29. 真実③
イーダがソフィーを見つけたときには、ラーシュはすでにいなくなっていた。
「イーダ……お帰りなさい……」
「うん、ただいま……」
(うう、気まずいなー)
「あの……あのね……」
イーダは言いかけて、ほかの魔女もいることに気がついた。
(この場で聞くのはダメだ)
けれど、みんなしてイーダに注目して、イーダが話すのを待っていた。
「……お、王都の斑紋死病は特効薬が効いたんだけど、次は王宮で流行るみたいなの!」
魔女たちの間に驚きが広がった。
「魔王様がそう言ってて。潜伏期間みたい。それで、また特効薬を作るように言われると思う」
魔女たちは一瞬の沈黙のあと、ポツリポツリと溢し始めた。
「イーダを拉致したことはまだ許せないんだけど、人の命が係わることだし?」
「まあ、そうねー。本当は、特効薬を作る前にイーダに謝罪を要求したいぐらいの気持ちなんだけど」
「そんなことしたって、どうせ火矢で脅されるだけだしね」
「大丈夫! それならもう大丈夫なの!」
イーダはことさら明るく言った。
「魔王様がビシッと言ってくれたの。魔女に『くれぐれも失礼のないように』って」
みんなは目を見開いた。
「いい男は言うことが違うわー」
「どうせ特効薬を作るにしても、脅迫されてと頭を下げられてでは全然違うものね」
「今のうちから手分けして材料を集めに行っておく?」
『そうしよう』と口々に賛同する中で、ソフィーが遠慮がちに言った。
「イーダとふたりで話がしたいから、材料採集は私たち以外でお願いできる?」
それを聞いてみんなは大きく頷いた。
「もちろん。母娘だけでゆっくり話したいこともあるよね」
(母娘……)
ソフィーはずっとイーダの母親だった。
しかし、その言葉が今までとは違った響きに聞こえた。
(姉さんやほかの母さんたちは知ってたんだ。私がソフィー母さんの産んだ子どもだって)
みんながローブを着て出かけていくのを待って、イーダはソフィーに目をやった。
ソフィーは手紙を握りしめていた。
「それは?」
「これは……」
ソフィーが伏し目になった。
「魔王城の侍従長をされてる方からの手紙。ラーシュがついさっき届けてくれたんだけど、なぜかその方が王宮であったことを知っていてね、」
「あっ、ラーシュってもしかして!」
イーダは思わず大声で叫んでしまった。
そのせいで驚いたソフィーは、ビクッと肩を震わせた。
(あのネズミもどきが魔王様だったんだから、ラーシュが侍従長のラーシュさんでもおかしくない!)
謁見の間でベラベラとソフィーの秘密をしゃべる魔王に、果敢にも突撃していた。
ラーシュが何と言っていたのかはイーダには分からなかったが、魔王に抗議していたのは間違いない。
魔女の使い魔程度にできることとは到底思えない。
(ラーシュさんだったんだ)
イーダは確信した。
(だから魔王様の意向に背いてでも、私を人間界に戻そうとしてくれた?)
不意にそんな疑問が湧いてきた。
(魔王様の妃に相応しくないと考えてたからなんかじゃなくて、ソフィー母さんや私のことを知ってたから? 私たちのことを思って?)
「イーダ、それで王宮で全部知ってしまったって書いてあるんだけど……」
ソフィーが恐る恐る尋ねてきた。
(そうだった!)
「あっ、うん。聞いた、聞いた」
「えっ、ずいぶんと軽いのね」
「そんなことはない。びっくりした。びっくりしたんだけど……」
自分の両親が誰なのか、その真実には心底驚いた。にわかには信じられないくらいだった。
けれど、たった今ネズミもどきに続いてカラスの正体まで判明して、またもや驚いたせいで、すっかり上書きされてしまったのだ。
(それに……)
「まだ気持ちは追いつてこないんだ。私小さい頃は、ソフィー母さんが本物の母さんだったらなって、よく夢想してたから、うれしいのは確かなんだけどね。それとそうは言いつつ、集落のみんなが私の家族ってことには変わりはないんだし」
「そう。それで、父親のほうは? どう思った?」
「もっと実感が湧かないやー」
イーダはケラケラ笑った。
「だって、私が王女って!」
「王女より、魔王様の妃になるほうがすごいことだと思うけど?」
「あっ、それ……ね……」
イーダの笑いは完全に引いてしまった。
「ところで魔王様は?」
ソフィーはようやく魔王がいないことに気がついたようだった。
ラーシュから手紙を受け取って以降、それどころではなかったのだろう。
「先に魔王城に帰ってもらった」
「そう。で、イーダは?」
「私……私は……」
「魔王様と結婚するんでしょ?」
「それなんだけど、魔王様に迎えをお願いしなかったら、私はこのまま集落にいられるんだって」
「ふうん。それで? いつ迎えをお願いするつもりなの?」
「へっ!? 『いつ』って、私の話きちんと聞いてた? 私、ずっとここにいられるんだよ?」
全てを見透かしたようにソフィーが笑った。
「うん。で?」
「……すぐにでも魔王様のところに行きたい」
「なら、そうしなさいよ」
「だけど! ソフィー母さんやみんなと離れ離れになるんだよ?」
ソフィーは優しくイーダを抱きしめた。
「そうねえ、娘が嫁に出すのはうれしいけど、確かに淋しくもあるわ。でも、イーダにはしあわせな結婚をしてほしいかな。私はそれが叶わなかったから」
「母さんは結婚したかった?」
「集落を出て、王宮にいく覚悟を決めるくらいにわね。だけど、サンディは私が魔女だって知ったら手のひらを返したの」
「後悔してる?」
「後悔? 何を?」
「国王陛下と恋をしたこと」
「それは後悔してない。イーダを授かれたから」
「なのに私が魔界に行ってしまってもいいの?」
「いつかイーダが結婚して集落を出ていくこともあるのかなって、半分覚悟はしてた。まさか相手が魔王様とは思わなかったけど! でも、とっても素敵な人じゃないの。魔王様以上に安心して娘をお願いできる人、少なくとも人間界では見つからないわよ」
ソフィーは身体をイーダから離すと、イーダの瞳を覗き込んだ。
「イーダも魔女としてもすっかり一人前だし、子育てもひと段落したわ」
「母さん……」
「それにね、実はまた『魔女じゃないかと思われる赤子がいる』って連絡が入ったの。私が引き取ってこようかしらね」
ソフィーは楽しそうだ。
「大魔女がまた一から子育て?」
「そう! だから忙しくて、きっと淋しがってる暇もなくなる。そうそう、この機会に国王陛下には魔女の地位向上も訴えていかないとね。バックに魔王様がいる今なら……」
ソフィーは『ふっふっふ』と笑った。
「母さん、すごく悪い顔してるよ?」
「強 かって言ってよね。国王陛下の子どもをこっそり産んで育てて、さらに大魔女もやってるのよ。このくらい強かじゃないとね。さあ、大魔女として集落を発展させて、みんなをもっとしあわせにしてみせるわ」
ソフィーがイーダの背中を叩いた。
「だからこっちの心配は要らない。貴方は魔王様としあわせになりなさい」
ここまで言ってもらって、イーダはようやく決心がついた。
「じゃあ、本当に今すぐ魔王様に呼びかけるよ?」
「ええ、みんなには言っておくわ。それにあの魔王様なら、今生の別れってわけでもないんでしょう?」
「うん。たぶんお願いすればいくらでも……」
(むしろ魔王様のほうが、すぐにでも遊びに来たがりそう!)
「私に用があるときはラーシュさん……ラーシュに言付けてくれれば、すぐに私に伝えてくれると思う」
「わかった。体だけ気をつけて」
「ありがとう。行ってきます!」
そうしてイーダは魔法を唱え始めた。
「魔王様、私です……魔王様、」
たったそれだけだった。
それだけでイーダは魔界へ行ってしまった。
「魔王様ったらイーダにベタ惚れじゃないの」
ソフィーはクスクス笑った。




