第113話 教会の事情
「何の用だよ」
開口早々に、僕にギロリと凄んできたのは、アキタという名をした坊主頭の少年だった。
見た感じ、年齢は十一〜二歳だろうか。格好が継ぎ接ぎだらけで見窄らしい。
そして、僕に『睨み』を効かせたのは、彼だけに留まらない。
「アキタの言う通りだ。テメエ、一体全体なんの用だ。さっさと出てけよ、ここから」
アキタが粗暴な物言いをするのは、十中八九、コイツの影響だろう。
そう確信させるくらい、表情や目、口調が似通っている、鳥獣人のルメル。唯一、この中で品を欠いていないのは、僕を見て顔色を悪くしている女の子くらいだ。
「あのさ、なんで盗みを働いてるの? 単純にお金に困ってるからってわけじゃないだろ?」
教会の裏にある野菜庭園。その端に生えている樹木の下で、僕達は互いを見合う。
純粋な疑問。なぜ盗みを働いているのか。
誰にも聞かれないよう細心の注意を払っている僕へ、女の子が言った。
「それはしゃっき——ムグッ!?」
何事かを言いかけた女の子の口を、ルメルが慌てたように塞いだ。アキタも動揺している。
どうやら、僕に聞かれたくないことのようだ。それは対抗心か、純粋なプライドか。はたまた他に理由があってのことなのか。その辺りは分からないが、分からないなりに質問を続ける。
「盗みはいけないよ。窃盗は立派な犯罪だ。下手すると実刑を食らうよ。だから犯罪に手を染めないために、僕も力になりたい。できるなら話してほしい。そして助力をさせてほしい」
真摯。嘘偽りない言。塞がれていた口を解かれた女の子はその言葉に目を輝かせる。が、ルメルとアキタの反応は対照的だった。一触即発。その空気に女の子が顔を暗くし、口を閉ざす。
「助けてほしいなんて一言も言ってねえ。オレ達の事情に首を突っ込むな、部外者が」
アキタに悪影響を及ぼす、というか及ぼしているであろう、あまりにも口が悪すぎるルメル。
僕は彼女の品位のなさに心底呆れる。少しは『品』というのを身につけたらどうかと。
「アンタと話をする気はねえよ。どっか行け、シッシッ!」
低俗。あまりにも粗暴な発言ばかりする『悪ガキ』の二人から、僕は視線を切る。
そして話が分かりそうな、八〜九歳くらいの女の子に膝を折って目線を合わせる。
「この二人は話をする気がないみたいだから、君とお話しさせてほしい。助けてほしいことがあるなら何でも言って。できる限り善処したいと思ってる。君たちのために」
「あの、実は——むぎゅっ!?」
「ポワイは黙ってろ! 行くぞ!!」
ポワイと呼ばれた女の子は、何事かを話そうとしていた口をアキタに掴まれる。
あともう少しで教会が抱えているであろう問題に首を突っ込めそうだったのに。
僕はそう思いながら、まさに『ガキ大将』なルメルに続いていく子供達の背中を見送った。
「一筋縄じゃ行かなそうか……」
はてさて、どうするかな。問題児たちが去った野菜庭園にポツンと佇んで、僕は思考する。
しゃっき、しゃっきん、借金。教会、もしくはあの三人は借金をしているということかな。
それの返済を行うために、盗みを働いている、って感じだろうか。
教会側が盗みを関知していないのが気掛かりだな。
教会側に『借金』は無いということか?
あの三人が借金を抱えて、その返済に突き動かされている可能性。
否、そんな感じじゃない。あの三人というより、ルメルは自分が作った借金は自分だけで解決しに行くはずだ。
そうしないということは、ルメル自身の借金ではなく、教会側にある問題と見ていいはず。
子供二人が借金を背負っているとも思えないし、教会側が最有力だな。
そして、ルメルはあの子達を巻き込んでしまった故に、窃盗という行為に及んでいる、と。
仕事はこの激しい物価高騰で全滅しているから、子供達と共にする返済方法が『窃盗』か。
うん、納得できる。それじゃあ、この考察を『正解』と仮定して、僕はどう動くべきかな。
借金返済を手伝わせてほしい。それは意味不明だ。ただの旅人にしては踏み込みすぎてる。
そこはかとなく借金の香りを掴んで、僕個人でどうにかするべきか……。そうしないと、ルメルたちは盗みを止めない気がする。手伝わせる気がない感じだったしな。
調べるべきは、借金の所在。そして借金の額と、金を借りている『金貸し商』の位置。
「ポワイちゃんとは協力関係を築けそうだし、隙を見てアプローチしてみるか……」
思考を終えて、意識を野菜庭園へと移す。ちゃんと丁寧に育てられている。これは美味しいだろうな。
そんな新鮮な野菜を横目にしながら、僕は夕食が待っている教会へと歩き出した。
「ただいまでーす」
今できる限りの情報収集を終えて、僕は教会のなかに入った。
旅人の僕がここにいることが物珍しいのか、はたまた腰に差しているオリオンの細剣が気になっているのか、悪さに加担していない子供たちが気兼ねなく話かけてくる。
子供たちの相手をするのは、村の少子化のせいで慣れていなかったが、別にいつもの感じを貫けばいいだけだしという心で、体力が無限にある彼等彼女等との『ごっこ遊び』に従事する。
僕は五回中、五回とも『敵役』として選ばれた。悪い魔族役である。
ウゲー。ウボー。ウボアー。
新聞を丸めただけの剣で何度も斬られていると、時間はとうに十九時を回っていた。シスターの夕食の用意が済んだとの一報に、それぞれの役にはまっていた子供たちが一斉に駆け出す。
あまりにも『わちゃわちゃ』でつい笑ってしまった。
どうやら遊びすぎてお腹がぺこぺこだったらしい。
広間。そこに折り畳みの机を全員で協力しながら並べていく。あの捻くれたルメルやアキタも、こればかりは全員で力を合わせていた。肩車をしてとせがんできた子を肩に乗せてあげる。
そこから、一人、二人、三人。シスターに苦笑されながら、ほとんどの子を肩車してあげた。
僕は全然平気ですよと笑う。して、食事の準備は完了。僕達はそれぞれの席についた。
「それでは、皆さん。手を組んでください」
アエルさんやアイネさんがやっていたポーズと同じだ。あの二人も聖神教の信徒だったのか。 アイリ村で経験がある僕は、特に戸惑うことなく、郷に入れば郷に従え、手を組んで祈った。
「「「「「いただきます」」」」」
+ + +
ミンミーンミーン。壁に張り付いている謎の虫が、そんな鳴き声を発している。
蝉かと思ったけど、まだ三月だよな、ってこと『蝉擬き』かと僕は結論づける。
蝉擬きは『蛾』の仲間で、本当の蝉とは何の関係もなかったはず。
図鑑以外で初めて見るから、少し気になるな。
そう思いつつ、僕は教会の三階の一室、かなり窮屈な客室の窓辺で息を吐いた。
助け合いです。そう言ってくれた、神父とシスターに、この客室を貸してもらった。
宿屋はこの物価高騰で宿泊料を値上げしているから、どうせなら泊まっていって。
ということである。
窃盗の件もあるし、離れずに済むのはありがたい。僕はそんな思惑を抱きながら礼を言った。
しかし、同じ屋根の下にいるポワイちゃんにコンタクトを取るのは難しい。
その理由は、男子と女子で区分されているからだ。僕は男子区、ポワイちゃんは女子区。
つまりは離れ離れ、明確な隔たりが存在している。故に、夜間のコンタクトは不可能だった。
僕はアキタと話すか悩んだが、裏切りそうな感じではなかったため、大人しくこうしている。
さて、どうするかな。と、僕は考える。
まず今晩。教会内での情報収集は不可能とするならばどうするか。エクスプロレーションだ。
教会が借金している『金貸し商』を探し当て、僕個人で解決に動く。
しかし、これはかなり難しい。ただでさえこの宿場町は広いっていうのに、最悪の場合、この町じゃない別のところにその金貸し商はあるかもしれないのだ。虱潰しに動き回って結局ここにないとなれば、相当な時間の無駄である。だが、そうしないことには始まらないとも思う。
ポワイちゃんに『何商会』なのか聞ければ最高だし、明日に動いてみるのは確定。
じゃあ今は何をするか。休む気は毛頭ない。思考を終えれば即『ゴー』だ。
調べるべきは教会について。現状を把握する必要がある。町の人なら多少は知っているはず。 ならばどうするか。やはり徒歩での『探索追求』に落ち着く。
僕は戸締まりがされている正面玄関からではなく、開かれた窓から外へと飛び出すのだった。
+ + +
戸締りがされている教会の正面玄関を避けるように、窓から「よっ」と言って外に出た僕は、感覚が鋭そうなルメルに勘付かれぬように、カラスのように極限まで気配を消して、おそらく知覚範囲外だろう場所にまで移動した。まずはフィールドワークだな。周辺の聞き取り調査だ。
しかし、近すぎてもダメだ。変に『聞き込み』があったと噂されるのは避けたい。
僕が何をしようとしているのかを知れば、おそらくはユウデル神父とシスター・エミアサに拒まれてしまうだろうからな。
あの二人は他人を自分たちの問題に巻き込みたくないだろうし。
時刻は『二一時』を回っている。
ほとんどの人はすでに家の中に閉じこもっている時間帯だ。
ならば、行くべきは『酒場』かな。
酔いが回って口が軽くなっている人や、酔っ払った勢いで記憶を飛ばしている人がいるのは想像に難くない。エールの一、二杯を奢ればすぐに懐に潜り込めるだろう。
僕は財布の中に六〇〇〇ルーレンがあることを認め、これだけあれば足りると頷く。そして歓楽街があるだろう、煌々と輝いている方へ、火に引き寄せられる虫のように向かうのだった。
して、かれこれ十数分後。馬超え、猛速の駆け足をもって、地上に降りた星のように輝いている区画、歓楽街に到着した僕は、良い感じの大衆酒場がないか目視で探す。ジオドラムによる物価高騰の影響か、歩いている人は本当に少なかった。ほとんどの店で閑古鳥が鳴いている。
そんな中で、客入りが多い店を探さねばならない。これもまた苦行。どんだけ探すんだ僕は。
僕はしつこい客引きを何度も「ごめんなさい」と回避しながら歓楽街の中を移動する。そして、農民らしき人が、いかにも安酒を提供していそうなぼろっちい店に入っていくのを認めた。
「みっけ」
僕はついに発見した情報収集の穴場、名を『ムッチャリン』の中に入る。ようやく見つけた大衆酒場は、いかにも安物のエールを提供しているという飾りっ気のない内装をしていた。店は意外と盛況。欲しい情報が手に入りそうだ。僕は先が明るくなったことに、笑みを噛み殺す。
「いらっしゃーせー」
軽っ。入店してきた僕へ、顔ピアスだらけの店員がそう言った。なかなかにイカついファッションである。僕はそんな店員に席へと案内され、カウンターの奥の方、その椅子に腰掛けた。
「ご注文が決まりましたらどうぞー」
「あ、はい」
メニュー表だけを渡して、彼女は去っていった。僕はローラースケートを履いている彼女に、器用だなぁと思いながら、渡されたメニュー表を見ることなく、無言で店内に視線を走らせた。
客はざっと数えて八人。男ばかり。全員が全員、お金持ちっぽくはない。メニュー表を見る。値段は全体的に控えめだった。物価高騰の波は感じるが、この程度なら妥協できる範囲だろう。
さて、どうするか。出されたお冷を飲みながら僕はそう考える。僕と同じようにカウンター席に腰掛けている数人の個人客の元へ行くか。三人でエールを飲み交わしている客の卓へ行くか。実に悩ましい。僕みたいな浮浪者っぽい人はなしだな。今求めているのは内情なわけだし。
とくれば、対極にいる麦わら帽子を背に垂らしている農民っぽい人かな。
「ちょっとお話いいですか?」
「あ? まあいいよ。暇だし」
農民っぽい人は、いきなり隣に腰掛けて、そう声を掛けてきた僕に片眉を上げる。
急になんなんだ。馴れ馴れしいな。
そんなことを目で伝えてきている彼に、僕は僕なりの誠意を見せる。
「すいませーん、彼にエールを一杯」
「かしこまりー」
奢り酒である。これに傾かない酒飲みはいない。爺ちゃんや村の人達も同じ反応をするはず。
まさに、僕が打てる『最強の一手』だ。
僕は露骨に話を聞く気になった、名も知らぬ農民に、内心で『よし!』と拳を握りしめた。
「悪いね」
「いいですよ。代わりに話をお願いできれば」
「ああ、いいよ。何を聞きたいんだ?」
「えっと——」
一杯が『八〇ルーレン』だったエールを奢って、回答が得られることになった僕は、聖神教の教会で世話になったこと。そして、その教会に『何かしら』があると感じたことを伝えた。
お金に困っているような、でもそれだけじゃないような。よく分からない空気感。
あまりにも漠然としているそれを聞いて、農民の彼、カサダさんは納得顔をした。
「あー、ユウデル神父のところか。あそこはちょいと前にね、でかい商会の倅を相手に『暴力事件』を起こしたんだよ。それでだね、あそこが落ち込んじまったのは」
暴力事件。予想外。まさに予想外。暴力とはかけ離れている教会で、それはまさかだった。
僕は教会の関係者が、大きな商会を相手に『暴力事件を起こした』という話を聞いて、ただ愕然としてしまう。
なぜ、なぜそんなことをしてしまったのか。僕は無言で考える。
「その時の慰謝料諸々を払うために、バーベリー商会っていう、かなり大きな金貸し商に借金をしたそうだよ。当の暴力事件の犯人はドロンと蒸発して、今は消息不明らしい。ユウデル神父は肺の病気で出稼ぎに行けないし、この物価高騰で献金もない。それはもう大変だろうね」
なるほどな。これで合点がいった。
ユウデル神父の教会は、暴力事件を起こしてしまった関係者——おそらくは『養子』だろうの尻拭いをさせられたのだ。関係者とは言っても、大人なら教会に支払い義務が生じるわけがない。庇ったのだ。おそらくはその子を。ユウデル神父は。
でかい商会に関しては不明なままだが、あまり好意的な解決に至らなかったのは明白。潰す気で件の商会は教会に『賠償』の支払いを命じた。
そして今、本当に潰えそうになっていると。
「教会と諍いが起きた商会って、どこのなんていう商会ですか?」
「たしか、バンバラ商会だった気がする。キリテルで水商売の最大手をやってるとこさ」
キリテル。まさかここでか。水商売ってことは、僕が向かおうとしていた、高級接待飲み屋と繋がりがある可能性が大きい。
そんなところと諍いか。なんか男女のあれこれな気がするな。
行ってみるしかないな、キリテルに。別の目的を持って。点と点がつながる。僕は運命というものを如実に感じ取った。しかし黙って、感謝を告げる。
「お話、ありがとうございました。あ、バーベリー商会の場所も教えてもらえませんか?」
「ん? いいよ」
話を終え、僕は注文していた『フライドチキン』を速攻平らげ、大衆酒場を後にする。
時刻は『二一時』を過ぎた。外は暗く、店の前にある提灯の明かりだけが頼りだった。
薄暗い街中、僕はやや早足で進む。教会がある方へ向かう僕は、無言で思考に耽った。
ルメル達が盗みを働いている原因は、おそらく財政苦に陥っている教会を救うためだ。
盗まれた農畜物を食事として振る舞っていないことを鑑みるに、盗んだそれらは現金化され、バーベリー商会が持つ借金の返済、もしくは教会の運営費として匿名寄付している感じだろう。
運営が四苦八苦している故、借金返済に八〜九割といったところか。
多額の寄付をしてしまえば怪しさが生まれる。
寄付するにしても少額なのが安パイ。
バンバラ商会の件は気になるけど、まずやるべきはバーベリー商会の借金の返済だな。これを解決しなければ破綻もありうる。バーベリーはここ『アインアイン』に支店を構えているらしいから、そこに行けばいい感じだ。
まずはそこへ行って借金の額、規模を調べよう。
もちろん、シスターたちにバレないように。下手にバレてしまえば、かなり面倒なこと——主にルメルたちとの対立——になるのは明白。
隠密。僕は自分にそれを命じ、少なからずある緊張を「ふぅー」という溜め息で吐き出した。
「とりあえずは明日だな。今日はもう遅い。支店も閉まってるはずだ」




