第115話 デート……?
まず初めにやること。
それは、教会が不当に背負わされてしまった『借金』の返済である。
どれくらいの額が未だに返済待ちなのかは分からないものの、二〜三〇万ルーレン程度ならば返せる当てが僕にはあった。
バーベリー商会。大きな金貸し商は支店をアインアインに構えているらしい。
故に、まずはそこへ行かなくてはならない。
賄賂に買収で無法そのものだが、法外な賠償は命じられていないはずだ。
その辺は『前例』に沿っているだろうからな、
百〜数千万の線はまずない。数十から〜百程度とか停止、それが今まで地道に返済されているのであれば、僕のみで返すことは可能なはず。
僕は件の金貸し商の所在地を把握するために、早足で市中へと向かった。
「すみません、ちょっといいですか?」
教会からかなり離れている町の一角。関係者に僕がしようとしていることがバレたくない故の遠所である。僕は歩行者の中からこの辺りの地理に詳しそうな人を見繕い、そう声を掛けた。
「はい? なんでしょう?」
注文を受けて運んでいるのだろう、幾つもの生花をバケツに入れて運んでいる妙齢の女性。
水の入った大きなバケツを運んでいる最中だから、早急に話を済ませなくてはなと思いつつ、僕は今に探し求めている『バーベリー商会』がどこにあるかを問いかけた。
すると彼女は、件の商会は町の西端に軒を構えていると言った。僕はそれに顔を明るくする。
「どうもありがとうございます!」
忙しいだろうに快く話を聞いてくれて、そして情報をくれた女性に、僕は深く腰を折った。
彼女は『全然いいですよ!』と笑いながら、自分の仕事へと戻っていった。
彼女の背中が遠くなるのを黙って見届けた僕は西方を向き、駆け出した。
して、しばらくの時間が経ち、僕はバーベリー商会の建物の前に立った。
煉瓦造りのそれはいかにも堅牢。威圧感はなく、誰にでもオープンという雰囲気があった。
僕は数人の債務者が入っていくその建物をひとしきり見つめた後、よしと己も足先を向けた。
「こんにちは。ご融資でございますか?」
入場早々、空いていた一つの窓口越しに、僕へそう声を掛けてきたのは、職員の女性だった。
僕は融資は不必要だと首を横に振る。そして自分の目的を彼女へと語った。
「債務の返済についてなんですけど」
債務の返済。こんな少年にお金を貸したか? いや、貸してないだろ。そんなふうに首を傾げている職員の女性は、しかしさすがの切り替え力を発揮し、マニュアル通りの対応を見せた。
「かしこまりました。お名前の方をお伺いしてもよろしいでしょうか?」
名前の方を問われても、僕は借金をしていないからなぁ。そう思いながら、僕は口を開く。
「僕じゃなくて、ユウデル神父のなんです」
ユウデル神父もとい、教会の借金。そう伝えると、彼女は合点がいったという顔をする。
「ああ! かしこまりました。お話と言いますと、代理返済でございましょうか?」
そうだ。その通りだ。僕はあの人たちの代わりに莫大な借金を完済する。
他人の借金を肩代わりするなんて、酔狂を通りすぎて、もはや意味不明だ。
あの人たちは僕のこの行動を否定するだろうが、もう誰も僕を止められない。
まさに独走状態だ。独り善がりな善意の押し付けだ。奇想天外の馬鹿間抜けだ。
しかし、それもいい。否、それでいい。
あの話を聞いてしまった以上、僕も当事者だ。それなら首を突っ込んでもいいだろうよ。
「はい。代わりに借金を返済をしたく思った次第です」
迫真。確固たる意志を持って、借の返済に動こうという気概。それを真正面から認めた女性職員は、分かったように頷いた。
僕は彼女の頷きを見て、もう後戻りはできないぞと唾を飲む。
「分かりました。では、少々お掛けになったお待ちください、担当の者を呼び出しますので」
「了解です」
僕が窓口の女性職員に指された椅子に腰掛ける。そして対応してくれる職員が来るのを待った。数分後。カツカツと上等な革靴の足音が近づいてくる。ふと顔をその方へ向ければ、職員の男性は僕に一礼した。彼の動きに倣い、立ち上がった僕も一礼する。二人は顔を見合わせた。
「ユウデル様が保有している債務に関するお話があるとのことですので、どうぞこちらへ」
「はい」
僕は男性職員に誘われて、個室へと移動した。そこにある長机を挟んで、お互いは対面する。
「えー……債務返済に関することですので、こちら、現債務額となっております。ご確認を」
見せられたのは一枚の紙だった。目がチカチカするくらいにはびっしりと文字か書かれているそれの、債務額というのを指差している彼に導かれて、僕はユウデル神父が保有している借金の額を確認した。現債務額はなんと『二八万ルーレン』だった。コツコツと地道に返済しているにも関わらず、まだこの額なのかと僕は思った。全額はいくらだったんだとの考えも抱く。
「ご質問のほう失礼します。貴方様のご職業はなんでしょうか?」
「あ、僕は浮浪者なので、特に職業というのはないです。たまに魔獣狩りをしたりはします」
「なるほど、では冒険者ということで」
「そうですね。多分それでいいです」
本当にそれでいいのか? 別にいいだろ。冒険者も浮浪者も変わらねえよ、んダラァ。
と、そんな刺されかねない冗談はさておき。僕は建設的な話を、不慣れながら進めていく。
それもこれも、次世代の『村長』として商談やらを教えてくれた爺ちゃんのおかげだ。
僕は男性職員とツラツラ話しながら、故郷にいるだろうバレる爺ちゃんに感謝の念を送る。
して、話は移ろい、返済可能かどうかの話になった。
「返済は可能だと思います。コートを質に出すので」
コートを質に出し、金銭に変える。ちょっと前の僕なら考えもしなかっただろう現行動予定。
爺ちゃんからもらったこの宝物のコートは、ブリンゲッツという巨匠によって作製されているらしい。その価値はなんと二〜三〇万ルーレン。理想値にはなるが、二八万に届き得る額だ。
「そちら、御拝見させていただいてもよろしいですか?」
「いいですよ」
僕は男性職員に売ろうとしているコートを確かめさせてほしいと言われ、快く脱いで渡した。
やはり、こういう職業に就いてる故、金目の物には詳しいのだろうか。
そう思いながら、なるほどなるほどとコートを鑑定していく男性職員を見守る。
「こちら、お返しいたします。確かにブリンゲッツ氏の作品でした。鑑定士を通せば、おそらくは三〇万ルーレンほどになると思われます。それでなんですが」
発言の最後に、何かしらを匂わせる。僕はそれに首を傾げ、なんですか、と問いかけた。
「こちら、バーベリー商会で買い取らせていただけないでしょうか?」
男性職員に言われたのは、まさかもまさかのことだった。
「え? バーベリー商会に、ですか?」
僕の呆気に取られたようなそれに、男性職員はコクリと頷く。
「はい。バーベリー商会の会長である『バーベル・バーベリー氏』は熱心な『ブリンゲッツコレクター』でありまして、おそらくはこの物品の存在を知れば、借金と同額以上で買い取らせてほしいと言われると思われます。こちらで確認と鑑定を進めますので、いかがでしょう?」
願ってもない。僕は躊躇うことなく頷き、己のコートを売却した。
借金の代わりに手元から去ってしまった僕の宝物。
しかし未練はなかった。
人を救えるなら。
少しでもあの子たちのためになるのなら。
あの子たちの幸せが、これで保たれるのなら。僕は——いくらでも己の身を切ろう。
+ + +
夕方。二八万という莫大な借金の返済は完了した。
愛用のコートを失って、白のワイシャツのみを着ている、いつもより薄着になっている僕は、バーベリー商会の支店の社屋を後にする。
あの後、商会専属の鑑定士が個室へと来て、僕のコートの査定をしてもらった。査定額はかなり甘く見積もってもらって三〇万ルーレンになった。
二万ルーレンのお釣りができたわけだ。
三十万ルーレン相当の物と引き換えに、教会が負っていた借金は完済。
晴れて、教会を苦境に立たせていた原因は断たれた。僕は清々しい思いを抱く。
少しだけ肌寒くなってしまったが。
コートを失った。別にそれはいい。爺ちゃんも、僕の行動を笑って許してくれるだろうから。
今は次の問題に直視、それに意識を移さねばならない。
故に僕は己の両頬をパンッと叩いた。
ジンジンしている頬から意識をそらす。次の問題。
それは仲直りだ。これが最も困難なのだ。
ルメルたちとの初対面は最悪の一言だ。盗む側、盗まれた側。マジの一触即発。
ルメルに至っては僕に本気で斬りかかってきたからな。
この出会いが最悪じゃなければなんだというのか。
借金を返済したのはまだ黙っておく。サプライズのつもりはない。
下手な負い目を感じさせたくないだけ。
バレるのは時間の問題だが、多分僕が滞在している間に気づかれることはない。
「仲直り……か」
一体、どうやるんだろうな。同年代の子との、異性との仲直りって。
故郷にはまったくと言っていいほど子供はいなかったし、しかも僕は喧嘩をするってキャラじゃなかったから、そういうの、何一つ分からないんだよな。
仮に喧嘩をしても、すぐに謝ることが僕にはできる。
けど、素直にごめんなさいをして、ルメルが態度を改めてくれる気はしない。
は? あっちに行けよゴミクソ。って返ってくるのが目に見えてる。
ルメルは僕に対して超冷たいし、僕も、ルメルに対してはドライな反応を示してしまっていた。本気で斬りかかってきた相手だし、僕の反応は妥当。普通に接する方がおかしいくらいだ。
しかし、それが辛いな。それぞれの理由があった故の現在なわけだし。
さて、どうするかな。相手がラーラみたいなさっぱり系ならよかったんだけど、ルメルはどちらかと言えば陰湿——っと普通に悪口だな。いけねいけね。それは抑えなきゃダメだろって。
「んー……プレゼントか?」
現金な相手ならプレゼントを渡せば機嫌を良くしてくれそうだ。ルメルは女性だし、化粧品とかを渡せば喜んでくれるかもしれない。カカさんなら絶対に『ウキウキ』してくれるだろう。
よし、採用。僕はプレゼントを用意することを心に決めた。しかし、更なる問題が僕を襲う。
「プレゼントって……何にすればいいんだ……?」
女性へのプレゼントなんて、一年以上前に送ったのが最後だ。
しかも、最後はカカさんだし。
何も分からん。何を送ればいいのか皆目見当付かない。
これは誰かに相談するべきなのか?
しかも、ルメル一人だけは危うい気がする。
不公平だし、変な勘ぐりをされる可能性が高い。
教会にいる全員にプレゼントか……二万ルーレンのお釣りがあるし、予算はあるんだよなぁ。
またクッキーとかかな。いや、ルメルの奴、僕が買ったそれに手をつけてなかったんだよな。
プライド。お前からの施しは絶対に受けないって感じだ。
実にめんどくさい。もとい厄介だ。
子供たちにはお菓子を贈って、シスターや神父、年長組には他のものを贈る。って感じかな。
子供たちにはクッキー……いや、ケーキを贈ろう。
シスターには香水か乳液、神父にはお茶とかかな。
年長組にはボールとか遊べるものを。後はルメルだけ。うーん、まったく浮かばん。
もう夕方だし、今日は考えるだけで終わりかな。そろそろ帰らないと心配させてしまうかも。
「明日、また考えるか……」
僕は茜色の空にそんな独り言をこぼして、車道の真ん中立つ。そして全力で駆け出した。
道中、偶然見つけたスイーツ店で大きなホールケーキを注文。作ってもらった。
三つで一五〇〇ルーレン。かなりの買い物だが、まあいいかと僕は財布の紐を緩めた。
帰り道、ケーキが崩れないように慎重になりながら道程を遡っていく。
教会に帰り着いたのは、十八時を回ったころだった。
「うま〜!」
「初めて食べた! ケーキ!」
「ありがとう、ソラお兄ちゃん!」
ケーキを食後にて食べる。子供たちは初めて食べるケーキにそれはもう大喜びしていた。
シスターに至っては『こんな高価なものを食べさせていただけるなんて。本当にありがとうございます……!』と目を潤ませていた。
女性だから、こういう甘いものは大好物だったのだろう。
ルメルはここにはいない。やはり施しは受けないという思いらしい。
でも隠れたところで食べるはずと、彼女の分は用意してある。
僕が目を離した隙に食べてくれるかなと、僕は思った。
して、全員がケーキを食べ終える。
身体を洗い、歯を磨いて就寝準備は万端。僕はコートを羽織っていないことを怪訝にしていた神父に『大丈夫です』とだけ言って、己の部屋に戻った。
皆が寝静まった頃。僕はひっそりと部屋を抜け、シスターがいるだろう三階の私室へ赴いた。
コンコンと子供たちを起こさぬよう静かにノックする。
すれば「はい」という返事が聞こえた。
僕はゆっくりと扉を開け、不思議そうに首を傾げている、寝巻き姿のシスターと対面する。
「どうされました? ソラさん」
「あの、実はちょっと、相談に乗ってほしくて」
「相談ですか? いいですよ、私でよければいくらでも」
僕はこんな夜更けに来て申し訳ないと言いながら、彼女が用意してくれた椅子に腰掛ける。
そして相談したいことを、まるで懺悔するように目を伏せながら語り出した。
実はルメルとの出会いは喧嘩のようで、決して『いい』と言えるものじゃなかったこと。
そして、僕のことを避けている彼女と仲直りしたいこと。
仲直りするためにプレゼントを贈ろうか悩んでいることを伝えた。
「なるほど……ルメルは他人に対して平等に冷たく、荒いですし、そこまで気にしなくていいとは思いますが、でもそれをどうにかしたいんですものね」
「はい……どうにか仲直りしたいんです」
「んんー……」
同性の彼女からしても、やはり難しいのか。
ルメルを攻略することは。僕は非常に悩んでいるシスターに若干の絶望を覚えた。
「あの」
うんうんと悩み出してしまったシスターを見て、僕はふと気になったことを問いかける。
「? どうしました?」
「ルメルって、昔から他人に対して冷たかったんですか?」
僕のその質問に、シスターはふるふると首を横に振った。
「いいえ。彼女の兄が居たころは、花を愛でるのが好きな普通の女の子でした」
ウリュウがいたころは丸かったんだな。やはり、あそこまで荒れてしまったのは、暴力を振るうことに躊躇がなくなってしまったのは、例の『傷害事件』が起きてからなのか。
「やっぱり……ウリュウが居なくなってからああなってしまったんですね」
「ウリュウ君のことを知っておられたのですね。神父様が話したのですか?」
「はい。借金のこととか。バンバラ商会のこととか、全部聞きました」
言っちゃ不味かったか。しくじったか。そう思ったものの、シスターは僕が内情に詳しくなっていることに違和感を持っていないようだった。それなら気兼ねなく話せるなと僕は思う。
「そうでしたか……ウリュウ君は傷害事件を起こしてから行方不明なんです。あの時の諸々を全部『自分のせい』にしているんです、ルメルは。絶対にあの子のせいじゃないのに」
シスターも、神父も。あまつさえ実の妹であるルメルでさえも、彼の居場所を知らないのか。
鳥獣人だったら、目撃証言くらいあってもおかしくないだろうに。
探しただろう。必死になって。ウリュウの背中を。でも今はこうなっている。
おそらくは九国大陸の外にいるんだろう。彼は。僕は妙な確信を胸に抱きながら、俯いた。
「ソラさん、どうか嫌わないであげてください、あの子を」
「……嫌いにはなれませんよ」
「……ありがとう」
傷害事件を実の兄が起こしてしまった。自分が悪党に斬られたことに起因して。
その事実を知れば、知ってしまった今は、彼女が荒れることに、大いに納得できている。
僕だって、親しい人や家族に危害が加われば、できうる限りの『復讐』を考えるだろう。
実際、僕は魔族相手に殺戮の限りを尽くす。
それが人間に向いているだけなんだ、ルメルは。
どうして非難できようか。どうして否定できようか。どうして拒絶できようか。
僕達はまさに光と影。右と左。言わば『表裏』だというのに。
「嫌いになれないから、こうして悩んでるんです。どうやって仲良くなろうかって」
両肘を膝に置きながら、前のめりになって今の思いを口にする。僕はシスターに『答え』を求めていた。何をどうすれば、今の状況から好転するのか。その答えを切に欲していた。
「そうですね…………あ、そうだ」
顎に手を添えて考えていたシスターが、突然『妙案』を思いついたように顔を上げる。
「? 何か浮かびましたか?」
「はい。それはもう妙案が」
何かしらの考えに行き着いたシスターの声に、僕は表情を明るくする。謎にニマニマしている彼女を見て、僕は『なんだ?』と眉尻を上げた。
そして、彼女はその考えを、僕に提示した。
「ソラさん、あの子と『デート』をしてきてください」
…………?
「は?」




