21. 特効薬⑤
ソフィーは、イーダと魔王が子どもたちの相手をしている様子を窓から眺めていた。
侍従長が手紙に書いて寄越してくれた内容を思い出す。
魔王にはイーダが第一王女殿下の身代わりだとバレてしまっている可能性が高いと書かれていたが、魔女であるとバレているのは明らかだった。
そして、怒ってはいないというのも本当だった。
それどころか、昨日今日とは思えないぐらい、ふたりはお互いに気を許している。
イーダが王宮へ連れていかれたあの日、イーダの生命すら危険なのではないかと心配していた。
(あのときのことを思うと、夢でも見ているみたい……)
そう思ったとき、ソフィーはかぶりを振った。
逆だ、あの日のほうこそが悪夢だったのだ。
今まさに目に届くところでイーダは笑い転げている。
(ところで、イーダを人間界に帰せるように働きかけてくれるというのは、一体どうなったのかしら……?)
イーダは確かに人間界に帰ってきた。
けれど、隣に魔王を伴ってだ。
その魔王は、イーダの『夫になる予定のものです』とソフィーに自己紹介した。
(魔王様はイーダと結婚して、人間界に移住してくるわけじゃないわよね? それと魔王様に嫁ぐのは第一王女でなくて、イーダでもいいのかしら? まさか……)
どういうつもりでいるのか今すぐ魔王に問いたかったが、一方でそれを実行できるほどの勇気はなかった。
斑紋死病の特効薬ができ上がって状況が落ち着いた頃合いを見計らい、それとなくイーダに尋ねるのがいいだろう。
もしくはまたラーシュに頼んで、魔王城の侍従長に手紙で尋ねるのもいいかもしれない。
(イーダが魔王様とねえ……)
後ろでは娘たちが時間の流れを遅くする魔法に苦戦していたが、ソフィーはなおもイーダと魔王を不思議な気持ちで眺めていた。
(20年前の自分……と彼はああだったのかしら?)
今のイーダを見ていると、思い出したくもないのに、たった1度きりの恋を思い出してしまう。
(違う、自分はすでに思い出していた……)
国王から直接封書が届いたあのときから。
この20年間、意識して頭から追いやってきたけれど、思い出を封印した箱はこじ開けられたのだ──
※
春らしい陽気の午後だった。
ソフィーは大魔女から頼まれて、領主の邸宅まで痩身薬を配達に出かけた。
それなりの効果があるはずなのに、贅沢をしているせいですぐに元の体型に戻ってしまうのだろう。痩身薬は毎月定期配達することになっていた。
だから門番や領主夫妻とも顔見知りだし、慣れたものだ。この日も用件はすぐに済んだ。
(今日も中央街に寄っていこうかな。ほしい本もあることだし……んん?)
邸宅を辞したとき、若い男も同じ邸宅から出てきたことに気づいた。けれどソフィーと違って、男の場合は窓からだった。
(あの人、確か領主様のご子息じゃなかった?)
面と向かって会ったことはなかったけれど、知ってはいた。
両親とは違って細身の体型。そして優しげな瞳と、王家の傍系でありながら高貴なプラチナブロンドの髪。領内の若い娘たちに絶大な人気があった。
ソフィーが門番に礼をして敷地の外へ出る隙をついたつもりだったのだろう。
子息は柵をよじ登った。
しかし、乗り越えようとしたときにベストを引っかけてしまい動けなくなった。
ソフィーは笑いをかみ殺しながらその場から離れた。
それから誰にも気取られないように魔法を使って、ベストを取ってやった。
そのあともソフィーは子息をこっそり観察し続けた。
どうやら彼も中央街に行くらしい。
(ちょうどいいし、面白そう!)
ソフィーは尾行することにした。
子息は街を歩き慣れていない様子だった。
いかにも金持ちのお上りさん風だ。
ソフィーの目には心許なく映った。
(やっぱり!)
屋台で吹っかけられているところまでは笑って見ていられた。
けれど財布をすられるのは見過ごせなかった。
すられた財布は、まんまと魔法ですり返してやった。
(危なっかしすぎて、もう黙ってられない!)
ソフィーは財布を顔の高さまで掲げて、子息の前に出た。
「あっ、あれ?」
子息は財布が入っているはずのポケットに手を入れた。
「えっ、ない!」
「すられたのよ」
子息の手に財布を戻した。
「街が物珍しいんだろうけど、いろんなものに気を取られすぎ。もっと気を引き締めてね」
眉目秀麗な顔立ちが台無しになってしまうくらいキョトンとしているのが可笑しかった。クスクス笑いながら、『じゃあ』と立ち去ろうとした。
「待って!」
ソフィーは足を止めて振り返った。
「お礼にお茶でも……って、店とか分からないから、案内してもらわないといけなくて……お礼っていえるのかは微妙なんだけど……」
恥ずかしそうに顔を赤らめたのがまた可笑しくて、ソフィーはクスクス笑いが止まらなかった。
「私のお気に入りのカフェでいい?」
「もちろん!」
カフェでは時間は楽しすぎて、あっという間に過ぎてしまった。
ソフィーは、自分が魔女だということを言いそびれたなと思った。
「また会える?」
「都合が合えば。友人に手紙を届けてもらうことにするわ」
「君の名前を聞いてもいい?」
「名前はダメ」
これで使い魔のカラスが手紙を持ってこれば、ソフィーが魔女だということにすぐ気がつくだろうと思った。
(それで臆するならお終いだし、魔女でもいいというのなら……)
こうして恋は始まったのだった──
※
丸薬が完成した頃には、魔女たちはぐったりしていた。
「や、やっと王都中に配れる量が完成……」
「うん、私たちやり切ったね」
疲労困憊しているにも拘わらず、魔女たちは充足感から微笑んでいた。
「僕が責任をもって王宮に納品にいってきますね」
「よろしくお願いします」
ソフィーは丁寧に頭を下げた。
「じゃあ、さっそく行こうか」
魔王とイーダがいなくなったあとも、魔女たちは興奮冷めやらぬ様子だった。
「今夜は打ち上げ? 葡萄酒で乾杯する?」
「いいね、それ!」
「食事はどうしよう?」
わいわいと宴会の計画が立てられていく。
ソフィーも始めのうちは笑顔で聞いていた。
けれど、次第に不安が押し寄せてきた。楽しそうに相談する声が遠ざかっていく。
ソフィーは輪から外れてラーシュを呼んだ。
「王宮に行って、事の成り行きを見届けてきてほしいの」
ラーシュの飛んでいく姿を祈るような気持ちで見送った。
第4章は以上で、次回より第5章スタートです。
佳境に入ります。
(もしよければブクマもよろしくお願いします!)




