第105話 裏魔道具
貨物船に乗船してから七日が経った。乗客から『余裕』というのが消えていることに気付く。
乗組員はこういう『長旅』は慣れているらしく、変わらずの素っ気なさである。
しかし、その不変さが僕にはありがたい。なぜなら、思慮する必要がないから。
ピリピリしている人、ムカムカしている人、あとずっと船酔いで体調が悪い人。
それに無言が増えた人、部屋から出なくなった人、いつもと変わらない人等々。
体調が悪い人は小ぢんまりとした医務室に掛かりつけ。ムカムカしている人は荒い息を吐きながら寝たきり。ピリピリしている人は物に当たって、それを確認した乗組員に怒られていた。
無言の人は、僕が声を掛けても『ぁ……』と空虚。部屋に閉じこもっている人は確認のしようがないので、何もないことを祈る。いつもと変わらないベリンドさんやミュエルさんはよくよく話をし、食事を進め、たまに体が鈍らないように『模擬戦』を行うなど、非常に仲が良い。
僕は『ある意味騒がしい船の様相』を認めながら、だが落ち着き払い、また海を眺めていた。
『クワワ、クワワッ』
「…………」
この七日間で今に乗船している『船』のことを調べてみた。
乗組員は僕の探求に対し、よしてくれと言って一蹴。
仕方ないので、自分の足で船を歩き、様相を認め、乗客から話を伺った。
それで分かったこと。この貨物船。
否『マルバッド商船』は、僕の目的地『ジオドラム』へと輸出する物品を載せているらしい。
ジオドラムは輸入業者に対して、高い入国税や関税を課している。
にも関わらず、そこを目指している不可思議。その点をよく調べてみると、どうやら輸入品の種類によって、税率というのは変わってくるようだ。
武器や国内で賄えない特殊な食料品なんかは関税をほぼゼロにし、業者の入国税なんかも有る程度は免除してくれるらしい。
戦争準備をしている国に、食料品ならまだしも、武器を売るってどうなの。
僕はそう思った。
しかし委細関係なし。
売れればいい、稼げればいい。そんな魂胆が、この船を出しているマルバッド商会からは透けて見えて、僕は堪らず溜め息をついた。
マルバッド商会と連携しているらしい御者の、聞けばなんでもしゃべってくれるカシザキさんは、今は酔っ払って寝ている。
して、武器を売りに行くらしいこの船に乗りながら、思う。
止めなくていいのか、と。
その結論。止めることはできない。僕はそこに落ち着いた。
聞いた当初は止めるべきかと思ったが、それが不可能だと早々に断じれた。
船を止める。それ即ち『職を止める』というわけだ。
この船に乗船している船員は、武器の輸出に『加担させられている』だけなのだ。
そこに悪はなく、ただ仕方ないという既成事実しかない。
船を無理矢理に止めてしまえば、彼らは職を失い、家族や自分を養えなくなるのだ。言ってしまえば不幸にする、とも言える。それを避けたのが、今だ。
まるで人質だな。しかし憐憫は彼等彼女等には不要だ。だから僕は素面を、常の状態を貫く。
「……お腹空いたな。もうそろそろで一七時か」
渡り鳥が鳴いている。僕は黄昏時のカラスの代わりだろう鳥たちを見上げながら、船尾の甲板、そこで「ふぅ」と息を吐いた。そして、ギシギシと船板を踏みしめながら、食堂へ向かう。
食堂には多様(三種類)の有料食が存在している。
ア・定食、白身魚のフライと白米『三〇〇ルーレン』。
イ・定食、貝のカレーライス『三〇〇ルーレン』
ウ・定食、船製のしっとりとしたパンでのサンドイッチ、二つと同じく『三〇〇ルーレン』。
ソルフーレンやハザマの国なら一〇〇ルーレンもしないだろう出来のそれらが、この船が誇っている有料食だ。足元見やがって。そう吐き捨てていった同室の人族の男性が記憶に新しい。
「おっす」
食堂へ赴くと、そこには先客が。獣人のベリンドさん達だ。ベリンドさんは僕の姿を認めるなり、軽い調子で声を掛けてきた。手を上げている彼と同じく、僕も手をあげて挨拶を交わす。
「どうも、早いですね。まだ五時なのにご飯だなんて」
二人とも有料の食事を摂っていた。これくらいしか金の使い道——底部で夜な夜な博打会が開かれているそうだが、僕は近寄ってない——はないのだから、温かい食事をと思うのだろう。
ベリンドさんが食べているのはカレーライスだ。じっくり煮込まれたそれには野菜や肉はなかった。ほとんど煮詰める過程で溶けてしまっているのだろう。なかなかに美味しそうである。
「ソラも夕食か? 食べる以外の娯楽に乏しいこの船だと、やはり食事が早くなるな」
「ですね」
彼の対面にいるミュエルさんが食べているのは、船で作られたパンでできたサンドイッチだ。 そのサンドイッチには、生ハムと再生野菜——特殊な加工を施してから水分を極限まで抜き、相当な長期保存を可能にした、水につけることで鮮度を取り戻すという特殊加工食品——が挟まれており、シャキシャキと非常に美味しそうだった。しっとりとして美味しそうだなと思う。
で、僕は食べる以外の娯楽に乏しいと言ったミュエルさんにコクリと頷く。食べるか寝るか、散歩するか。本当にそれくらいしかないからな。まあ、それもあと二、三日で終わりなのだが。
「ソラはなに食うんだ?」
「僕もカレーで行こうかなって思ってます」
「おん、おすすめだぜ〜これ。スパイスが効いてて辛いけどな」
僕は二人と別れて、厨房のカウンターへ向かった。そしてルーレン銅貨三枚を手に、対応してくれた食堂のおばさんに『イ・定食』を注文する。はいよ、と淡白な返事が来て、時を待つ。
「はいよー、イ・定食お待ち」
「ありがとうございます」
待つこと五分。ホカホカな白米とカレーが一緒に装われている皿を僕は受け取った。そして二人が食事をしている卓へ向かう。そこで三人して食事を進めていく。すると、唐突に食堂の出入り口の方から、ガンッという何かがぶつかった音と、直後に野太い男の怒号が響いてきた。
「おい、ゴラァ! テメエ、俺の服にブツ溢してんじゃねえゾ!! 殺すぞテメエ!?」
「んだとォ! テメエがそこにいるのが悪いんだろが!! テメエこそ死にてえか!?」
もはや落ち着いて食事なんかできる状況ではない、二人の男性——うち一人は僕達と同室の男性——が発する『ドスの効いた声』が轟く食堂内。
ついに本格的な喧嘩が起きてしまった。
僕達の他に食堂で夕食を取っていた、他数人の乗船客たちは、その怒号にビクッと肩を跳ねさせつつも、聞くに堪えない貶し合いを始めてしまった両者から冷静に距離を取ろうとする。
しかし、とうとう目の前で始まってしまった殴り合いの喧嘩。それを見た老女が、堪らずといった感じで「キャアーッ!」と耳を劈く金切り声を上げてしまい……。
それを聞いた渦中の二人は、場の混乱の極地が怒りの燃料になってしまったように、その喧嘩をさらにヒートアップさせてしまった。
まるで火事。まさかの状況に食事の手を止めていた僕達と同じく、時を止めてしまっていた船員たちは、金切り声を聞いてハッとし、止めろ止めろ、そう言いながら、喧嘩——というにはあまりにも激しい——殴られた頬から滂沱の血を流している男達の間に止めに入ろうとする。
そして、その乗船客同士の殴り合いの喧嘩に対して、口に含んでいた絶品カレーライスを一気に飲み込んで立ち上がった僕は、仲裁をしようとするも、目を血走らせて言葉にならない獣のような怒号を発し続けている、明らかに『タガ』が外れている両者に手を拱いてしまっている船員達の代わりに、取っ組み合いを続けている中年男性二人の間に割って入り、その『人外の膂力』を此処ぞとばかりに発揮して、顔中を血だらけにしている両者を強引に引き剥がした。
「ちょっ、マジで何してんですか、アンタ達は!?」
引き剥がした片方を腕力で無理やり押さえつけ、もう片方を船員達に押さえつけさせた僕は、ありえない蛮行を働いた男達を荒げた声を発しなながら力尽くで諌止する。
が、押さえられて身動きできない状況にも関わらず、暴言を吐き連ねる彼等は、顔中を打撲による裂傷まみれにした様相で殴り合っていた互いを睨み「殺してやる!」などと、全くもって目も当てられない至極稚拙』言動を続けた。それを暴れようとする一人を押さえながら見聞きしていた僕は、これじゃあ話にすらならないなと思い、仕方なしに、陸に打ち上げられた魚のように跳ね暴れる男を、目にも止まらぬ速すぎる手刀で気絶させ、超強引に大人しくさせた。
「はあ……もし暴れるようなら、次はあなたですよ」
「っ!? …………わ、悪かったよ。もう、暴れない。そいつとも関わらないようにする、だから信じてくれ」
「今のあなたを僕が信じることはできません。でも、この人とは関わらない方がお互いの為だと思います。そのまま自室か医務室で大人しくしててください。怪我もすごいし」
「あ、ああ……」
実力というのが隔絶している僕の力尽く。それを前にし、暴れていた男は血の気を引いた青い顔をしながら、我を忘れる怒りすら忘れてしまったように、僕の言葉を大人しく聞き入れた。
そうして、止血のガーゼを顔に貼り付けられた男は、応急手当てをした船医に到着までの外出禁止を言い渡され、彼等に連れられるがまま、自室へと帰って行く。
それから十数分後、僕の手刀で意識を落としていたもう片方が目を覚まし、先の彼のように僕の『脅し』に顔を青くしながら、船員に応急処置をされて軟禁される部屋へと帰っていった。 ようやく静かになった食堂に流れる空気は重い。せっかく自腹を切った料理はとうに冷めきってしまっていて、ことの成り行きを見守っていたベリンドさんとミュエルさは苦笑していた。
「急にびっくりしましたよ」
卓に戻ってきた僕は、僕の善的な行動に『やれやれ』という顔をしている二人にそう言った。
突然に始まったしまった。殴り合いの喧嘩。密室空間を七日も過ごしているんだから、誰かが誰かと『いざこざ』を起こすとは思っていたけど、あんな殴り合いがさすがに予想外だった。
「だろう。そろそろ『何か』は起こるだろうとは思っていたが、まさかこんな場所でとはな」
「俺的には、あんな脛に傷がある連中の喧嘩なんざ、ほっとけほっとけぇって感じなんだけどよー。ソラは優しいな。人死にが出ないように止めに入ったんだろ?」
「ええ、まあ。さすがに、あれはどちらかが重症になる殴り合いでしたからね」
あのまま喧嘩を続けていたら、どちらか、もしくは両方に重篤な後遺症が残りかねなかった。
故に無理やり制裁したわけなのだが。二人とも目を打っているし、何もないといいんだけど。
「今日で七日も船の中に閉じ込められているんだから、そのストレスかもしれないですけど、あまりにも粗暴じゃないですか? 浮浪者じゃないとすると、あの人たちは何なんですかね」
「ゴクゴクッ、プハアッ! あー……アイツらはアレだよアレ。ジオドラムに『闇市』で卸した違法な魔道具——通称『裏魔道具』を売りに行く連中だな。それでお互いに吠えたんだ。同族嫌悪ってぇやつだな」
割高なプライスをしているエールを呷ったベリンドさんが、とても気になることを口にした。
僕は『闇市? 違法? 裏魔道?』という顔で、貝のカレーライスを食べすすめていた手を止める。
「や、闇市で卸した違法な魔道具……裏魔道具って……絶対に大丈夫なやつじゃないですよね? 脛に傷どころじゃない、マジでヤバいやつでは? 船に乗せちゃっていんですかね?」
「所持してるだけで国際法違反。厳罰の対象ー。魔道具を作っていい認められている国は現状でルフとクラウディア聖王国だけ。それ以外が作ったそれは安全性に欠いているから、過半数賛成によって国際法が制定された。二国製以外の魔道具は違法だよ、だから持つなーってな」
魔道具。照明や火の魔道具なんかはよく見るし、よく使っている。しかし、魔導国と呼ばれている極東の島国・ルフと、クラウディア聖王国以外が作製したそれが違法なのは初耳だった。
作れる技術がその他の国にないだけなのだろうと思っていたが、まさか技術を二国が独占していたとはな。おそらく、知らないだけで『魔道兵器』なんてものもこの世にはあるのだろう。
自立魔道兵器。あの蜘蛛みたいなやつを、そんなのをもしポンポンと作られたら、この世界の均衡は容易く崩壊する。故に、二カ国に絞った。国際法制定の理由はそんなところだと思う。
明記した二国以外は違法。国際法違反で、個人どころか『国にも罰』が下りかねない。しかし、現実は闇市などのアンダーグラウンドで違法魔道具は違法製造、違法取得が行われている。
一気に世界が仄暗くなった気がした。僕達が暮らしている平和の底で、着々と終末の時計は秒針を動かしている。本当に絶妙なバランスで成り立っている世界を認識し、僕は息を呑んだ。
「これ、言ったほうがいいんですかね……?」
こそっとベリンドさんに話す。国際法違反者を見つけたかもしてないと、人に言うか、否か。
別に盗み聞いている人はいないのに、かなり小声になっている僕へ、ベリンドさんは言った。
「そりゃ『超っ無駄』だな。どうせこの貨物船を運航させてる『商会』がグルだぜ。下手な正義感で向かっていってみい、この『場』で下船させられるのがオチよな。それを理解してるから、荷物を乗せた『船員』も見て見ぬフリをしてる。仕事がなくなったら飢えて悲惨だろ?」
「闇市で卸した裏魔導具は、もしかしなくてもジオドラム関連ですよね? 持つだけで信用をなくすそれまで売りに行くって、ジオドラムは一体なにをするつもりなんですかね……?」
緊張感。つーっと汗を湛えている僕の声を潜めた問いと、答えを求める視線を浴びるベリンドさんは、一度泡が無くなってしまっているエールを呷ってから、至極静かな口調で言った。
「そりゃあ……他国との『戦争』だろうな」




