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蒼ノ旅人 ー蒼風のヘルモーズー  作者:
『ジオドラム』編〈1〉
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第111話 それはずるい

 人歴・一〇三八年の三月一日。

 冬を越え、春の到来を思わせる暖かな風に前髪を揺られる。

 日差しはぬくぬく。風はそよそよ。視界は晴れ晴れ。

 道のりは平らで揺れが少なくて良き。

 遠くの山をじっと見つめてみれば、春に花を咲かせるオオラヤの木がいくつか確認できた。

 オオラヤは花が散った夏頃に種を内包した実を付ける。

 それを砂糖水に漬ければ深い甘味をしたジュースができたはずだ。

 一度、行商が持ってきたのを買って、飲んだことがある。まあまあ甘くて苦手だったっけ。

 紫の花弁を生らした遠くにある木。

 それから視線を切った僕は、用心棒として無料で乗ることができた馬車の後部で垂らした足を揺らす。特にやることがないので、大きな欠伸を掻いた。


 現在地は首都『キリテル』の近くだ。


 あと二日三日の移動で到着ができる算段である。ようやく、高級接待飲み屋を経営しているという、あの時の御者のおじさんの弟さんに会えそうだ。

 今向かっているのは『アインアイン』という宿場町。

 特にそこに何かがあるわけではないので、適当な安宿で夜を明かしたら、そのまま出発するつもりだ。観光するほどの余裕はないしな。 

 所持金は一万ルーレンと少しある。

 道中で何度か悪さを働いていた魔獣を狩って、幾許か路銀を稼いでいたから、財布には結構な余裕がある。今みたいにタダで馬車に乗れたりもするしな。


 ……少し話は変わるが、ちょっと前に僕は私物の九割を盗まれてしまった。

 盗まれた物はすべて、一悶着はあったものの僕の元に帰ってきた。

 だが、あの時のその事件が、今も僕の胸の中でドヨドヨと蟠っている。

 こと窃盗事件の犯人は、なんと、年端も行かない子供たちだったのだ。

 窃盗団のリーダー格は、僕と歳が近そうな、ルメル、という名の『鳥獣人』の女性。

 鳥の獣人はカカさんの話に聞いていたくらいで、この目で見るのは初めてだった。

 それほど、鳥の獣人族は極少数なのだ。

 獣人——神に願い、人間となった『神の獣』の子々孫々。

 神の御技により、新たに人類となった聖なる獣。

 その中で、人とあまり交わらなかった種型。そのうちの一つ、それが『鳥型』である。

 話が逸れてしまったな。話を『窃盗団』に変えよう。


 子供窃盗団。僕の大切な私物を盗み、おそらくだが金に変えようとしていた集団。

 その反社会的、反人道的な行動の理由が無性に気になっている。

 ジオドラムの軍拡により貧困化した可能性。ジオドラム関係なしにお金が必要だった可能性。

 いくつもの可能性の泡が僕の心と頭の浮かぶ。けれど、結局分からないまま弾けて消えた。

 それを何度も繰り返し、なんとも言えない気持ちを抱く。

 僕は何をしたいんだろうか。ジオドラムに向かって、当国内の現状を見たかったはずなのに。

 今は盗賊団のことばかり考えてしまっている。なぜだろう。どうしてだろうと思った。


 自問自答。答えはもう分かっているだろ。

 

 僕は、助けたいのだ。力になりたいのだ。あの子たちが盗みを働く必要がないように、今に置かれている環境を良くしたいと思えてる。

 町を歩くたびに、ついキョロキョロと探してしまう。あの三人のことを。あの三人の姿形を。それは無意識だった。そんな僕の行動に、その意味に気付いたのはしばらくしてから。 

 力になりたい。とは言ったものの、金銭関係になると、少し難しそうだと悩む。

 魔獣狩りをしてきたから、路銀には困ってない。そう、路銀、には困ってないのだ。

 別に余裕があるわけじゃない。大金を持っているわけでもない。資産はほぼゼロに等しい。

 そんな僕に、おそらく金銭関係だろうあの子たちの問題を解決できるか否か。  

 おそらく、難しいと思う。だけど不可能ではないとも思う。しかし、僕が考えている対策は、僕の旅路を大きく停滞させることになってしまう。 


 魔獣狩り。僕のこの人外の戦闘能力をフルに活用し、日銭を稼いでいく。

 が、それに安定はなく、いつ崩れてもおかしくないのが事実。 

 魔獣狩りは冒険者等がこなしているはず。

 どれくらいの母数をしているかは分からないが、取り合いになるのは目に見える。

 総じて、困難。

 根本的な解決は、ジオドラムを止める他にない。個人対国家。馬鹿げている。

 難しい問題だ。本当に。

 僕は溜め息を吐いて、目的地に到着し、停車した馬車から降りた。


 到着したのは『アインアイン』という大きめの宿場町だ。二度目になるが、ここに何かがあるわけではないため、適当な安宿を見つけたら、翌日の早朝に首都の『キリテル』へと向かう。

 僕は御者のおじさんに別れを告げて、アインアインの町へと足を進めた。町並みは、今まで見てきたものとほとんど同じだ。木材と石材、そして漆喰を使った、ザ・モダン。

 ハザマの国は団子屋や蕎麦屋が通りには多かったが、ここはお洒落なカフェやレストランばかりだ。少し居心地が悪いな。こういう洒落た場所は。場違い感があって、少しだけ息苦しい。


 そこで気付く。ぐぅ〜っと、お腹にいる虫が鳴きそうなことに。

 現在時刻は太陽の位置と体感的に、正午過ぎ。だいたい十三時が回ったかどうかくらいだ。 さて、どうするかな。僕はやけに興奮している、何がどうしたと思わせる『風』に、コートの裾を幾度も揺られながら、その辺にある適当なレストランで、適当な食事をしようと決めた。

 宿泊料金が安そうな、言ってしまえば、寂れている宿を探しながら歩く。すると、風に乗って声が聞こえてきた。特に拾い上げる気はなかったけど、仲睦まじそうなそれに、意識が行く。   


「ねえねえ、シスター! 今日の晩御飯はなに!?」


 えらくハイテンションな少女の声が聞こえる。複数の通行人の向こう側で、ぴょんぴょんとウサギの耳が揺れ動いている。どうやら、声の主は兎の獣人のようだ。


「今日はパンとポテトサラダよ、ミミエラ」


 そんな少女に冷や水をかけるが如く、困ったような妙齢の女性が語った。

 ポテトサラダとパンか。ハムが欲しくなるセットだな。

 しかし、声調的にそれは無いらしい。

 にしても、シスターか。保育院、または孤児院をしている協会の関係者だろうか。

  

「えー!? この前も同じの食べたよ!!」


 どうやら、この物価高で資金がカツカツらしい。

 協会の住所が分かれば、少しだけ寄付をしてあげられるかも。そう思いながら、しかしいきなり声をかけてもなと思い、ただ足を進める。


「ごめんね。あまりお金がないから、ジャガイモばかりになっちゃうのよ」


「ぶぅー。たまにはお菓子が食べたいなぁ」


 僕はすれ違った彼らに一瞬、憐憫の視線を送った。

 背に消えていく一人のシスターと、三人の子供。気付かれなかった僕の視線。僕と集団との間には虚無だけが存在していた。


「————」

 

 虚無に息を詰まらせる。すればグッと腹に力を入れた。

 ぶんぶんと頭を振った僕は、近くにあったカフェに入店。

 会計台のところに売っていた、手作りのクッキーを五袋も購入。

 それを、買い物をしにきているのだろう、あのシスターたちに送るために、彼女等の背中を追いかけた。


「あ、あの!」


 薄い金色の、毛の先がくるんとカーブしている髪をしたシスターの背に声を掛ける。


「? どうなさいました?」


 唐突に声をかけてきた僕に、シスターたちは首を傾げる。

 兎耳の子は、シスターに恋の気配?! みたいな驚愕顔をしている。

 何か用なのか。もしかして因縁? そんな『んなわけがない』と言えてしまうキョトン顔をしているシスターに、僕はプレゼントをする恋人のようにクッキーの袋をすべて差し出した。


「これ、よかったら。そこのカフェに売ってたクッキーなんですけど、どうぞ」


 僕から差し出されたそれは、一袋五枚入りの、一つが『七〇ルーレン』もするものだった。

 物価高の影響を受けて、かなりの値段になっているそれを見て、子供たちは目を輝かせた。


「え!? いいの!?」


「やったー!」


「ありがとう、お兄ちゃん!!」


 シスターは吃驚したまま、まさかのプレゼントに大喜びしている子供たちに置いていかれる。

    

「……あっ、こら! 三人とも、ちゃんとこの旅の方にお礼を言いなさい!」


「「「ありがとう、お兄ちゃん!!」」」


「あはは。全然いいよ、気にしないで食べてね」


「「「うん!!」」」

 

 息が揃っている子供たちに苦笑する。

 他のみんなにも分けようと一枚を何当分にも砕き出した子供たちに、僕はあと何袋か売ってたらよかったけど、これで全部だったんだよなと思った。


「寄付、感謝します、旅の方。尊い貴方の旅に幸運があることを祈らせていただきます」

 

 僕からの寄付に感動したようなシスターは、両の手を組んで、天に祈り始めてしまった。


「あ、いえいえ。そんな気にしないでください。何か、少しだけでも誰かの力になれたらって思っただけで……っと、そうだ」


「?」


 さすが聖なる神に身をささげたシスターだな。こんな、ちょっとしたことにも祈るほどとは。

 そう思っていた僕が、懐から取り出した財布を見せると、彼女は手を編んだまま首を傾げる。

 

「これ、少ないですけど、お金です。保育院か、孤児院を運営しているんですよね? なら寄付させてください。本当に少ないですけど」


 僕が差し出したのは、ルーレン銀貨五枚だった。つまりは五〇〇〇ルーレンである。

 なかなかの大金だ。しかし、食べ盛りの子供たちを支えるなら、これくらいは必要だろう額。

 このくらいがちょうどいいかな。僕はそう思って、銀貨を差し出した。

 のだが、シスターは受け取りを拒否するようにふるふると首を振って、両の掌を見せてきた。


「いっ、いけません! こんな高物価の時期に大金を寄付するなんて、身を切るのはいけません! 貴方を一番に守れるのは貴方だけなんですから、少しは自分を大事にしてください」


 大袈裟に手を振って、一番に自分を守れるのは自分、という『格言』を言い出したシスターに、僕は負けじと詰め寄って金を渡そうとする。


「ぜ、全然大丈夫ですから! 魔獣を二、三匹狩れば稼げる額ですし、これをあげてもまだ余裕があるので! 僕はただ力になりたいだけなんです! どうか受け取ってください!!」

 

 魔獣を狩る。その言葉に唯一の男の子が『すげー』という呆けた顔をする。

 が、今彼に構っていられる余裕はない。

 どうにか寄付しないと気が済まないのだ。

 シスターは頑なに拒否するけど、絶対に受け取ってくれた方が全員のためになる。

 だから彼女の手をガッと握り、その手の中に銀貨を包ませた。

 すると、遠くからここに駆け付けてくる足音が聞こえた……。


「オイ、テメエ! シスターに詰め寄るんじゃねえ! この腐れ不恋下劣野郎!!」

 

 なんか、どこかで聞いたことのある声がした。僕は金を押し付けたシスターから逃げ離れようとしていた足を止める。

 そして、こちらへと駆け付けてきた『まさかの人物』に目を剥いた。


「ルメル……!」


「なっ……お前……」


 ここでか。やはり神すらあずかり知らない『運命』は僕に『何か』を求めているらしい。

 氷のような冷たさがある切長の瞳に、端正な顔立ち。背にある『羽』を隠しているのは、一枚のゆとりがある上着。スキニーパンツを着ているせいで、その細長い足がより目立っている。

 僕は数日ぶりに邂逅した相手、ルメルという名の『窃盗犯』に対し、その動きを止めた。


「この方とお知り合いだったの? ルメル」


「…………」


 訳あり。それが意味深に黙り込んでしまったルメルを見て、一目で理解できた。

 ルメルとシスターは、おそらく関係者だ。

 しかし、シスターは『盗み』に関しては知っていないのだろう。

 僕は当状況を静止している時の中で察し、別にコイツを助ける気はないのだが、致し方なく、僕とルメルとの間にある『因縁』のようなものを訝しんでいるシスターへと、僕は口を開いた。


「彼女とはちょっと前に、別の町で会ったことがあるので、ちょっと吃驚してしまった感じです。あの、それじゃあ僕はこれで……」


 できるだけ濁した。できるだけ『事実』を『本当』を、濁してやった。

 ルメルは、敵対していたはずの僕が、まさかの『助け舟』を出したことに、ピクっと眉を揺らして反応する。

 別にお前のことを気にしたわけじゃない。

 僕は何も知らないシスターたちが変に思い詰めないようにしただけ。 

 シスターたちのために話を『偽造』しただけだ。

 勘違いするなよ。そう目で言う。一瞬の目配せでそう伝える。

 リュックの件で『筋を通した』こともあるし、僕達はこれで終わりだ。

 あとは、彼等彼女等が住んでいるだろう、盗みを働いていた他の子もいるであろう、教会の位置を把握して、自分にできる限りの支援を匿名で行うだけ。

 

 そうやって盗みをやめさせる。それだけだ。それでこの件は終わりなのだ。いろいろな含みをもったまま、僕はシスターたちの元から去ろうとする。すると……パシッと、手を掴まれた。誰に? 前に乗り出してきた『シスター』にだ。右の手首を掴まれて、止められてしまった僕は、恐る恐るといった風に彼女と目を合わせる。

 

「な、なんでしょう……? お金は受け取りませんよ? それはもう貴方たちにあげたんですから。それはもう僕のお金じゃありません」


 五〇〇〇ルーレンを押し付けて、そそくさと退散しようとしていた僕の手首を掴む。

 強引に振り払うこともできたが、相手が女性、しかもシスターならそうはいかない。

 彼女は何を言おうとしている? まさかお金は受け取れないと、まだ言うつもりか。

 僕は返してもらうつもりはない。なんなら、更なる金銭的支援を行おうとしている。

 そんな僕には何を言っても無駄だぞ。無駄でしかないぞ。覚悟はとうに決めている。ぶれない眼差しで、しかし戸惑ったように、僕は僕の目の奥を覗いてくる彼女にたじろいだ。そして。

 

「お食事でもどうでしょうか? あまり豪勢なものは用意できませんけれど」


 そんなことを言われてしまった。

 

「え……いや、僕はこのまま適当な場所で食べようと思ってて……」


 面を食らった僕は、てんてんてんと無言で硬直。それが拒否をしようか悩んでいると彼女は思ったのだろう。掴んでいる僕の手首をさらにぎゅっと握って。背が高い僕へ上目遣いをした。


「ダメ、ですか……?」


 それはずるいだろぉ。


「…………わ、わかりました……」 


 女性の武器を使われて、断ることができなくなった僕は、ガクリと食事の誘いを受ける。僕は付き添いの子供たちとわちゃわちゃ遊びながら買い物に付き合い、教会へと向かうのだった。

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