えた先には、たしか大きな町があるんだったよね?」


「ああ。花の名が付けられた町だから、だいぶ都会だな」


「フジノミハト、だっけ?」


「オウ、そのフジなんとかだ」

 

 僕達が今向かっている宿場町(名称不明)を越えた先には、最終目的地である首都『サクラビ』とまではいかないものの、しかし『都会』と呼べる規模の、非常に大きな町があるそうだ。

 一旦はそこを活動の拠点にして、各々の情報収集を進める手筈となっている。

 僕は母さんの足取りを追って。

 トウキ君は未だに包み隠している『何らか』の情報を求めて、動く。

 おそらく求めている情報の種類が違うから、フジノミハトで彼と行動を共にできるかは不明瞭。できれば一緒に動きたいが、効率的な時間消費を行うとなれば、分かれるのも致し方なく。

 故に、二人で落ち合う場所を事前に決めておかなくてはいけなそうだ。

 ま、借りた宿がその場所になるのだろうが。

 

「っと。どうもありがとうございました、ユクキチさん!」


「あんがとよ」


「お礼を言うのはこっちだよ。私達の村を救ってくれて本当にありがとう、ソラ君、トウキ君。またいつか、縁があれば。今度はたんとご馳走を振る舞わせてほしい」


 大門を潜った門前広場。

 そこで荷台を降り、御者台で座っているユクキチさんに礼を告げる。

 すれば、彼は礼を言うのはこっちの方だと、改めて僕達へ感謝を口にした。

 僕はそれに笑みを返し、トウキ君はさっぱりとした微笑を浮かべ、ただ肩を竦めた。

 ユクキチさんはこれから、ギルドに依頼して冒険者の護衛を雇い、農村に戻るらしい。


 大体の村や町。つまり集落には——自警団、国やギルドが関与していない、町村独自の防衛団体が存在している。

 村の若者だったり。

 拠出金で雇われた傭兵だったり。

 引退して帰郷した冒険者云々だったり。

 そんな『戦う能力』がある彼等彼女等が、村の防衛を担ったり、町村間の移動の護衛だったりを務めるのが、この国では普通なのだが。

 しかしあの農村は『若者とは?』という高齢者村。とっくの昔に自警団は老齢で自然消滅し、若者は村を出て戻らず、傭兵など雇う金もなく。

 本当に吹けば消えてしまうくらいに、とても脆い状態なのだ。


 だから、ギルドの力を借りる他にない。

 もちろん、それには『依頼料』が発生する。売り物はほとんど鼠に荒らされ、働ける人員も指の数ほど。そんな今に、金銭などあるのだろうか?

 彼は、僕達に渡せなかった村の端金があると言っているけれど。

 僕はそう思って、問いかけた。本当に冒険者が雇えるのかどうか。

 

「大丈夫。こういう時のためのギルド積立金があるからさ。今はそれでどうとでもなるよ。だから安心して。ソラ君はソラ君の進むべき道を、真っ直ぐに見ていてほしい」

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