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蒼ノ旅人 ー蒼風のヘルモーズー  作者:
『ジオドラム』編〈1〉
125/130

第112話 よくわかりましたね

 して、かれこれ一時間後。僕は寂れた住宅街の中にあるシスターたちの家、教会に到着した。

 教会。聖神教の基地。荘厳な佇まいをしているのかも、なんて思っていたが、なんのなんの。

 壁に使われている石材はいくつか欠けていて、隙間だらけ。雨は防げても風は防げない仕様。

 屋根もところどころに隙間が。その隙間を埋めるように不細工な木板が打ち付けられている。

 整備がされているおかげで庭は綺麗だが、建物は建て直した方がと思えるくらいの惨状だった。壁を侵食している蔦植物。無理やり引き抜けば、連鎖して崩れてしまいそうだなと思った。

 庭に生えている樹木には手作りのブランコが取り付けられていて、そこで数人の子供たちが遊んでいた。シスターたちが帰ってきたのが分かると、全員がわちゃわちゃと駆け寄ってくる。


「おかえり。シスター!」


「え? 誰このおじさん」


 お、おじさんだと……!?


「僕まだ十代なのに……」


「こら! おじさんじゃなくて、お兄さんですよ!」


「あっ! クッキーだ!! ちょうだいちょうだい!!」


「全員分、ソラお兄さんに寄付していただけました。喧嘩せず、一人一枚ずつですよ」


 わーいわーい、と。まさにスーパーハイテンション。

 ただのクッキーに歓喜の舞を見せる子供たちに、おじさんと言われてしまった『衝撃』が抜け切れていない僕は、たまらず苦笑した。

  

「ゴホッ、ゴホッ……やあ、おかえり、シスター・エミアサ。ミミエラ、ベント、アユリ、それと、ルメル。うん?」 


 ガチャリと立て付けの悪い扉が開く。そこから出てきたのは老齢の神父だった。

 彼は買い物に出ていた全員の名前を律儀に連ね、そしてそこに混ざっている異物、僕の存在に首を傾げた。


「そちらの方はどなたですかな、シスター・エミアサ」


「この方はクッキーと金銭の寄付をしてくれた旅の方です、ユウデル神父」


 肺の病を患っているのだろう、咳を何度もしているユウデル神父に問われたシスター・エミアサさんは、微笑みながら僕のことを紹介する。

 僕は彼女に手で指され、神父にお辞儀をした。


「なんと……こんな時期に寄付をなさってくださったのですね。感謝いたします、旅の方」


 ジオドラムの軍事拡張に伴った物価の高騰。その煽りを直撃しているこの町の状況を知っている神父は、僕がそれでも寄付を行ったことに驚愕しているようだった。 


「い、いえいえ! こんな大変な時期だからこそ、ですよ。助け合いってやつです」


 汗汗としながら手を振って、別に自分の身を切っていないことを伝える。

 余裕があったから、その余裕分を寄付しただけ。本当にそれだけなのだ。すれば、神父は大きく咳き込みながら、まるで尊いものを見るような目をし、口を開く。


「ほほほ……まさか『風の神』に愛されている方から慈しみをいただけるとは。長生きはするものですね」


 神父のその発言に、僕は驚愕を露わにする。トウキ君やカラスのような『肌感覚』の鋭さというより、目で見て理解したような物言い。

 僕はどうやって『風』を感じ取ったのかと思った。 


「……よく気付かれましたね、僕が風の加護を授かっていると」


「何となくですよ。聖なる神に身を捧げたからでしょうか。聖神様の分身、四神様の存在にも気づけた次第です。大いなる愛を受けている貴方なら尚更に分かりやすい」


「そ、そうですか……」


 僕の何倍もの人生を歩いてきただけはある。恐ろしいものだ。全て見透かされているようで。

 肉体のうちに秘められている魂。それを見つめられているような感覚。僕は、加護みたいな特殊な力ではない、長年の信仰により得られたその看破能力に脱帽した。


「ささ。立ち話も何ですから、中へお入りください」


「はい、お邪魔します」


 招かれて、僕は教会の中へと足を踏み入れる。中には、外で遊んでいた子と、買い物に付き合っていた子を合わせて、十数人の子供がいた。

 その中には、見覚えがある坊主頭の少年と、僕のコートを置いて行った女の子の姿があった。

 二人は僕の存在に気づき、怯えるように息を呑んでいる。

 おそらく私物を窃盗されたことへの『復讐』に来たと勘違いしているのだろう。

 故に、そうではないことを無言の目で伝える。

 すれば緊張を解き、何も言わずに聖堂前の椅子に腰掛けた。

 聖堂にある扉を潜った先へ誘われる。

 そこには民家のようなスペースがあった。十数人が一堂に会せるだけの広さがある。

 シスターたちは買い物をしてできた荷物を、キッチンにある円形の小卓の上に置いていた。

 僕はそれを見ながら、適当に腰掛けてくださいなと神父に言われ、本当に適当な椅子に座る。


「まずは自己紹介ですかな。私はユウデルと申します。それ以上の名前はございません。貴方は何というのですか? 風の旅人殿」


 風の旅人。まさにその通りだと思った。

 僕のことを表した、言い得て妙なニックネームだ。僕は対面に腰掛けている、出された麦茶を丁寧に飲むユウデル神父に、自分の名前を語る。


「僕は、ソラ・ヒュウルです。初めまして、ユウデル神父」


 頭を下げ、自己紹介を終える。

 僕はシスターが用意してくれた麦茶をズズズゥと啜った。そして、茶菓子を用意できなくてごめんなさいと言った彼女に、気にしないでくださいと言った。


「ソラ・ヒュウル。実に良い名前ですね。貴方はどちらから来られたのですかな?」


「故郷はソルフーレンです。ここへは『キリテル』へ行くために来ました」


 キリテル。ルカンルカンの首都の名。ここは民主主義の国家であるため、城ではなく巨大な国会議事堂が存在している。

 別にそこに行く気はないが、ついでに見てみようとは思っていた。 


「ソルフーレンですか。風の勇者様の故国ですな。それはもう祝われたでしょう? 加護を風神様から授かって生まれたのですから」

 

 うっ。やっぱりそう思われるか。

 僕は気まずげに頬を掻きながら、僕の身の上を少し語った。


「実は祝われたことはないんです。というか、加護は使っちゃだめって言われてました。どんな事情があったのかは知らないんですけど、多分何かしらの理由があったんだと思います」


 まさかの言葉。まさかの事実。風の勇者の故国で、勇者と同じ愛を授かっているにも関わらず、祝うどころか封印を強要されていたという話。

 それに、黙って話を聞いていた神父もシスターも驚きを隠せない。どういうことだ? そんな混乱を催しているのが表情から見て取れた。


「それは不思議ですね……ゴホッ、ゴホッ。しかし、たしかに。何かしらの理由があったのでしょうね。ソラさんはどうお思いなのですか? 加護を使ってはならぬと言われて」


 驚愕を飲み込み、納得を示した神父とシスター。それ以上に語れることがないから、完全にスッキリさせることは出来ないんだよなと歯痒く思う。

 苦笑くらいしかできない僕は、咳き込んでいる神父が送った純粋な疑問に対し、うーんと考えた。そして、ふるふると首を横に振る。


「僕は特に、何も思わないです。何でだろうって気になりはしますけど、それくらいですね」


「ほほほ。いいご両親に巡り会えたようですね」


 ご両親か。僕に父親はいないから、ご両親とは言えないけれど。しかし、僕はそれを黙った。


「はい。僕は今、その母を探す旅をしているんです」


「ほう、行方知れずになってしまわれたのですか?」


 僕は神父のその言葉に、コクリと頷いた。

 いなくなった母を探す。それが僕の旅の目的。まあ、今は『ジオドラム』を見てみたい故に順序がおかしくなっているけど、それはご愛嬌だな。

 

「そうなんです。どこに行ったか分からなくて。放浪の旅をしている感じです」


 当てがない。僕はそう困ったように頭を掻いた。

 しかし神父は笑うことなく、ただ僕の心を案じ、そして母親と無事に出会えることを心から願っているような目をして、両の手を編んだ。


「それは大変ですね。貴方の母君が見つかること、ここから祈っております」


「ありがとうございます。また一緒に食卓を囲えるように、頑張ります」


 健気に生きている僕を尊いものに向けるような目で見て、神父は微笑する。

 さすが『聖なる神』に心身を捧げた人だ。

 その心はどこまでも優しい。僕は故郷にいる爺ちゃんに会えたような感覚を得て、つい屈託のない笑みを浮かべてしまった。

 それに彼は我が子と見ているような表情を浮かべる。

 すると、ゴホッ、ゲホッと咳き込んだ。


「だ、大丈夫ですか……!?」


「ほほ、大丈夫とは言えませんね……ですが平気ですよ。旅のお方はお気になさらず……ゴホッ、ゲホッ。ふぅ、私は自室に戻ります。シスター・エミアサ。あとは頼みますよ」

 

 とても苦しそうに胸を押さえながら、大きく咳き込み出した神父に、対面に腰掛けていた僕は驚愕を露わにするとともに、その老齢の身を案ずる。

 すれば、彼はにっこりと安心させるように笑っては立ち上がり、状態を見て傍に寄り添ったシスターに、あとは任せると言って、自室があるのだろう二階、子供たちの助けを借りながら階段を登り、己の部屋へと戻っていった。

 

「神父様は肺の病気なんですか?」


「……はい。今では少しの礼拝しか行うことができないくらいひどい状態なんです」


「薬……薬では治らないんですか?」


「肺の薬はとても高価で、買えないというのが現状で……」


「…………なるほど」


 なんで、あんなにも真摯で心優しい人が苦しむのか。世の不条理というのを僕は悲しく思う。 そして、ここでも金だ。金金金。お金がないから救えない。

 寄付、献金はないのだろうか。

 こういう教会なら、聖神教の信徒が少しでも出してくれていそうなのに。

 あるにはあるのだろうけど、生きるという行為に必要なお金で薬代が消えているというのが、今のここの現状なのかも知れない。

 十数人の子供たちを養うのだから、相当な負担のはず。

 しかし、本当にそれだけなのだろうか? 妙に胸に引っ掛かっていることがある。

 それは、ルメルたち『窃盗』を行っている子供たちの存在だ。

 彼等彼女等は金目の物や農畜物を盗んでいたと聞く。

 それで得た金は何に消えているのだろう? 

 まさか匿名の寄付にしているのか? いや、何となくだけど違う気がする。

 もっと別の『何か』に金が消えている可能性。知りたい。その隠された事実を、知りたい。

 コンタクトを取るなら今。僕は外にいるルメルたちのもとへ足先を向けた。

 シスターに少し風に当たってくると伝えて、僕は教会の扉を引き開けるのだった。 

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