第93話 耳飾りは蒼く
ゆっくりとした歩幅で並んで歩く、同年代の男女。
側から見れば恋人。とまではいかないものの、長年の付き合いがある『幼馴染同士』に見えなくもない、仲睦まじそうな二人はその実、出会ってから数週間という間柄だ。
そんな、初々しさを感じさせない熟年のような二人の間には、嬉々とした感情や雰囲気は一欠片もなく、まるで別れ話をしているかのような陰鬱とした、暗い影が差し込んだいた。
悲話を聞かせる言い手と、それに耳を傾ける聞き手。
隣に立つラーラと比べて、頭ひとつ分背が高い僕が聞くことを望んだ、ラーラの過去。
彼女の姉であり、前歌姫だったリヴィラさんとの出会いと別れの話。語っている彼女の表情には、悲しみと寂しさ、そして羨望の感情が見え隠れしていた。
それを顔に出さないようにしているのは、今にも声を上げて泣き出してしまいそうな、彼女の『本心』をひた隠すためなのか。それは隣を歩く、出会って間もない間柄の僕には分からないけれど、ラーラが語る『彼女の過去』の一部始終を聴き終えた僕は、やはり二人は普通の別れ方をしていないんだなと、ラーラの悲しげな表情から察せていた、姉妹の状況が腑に落ちた。
そして悩む。僕は『何を言えばいい』のか、と。
下手なことを言って、気を遣わせてしまうわけにはいかないから、ここは慎重に言葉を選んで、僕が思ったことを口に出さねばならない。
聞くに、リヴィラさんは愛した『もう一つの家族』を取って国を出たというわけで。
それで選ばれずに残されてしまった家族がラーラとボイラさんということ。
ここで『リヴィラさんは『一番大切』な家族を見つけたんだね』という、残されたラーラたちのことを考えない発言をするわけにはいかないのだ。それだけデリケートな家庭の事情……。
「…………ぷっ——ふふふ……」
感情を表に出さないように、表情を固めていた彼女とは対照的に、無意識に『一体、僕はなにを言ってあげればいんだろうか……』と悩みに悩む表情をしてしまったいた僕を見たラーラは、その顔が面白かったのか、はたまや僕の様子がおかしかったのか「あはは!」と笑い出す。
「な、なんで笑うのさ……こっちは悩んでるのに」
「だ、だって……ふふっ。もう、そんなに気にしないでよ。私はもう平気だから、ソラが気にする必要ないのよ?」
ラーラは僕に対してそう言った。彼女は気にしてない振りを、無茶な空元気を見せているのではないかと、そう思ってしまった僕は、しかし気にするに決まってるじゃんという顔をする。
「だから平気なんだって! もう、何年も前のことだし、乗り越えていかなきゃ生きてけないでしょうがっ!」
そう声を張ったラーラは、ええ? という顔をする僕に、見舞いだ! とばかりに強烈なチョップを繰り出した。
しかし「あいた!?」と攻撃した本人が痛そうなリアクションを取り、僕時はそのチョップにより、強烈な『既視感』を感じた。なんとなくだけど、ラーラはアミュアちゃん似だなって。
「…………そう、なんだ」
「そうそう。だから大丈夫。ふふっ——ありがとね、ソラ。私のために気にしてくれて」
彼女は後ろ手を組み、僕に笑む。それを見せられてしまった僕は、これ以上の心配というのは無粋なのだろうなと思い、ふっと口を閉ざした。そして暗めの微笑を浮かべ、口を開く。
「……いいよ。ラーラがいいなら、それで」
「……うん。さっ、話も終わったし、早く行きましょ!」
「ラジャー!」
「あはは! よし、それじゃあ、競争ね!」
「ラジャー……え?」
はい? 競争ね。と、そ、いきなり過ぎる『駆け出し宣言』を上げたラーラは、ぎこちなく見える『走り出すポーズ』を取り、急すぎない? と呆気に取られている僕を置き去りにした。
「よーいドン! ほら、早くしなきゃ置いてくわよ!」
「合図が自分本位すぎないか……?」
「ほら、早くーー!!」
「はあ。仕方ないな……————ふッ!!」
「——? ——ええっ!?」
悪戯好きな子供のような表情で走っている、彼女の背中を『ポカーン』と呆気に取られたような顔で見つめていた僕は、彼女が振り向きざまに『僕を煽る』表情を見せつけてきたので仕方なく、少しだけ本気を出した。
地面を軽く踏み込んだ僕が浅く畳まれていた膝を解放すると——
四十メートル先を笑いながら走っていた『悪童』を瞬く間に追い越して、まるで瞬間移動をしたかのように『僕の背中』をラーラに見せつけた。
そうして、あっという間に先越した僕が「さっきの合図はズルじゃ」と言い掛けながら僕の後を走っているだろうラーラの方へ振り向く。すると、気を抜いていた僕の目の前には、彼女の胸があって。僕の『がら空き』だった背中に飛び掛かるために地面から足を離したのだろうラーラは、僕が振り向いたこと驚きつつも『もう避けらんないわ!!』という晴れやかな笑顔を浮かべて驚愕で固まる僕に突撃する。
「ぶぁぶぅうっっっ!?」
顔面を胸で強打された僕は、オルカストラの心臓たる『歌姫』のラーラが怪我をしてしまわぬように、不意打ちすぎる突撃の威力を殺すため、後ろへと倒れ込んだ。
当一件の犯人であるラーラは悪びれた表情を見せぬまま、受け身を取ろうとしている僕へと何故か抱きつき、後ろに倒れる僕を押し倒す形で上乗りになって、クッション役に徹しようとしていた僕の腹部に、その全体重——感覚的に四十数キロ——での攻撃を繰り出したのだった。
「ぐえっ」
「あは! ソラ、ごめーーーーーーんっっっ!!」
+ + +
「よくいらっしゃいました、歌姫様——と、護衛の騎士様。私は『オカリナ守護村』を総べる『オカリナ一族』に雇われた、一、メイドでございます。
ささ、オカリナ一族の当主様が屋敷の中でお待ちです、靴のまま、こちらへ」
なんだかんだ——下敷きになった僕へと繰り出された、推定四十数キロのボディプレス——はあったものの、あの程度の攻撃は痛くも痒くもないないが、悪びれない彼女に反省を促すため、腹部を摩って痛がっている振りをしていら僕と、ごめんごめんと言いつつも反省の色がないラーラの二人は、擬似宝具である空の耳飾り。ラーラ曰く『ソラと同じ名前だから強そうよね』を守護している最初の目的地、オカリナ一族が総べる『オカリナ村』の村長宅に到着した。
ミファーナにある『ボイラさん邸』と比べるとやや遠慮した大きさ——それでも十分に豪邸——をしている屋敷の大扉を、緊張しているのか、若干だが表情が強張っているラーラがドンドンと強く叩くと、数瞬の間を置いて人の声が門前で待っていた僕達のもとへ届き、今に至る。
出てきた『栗毛のメイド』によって屋敷の中へと招き入れられた僕とラーラが、長い廊下をトストス歩いていくと、一際大きな両大扉の前で、僕達を案内していたメイドが立ち止まった。
「ユビフキ様、歌姫様がいらっしゃいました」
オカリナ守護村。そこの村長であり、オカリナ一族の当主である、名を、ユビフキ。
その名を栗毛のメイドが呼ぶも、まったく物音がしない、ただただ静かで肌寒い廊下に立つ僕達の元には、呼び声の返事が届くことはなかった。
しかし、その違和感を感じるほどの沈黙が『通せ』という、ユビフキさんの意思の表れであるということが、この場に流れている厳格な空気により、難なく察することができた。
鼻腔の奥が痛くなるような、冬の寒空を想起させる底冷えの空気を吸って吐くラーラの面持ちは緊張に染まっている。
ここに来るまでに聞いた『昔話』の内容。彼女の語り口的に、ラーラは擬似宝具の守護者や国の重鎮たちに『苦手意識』を持っているのではないか。
そう、確信なく思ってしまっている僕が、緊張で強張ってしまっているラーラの肩を『一人じゃない』と伝えるように、安心させてあげるようにポンと叩くと、ビクッと肩を震わせて振り返った彼女は、柔和に眉尻を下げている僕と目を合わせ、美しい花のような笑みを咲かせた。
「…………ふふっ。ありがと、ソラ」
ラーラは、助け舟を出した僕に向けて、照れ臭そうに素直な感謝を伝えた。
そうして、ゆっくりと開かれていく扉を、安心しつつも警戒は怠らないという目で見つめていると、とうとう全開された扉の先にあった広間には、ボイラさんよりも歳を召しているだろう——見た目的に八十代後半ほどか——老婆が、何十にも積み重ねられているせいで『一メートル』ほどの高さになってしまっている畳の上で『正座』を取っていた。
「よくいらっしゃいました・ここにいるワタクシが、代々『空の耳飾り』を守護する、オカリナ家の当主——ユビフキ・クチフク・オカリナ……でありまする。以後お見知りおきをば」
「お久しぶりです、ユビフキ老。私は今代の歌姫『ラーラ・フォルン・オルガン』と申します。来客早々、誠に申し訳ありませんが、聖歌祭までの時間が差し迫ってきており、右も左もな私が後学を得るための話はできそうにありません……早急に『空の耳飾り』を受け賜りたく」
厳格な雰囲気と、仲間意識を感じさせない刺々しい口調。
国の重役同士なわけだし『身内ノリ』みたいなのが通じる感じなのかなぁと、ラーラとリヴィラさんの『昔話』を聞かされるまで楽観していた僕の眼前に突きつけられる現実。
包み隠さない敵意の視線。嫌いと言外に告げている、節々に棘のある言葉。
ラーラを後ろから見守っていた僕は『ラーラは、この国を出て、外国に嫁ぎに行ったリヴィラさんに暴言を吐いていたという、ユビフキさん達のことが嫌いなんだな』と察し、もう、自分が何かを言える感じじゃないなさそうだなと、来て早々に口にファスナーを付けて傍観する。
そしてラーラの敵意と『ここに長居はしない』という意志に対して、全くと言っていいほど動揺せず、微塵も表情を崩していな熟練で熟年の老婆は数瞬の間を置いて、ゆっくりと頷いた。
「…………ええ、承りました。では——渡しなさい」
「はは」
息を吐き、渋々と言った感じで了承した老婆が僕達の真横の壁際で正座をしていた凛とした長髪の女性。実力者だから雇われた傭兵。いや、従者かな? に目配せすると、彼女は行く末を見守っていたラーラの側で跪き、脇に抱えていた小箱を、見つめるラーラの目の前で開けた。
「こちらが、我々が代々守護している『空の耳飾り』でございまする。貴女が『歌姫様』であられても、決してお失くしになられぬよう——細心、お気を付け下さいませ」
徹底的に釘を刺してくるな。さっきの言い分的に、オカリナ一族の関係者だったらしい人が持ち上げている、箱の中に入っている物を、目を細めてラーラは取り出す。
目を見張るほどに美しい、無限に広がっている空を泳いでいる雲のような純白と、吸い込まれてしまいそうな永遠を思わせる蒼色。それに白と蒼が完璧に混じり気なく合わさったかのような水色の宝石が取り付けられた——僕達の最初の目的物、名を、空の耳飾り。
これが擬似宝具。僕はラーラが早速耳に取り付けたそれを見て、ゴクリと喉を鳴らした。
「その宝物を持って、無事、魔王を封印してくださることを、遠くながら祈っております。それでは、次なる守護者のもとへ——」
「「「「いってらっしゃいませ」」」」




