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蒼ノ旅人 ー蒼風のヘルモーズー  作者:
『ジオドラム』編〈1〉
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第107話 ルカンルカンへ

 アーフォルトの港町を発ってから一日が経過した。日の出が訪れたばかりの町の音は静かだ。

 九国大陸の端にある国の、さらに端にある町。

 だからか、生活が息苦しくなる物価高は形を潜めている。

 あまり高くはなかった宿場町の安宿にて、僕はいつもの服装に着替え、部屋を出た。

 僕が休息をとっていたのは、三階の角部屋。

 その部屋を出て行った先にある廊下を、他の客を起こさないように足音を殺して歩いていく僕は、宿の二階へと続いている、細い階段を慎重に下りていった。

 今向かっている二階の一室では、相部屋しか空いていなかったため、べリンドさんとミュエルさんが休んでいる。二人は船と同じだなと笑い、唯一の個室であった角部屋を譲ってくれた。

 荷物を抱えて、出発の準備を済ませている僕は、足並みを揃えようと二人の部屋へと向かう。

 そうして、丁寧に鍵が掛けられている扉を、トントンと叩く。すればガチャリと鍵が開いた。


「ソラか」


 扉を開けてくれた、いつもの帽子を被っていないミュエルさんに、朝の挨拶を行った。それを律儀に返した彼は、僕へ早いなと言った。出発の準備を完璧に終わらせている。しかも誰の手伝いもなくたった一人で。その賞賛に対して、僕はミュエルさんこそと言った。すれば彼は、

 

「ははは。べリンドはもう起こして準備を済ませた。早速出発しよう」


「了解」


 僕は大きな欠伸を掻いて、非常に眠そうにしているベリンドさんの三人で宿を出た。

 適当な昼食を摂って、いざ出発。途中でなんやかんやがありつつも、無事に出発できた僕達は、相変わらず乗り心地の悪い荷台で揺られながら北西へ進んでいく。移動の時間を有効に使うべく、九国大陸の情報収集とばかりに、僕は太い葉巻を吸っている中年の御者に話しかけた。


「あの、ジオドラムの国民が『賊化』してるって話を端々で聞いたんですけど、そんなに深刻な状況なんですか?」


「ふぅー……なにも賊堕ちしてんのはジオドラムの連中だけじゃね。その周りの底辺連中がこの不景気でとうとう食いっぱぐれちまって、それで、そいつ等が『賊』として行商なんかを襲ってる。心に限界がきちまってる連中だろうから、胃袋に余裕のある下手な賊よりも危ねえだろうな。ふぅー……だから悪いことは言わねえ、近寄らねえ方が身のためだぞ、兄ちゃん」

 

 なるほどね。不景気以前に『賊』をやっている人達とは違って、今回の大不景気の件で『賊化』してしまった人達には心の余裕がない。

 そりゃあ、生活に余裕がなくなって、ひもじいこと極まって賊に堕ちてしまったのだからそうなのだろうが、そんな余裕のない人達に『温情や理性』が残っているだろうか? 

 という話になってきているのだろう。

 大抵の賊は最低限の金銭や物資のみを奪い、奪われた被害者の生活が破綻しない程度に加減しているという話を聞く。

 反社会的な活動をしている賊からしても、行商の足である馬や、服に武器、金銭を全て奪い取って賊害に遭われた被害者家族を『同族』に堕とすようなことはしないらしいし、行商から防衛手段を奪って野に放てば、間接的に『魔獣による被害者』を作ることになってしまうから、そうなってくると『国の行政』は黙っていない。

 健全な商業ができなければ国全体に被害が及ぶ故、賊の撲滅の動きをとられる可能性がある。 冒険者一団や兵士を向かわされると、数と質による暴力で賊如きが一網打尽にされてしまうのは目に見えて明らかだ。賊側もそれを理解しているから『最低限の略奪』で済ませているのであって、その理性が外れている人物達が賊的活動をしているとなると、その最低限は機能を停止してしまっている可能性が出てくるという訳で……。

 この話を聞くと、彼の国周辺に『一人で』足を向けるのは危険極まりないのだろうな。

 でも、気になるものは気になる。だから僕は、彼の国へ行くことを止めない。

 この目で——僕は、その世界を見に行きたいと思っているから。


「それでも僕はジオドラムに行きます。だから、もう少しあの国の知っていることがあれば教えてくれませんか?」


 行の覚悟が決まっている僕の声を聞いた御者は、火のついた葉巻きを口に咥え、数瞬の前を置いてから口を開いた。


「…………ふぅー……ジオドラムの隣にあるルカンルカンって国に俺の弟が暮らしててな、そいつからの文で知った話だが、ジオドラムは至る所から武器や裏魔道具なんかを輸入しているらしい。それで一部の武器商人や闇商人がたらふく儲けてるんだと。あと、ジオドラムの国の経済は完全に現国王『オルフレッド・ジオドラム』って奴に掌握されてて、自分の意のままに動く傀儡連中——王の息のかかった商会だけが贅沢三昧の日々らしい。ルカンルカンの『高級接待飲み屋』を経営してる弟曰く、あの国から来た商会の上澄み連中の横暴さは日に日に強まってんらしい。ウェイトレスを殴って悶着を起こしたって話だ。ふぅー……俺の弟はルカンルカンの『キリテル』って町にいる。詳しくはソイツから聞いてくれ。俺はそれ以上は知らん」


 ルカンルカンの『キリテル』という町。

 そこの高級接待飲み屋に御者の弟さんがいるのか。

 ジオドラムに行く通り道がルカンルカンだし、行く機会はありそうだな。

 アーフォルトを出国したら、まずはその飲み屋を目指してみるか。


「詳しく教えてくれてありがとうございます。急に聞いてすいませんでした。助かりました」


「兄ちゃんがジオドラムに行くっつうなら止めねえよ。賊と税に殺されねえように頑張れ」


「——はい!」


 そうして、僕達はアーフォルトを北西へと十時間ほど進んで行き、日が彼方に落ち切ってしまう前の夕方にポポアトとの国境までの中継となる、小さな宿村へと到着した。

 適当な宿を村の中から探して、ここにしようと決めた宿で宿泊をするための対応をしてくれた高齢夫婦の宿の主人らと、サービスという名目で食卓に出された美味しそうな夕食をしながら話をし、そこで『気になる話』を聞く。


「最近ね、変な鳥に困っているのよね〜」


「鳥——ですか?」


「ええ。すごく速くてね、はっきりと見えないのだけれど、人くらい大きな鳥が、私たちが育てた作物や家畜を攫っていってしまうのよ〜」


「すごう速えんだよ、あのデッコウ鳥。オラの目にも止まらねえくれえ速えてな、何が何だか分からねえまま、オラが丹精込めて育てつったカボチャを取っていっちまったんだべ!」


 熱狂した老夫婦が言う、漠然としていて核心を掴み切らない話。

 それを食事中に聞かされた僕達三人は『どういうこと?』と一様に首を傾げながら、非常に美味だった食事を終えて、それ以降特に何事もないまま、その日を眠り終えるのであった……。

  

 + + +


 ポポアトという、こういう言い方は幾分か悪い気がするのだが、世界地図的に見てもだいぶ小さい国との国境までの中継として立ち寄った、これまた小さな宿村の寂れた宿屋にて。

 農作物を盗られるという被害に遭っているにも関わらず、大して気にした素振りもなく、なんなら熱く語るその口調から、その事件が楽しそうですらあるなと思ってしまった宿屋の老夫婦が教えてくれた『大きな鳥が、育てた作物を盗んでいった』という、真実は依然不明のままだけど、どう考えても『魔獣絡み』だよなぁ——

 そう思ってしまえる話を食事の最中に何度も聞かされた僕は、その話を聞いた日から、一体全体、渦中の農作鳥(盗りと掛けてる)は、どういう鳥なんだろう?

 と想像し続けたものの、結局話に出てくる『謎の大きな鳥』を見つけることも、ふんわりと鳥の種族を特定することすらも叶わず。話を聞いた日からかれこれ一ヶ月が経過してしまった。

 もう間近に『国境』があるという場所まで来てしまっている。

 僕達は、別れの日を目前にした前日に、暗くなった世界から隠れるように入り込んだ——この一ヶ月の移動で使い続けた安宿ではなく、ちょっと豪奢な宿屋で一堂に会した。


「とうとう明日かぁ『ポポアト』に入るのは…………」


 借りた部屋の中で、物憂い気味にそう言うのは、部屋に二つあるベッドの一つに腰掛ける、いつもの流浪人といった格好をしている、べリンドさんだ。

 彼はベッドに寝転がりながら、ただ天井を見つめる。べリンドさんが独り言のように漏らしている言葉の端々にはついに別れの時が来たという気持ちが多分に込められているようだった。

 とうとう明日、僕達はそれぞれの行く道へと進むために二手に別れることとなる。

 僕は一人でアーフォルトに残ってさらに西へ進み、目的地である『ジオドラム』との国境線を有する『ルカンルカン』という国へと向かう。

 対し、僕と別れて『ポポアト』に足を踏み入れたべリンドさんとミュエルさんは、そのまま彼の国を北に進んでいき、帝国行きの旅客船が出るという港町へ向かうことになっている。

 そのため、今日この日の、この場に流れるこの時だけが……短い付き合いの僕達三人が一堂に会してゆっくりと話し過ごせる、最後の憩いの場なのである。


「この一ヶ月、長かったような短かったようなですね……」


 寝起きみたいな呆然顔をしているべリンドさんの、ポポアトに行きたくねえなぁ。この三人でまだまだ旅をしててえなぁ。

 という言葉に反応したのは、彼とまったく同じ寂しさを感じて、それを抑えきれずに表情に出してしまっている、しかしその顔を隠そうと俯いている僕だった。

 僕はべリンドさんが抱えている寂しさというのを確かに共有していると伝えるように、俯いたまま軽く頷く。

 そして二人と九国大陸行きの貨物船で偶然に出会い、三人で一緒に行動するようになってから一ヶ月という時が経っているような気がしない、正直な実感を口にした。


「一ヶ月って長えのに、めちゃくちゃ短い気がしてならないな」


「そうだな。ほんの昨日のようだ」


「それは盛ってるべ」


「ム? 私は嘘を言っていないぞ。本当に昨日のようだ」


「さすがエルフ」


「ですね」


 僕の言葉に一ヶ月にしては短い気するよなと言ったべリンドさんに、微笑みながら時を過ごしていたミュエルさんが確かに短いと口にした。

 しかし、一ヶ月は長いべ、そうツッコまれる。

 が、さすがエルフ。

 本当に昨日のように感じていると分かり、僕とべリンドさんは苦笑した。


「ポポアトってどういう国なんですかね? なにか、果物以外の名産品とか知ってますか?」


「俺は詳しくねえからだまっちょく」


「ポポアトは『ポピア』という果物が有名だ。ポポアトという国名を決めるときの決め手がその果物という話を聞いた。まあ、話の真偽は不明だがな。建国から数百年経過しているゆえ」


「「へー」」


 冷え込む冬の寒空の下、まあまあ豪奢な宿屋の一室に流れているのは、身体の芯を冷やそうとしてくる冬の冷気とはまた違った、なんとも言えない凸凹な三人の時間だった。

 僕と二人は同性同士だが、その年齢は祖父と兄と弟くらい離れてしまっている。

 本来であれば年齢の壁に阻まれて、共同生活や会話などなど、全くもって相容れない存在なのかもしれない短い付き合いの三人の間には、まるで種族や年齢、出身や文化などの『壁』が存在していないかのような適度な距離感と親密さが生まれていて。

 そんな、気兼ねなどない、着飾ることもしない普段通りの三人は、側から見れば有益性など何もない談笑をし続ける。

 博識なミュエルさんに話を振れば、大抵の答えは返ってくる。

 そんな彼にべリンドさんは、お世辞にも学になるとは言えない——好みの味は薄味? 濃い味? 女のタイプはどうなん? 帝国に行ったらまずなにするべ? ウェイウェーイ!——話を振り続けて、それにミュエルさんが至極冷静に答えるという、堪らず苦笑しまうような談笑は夜が更けるまで行われた。

 そんなこんなで、有限である時間は時計の針を動かして進んでいき。

 翌日の朝方になった頃に僕達は泊まっていた宿を出発して、午前の十一時くらいに、二人の目的地である『ポポアト』の国境線の上に立つ国境検問所に到着した。


「私たちはここまでだ。さらばだ、ソラ。君が成人したら、故国のワインを飲み交わそう」


「はは、お酒は飲むようになるか分からないですけど、できる限り善処します。今まで多分にお世話になりました。縁があればまた——帝国で」


「ああ。またな」


「はい、また」


 ミュエルさんとの別れの挨拶は至極淡白な終わりを迎え。彼は後ろ手を振りながら、検問所の門の方へと歩いていく。そして、最後に別れを済ませる相手は、ここに来るまでに乗っていた馬車な中で、無気力そうに項垂れていたべリンドさんだ。


「ソぉラー! 俺たちと行こうぜ? な? な!?」


「え、えーっと」


「三人で行動すれば楽しいじゃんか! お前も一人旅は寂しいって思うだろ!?」


「ま、まあそうですね。でも、ごめんなさい。僕はジオドラムへ行きます」


「く〜……これも旅か。出会いと別れってやつだ。一期一会にならねえよう、願ってるぜ、ソラ。ミュエルが言ったみたいに、成人したら酒を飲み交わそう。もちろんソラの奢りでな!」


「あはは」


 こうして、騒がしくも楽しかったアーフォルトでの集団行動は終わり。僕はたった一人で澄んだ青空の下を歩く。

 向かうは西。そこにある『ルカンルカン』の地に続く、国境の検問所だ。


「また会いましょーう!」


「ああ! またなー! ソラ!」


「今生の別ではない。快くさらばだ! ソラ!」

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