第96話 感謝を伝えて笑い合う
「ね、これどう?」
「え、ああー……分かんないけど、いいんじゃない?」
快晴。ワイシャツに地味なズボンという格好で、露店の側に立つ僕は、銀細工を敷物に広げているアクセサリー店の前でしゃがみ、手に取った品物。銀と蒼水晶のピアスを見せて、これどう? と僕に商品への評価を求めてくるラーラに、なんのつかみどころもない言葉を返した。
君が付けてる空の耳飾りの方が綺麗だとは思うけど。そんな無粋なことを言わなかっただけよしとしてほしい。
そんな思いを抱きながら、僕の言葉に『端から規定してなかったけど』という顰めっ面で鼻を鳴らすラーラに、期待してないなら最初から聞かないでほしいなと、意地悪なことを思った。
そして、隙あらば僕の腕を自分の腕と絡ませようとしてくる、下着の肩紐らしきピンクの紐を、大胆に開かれている肩部から晒している、この『目的無き買い物』をすることになった発端者である、露出過多としか言えない格好の『パリィ』を軽く遇らった。
「ソラっち隙ねぇー。割と機敏に動けるのに、女子の『心の機微』はワカンナイトカ。あぁあ。ラーラ可哀想ーー」
「そんなこと言われても、よく分かんないし……だから、僕に聞かれても困る」
「ふーん……でもでも、ソラッちアクセ付けてんじゃん」
「これは貰い物だから、自分で選び買った物じゃないよ」
僕の左腕と、右手の指につけられているアクセサリー。
まだ何も言えていない『金の腕輪』と、マジで何も分かっていない、微弱な紫光を発している『銀の指輪』を見てくるパリィに、僕は『今気付かれるのは不味い』と思い、さっと隠した。
「ふぅーん。あ、彼女っつこと? うっはぁーー!」
「いや、彼女って……恋人はいたことないよ。これをくれたのは新婚の友人夫妻と、姉を自称してる変な人だよ」
「姉を自称って、どういうこと?」
模擬戦の後から明らかにおかしくなったエリオラさんに興味を示したのは、結局アクセサリーを買わなかったラーラだ。彼女は僕の口から出た、自称姉、という言葉に怪訝な顔をする。
気になるのは分かるけど、僕もよく分からない。だから何言いようもない。一言言えるのは、
「まあ、変な人だよ」
と、これくらいだろうかか。僕は素直に思ったそれだけ言う。僕もどう言えばいいのか分かっていないということを、さっきの僕の反応で察したラーラは事情を追及せず。
「ふーん……まあ、世界には色んな人がいるものね」
とだけ言って、その話は打ち切りとなった。
こんな感じで、重度の二日酔いのせいで行動不能になった、ぐわんぐわんすると言ってまったく動けないパリオットさんのせいで、しばらく休養、強制的に休むことになった僕とラーラ、そしてこの買い物を提案したパリィと、その付き添いであるコッペパムちゃんの買い物は続く。
+ + +
「あのさ、ラーラ」
「ん?」
長い買い物——結局なにも買わなかった——を終えた日の夜。
いつも通り僕の部屋に来てベッドを占領したラーラに、僕は意を決して口を開いた。
「これ、何だけど……」
僕の声を聞いて、ベッドに倒していた身を起こしたラーラに、僕は自分の左腕に嵌められている金色の腕輪——オルカストラの国宝であり『聖歌の腕輪』と呼ばれているもの。
と思しきアクセサリーを外して、それを『キョトン』とする彼女の前に差し出した。
そして彼女に『これをどうするべきか』を訪ねる。僕は『国宝』らしきこれをオルカストラに返還する意志があるという言葉と共に、これが本当に『千年前に失われた宝具』なのかどうか。それを、オルカストラの歴史に通じているだろう、現歌姫であるラーラに問い掛けた。
「んー……確かに、読まされた本に描いてあった絵の物にソックリだけど。これ、本当に『アイリの人』からもらったの? アイリって千年前に途絶えた一族なのよ?」
「確かだよ。僕は確かに、アイリ村で数日を過ごしたんだ。そこで魔人と戦って——その戦いで気絶しちゃって、起きたらよく分からないまま、アイリ村も、村の人達も消えて無くなってしまってた。けれど、確かに——あの人たちは僕と共に『今この時』を過ごしていたんだ」
嘘偽りが一切ない真摯な眼差しを向けられるラーラは、僕がミファーナに到着する前に経験し、ミファーナへ向かうキッカケを作った、不可思議としか形容できない数日間の波乱に対して若干の戸惑いを顔に出しつつも、僕の話を全く疑っているような感じではないように見えた。
そうして、彼女は手渡された聖歌の腕輪をマジマジと見つめ、自分が思ったことを口にする。
「…………で、これがソラの友人と恩人の『結婚祝いの引き出物』ってことなのね」
「結婚祝いっていうのは分かんないけど、そう思ってはいる」
「んー……多分だけど、これはソラの言う通り『聖歌の腕輪』なんだと思う。
ソラがアイリの一族と会って、その人たちに渡されたっていうなら間違いないわ。
だって、聖歌の腕輪を守護していたのが『アイリの一族』なんだもの」
「……そっか…………」
やはり、旅立ってしまったロンとアイネさんが僕に渡して。
いや、残していったものは、オルカストラの国宝だったようだ。
正直に言って、そんな大層なものを渡されても困るのだが。というか、めっちゃ困ってる。
二人はなにを思って、なにを伝えたくて、これを僕なんかに渡したんだろう?
引き出物だと僕が言っているのは、ただ自分を納得させるための、言わばこじつけだ。
結局のところ、これを残していった理由は不明なまま。
二人はオルカストラの国宝を誰かに奪われることを危惧したのか。
または、現世を旅することになっている僕に、国宝の返還を頼んだのか・
これを渡し、残していった本人達。ロン・アイネ夫妻はもうこの世にいないのだから、真実が定かになることは金輪際、訪れることはないのだろう。
しかし、残されて、託されて、渡されてしまった僕に何も伝えないのは苦言ものだ。
次会ったときは文句を言おう。こんなの渡されても困るよって。そう密かに心の中で誓いながら、僕はコロコロと手の中で聖歌の腕輪を転がしているラーラに、外していた意識を向けた。
「で、ソラはこれをどうしたいの?」
問い掛け。純粋な、質問。その言葉を聞いた僕は、悩むように数回瞬きした後、ラーラの手に握られている友人と恩人からの贈り物である金の腕輪——聖歌の腕輪を見た。
「正直に言うと、死ぬまで会えない友人と恩人、ロンとアイネさん夫妻から貰ったものだから、思い出として持っていたいと思う。なんで僕に宝具っていう貴重な物を渡したのか……その理由は、二人の思いは分からないままだけど、でもこれはあるべき場所に、オルカストラに、ラーラの手の中にあるべきなんじゃないかって、僕はそう思った。これをラーラが持っていれば、ラーラに降り掛かるかもしれない『害』が退けられるって言うのなら、やっぱり歌姫のラーラが持っているべきなんだと思える。だから……うん。それは国に、ラーラに、返すべき物だ」
僕は、ロンとアイネさんから託された『聖歌の腕輪』を返還する旨を、確固たる意思を、ただ一言一句言葉にして、持つべき者である歌姫のラーラに真摯に、真っ直ぐに、正直に伝えた。
「…………ソラは、いいの?」
「うん。そもそもそれは、オルカストラの国宝なわけだし、僕が持つべき物じゃないよ。知っててこれを隠し持っているわけにもいかないし、何となく気付いてそうなボイラさんに「今まで黙ってた分はアタイの『拳骨』でチャラにしてやるよ——!!」って殴られたくないしさ」
僕が黙って持っていた場合、実際そうなってしまいそうな『もしもの未来』を幻視させる冗談を笑いながら言う僕の顔を、ラーラは黙り込んだまま、じーっと穴が開くほど見つめてくる。
そのラーラの視線には『これを返還して、二度と取り返しがつかなくなっても、ソラは後悔しない?』という問い掛けのような思いが込められていた。
その視線に対し僕は、この腕輪を失ったとしても、友人達との思い出が失われるわけではないから『絶対に後悔はしない』という、包み隠さない純然たる意思が込められた視線を返した。
問い掛けの視線。
返答の視線。
交わし合う僕とラーラの間に流れる、世界から音が消えてしまったかのような静かな時間の中で。僕はブレない答えをラーラに返し続けた。僕の確固たる意思を受け取ったラーラが、
「そっか……」
と言った後に取った『まさかの行動』に僕は——あらん限りに目を剥いた。
「これは『ソラが貰った物』なんだから、これは『ソラの物』よ。だから、私やオルカストラに返す必要は無いわ」
返還する意思。それを了解したように頷いたラーラが取った『まさかの行動』とは。
手に持っていた聖歌の腕輪。
オルカストラの国宝を至極雑に、完全に気を抜いていた僕に『投げ返す』ことだった!
「おっおちょちょととっっ!?」
「ぷっ、あははは! ソラが変な声出した! うふふ。急に投げられてビックリした? あ、ごめんね? それ、ソラの大切な人達から貰った物だったわよね。雑に返してごめんなさい」
「ぶぶ、ここけっ、こっ、なな——あっっぶな!?」
雑に投げられたせいで、硬い床に国宝を落としそうになった僕は、一気に汗を噴き出させながら椅子から飛び出し、衝突寸前のそれを両手でなんとかキャッチする。そしてガバッと立ち上がった僕が、僕の反応を面白おかしそうに笑うラーラに「何やってんのっ!?」と言う文句を言おうとして、しかしまさかの行動に心臓を暴れさせたせいで盛大に舌を絡れさせてしまう。
「べべぶぶっ、や、いや……え? あ、いや……え?」
「ふふっ、もう、オドオドしすぎ。言ってるでしょ? それはソラが貰った物だから、私や国に返す必要はないの。だって『千年』も前の大昔に失われた物なのよ? 今さら返す必要なんてないわよ。時効ってやつよ。時効!」
「じ、時効って、言葉あってる……? いや、いやいや! 時効ってったって国宝だよ!? 国宝!! 返す返さないじゃなくて、返さなきゃいけない物じゃないの!?」
たとえ千年が経とうが一万年が経とうが、時効なんてないだろ、これに。そう言っている僕に、ベッドに腰掛けたままでいるラーラは、強く言い聞かせるように、腰に手を当てて言った。
「だーかーらー! 時効だから返す必要ないってば!!」
聞く耳持たず。さっきの蛮行で混乱の極地にいる僕は、必死に説得するように詰め寄った。
「いやいやいや!?」
「いやいやいや!!」
彼女の眼前で首をフルフルする僕へ、ラーラは負け時と首を振る。
「いやいやいやいや!?」
「いやいやいやいや!!」
「「いやいやいやいやいやいやいやいやいや!!」」
なぜか揃ってきた息。行動まで同じにしてしまえば、今の状況が面白おかしくなって。
僕とラーラは必死に相手を否定していたのに、つい『クスッ』と吹き出してしまった。
「ぷっ、あはははは!! もう! ふふふふっ!」
「ぷっ、ははっ、もうさっ…………いいの……?」
久しぶりにこんなに笑った気がする。僕は目尻に涙を溜めながら、腹を抱えて大の字に寝転がったラーラに言った。すると、彼女はゆっくりと身を起こして、こう言ったのだ。
「うん。ソラは私に正直に、嘘を吐かずに言ったじゃん。だから、私だって嘘を吐かずに言ったわ。それはソラの物。これからもソラの旅を助けてくれる、ソラの友人達からの贈り物よ」
嬉しかった。心から、嬉しかった。
それは宝物を自分の物にできたからじゃない。
真摯に、真剣に、真面目に。
僕の友人と恩人を、あの夫婦のことを、認めてくれたから。
それがただただ嬉しくて。ただただ嬉しくて。
誰も信じてくれないような、嘘のようで本当の話。
それを信じてくれたラーラに、僕は泣きそうになってしまった。
「………………ありがとう」
「…………もう、急に畏まんないでよ。ほら、笑って」
「絶対に、絶対に……大切にする」
「うん。絶対。それはいつか、ソラの旅を助けるから」
「……ありがとう、ラーラ」
「——ふふっ、うんっ!」
この日、この時、この場所で。僕はロンとアイネさん夫妻からの大切な贈り物を、正式に受け取ることができた。
僕は、僕の背中を前へと押して、紛れもない答えを出してくれたラーラに、包み隠さない感謝を真正面から伝え贈る。
その感謝を受け取り、美しい笑みを咲かせるラーラと僕は、しばらくの間、お互いにつられ笑いをし合うのだった……。
メインヒロインすぎる




