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20. 特効薬④

 イーダは、息がかかりそうなほどの至近距離で魔王と見つめ合った。


(昨夜のあのときと一緒……箒の上で……)


 呼吸するのも苦しくなるほど心臓がドキドキした。

 だというのに、魔王は『ありがとう』とあっさり受け取ると瓶の中身を調べ始めた。


(なーんだ……って何? えっ、私、今がっかりした?)


 イーダは慌てた。


(私、キスしてもらうことを期待してた? 身代わりの分際で? しかも特効薬だけ作ってもらったら、魔王様をダマしてバイバイしようとしてるくせに?)


「ほかの瓶も見ていい?」


「えっ?」


 思いのほか大きな声が出てしまった。


「もしよければ、ほかにどんな薬草があるのか見せてほしいんだけど……でも、無理にお願いするつもりはないよ?」


「あっ、いえ。問題は全くないです、どうぞいくらでも見てください!」


(落ち着け、落ち着け……)


 隣で魔王は瓶をひとつひとつ覗き込んでいった。


「……見て面白いですか?」


「僕は見るだけでも色々分かるんだよ」


「あっ、そうでした。たとえばどんなことが分かるんですか?」


「これは解熱効果があるね。標高の高いところに生えてたのかな?」


「当たりです! じゃあ、こっちは?」


「喉にいいのかな。あと湿地帯から取ってきた?」


「えーっ、正解です。名前も分かりますか?」


「それは無理」


 魔王は苦笑いして首を横に振った。


「でもすごいです!」


 イーダは、全ての棚を調べる魔王の横顔をずっと眺めていた。


 

 ふたりは薬草瓶を両脇に抱えて調剤室に戻った。

 ラーシュも帰ってきて丸薬の材料が揃うと、ソフィーが魔王の前で作り始めた。

 ほかの魔女たちもわらわらと集まってきて、イーダと一緒になって、ソフィーとソフィーの作業工程を見学する魔王を取り囲むようにした。

 そうしている隙に、ラーシュは音も立てずにどこかへ飛んでいった。


「あー、疫病だけを狙って毒を作用させる魔法を一応かけてはいるんですね」


「そうなんですけど完璧ではなくて、疫病が入り込んでいる内臓器官も一緒に攻撃してしまうんです」


「疫病だけをっていう魔法は難しいのか……なら、逆に内臓器官だけ治癒させる魔法はできますか? こういうのなんですけど」


 魔王が丸薬のひとつにかけてみせた。


「それなら、威力はずいぶん弱くなりますが……」


 ソフィーが別の丸薬に類似した魔法をかけた。


「ああ、いいですね。だったら毒が作用する速度を緩やかにしましょう。攻撃が治癒を上回らないように」


「どんな魔法ですか?」


「時間の流れを遅くすればいいんです」


「時間を?」


 イーダはそんな魔法があるなんて耳にしたことすらない。


(魔界ってとんでもない世界……)


 ソフィーも驚いている。


「時間を戻すのは禁じられてますが、流れの速度をいじるのは大丈夫ですよね? あれ、人間界では遅くするのももしかしてダメですか?」


「いいえ。そんなことが可能だなんて知らなかっただけで……」


「覚えてしまえば、時間を操るのはそれほど難しくないと思いますよ。だから魔界では好き勝手に時間を戻すヤカラが現れて、混乱を招いたせいで禁止になったんです。遅くするのは、ほら、こんなふうです」


「ええっと、こうかしら……」


 ソフィーは魔王の手本を真似た。最初は不発だったが、何度目かで成功した。


「そうです、そう。いいじゃないですか」


 後ろから覗き込んでいた魔女たちは手を取り合ってよろこんだ。その中にはもちろんイーダもいた。


「ついでに、体力を回復させる魔法も付与したいところなんですが……保管庫にあったほかの薬草も使っていいですか?」


「ええ、構いませんが……」


 魔王は手のひらを上に向けた。

 ポンッ! とその上に薬草瓶が乗った。


(わっ、魔王様って何でもあり!)


「魔女の皆さんは、この薬草の疲労回復効果を最大限まで高めて加えてください。それで完成です」


 『わあ』っと悲鳴にも近い歓声が上がった。

 ソフィーがパンッ! と手を叩いて、場を静めた。


「じゃあ、今からみんなで量産していきましょう! といっても、この丸薬なら1粒飲めばいいと思うから、前の薬みたいな作業量ではないはず」


「今回は必要な量を全て僕が作りますよ?」


「そう言ってくださるのは非常にありがたいですが、作り方を習得しないといけないので、指導だけお願いできますか?」


「もちろんです。あっ、でも材料集めはやりますよ」


 魔王がそう言うと、窓から生暖かい空気が流れてきた。

 その風に乗って、始めは薬草に木ノ子が数種類ずつ、続いて蜘蛛に蟻が運ばれてきた。


「その辺の空いてる瓶をお借りしますね」


 そうして、種類ごとに瓶に入って、ポンと蓋がされてしまった。

 イーダは感嘆した。


「すごい……ラーシュよりも早い……」


「当然。魔王がじ……使い魔に負けるはずないよね」


「じゃあ、ついでにマンドラゴラもほしいんですけど」


「それって、どんなの?」


「根っこが分かれてて……」


「こらっ!」


 ソフィーがイーダを嗜めた。


(あっ、私また調子に乗っちゃった)


 イーダが肩をすくめると、窓から複数のクスクス笑いが聞こえてきた。


「せっかく帰ってきたのに、大魔女に怒られてる」


 外で飛行訓練をしていたはずの子どもたちだった。


「ねえ、魔王様、私たちにも魔法教えて」


 ソフィーは窓のそばに寄った。


「こらっ、貴方たちも! 魔王様は遊んでるんじゃないの。これは国王陛下からお願いされたお仕事なの」


「でも、母さんや姉さんたちばっかりズルーい!」


 魔王は畏怖する対象ではないと判断したらしい。


(あんなに怖がってたはずなのに、その変わり身の早さはどういうこと?)


 でも、それは自分にも当てはまることかもしれない。ましてや自分は恋までしてしまっている。


「じゃあ、僕と魔法で遊ぶ?」


「ええっ、それは申し訳ないです」


 ソフィーは自分や子どもたちとは違い、きちんと恐れ多いと思っているようだ。


「いいんですよ。でも困ったことがあったら、いつでも呼んでください。すぐに戻ってきます」


 そういうと、魔王は宙を浮き、窓から出て行ってしまった。

 目撃していたのは全員魔女だったけれど、ひとり残らず目を丸くした。


「箒なしで飛んじゃうんだ」


「魔王様、やばっ」


 ソフィーはイーダを肘で突いた。


「イーダも行きなさい」


「私も特効薬作るよー」


「いいから。イーダが連れ去られて、あの子たちはたくさん泣いたのよ。一緒に遊んであげて」


「そういうことなら。母さん、ありがとう」


 魔王が子どもたちに何かするとは全く思っていなかった。

 けれど、なるべく魔王と一緒にいたほうがいいんだろうし、そうしたいとも思う。

 行かせてくれたことを有難く感じながら、イーダはドアを開けて外に出た。


 外では魔王による飛行訓練が始まっていた。

 といっても、子どもたちは箒に乗っていない。

 にも拘らず、ぷかぷか浮いていた。


「君も参加する?」


「えっ?」


 魔王はイーダの返事も待たずに、イーダの体を浮かせてしまった。

 自分がシャボン玉にでもなったみたいだ。

 ふわっと浮いたあと地面に着地しても割れることはなく、柔らかい力で空中に跳ね返される。


「怖くないだろ?」


 子どもたちは『怖くなーい』と笑って答えた。


「飛ぶときも、速度を出さなければいいんだよ」


 魔王は『やってごらん』と、さっき飛ぶのを怖がっていた末の妹を下ろして箒を手渡した。

 妹は、恐る恐る箒にまたがった。


「ゆっくり、ゆっくりだよ」


 魔王の優しい声かけ合わせて、徐々に箒の高度を上げていった。

 魔王の顔の高さまで来た。


「高さはそのぐらいで止めて、今度はゆっくり前に進んでみよう。失敗しても僕が捕まえてあげるから」


 妹は頷いた。そうして、水平に飛んだ。


「あたし、飛んでる!」


 魔女なら誰もが経験した第一歩だ。それでも、イーダは感謝の気持ちでいっぱいになった。


「妹のためにありがとうございます!」


「こんなことくらい」


 妹は箒に乗ったまま、ぐるっと一周して戻ってきた。


「魔王様、ありがとう。飛べるようにしてくれたから、あたしも魔王様と結婚してあげる!」


 イーダは絶句して、魔王を凝視した。


「えっ、いや、僕はもうお嫁さんを決めてるから」


 魔王は横目でイーダを見て、必死に首を横に振った。


「あっ、何だ。魔王様からこの子にそういう対価を要求したわけじゃないんですね?」


「当たり前だろ? ちょっと遊んであげたぐらいで対価なんて、僕はもらわないよ!」


「えーっ、あたしも魔王様のお嫁さんになりたーい!」


「うわっ、困ったな……お嫁さんはひとりでいいんだ」


 イーダはクスクス笑っていると、目尻がにじんできた。


(魔王様の花嫁はひとりでいい。そしてそれは私じゃなくて、オリーヴィア王女殿下なんだ……)



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