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蒼ノ旅人 ー蒼風のヘルモーズー  作者:
『オルカストラ』編〈2〉
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第91話 長旅は薔薇の香りがする

 汚れた食器を洗えぬまま、誘われてしまった食後の散歩。吐息が白くなるほどに冷え込んでいた都市の中は、人混みだらけだった昼とは打って変わり、闇と静寂だけが蔓延っていた。

 人の声も、姿もない闇夜の中。そこをただ歩くだけだったはずの散歩の途中。唐突に匂わされた、歌姫・ラーラの重い過去。彼女が抱えている秘密。

 その詳細を何一つ聞かされないまま、二人きりの歩みは終わりを迎え。

 数日が過ぎた、翌日。

 十月を越えて、魔王復活が目前となる十一月を迎えた僕は、十一月の終わりに開催されるという聖歌祭へ着実に前進している実感を覚えつつ、いつものリュックに荷物を詰め込んでいた。


「よし。あとは適当な武器を途中で手に入れるだけだな」


 今日から約二十日間、聖歌祭の主役『歌姫』のラーラと、そんな彼女のことを命を懸けて護る『騎士』の僕は、ミファーナを発ち、都市周辺にある複数の町村を巡る。

 何故、魔王封印の主役を必要とする長旅を始めるのか。

 それは、歌姫が聖歌祭の時にだけ身に付ける、重要な専用装備。

 擬似宝具という、可能な限り『宝具』と呼ばれるものに近づけた、言ってしまえば『宝具未満の物』をいくつもの場所を巡って回収していく。というのが主な理由だった。

 僕がこの話を聞いた時に思い出したのは、アエルさん達のことだった。

 彼等『アイリの一族』は代々、オルカストラの『国宝』を守護していると語っていた。

 しかし、今回の旅の話をボイラさんから聞かされた時に、彼女は僕に言ったのだ。


『回収していく道具は全て擬似宝具って呼ばれてる、もとの宝具の贋作だ。言ってしまえば超劣化品さね。その性能は言うまでもなく、千年前の『本物の国宝』の足元にも及ばない。そんな『ゴミ』みたいな道具でも、魔王戦に備えて身に着けておかなきゃいけなないってこった』


『え、あの、宝具って全部——偽物……なんですか?』


『ぜーーんぶ、千年前に失われちまったんだよ。今頃どこにいってるのやら。ヒュウル、アンタは知ってるかい?』


『………………』


 と。その時の僕は意味深に黙り込んでしまったのだが、ぶっちゃけ、大昔に失われた『オルカストラの国宝』を、彼の宝具と呼ばれる物の一つを、僕が身につけている可能性が高いのだ。

 今も僕の左手首に嵌められている『金の腕輪』は、アロンズが強奪しようとしていた宝物に違いない。ということは、これはアイリの一族が守っていた『国宝』ということになる。

 あのロンやアイネさん達と過ごしたアイリの日常が今から千年前の光景だったと仮定すれば、ボイラさんの言っていた『千年前に失われた』という話と点と点が繋がり、諸々に合点がいく。

 というか、これが宝具だということで間違いはないと思う。

 つまり、僕はオルカストラに、これを『返還』しなければいけない立場にあるということだ。

 親友夫婦の結婚祝い。その『引き出物』が『オルカストラの国宝』とか、ブクブクと白目を剥いた状態で盛大に泡を吹きそうになるのだが。嗚呼、僕はどうすればいいのだろうか。

 素直に国に返還をするべきか。それとも、親友とその奥さんからの贈り物だから、このまま大切にしていたいんですと自分の思いを白状すべきか。今の今までたくさん悩んでいたけれど、ボイラさんの言い草的に、僕が身に着けている金の腕輪の正体に気付いてるっぽいんだよなぁ。

 このまま黙っていると、裁判所に突き出された挙句『判決ー』とかなんとか、僕が逮捕または死刑になる可能性もあるような気がしなくもない。社会的な地位が惜しいわけじゃないけど、これは素直に返したほうがお互いのためにもなると思える。これを贈ってくれた二人の意図は分からないけれど、母を探す目的がある『ただの旅人』である僕が持っているべき物でもない。


「…………今からボイラさんに言って、返還しよう」


 黄金の輝きを放っている、アイリの花の装飾が施された美しい腕輪を摩り、


『アタイはね、アンタが自分から返すかどうか試してたんだよ。あの時に黙ったまま返さなかった分は、アタイの拳骨でチャラにしてやるよ——ッッッ!!』


 って殴り飛ばされるかもと冷や汗を流しつつ。

 ええい、負けるか!! と意を決して扉の方へ足先を向けると、急な大音声が届いた。

 

「ソラ、遅いわよ! もう家の前で馬車が待ってる!!」


「えっ!? もうそんな時間!? ま、ちょっとまって、今行くから!!」 


 金の腕輪をオルカストラに返還する意思。そしてボイラさんに殴り飛ばされる覚悟。

 それが、ラーラの急いでって声ですべて吹き飛んだ。跡形もなく崩れた。ずっこけそうになったっが、なんとか耐え。僕は急かされるままに、用意していた荷物を抱え、部屋を飛び出た。

 階段を降りた先にあるリビング。そこをチラッと見てみたが、肝心のボイラさんは見られず、どうやら外出中のようだった。僕はええいと思いながら、待っているラーラのもとへと急いだ。


「もう、遅い!!」


 ラーラは、急いで家を飛び出してきた僕に対し、そんな言葉をぶつけてくる。しかし。


「よ、予定より四十分も早いじゃん!!」


 予定では十時出発のはずだったのだが、今の時刻は九時二〇分ごろ。

 別に僕がのんびりとしていたわけじゃない。十時出発の準備は完了していたのだ。

 しかし、遅いなどと言われる始末。いやいや、早すぎるだけでしょ。僕はそう言う。


「それはそれよ! 私が待ちきれなかったんだもん!」


 子供か。僕は遠出を楽しみにする子供のようなラーラに、がっくりと首を折る。


「それはラーラが悪いじゃん……! っていうかあのさ、ぼ、ボイラさんはどの? ちょっと話があるんだけど」


 家にボイラさんは見当たらなかった。外出中なのかなと思ったけど、もしかしたら、彼女に急かされて軒先に出ていただけのなのかも。そう思った僕の問い掛けに、彼女は目を点にした。


「え? お婆ちゃんなら国の偉い人たちとの話し合いで留守よ? 話があるなら家に帰ってきてからになるけど……もしかして急ぎ?」


「あぁ、いや——急ぎというわけでもないんだけど……」


 やや怖気ている僕に、ラーラは首を傾げる。しかし遠出を楽しみにしている子供が、それに構うわけもなく。彼女は足踏みしている僕の腕を掴み、車内へと行くようぐいぐいと引っ張る。


「それなら今度でいいじゃん! ほら、乗った乗った!」


「わ、分かったよ……。ちょ、押さない押さない」

 

「久々の長旅なんだからね!」


「楽しみにしすぎじゃない?」

 

 興奮冷めやらぬといった感じで、足踏みしようとしている僕の背を強引に押し、開けられている豪奢な馬車の車内に入れようとするラーラ。そんな彼女に『逮捕』されるかもしれないという一抹の不安を抱えている僕は冷や汗を掻きつつ、肝心のボイラさんが不在なら仕方ないよなと、興奮しているラーラに為されるがまま、フッカフカの椅子と背もたれを誇る、豪華絢爛な車内に乗り込み、子供のようにウキウキとしている、明るい表情のラーラの対面に腰掛けた。

 

「楽しみね、ソラ!」


「う、うん……」


 一体、僕はこれからどうなるのやら。

 あの時、正直に言っておけばよかったのかもと、僕は若干の後悔を覚えたのだった……。


 * * *


 これは旅行ではなく、楽しむためのものでもなく、擬似宝具なる宝物を賜りに行くための旅。

 それを理解しているよね? 

 ちゃんと分かっているよね? 

 そう言いたくなるくらい、旅というものにウキウキしているラーラは、僕の対面で朝食として用意したサンドイッチを食べていた。

 早起きしてたくせに、なんで今食べるかなぁ、と思う。

 しかし、聖歌祭の間だけの『歌姫の騎士』となっている僕は、付かず離れずで追走している、今僕達が乗っている豪奢な客車とはまるで違う、さも戦車のような外装をしている馬車を引く、普通の馬の二倍の体格を誇っている、異様な姿をしている『馬』に視線を釘付けにしていた。

 鋼鉄の外装をしている、見るからに超重量・超頑強な馬車。

 それを至極余裕といった表情で引いている六頭の剛馬は、まるで生物図鑑に載っていた『剛牛バルムッサ』のようだ。舞の国『オルダンシア』で有名な、闘牛なる催しの牛役になるあれ。

 明らかに普通の馬が出せる速度じゃないぞ。速すぎる……。


「あのさ。あの馬、大き過ぎない? あんなの、生物図鑑に載ってた記憶ないんだけど……」

 

「ごくっ——ぷは。どういう馬なのかは私も知らないわ」


「ええ…………」


 カカさんが何かしらの理由——僕が聞いても露骨に話を逸らしていたが、恐らく投薬実験のため——で飼っていた、小綺麗な灰色ドブネズミの『チミチミ』みたいに頬を膨らませていたラーラは、明らかに頬張りすぎなサンドイッチを喉を鳴らしながら一気に飲み込み、超端的にそう言った。その答えになっていない返答に僕が顔を引き攣らせていると、僕達が乗っている馬車を操っている御者……いや、操縦者の女性兵士が僕の疑問に割って入り、答えを口にする。


「今馬車を引いている馬は、元は『ニウギス』という名の、普通の馬よりも体格が良くて好戦的な品種だったのですが、それが人間達の手によって、その品種の中から、さらに体格が良く、パワーがあり、気性が穏やかで、人の言うことを聞く賢い馬を選りすぐんでいき、何代にも渡って交配させて品種改良をしていった結果、今の『ニューギルス』と呼ばれている、人が運べない重たい鋼鉄の馬車——戦車などを引く、名実ともに最強の馬へと成っていったのです」


「「へぇー」」


 唐突に、六頭の『ニューギルス』を操る操縦者によって語られた『馬の品種の詳細』を聞いた僕とラーラは『なるほどねー』という風に軽く頷き、話を続ける操縦者に耳を傾けた。


「ニューギルスは本来の種以上の筋量を人為的に身につけてしまったために、種付けや出産などが人の助けがあっても非常に難しく、寿命も十五年と普通の馬よりも短くて、世界で見ても、その個体数は『千』を切っているのだとか。オルカストラは現在『二十頭』の飼育を行なっていて、毎年、相性の良いペアで交配は行われているのですが……はぁ。全くと言って良いほど、上手くいかないんですよねぇ……祖父がいた頃は『二年に一回、一頭の出産ができていたのに、私の代になってから全く——はぁ…………」


 そうか。人為的に筋量が異常に発達してしまったせいで、本来ならば人の手がなくとも可能なはずの生殖行為の難易度が跳ね上がって、産道などが、発達した筋肉が生み出す圧倒的圧力のせいで限界まで狭まってしまい、胎児が乳児になる出産の邪魔をしてしまっているのか……。

 本来の種以上の力を手に入れてしまった弊害なのだろうな。

 それが人為的に生み出されたものだって言うんだから、なんだかモヤモヤしてしまう。

 そんなことして良いの? って思ってしまうし、僕はそうやって生み出された『生き物』の力を借りて、今、こうしている。だから、なんとも言えない。

 知識の深淵。空よりも広く、夜よりも暗い、誰も知らない宇宙のような永劫無限の穴。

 その闇の一端を子供のような知的好奇心でチラリと覗き込んでしまった僕は、その圧倒的な量と、穴から湧き出てくる恐怖に対して、やや放心してしまった。


「なるほど…………」


 仕事熱心で趣味没頭な方なのか、ツラツラと聞いてもいない悩みを語り出したかと思えば、ズーンと勝手に沈んでしまった操縦者の女性に、僕は何を言えばいいか分からず、絞り出したのはそんな言葉。

 こういう時こそ、いつも明るいラーラが僕のカバーをしてくれればなと思ったのだけど、彼女は『交配』という言葉が小恥ずかしかったのか、顔を若干赤らめつつ、凄まじい速さで過ぎ去っていく、外の景色流れる車窓へと不自然に視線を向けて黙り込んでいた。

 

「あ、申し訳ありません。私、操縦兵なので……つい」


 操縦兵。馬や乗り物のプロフェッショナル。国を守る重要な人。歌姫を乗せることになっているからか、節々に緊張が感じられる。僕は別に緊張する必要ないのにな、僕達に。と思った。


「い、いえ、教えてくれてありがとうございます!」


「あ、あー……そうなんだ。ありがとね——ええっと」


 別に猥談ではなかったのだが、馬の話が終わったことを察したラーラは、火照っている顔を手で仰ぎながら僕達の会話に入り、知らない操縦兵の名前を聞く。


「あ、私は『パリオット』と申します——歌姫様、勇者様」


「そう、教えてくれてありがとね、パリオット」


 ちょ、ちょっ。ちょっとまった。今、僕に対して変なこと言わなったか? 勇者って聞こえたんだけど、勇者様って言われたんだけど。いやいや、誰のこと? え? まさか僕……が?


「あの、ゆ、勇者——って……誰のこと、です?」


「え? それはもちろんソラ様のことです。あのボイラ様が『次代の風の勇者だ!』と言っておられましたので」


 おいおいおい。ちょっと待ってくれよボイラさん。なにを喧伝しちゃってくれてるの。

 僕が聞いてないところでなにを言ってるんだあの人は。


「ふふっ。お婆ちゃんは『かなり』ソラのことが気に入ってるのね」


「そ、そうなのかなぁ……」


「「ええ、間違いなく」」


「は、ハモるほどなの……!?」


 自己紹介を終えた、歳が近そうな——僕も歳は近いんだけど——女性二人は、その後、僕には分からない『女の話』をしだしてしまった。そんな話に僕がついていけるわけもなく。時折、


「ソラはどう思う?」


 と会話に入れられたのだが。


「え、な、なんの話……?」


 と、呆然と外を眺めていた僕には会話の難易度が高く、彼女が求めていた答えを言えることは、ついぞなかった——ように思える。


「それでさ〜、ユウメルがさ〜」


「ええ、ええ! あのシーンは最高でしたね!」


「…………」

 

 薄らと聞こえていた話的に、途中から聞き覚えのある『恋愛小説』の話をしていたような気がする。

 なんとなく、カカさんが熱心に熟読していた小説の内容に酷似している。

 あの真っ赤なデッカい『ハートの表紙』をした『いかがわしそうな本』が、公衆にも認められている『純愛小説』だったとは素直に驚きだった。

 あの小説の名前はなんだっただろうか……たしか——……


「あ、薔薇騎士の接吻——か」


 記憶の最端の『ゴミ溜め』的な場所に捨て置かれていた小説の題名を思い出した僕は、つい口から漏らしてしまう。

 次の瞬間。まるで太陽が目の前に降臨したかのような、目を反射で瞑ってしまうほどの凄まじい熱気を身体前面に浴びた。


「ソラも薔薇接を知ってるの!?」


「意外です……! 勇者様も読まれるのですね!」


「ウエッ!? あ、いや——僕は……」


「ねえねえ! ユウメルがさ〜〜!」


「あのシーンは最高でしたでしょう〜〜!」


「え、あ、う、ぼ、僕は——」


「「ユウメルがさ————!!」」

 

 ユウメルって誰なんだよ——ッッッ!?

 

 焼けるほどに熱くなった二人に気圧されてしまった僕は、発言もままならないまま、謎の恋愛小説の内容を中継として宿泊する村に着いてからも聞かされ続けるのだった。


「ユウメルがさ〜」


「か、勘弁してくれぇぇぇ…………」


「ユウメルとアリエンヌがさ——」


 うわあああああああああああああああああああああああああああああああああ!?

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