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蒼ノ旅人 ー蒼風のヘルモーズー  作者:
『ジオドラム』編〈1〉
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第110話 信じてよかった

 窃盗。白昼堂々におこなわれた許されざるそれに対して、僕は焦りの表情を隠せないでいた。

 取られた。盗まれた。奪われた。

 ボイラさんから受け取ったオリオンの細剣、宝物のお下がりコート、そして荷物諸々が。

 財布はズボンのポケットに入っているから無事だ。

 しかしそれ以外の『全財産』を盗まれてしまった。

 僕はブワッと全身から汗を噴き出させ、しかしすぐさま頬を叩き、意識を切り替える。

 切り替え完了。完全に冷静になった僕は部屋を飛び出して、階段を一気に駆け降りた。

 そして宿一階の広間へと飛んでいき、広間を掃き掃除していた女将に叫び声をあげた。


「女将さーん! 女将さーーん!!」


「ほわっ、なんねなんね!?」


 他の宿泊客に騒音問題を提起されてしまいかねないレベルの大声量。しかし今は仕方がないと割り切る。宿屋の女将は余裕がない僕の叫び声に、素っ頓狂な声を出し、驚愕を露わにした。

 

「窃盗です!! 私物のほとんどを盗まれました!!」


「ええっ!?」


 まさかの告白。部屋に虫でも出たのかねぇ、という感じだった顔が、一気に深刻さを帯びる。 今の状況は深刻も深刻、ド深刻だ。ほぼ全財産を盗まれてしまったのだから、そりゃそうだ。


「なんだなんだ!? 何があっただ?」


 途端に騒がしくなった宿の広間に現れたのは、隣接する厨房で、追加料金を支払った宿泊客への夕食の準備していた宿屋の主人だった。彼は今にも飛び出そうとしている、玄関の扉に手を掛けている僕と、掃除を進めていた手を止めている女将を交互に見る。して何事だと問うた。


「盗まれました! 私物の九割九分!」


「なんだってえ!? 緊急事態じゃ! 緊急事態じゃあ!!」


 僕より騒がしくなってしまった主人と女将。それを見て逆に冷静さを取り戻した僕は、慌てふためいている二人へと、自分が取る行動、そして二人が取ってほしい行動を口頭で説明する。

 

「僕は今から犯人を探しに行きます! 二人は衛兵に連絡をお願いします!!」


 通報。それが今に取れる最善の選択だ。僕一人だけじゃ、この広い町のどこかに潜んでいるだろう犯人を探し出すのは不可能に近い。故にマンパワーに頼る。

 もし既に町を出ていたら最悪だが、数時間程度なら脱出されていない可能性が多分にある。

 しかし、ここで問題点が出てくる。犯人の『特徴』が不明なのだ。

 無貌と言っていい。顔どころか姿形さえ掴めていない。そんな状態で、何を探すというのか。町にいる一人一人を『チェック』するとでも? そんな馬鹿なことは不可能だって分かってる。

 だが、動かずにはいられない。盗られたものは一つ残らず、かけがえのない宝物なのだから。


「兄ちゃん! 犯人はあのくっせえ襤褸を着込んでたアイツだ! 間違いなくアイツだ! 三階の部屋を借りたくせに、もう『ちぇっくあうと』をしていっただ! 間違いないべ!!」


「!! 情報ありがとうございます! 行ってきます!!」


 薄々、犯人はあの人なんじゃないかなぁとは思っていたが、やっぱりあの襤褸を着た男性が最怪しい人物だったか。僕は重要な情報をくれた、導きの光をくれた宿の主人に少ない礼を叫び、玄関口を勢いよく開け放って、外に飛び出した。宿の二人は遅れて、各々の行動へと移る。


「フゥッ!」


 僕は宿を出てすぐに跳躍した。躍り出たのは屋根の上。三階建ての宿の建物。その屋根から一望できる宿場町の景色。必死に首を回して、近辺に襤褸の人物がいないかを目視で確認する。

 いない。あっちにも、こっちにも、どこにもいない。

 焦燥で視野が狭まる。ひどい動悸のせいで呼吸が浅い。

 もし逃げられたら。そんな最悪の想像が生み出すプレッシャーが心身に制限を掛ける。

 クソッタレ。不意をつかれたせいで完全に混乱してる。意識は叩いて切り替えた。それでもだ。僕は頭の中では冷静に理解しつつも、解消する手立てが浮かばず、ただ乱暴に頭を振った。

 そして、ダンッと屋根を蹴った。建物の屋根を伝う。道なき道を駆けていく僕は、眼下に広がっている町並みの、通っている人々の姿形を必死に精査した。

 今はもう、あの悪目立ちする襤褸を着ていないかもしれない。

 別の服装に着替えているかもしれない。

 だが逃がさない。あの時の『気配』は覚えている。あの時の『風』は忘れない。

 跳躍と猛進。猛速を駆け回る人影に、皆が気付いて顔を上げる。

 衛兵が『止まれ』と静止するが、ごめんなさいと叫んで距離を取った。民衆の好奇の視線に晒されてしまうも、これはこれでいい、僕の存在に気付いて顔を逸らせば怪しいと判断できる。 そう思考して、意識を『犯人探し』のみに傾倒させた。


「どこだ……!」


 ボウッと足裏に発生させた強風を跳躍と同時に炸裂。

 十数メートルも先にあった赤い屋根をしたアパートの屋根に躍り出る。

 場所は地上、十二メートル。

 空が夕日に焼かれている。人々が僕を見上げている。

 首を回した。右へ左へ。身体を捻った。前へ後ろへ。見当たらない。見つからない。

 あの襤褸をきた少年を探し出せない。

 焦りが募る。胸が動悸で痛む。口の中が酷く乾燥している。

 しかし、僕は諦めなかった。諦めるなんて、できないから。できるわけが、ないから。


「————ッッ!!」


 ダダンッ、と。空中に置いた『風の足場』を何度も蹴っては飛び、見渡した限り、町で一番の高さを誇っている巨大な時計台の屋根へと身を移した。

 風が吹いている。地上よりも強くて、荒い、風が。僕の髪を、肌を、ただ乱暴に撫でていく。

 導きはない。これは試練だ。もしくは、神でさえ予期し得ぬ『運命』によるものか……。

 目を閉じて集中する。全神経を聴覚のみに委ねた僕は、雑踏の中に紛れているであろう『逃げ足』を拾うべく、じっと時計塔の上で瞑目した。


『あの人なにしてるんだろう?』


 無邪気な子供の声だ。子供が手を繋いでいる親御さんに、僕が一体なにをしているのかを問いかけている。この子は僕のことを不思議に思っているだけで、なに一つおかしな点はない。


『ぴょんぴょんすげえな。サーカスでもやるのか?』


 大人の声だ。僕のことを腕を組みながら見上げて、サーカス団がやってきたと間違っている。

 サーカスを行う前の大げさな広報と思うのも無理はない。

 なぜなら空中を蹴っていたからな。

 それが魔法じゃないなら、なにかしらの奇術の類と勘違いするのも無理はないだろう。


『降りてきてくださーい!』

 

 若い衛兵の声だ。屋根の上を縦横無尽に駆け回っていた僕に注意をしようと、必死で降りてくるように手を振っている。数人の衛兵が、最下にある時計塔の扉を開けて、上に登ってきているのが分かった。捕まって注意を受けるのは時間の問題だろう。故に早めに見つけなくては。 


『…………っ』


 見つけた。年若い少年の息遣いだ。僕の存在を認めて、露骨に焦っている。遠すぎない場所にいた理由はなんだ。いや、そんなことを考える暇はない。近くにいた。それすなわちラッキーなんだ。僕は目を開けて、北の路地裏、僕に背を向けて進んでいく、何者かの足跡を追った。 


「待て! そこのお前!!」


『——っ!?』 


 余裕なし、加減なし、十割十分の全速力。長い階段を必死に駆け登ってきた衛兵たちに捕まる寸前に、時計塔の屋根から大きく跳躍した僕は、瞬く間に犯人と思しき何者かへと肉薄する。

 通りを越え、人並みを越え、路地裏を逃げるように走っている何者かの背中を認める。瞬間、屋根を壊さない程度の脚力で飛び、背を向けて走っていた坊主頭の少年の前に立ちはだかった。


「逃がさないよ」

「なっ……くっ」


 ようやく見つけた。そしてついに追いついた。犯人と思しき少年を僕は真正面から見る。彼は坊主頭をしていた。服は継ぎ接ぎだらけで質素そのもの。靴はボロボロで、お古のお古といった感じだった。僕の存在を認め、逃げていたから、その息はひどいくらい上がっている。彼は『僕のリュック』を背負っていた。それが、僕の私物を盗んだ犯人と断定する証拠であった。


「返してもらえるよね。それは僕のリュックだ」


 子供に対して、こんな冷たい態度はよろしくないと思う。しかし例え子供であっても、相手は窃盗犯。私物を盗んだ犯罪者だ。罪がある。それに大人も子供も関係はない。だから、僕は心底冷え切った眼差しをもって、後退りしている坊主頭の少年に一歩、二歩と詰め寄っていく。

 

「なっ……しょ、証拠はあんのかよ!? これは俺のだぞ!」


 証拠ねぇ。君が持っているそのリュックが証拠の塊なのだが。


「……リュックについてるギルドのプレートに、ソラ・ヒュウルって書いてあるけど?」


 僕はリュックの側面に取り付けられている、ギルドが発行した『身分証』の存在を語る。

 すると彼はチラリと背を見遣り、そこに本当にあった身分証を認め、カッと赤くなった。


「〜〜〜っ。か、返すわけないだろ! これは俺のだ!! 俺が拾ったんだ!!」

 

 逆ギレ。やっぱり子供だな。耳や精神性にこれといった特徴はない。この子は間違いなく人族の子供だ。親は近くにいる感じじゃない。命令されてやっているにしては、妙は迫真がある。

 もしかして『自主的に盗みを働いている』のか? 格好は見窄らしいの一言だし、この子には失礼だが、捨て子、孤児の可能性は否めない。生きるために盗みを働いているなら、今持っている路銀を上げることは可能だ。効果があるかは分からないけど、穏便に諭してみるか……。


「もしお金に困っているのなら、少しだけだけど、君に寄付することができるよ。だから返してくれないかな、そのリュック。それはお金では買えない大事なものなんだ。だから頼むよ」


 生きる、救う。そんな迫真を見せてくる少年に、僕は真摯に向き合う。頭に血が上っている彼も冷静に考えられるように、焦らせるつもりのない、余裕を感じさせる声音で言葉を紡いだ。


「…………」


 少年は意味深に黙り込んだ。だけど、折れてくれる気配があった。いくらになるか不明瞭なリュックより、提示された金額を得る方が得である。そう考えているのだろう少年に対し、人知れず胸を撫で下ろした僕は、もう少しだけ押そうと一歩前に出る。少年は落ち着いて近づいてくる僕から逃げようとせず、この一件は『金銭を渡す』という示談で解決する雰囲気だった。

 が、その空気を、雰囲気を、容易く打ち破る『異分子』が空中から降りてきてしまった……。


 ドンッ!!

 

「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っっっ!?」


 高速の自由落下。それを伴って放たれた、高威力のアームハンマーが僕のうなじを強打する。

 物凄い衝撃。僕は『謎の落下音』を拾い上げていた己の耳を心中で絶賛する。なんとか力みによる防御を攻撃を受ける前に用意できた。故に意識を失わず、しかし激痛でたたらを踏んだ。


「逃げろ! アキタ!!」


「ルメル姉ちゃん!!」

 

 僕を強襲した『ルメル』なる人物の顔を見やる。

 背後に現れたソイツを視認しようとすると、ルエルという名の女性は僕へと『オリオンの細剣』を振るった。しかも、僕を斬断する勢いで。


「————ッ! 正気かアンタ!?」


「るせえ!!」


 背中に『羽』が生えている、おそらく獣人族だろう、身長百六〇センチ、切長の瞳に端正な顔立ちをした『ルメル』は僕を袈裟に斬断しようとする。

 それをギリギリの白刃取りで防いだ。

 マジで僕のことを斬ろうとしている事実。

 それには驚愕を禁じ得ない。まさか刃物を『人』に向けるなんて。

 なんでそんなに激昂しているのか。まったくもって意味がわからない。

 僕はただ、極々平和に窃盗事件を収めようとしていただけなのに。

 そんな気持ちを抱きながら、両手で挟んでいたオリオンの細剣を無理やり振るって奪った。

 

「なんつう馬鹿力だ……! それを返せ!!」


「返せって……! これは僕のだろうが!!」


 ルエルは腰に差していた刃渡り五〇センチほどの短剣を抜剣。そしてオリオンの細剣を取り戻した僕に負けじと斬りかかった。瞬間衝突。両者の間で眩い火花が散る。

 その間に、アキタと呼ばれた僕のリュックを持っている少年がどこかへ走り去ってしまった。

 このまま追いかけるか? コイツを無視して? 無理だ、それは不可能だ。

 ルメルは『死ぬ気殺す気』で僕を打ち倒そうとしている。そんな相手にもし背中を見せれば、間違いなく痛手を食らうだろう。故、やるべきことは一つだ。真っ向から、打ち負かせばいい。

 瞬間、バンッ! と。

 そんな音が鳴った。路地裏に響くその空虚。それ即ち『決着』である。


「ぐぅっ!?」


 超速の峰打ち。左腕の手首を強打されたルメルは、あまりの激痛に握っていた短剣を手放す。

 斬ろうとしていた相手に、斬ることを拒否した僕の剣は侮辱になるかもしれない。

 だが、そんなルメルの心情など、心底どうでもいい。殺す気はない。ただそれだけを伝える。

 僕は腫れた手首を抱え、それでも剣を拾おうとしている彼女に対し、冷酷に剣を突きつける。


「右手で拾えば、次は右手を狙う。足なら足を。口なら顔を狙う。だから、もう拾うな」


「…………ッッ! テメエ……!」


「テメエはお前だろ。痛ってえな」


 ちょっと口が悪くなっているが、ご愛嬌。僕は強打された自分のうなじを摩りながら、苦虫を噛み潰したような顔をしているルメルを見下した。


「コートは?」


「は?」


 そして言い放つ。魔族に向けるような至極冷え切った声音で。

 最悪の初対面を交わしたルメルへ、剣よりも大事と言えてしまうであろう『コート』の存在を語り、その行方を問い詰めた。


「コートだよ。茶色のやつだ。あれはどこへやった」


「……さあな知らねえ」


「…………」


 あのコートは爺ちゃんから『誕生日プレゼント』としてもらった、言わばただのお下がりだ。ブリンゲッツという名匠が作ったのもあって非常に高価らしいが、そんなのはどうでもいい。

 あれは、故郷にいる爺ちゃんを思い出せる宝物なのだ。故に、それを盗まれ、もしかしなくとも金銭に換えられるというのは、僕にとっての禁忌。

 故の苛立ち。粗暴な言葉遣いである。

 僕のことを煽るように行方は知らないと言ったルメルに、僕は一瞥だけくれて、踵を返した。


「おい! どこに行く気だ!!」


「どこ? さっきのアキタを追いかけるんだよ。あのリュックも僕の宝物なんだから」


 あのリュックも、旅立ちに必要だからと、爺ちゃんからもらったものである。爺ちゃんが現役の冒険者だったころに使われていたもので、あまり綺麗ではないが、しかしそれもまた勲章。

 それを取り返しに行くことに何か問題でもあるか? 

 奪われたのだから、取り返すのは当然の権利だ。その主張に異議を唱えた、頭がおかしいルメルに、僕は少ない言葉で反論を述べた。


「お姉ちゃんをいじめるな!! このぉ!!」


 何度目だ。唐突に、路地裏に声が響く。ヒュンッと地面に転がっていた空き瓶を僕へと投げてきたのは、大通りから駆けつけてきた一人の少女だった。

 僕は僕の後頭部を正確に狙っていたそれを冷静に回避し、ひどく冷え切っている眼差しを、当の少女への向けた。少女は僕の虚無の目に震え出す。が、ルメルを庇うように、膝をついている彼女の前で僕に立ちはだかった。

 

「お姉ちゃんをいじめないで!! コートなら向こうにあるから!! あっちいってっ!!」


 少女が指を差した方向には、綺麗に丸められている僕のコートがあった。乱暴に扱われていない事実を前に、僕の怒りは落ち着いていく。

 大通りの方にあるそれは、まるで僕が拾いに行くのを見計らって、この場から逃げようという魂胆があるように見えた。僕は少しだけ考える。


「リュックを返してもらわないことには、追いかけるのはやめられないよ」


「アキタ兄ちゃんには私が言うから!! もう追いかけてこないで!!」


 信じるべきか、否か。子供の純真。それは聞き入れるに値するように思えた——だから。


「……分かった。リュックは時計塔の扉の前に置いといてほしい。それじゃあね」


 僕はそれだけを残して、彼女等の横を通り抜け、大通りへと行った。すると、駆け回っていた衛兵の一人が僕の方へと駆け寄ってくる。どうやら、迷惑をかけた分の精算がいるらしい。

 これは夜までお説教コースか。

 そんな他人事みたいなことを思いながら、状況を——子供たちのことを省いた——説明し、なんとかことなきを得たのは、夜の二二時が過ぎたころだった。

 僕は衛兵の人たちに謝罪を述べ、時計塔へと向かう。そこの扉の前には、盗まれてしまった僕のリュックが置かれていた。

 中身は全て無事である。信じてよかった。僕は無言のまま思う。


「はあ……なんか疲れたな」


 あの子たちは、ジオドラムの横暴に振り回されて、盗みを働いてしまったのだろうか。いや、あの気迫はそれだけじゃない気がする。

 もっとこう、お金が必要って感じだった。何があったんだろう。僕に本気で斬りかかるほど切羽詰まっていた、その理由が気になってしょうがない。

 

「…………」

 

 宿に帰るまでの道中。月明かりに照らされているそこに、僕は一人で佇む。

 今日の出会いは最悪だった。だけど、これで終わりじゃない気がしている。

 風を置き去りにして、運命は僕に何を求めるのだろうか。どういう未来を望むのだろうか。


「…………宿に帰るか」

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