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蒼ノ旅人 ー蒼風のヘルモーズー  作者:
『ジオドラム』編〈1〉
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第106話 アーフォルト

 戦争。人間という一つの生物が忘れてしまっている弱肉強食の摂理。その体現。その実現。

 無辜であれ、有罪であれ、人という生物に『死』との隣り合わせを強制する、言わば最悪。

 世にあってはならぬもの。世にあるべきではないもの。しかし、すぐ僕達の隣にあるもの。

 僕は、そんな戦争を押し進めようとしている『ジオドラム』に、妙な歯痒さを感じていた。

 場所は船尾、その甲板の上。僕は月明かりを反射している海を眺めていた。

 海面が波で揺らめく。月が輪郭を失った。

 月光が海底へと向かう。無限の星々は空の上で煌めいていた。

 僕は、誰も、鳥や魚すらもいない静まり返った周囲を認めて、はぁ、と溜め息をついた。


 相談できる相手はいない。そもそも相談しようとも思ってない。

 僕のこれは、ただの悩み。別に僕自身の悩みではない。悩みの種はすべてジオドラムにある。

 戦争。即ち悪。攻戦であれ、防戦であれ、数多の血を流すことになる究極の最悪。

 それを押し進めてどうしようというのか。

 何か欲しいものでもあるのか。それは金で手に入らないものなのか。

 攻めてどうするのか。欲しいものがそこにあるのか。

 それとも戦争自体に意味があるのか……。

 分からない。分からない。分からない。

 どうしても、理解できない。

 攻め込む理由が全く見当たらないのだ。

 九国大陸は親密に国同士の交友が行われていた。

 にも関わらず、それを跡形もなく壊してまでも、欲しいものとは、一体、何なんだろう。


「分かんねえなぁ…………」

 

 手を取り合い、息を揃え合って、国の夢や、人々の希望、それを叶えていけばいいのに。

 平和。人々の諍い、国同士の争い……。

 それらがない世界こそ、僕達が最も尊ぶべきものじゃないのか。

 素朴な疑問に対する返答ない。

 そんな分かりきっていることを息で飛ばしながら、僕は目を瞑った。

 して、時は過ぎ去る。一、二、三。

 そしてついに、待望の十日目が僕達のもとにやってくる。

 

「ふぃー! ようやく着いたぜー、アーフォルト!!」


 港にしっかりとした桟橋が架けられた。流石の操舵技術。船はぎりぎり岸壁に触れていない。 船と港はたった一本の、どこからどう見ても、ただの鉄板でしかない橋を通して繋がった。

 下船だ。ようやく不安定な海の上を離れ、どっしりとしている陸地を足の裏に感じ取れた。

 初めて海船に乗った。それ故の反応。

 こんなに安定していたんだな、大地というものは。

 桟橋を全ての荷物を持って歩き、地に降り立った僕は、無言ながらにそう思った。

 して、そんな僕の隣で騒ぐのは、無事、陸地へと辿り着けた歓喜を声にするべリンドさんだ。

 彼はいの一番に架けられた桟橋を渡り、アーフォルトに入国を果たしていた。

 まあ、過ぎ去った航路はアーフォルトの領海だし、正確に入国したのは何日か前なのだけど。


「ははは。少しは落ち着かないか、ベリンド」


 三人の中で、我先にと陸地に降り立ったベリンドさんは、ようやく船を降りれたという歓喜で、両の拳を天に突き上げる。それを見て、二番目に下船したミュエルさんが笑い声を上げた。


「なに言ってんのさ、ミュエル! 今はこうして喜ぶべきだろー? なあ、ソラ!」


「あはは、ですね。ようやく着いたー!」


「ケハハッ! だろだろ!!」

 

 僕は嬉々としているべリンドさんに微笑みながら、大袈裟に背伸びをして、喜びを表現する。

 ようやくだ。ようやく辿り着いた。九国大陸。東方大陸の北に位置する、九国合衆の大地に。

 

「お、闇業者も下船だな」


「一歩間違えれば逮捕なのに、大丈夫なんですかね」


「逮捕と、商売で手に入る金を天秤にかけ、金を取ったのだ。心配するだけ無駄であろう」


 船から離れたところで、僕達は『殴り合いの喧嘩』を行った、同室だった男性が下船したのを認める。彼はこれから馬を用意して、積んでいる裏魔道具をジオドラムに売却するのだろう。

 船員の人と話して、大量の箱が積んである荷馬車を船からおろす。そしてどこからか来たフードの男性が馬を引っ張ってきて、それと連結。二人は馬車に乗ってどこかへ行ってしまった。

 

「いかにも怪しかったな」


「ですね……」


「ジオドラムは聖王国の聖騎士に挟まれている。裏のルートを使って入国するのだろうな」


 顔を見せないよう目深にフードを被っていた、アーフォルトに先入りしていた裏社会の住人。

 そんな彼と、青痣が残っている喧嘩した男性は何処へと消えた。そして、そんな彼と喧嘩をしたもう一人の男性も、多い荷物を船から下ろし、馬を連れてきた怪しい男とどこかへと去る。僕達がいることのできぬ世界。その隔たりを前にして、僕は何とも言えない気持ちを抱いた。 


「あれは放っておけ。間違っても関わるんじゃないぞ、ソラ。風の神に愛され、風の勇者と同じ力を授かっている君は、言わば分身。下手に身を汚せば天誅が降りかねん」


「関わる気はありませんけど、気になるのは本音です。でも、あの人たちは僕達と関わりたくない感じだったし、分別、光と闇というか、どちらも触れられない感じだなって思いました」


「そうか……それでいい。存在している世界が違う。だから触れられない。それでいいんだ」


 日に日にジオドラムへの風当たりが強まっている。

 ジオドラムの課税によって貧困化した国民の賊化など、国内外問わず治安が常態的に悪化。 僕みたいな一般の旅人は近づかない方が身のため。

 そう僕に言った、忠告してくれたのは、相席することになった港町の漁師の方だった。

 して、どうせ行く気になってんだろ? 

 そんな目を向けてくるべリンドさんに、僕は『そんな話を聞いてしまったら、知ってしまったら、余計に行ってみたい』という顔を見せ、深々と、確固とした意思を見せるように頷いた。

  

「僕は『ジオドラム』を目指そうと思うんですけど、二人はどうするんですか? 帝国に向かうんですよね?」


 港町は騒がしい人混みができるくらいには賑わっており、そのほとんどが大きな旅行鞄——というか、家にある家具を纏めてきたかのような『大荷物』を抱えている人達ばかりであった。

 もしかすると、例の軍事的圧力による防衛費増、それによる物価や税金の高騰のせいで、生まれ故郷で真っ当な生活ができなくなった人達が国外脱出をしようとしているのかもしれない。

 失礼だけど、家具を纏めた大荷物を必死に抱えている人達の質素な見た目からして、海外旅行だとは到底思えない。この賑やかしい港町の光景が、僕の想像通り、生活苦に陥った人達が生まれ育った故国を捨てて、外国へと向かう『移民』だとすると、何とも言えない気持ちになってしまうな。そう、表情に暗い影を差している人々を見ながら思った僕は、隣で背伸びをするべリンドさんと、帽子を片手で押さえ、周囲に視線を向けていたミュエルさんに話しかけた。


「私達はアーフォルトを北西に行ったところにある『ポポアト』という国に行く。その国から出港する船で『帝国』へと向かう算段だ。主目的地のリュッセルゲンは独立運動を唆す他国民の入国を帝国側に禁止されているからな。仕方なしに、大陸を迂回しなければならないのだ」


 帝国を目指しているべリンドさんと、帝国からしか入国ができないと思われるリュッセルゲンが目的地のミュエルさんは、帝国まで行動を共にする。だからだろう。ベリンドさんが僕に、


「ソラ〜、お前も俺達と帝国に行こうぜー? その方が絶対に楽しいじゃんかさー」


 と言ってきた。僕は困ったような顔をしながら頭を掻き、それでもという意志を表情に宿す。


「んーっと。僕は母さんを探す必要があるから、帝国にはいずれ行くことになるかなぁとは思ってるんですけど、今はジオドラムに行きたいので……ごめんなさい、ついて行けないです」


「別れは惜しいが、ソラの運命は帝国を選ばなかったわけだ。自重しろ、べリンド」

 

 曲がらない僕の行く道。それを認め、頷いたミュエルさんがベリンドさんへ注告する。


「うへー。はーあ。んじゃ、昼飯も食ったし、出発しようぜ?」


 各々の目的地まで道程、道筋を決めた僕達は、アーフォルトの人で混んでいる港町を、これじゃあ落ち着けないよなと早々に出て、町の外で『エビールル』へと出港する船に乗ろうとしているという、夜逃げでもするような大荷物を抱えた人々を乗せてきた馬車の御者に話しかけ、半日もかからない短時間で到着することができる宿場町まで乗せていってもらうことになった。

 僕は背もたれすらない、いつ面以外、誰も乗っていない硬い荷台の上で。

 流れゆくアーフォルトの景色——オルカストラに影響を受けたと思われる、煉瓦造りの建築物が並んでいた、遠ざかっていく港町を見つめながら。軽く、息を吐くのだった。


 + + +


「聞いてた通り、アーフォルトって何も無えー」


「確かに田舎ですね」


「都市圏外は何処もこうだろう。私の故郷も、畑や森ばかりだったぞ」


「それは極論だろー。エルムフットって農作物の輸出量、圧倒的ナンバーワンじゃんか」


 アーフォルトの港町を出発し、この国の北西にある『ポポアト』の国境を目指し始めてから、かれこれ三日が経過した、なんてことのない普通の昼過ぎ。

 本当になんにもない平野だらけの田舎道。そこを走っている馬車の荷台で揺られながら、やることがないので景色を見ているしかない僕達は、口々に目に映る景色に言葉を付け合った。

 ベリンドさんと僕の容赦のない物言いに、馬車を操縦している、この国の国民である御者は、都市から離れているんだからこんなものと言うミュエルさんのカバーを聞き、ガハハと笑った。


「アンタ等が来た国と比べるとド田舎みてえな国だけどよ、こんな国にも良いとこはたっくさんあるんだべさ。暇ができたら見に行ってくんろ! オラは案内できんけどな!」


 僕達へ気軽に声を掛けてくれる御者のおじさん。かなりマイルドに言葉を吐いた僕は、失礼だよなぁとは思いつつ、その言葉にホッと胸を撫で下ろす。そして、僕は九国大陸に精通しているだろう、長年、馬車を操縦していそうな中年の御者のおじさんに話を変えて、声を掛けた。

  

「あの、ジオドラムって国のこと何か知ってますか? 僕、その国に行こうと思ってて」 


「ああ? 茶髪の兄ちゃん、本気なんか? あんな『重税国』に行こうなんて、とんだ『ブルジョア』だなぁ。えっとなぁ、ジオドラムに小麦を売りに行くって知り合いが居んだけどな? そいつの話だと、今の『国王』が即位する前まで『王都?』っつう都会にはそこんとこの国民がぎょうさんおったらしいんだわ。けど、今の国王——なんつう名前だなったかなぁ? お、オウウベッド? たしかそんな名前のやつが王様になってからな、王都で暮らしとった人等が少なくなっちまったらしくてさ、今じゃ、都会の跡形もねえくらい閑散としてるんやってさ」


「…………なるほど」


 やけに訛っている御者の言葉を聞き、僕は今のジオドラムの状況を脳内で想像して、国外への逃亡に納得を示した。おそらく、王都で暮らしていた住人のほとんどが重税による生活苦で王都の外——どころか『ジオドラム国外』まで逃げ出したのだと思われる。周辺諸国ですら大陸の外へ移民する人々がいるわけで、その不景気の中心であるジオドラムの人々が国外逃亡の手を打たないとは全く思えないし、先の御者の話的にもその線は当たっているような気がする。

 そうなってくると、職なしの僕が行くのはあまりにも無謀な気がしなくもない。住民税とかを旅行客に課すとは思えないが、入国の際に発生する通行税やらを強引に徴収されてしまうのは想像に難くない。これは、ジオドラムに行く前に金銭的な準備をした方が良いかな。彼の国に住まう人々が逃げ出すレベルなわけだし、ジオドラムでの職は当てにしない方がよさそうだ。


「ジオドラムの名産物って何かありますか?」


 話を変える。僕はジオドラムが誇っている主力産業についてを問いかけた。すると、さすがエルフ。さすがの博識。ミュエルさんが口を開く。


「ジオドラムは幅広く産業を持っている故、これといった強みは聞かない。しかし、短剣やナイフの工芸は有名だったはずだ。ジオドラム製のそれらはプレミアが付くほどだからな」


 プレミア付き。ということは、一次売りよりも二次売り三次売りの方が値が高いわけだ。

 転売とか凄そうだな。まあ、今のジオドラムの状況でそれができるとは全く思えないが。


「じゃあ、僕が折っちゃった『ナイフ』も直せたりするんですかね? 爺ちゃんからもらった物だから捨てられないんですよ」


「できるかは知らねえけど、できなくはないんじゃないか? ま、その辺は運ってやつだな」


 両掌を枕にしているべリンドさんが、僕の宝物が直せるかどうかは『出会いの運』だという。

 僕は確かにと納得し、頷いた。すると、御者のおじさんが口を開いた。

 

「ジオドラムのナイフはオラでも知ってるぞ? あそこの包丁はよく切れた。今でも大事に使ってるくれえだべさ」


「なるほど」


 そんなこんなで日が暮れて。夜闇が満ちる時間帯。

 ガタガタとアーフォルトの宿場町を目指して進む馬車の荷台から、朱に染まる夕焼けを眺め終えて、暗き夜空で輝きを増す月の光を浴びていた僕は、上に向けていた視線を前へ向けた。

 僕の視界の先には、都市とは言えないくらいの、中規模な防壁が見えてきていた。

 港町を出発してから、かれこれ八時間。

 硬い座面に座り続けて、お尻が痛くなっている僕達は、到着が目の前であることを認めて、荷台の上に転がしていた自分の荷物を抱えるのだった。

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