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28. 真実②

 魔王のお陰で、イーダは一瞬にして集落の入口前に帰ってこられた。


「半日短縮できました!」


「ふたりで箒に乗るのもいいけど、それはまた時間があるときにね」


「また……」


「うん、また」


 魔王は何の疑いも抱かずに、にっこりする。


 ラーシュが横から魔王に『クワァクワァ』と穏やかに鳴いた。

 魔王は『そうだったのか』と頷きながら、眉根を寄せた。

 ラーシュはふたりをその場に残して、ひと足先に集落の中へと入っていく。

 イーダの視線に気づいた魔王は説明してくれた。


「僕らの様子を見てきてほしいって大魔女に頼まれて、王宮に行ってたんだって。大魔女に報告しに行ったよ」


 魔王は集落の奥をぼんやりと眺めた。


「大魔女は秘密をバラしちゃったこと、怒るかなー」


 眉尻を極限まで下げた。


「わ、私は知れてよかったと思ってます!」


「なら僕のこと庇ってくれる?」


「いいですよ」


 軽く返事をしたけれど、心臓が押し潰されてしまい、苦しいし痛い。


(ここで魔王様だけ魔界に帰してそれっきりにしてしまえば、ソフィー母さんが魔王様に直接怒る機会すらないんだ)


「じゃあ、僕はいい加減、魔界を留守にし続けてるわけにもいかないから、先に帰ってるね。あっ、逃げるわけじゃないんだ。くれぐれも大魔女にはよろしく伝えてね」


「そんなに心配しなくても大丈夫だと思いますよ。大魔女……母さんは、魔王様に悪気がなかったことを理解してくれるはずです」


 『うん、そうだね』と、魔王は頷いた。

 それから優しく囁くように言った。


「王女には、大魔女と心ゆくまで話してほしい。その気持ちは本当なんだけど、なるべく早く戻ってきてほしいとも思ってる」


 イーダは微笑もうとしたけれど、ぎこちなく歪んだ笑顔になってしまった。


「魔界に戻れるようになったら、いつでも僕のこと呼んで」


「呼ぶ……」


 王宮の部屋で軟禁されかけたとき、『魔王様』とひと言だけつぶやいたら謁見の間に転移させてくれたことを思い出した。


「魔王様って、私が『魔王様』って呼べば聞こえるんですか?」


 だとしたら、今後は『魔王』という言葉を発することがないように気をつけなければならない。


「近くにいれば別だけど、それだけだといくら僕だって聞こえないよー」


 魔王といえど、何でもできるわけではないらしい。


「あれ? じゃあ、さっき王宮で私を転移させてくれたのは、私の声が聞こえたからじゃないんですか?」


「さっき? さっきは君と帰ろうと思って転移させただけだよ。えっ、僕のこと呼んでくれてたの?」


 魔王が破顔した。


「呼んだっていっても、あのときは胸騒ぎがしたからで!」


 魔王は、イーダの言い訳を『うん、うん』とにこにこ顔だ。


(私が魔王様のことを必要としたと思って喜んでくれるなんて……)


 そのことを堪らなくうれしく感じてしまう。


「偶然とはいえ、僕を呼んでくれたタイミングで転移させてあげられてよかったよ。でも、次からは僕に届く方法を使って呼んでくれる?」


「『届く方法』……それってどんな?」


「僕に聞こえるかどうかは、呼び方の問題じゃないんだ。魔法を使ったんじゃない? 僕より、王女自身の方が分かると思うんだけど。人間界から魔界にいる僕に呼びかけてくれただろ?」


「あっ、最初に婚礼衣装を着て王宮から呼びかけたときのことですね?」


 あのときはあれで魔王に届くのか、正直にいうと自信はなかった。試しにやってみたら成功したというだけのことだった。


「実はそれより前にも1度」


「私があれ以前にも魔王様に呼びかけた? えっ、嘘ですよね?」


「やっぱり気づいてない?」


 魔王は笑いを必死でこらえている。


(『気づいてない』って……? でも魔王様に呼びかけておいて気づかないなんてこと、あり得ないと思うんだけど……だったら、すごく小さい頃で覚えてないだけとか?)


 イーダは目をパチパチさせた。


「とにかく、その2回と同じ魔法で呼んでくれれば、君の声は聞き逃すことなく聞こえるはずだから。あっ、でも『魔王』って呼ぶ必要がないからって、『まる』とか『こてつ』は遠慮してほしいかな?」


(『まる』……『こてつ』……)


「あーーっ!!」


 イーダはようやく気がついた。


「あのネズミもどき!」


「『もどき』って言い方」


「だって、角があったから……」


 そうだ、あの角はちょうど今目の前にいる魔王の角を縮小したような……


「やだっ、本当に?」


「本当に」


 魔王はおかしくて仕方がないようだ。さっきから笑いが止まらない。

 ネズミもどきが召喚魔法に応じてくれたとき、イーダはうれしさの余り頬ずりしたことを思い出す。


「きゃー、恥ずかしいっ!」


「どうして?」


「だって魔王様だなんて知らなかったから、あんなことを……」


「あんなこと?」


 魔王はワザとらしく首を傾げた。


(この顔、絶対分かってるくせにー!)


「意地悪……」


「あははっ」


「ふふ……ふふふっ」


 イーダと魔王の視線が交わり、それからわずかな沈黙が訪れた。


(魔王様、だったんだ……)


「……僕は本当にもう戻らないといけないから行くね」


「魔王様、」


「うん?」


 引き留めたものの、話すことがあるわけではなかった。

 それでも行ってほしくなかった。


「あー……」


 別れ難くて、何か言うことを探す。

 けれど、魔王に言えるようなことは何ひとつ浮かばない。

 そんなイーダに魔王は静かに近づいた。

 魔王は躊躇いがちに屈んだ。


「そういえば、今僕らふたりきりだ。対価、もらっていい?」


 イーダは返事ができずに、ただただ魔王を見つめた。

 魔王はゆっくりと顔を近づけた。

 逃げようと思えば逃げられた。

 けれどイーダは逃げるつもりなど毛頭なく、目を閉じ胸を高鳴らせて待った。

 それは優しく、ほんの少し触れるだけのキスだった。

 イーダはますます魔王とこれっきりで別れたくなくなってしまった。


「お願いしたいことがあったら、またいつでも遠慮なく言って」


 そんなイーダの心情など知らず、魔王は茶目っ気たっぷりに微笑んだ。


「対価……」


「うん」


 イーダはもう1度真っ直ぐに魔王のことを見た。


「とかそんなこと関係なく、キスしてほしいです」


 イーダが言い終わらないうちに、魔王はイーダの腰を抱き寄せた。もはや魔王から笑みは消えていた。

 そうしてイーダの口は塞がれた。

 初めてのキスや先ほどのキスとは全然違う。

 触れるのではなく、食むような……


(魔王様……魔王様…………魔王様!)


 イーダも魔王の腕を夢中で掴んだ。


(このまま……このまま一緒に魔界に連れ帰ってほしい!)


 けれど、魔王の腕からイーダを抱きしめていた力がすうっと抜け、唇も離れてしまった。

 魔王はイーダの希望を尊重してくれただけのこと。それにガッカリするのはお門違いだ。

 分かっていた。

 分かっていたけれど、ずっと抱きしめていてほしかった。


「魔界で待ってる」


 そう言い残し、とうとう魔王は消えてしまった。



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