19. 特効薬③
魔女の集落といったって、要するに女の集団なのだ。
そこに美形男子をひとり投入したらどうなるかなんて想像できたはずだ。たとえそれが魔王だったとしても!
「面白い人たちばかりだね」
魔王が不快に感じなかったことだけが救いだ。
イーダは嘆息した。
(でも、ソフィー母さんだけは違うはず!)
気持ちを立て直して、薬を作っているはずの建物を目指した。
到着する直前に、ドアが開いて目尻を赤くしたソフィーが出てきた。
「大魔女! ただいま、でいいのかな?」
どう挨拶するのが正しいのか判断できなくて、魔王を横目で見ると優しく微笑んでもらえた。それでようやく『ただいま』でよかったんだと確信できた。
「びっくりしたわ! でも無事でよかった!」
シリエに続き、ソフィーにも抱き寄せられた。
けれど、やはりそこは大魔女だ。ひと呼吸置くとイーダから離れた。
「それで、そちらの方は?」
「彼女の夫になる予定のものです」
魔王が機嫌よく自己紹介した。
「ち、ちょっと、魔王様、言い方!」
「えっ、分かりやすくてよくない?」
「もう!」
ふたりのやりとりに、ソフィーが目を丸くした。
そこでようやくイーダは気がついた。
(私ってば魔王様相手に、信じられないような態度取ってた!)
集落に帰ってきた安心感があったのだろうか? 魔王城を出るまでは、この先の計画を想像してツラかったはずなのに、それも今はすっかり抜け落ちていた。
ソフィーの前ということもある。
しゃんとしないといけないという意識が働いた。
「あの、こっちがこの集落の代表者である大魔女です」
「君のお母さんだね」
「そうです」
(……あれ?)
即答したあとで、そのことを魔王に伝えていたのか疑問に思った。
(あと、『お母さん』っていっても養母なんだけど……まあ、でもそれはわざわざ言及しなくてもいいかな?)
「大魔女、魔王様が後々のことも考慮して、魔女でも作れる斑紋死病の特効薬を考えてくれるんだって」
「まあ、それは本当ですか!?」
魔界は『ええ』とにこやかに頷く。
「だから、まずは今作ってる薬を魔王様に見せてほしいの」
「こちらですっ」
ソフィーは魔王を調剤室の中へと案内した。
「あっ、この部屋……」
魔王は調剤室を見回した。
(何か感じるところがあるのかな? 何といっても魔王様だから)
鍋の火は消えていたが、先ほどまで点いていたのだろう。鍋からはほわほわの湯気が立ち昇っていた。
魔王が鍋に近づきそうになって、イーダは慌てて止めた。
「待ってください。強烈ににおうかもしれません!」
「まだ大丈夫だと思います。まだ中盤というとこりですから。これが完成間際になると悪臭になりますが」
ソフィーの説明を聞いた魔王は、鍋の前まで進み、手で湯気をあおいだ。
「なるほどね。胃腸を整える薬草に、発汗作用のある薬草、それと免疫力を高める……木の子?」
ぶつぶつ独りごちながら、鍋から木べらをすくい上げた。
「効果を高めるために、魔法をかけながら煮詰めてるのか……」
魔王は振り返って苦笑いした。
「これ、万能薬みたいなものだよね。しかも作るのが大変じゃない?」
イーダは口を尖らせた。
「そうなんですけど、斑紋死病を退治する薬を作ろうとすると、内臓器官までズタズタに破壊してしまうから……」
「そっちの薬の材料は?」
「大きな声では言えないんですけど、毒性のある蜘蛛と蟻と、あとは痛みで苦しまないように昏睡させる草花も少々……」
魔王は『ぶっ』と噴き出した。
「それ、毒薬でしょ」
「だ、だけど、毒を以て毒を制すしかないんです。斑紋死病はそれだけ症状が重いんです」
「感染者の息の根まで止まるよね?」
「……はい。だから魔王様に頼るまでは、万能薬で凌ぐしかなかったんです」
「あー、なるほど。笑ってごめん。で、それも鍋で煮詰めて作るの?」
「ひたすら体に優しいように作る万能薬と違って、そっちは作るとしたら練って丸薬にします。熱に弱い毒もあるし」
「それならそれほど時間はかからずに作れる?」
「飲んだ人の心肺が停止しますけど、はい」
「ぷはっ。だけど、その丸薬が確実に病気だけを攻撃するようにすればいいわけだ。それと弱った体を回復させる効果も付与して……」
「簡単にいいますけど!」
「だって、僕には簡単だから」
「あっ」
(そうだった、この人は魔王なんだった)
「ただ魔女でも使える魔法のみで作らないといけないから……うーん、まずはその丸薬を作ってみてくれる?」
イーダは、後ろで話を聞いていたソフィーを振り返った。
「大魔女、どう?」
「もちろんいいに決まってるじゃない。まずは材料を揃えないとね。でも、今作ってる薬はほかにも用途があることだし、とりあえず完成させちゃうわ。だから貴方に薬草の保管庫まで必要な材料を取りに行くのは頼んでもいい? 虫の採集はラーシュに頼むことにするわ」
「ラーシュ?」
魔王が首を傾げた。
「大魔女の使い魔のことです。私たち魔女よりよっぽど採集が上手なんですよ。私たちだって、瓶に餌になるようなものを入れておいてから、さらに魔法使っておびき寄せてるはずなんですけどね」
イーダが説明している間に、ソフィーは使い魔を呼び寄せた。
「来た、来た。あれがラーシュです」
イーダが指さすと、魔王はそのカラスに顔を近づけまじまじと見た。
カラスは魔王に一礼した。
「あっ、そっか。国王陛下から魔王様への依頼はラーシュが仲介したんですしたね」
「そうだけど……お母さんの友人がラーシュって名前だって、確か言ってたね」
「へへっ、この子のことです」
「ああ、なるほどねー。繋がったよ」
魔王は頷きながら、なおもラーシュのことを見ていた。
(使い魔が珍しいのかな? ひょっとして魔王様も使い魔がほしいとか? でも、魔王様の傍にはいつも侍従長のラーシュさんがいるから、使い魔は必要ないと思うけどなー)
ソフィーから採集用の瓶を首にかけられると、ラーシュはもう一礼して飛び立った。
イーダは魔王を手招きをした。
「魔王様も一緒に保管庫に行きませんか? ついでに集落を案内します」
「あっ、行く行く」
外に出ると、子どもたちが大ばばに飛行訓練をしてもらっているところだった。
「へえ、君もあんなふうに魔法を練習したの?」
3歳になる末の妹は、10センチ浮いただけでも怖がって泣いている。
「そうですよ。私も最初は怖かったです」
「魔王城は疾走してたのに」
「あー、あのときが今までで1番怖かったです」
魔王とイーダはクスクス笑った。
続いてふたりはシリエの横を通り過ぎた。
シリエは魔法を使って空中に洗濯物を広げ、シワを伸ばしてから干していた。
もうしばらく歩いていると、保管庫に到着した。
イーダはドアにかけられた魔法を解呪して、魔王を招き入れた。
出入口のある壁を除いて、残りの3面は床から天井まで棚になっている。
さらに部屋の中も、出入口に向かって縦方向に棚が等間隔で並んでいる。
「あっ、ドアは閉めさせてもらいますね。保管庫は、気温と湿度の管理をおこなってるんです」
イーダが後ろ手でドアを閉めると、保管庫の中はたちまち薄暗くなった。
それでも慣れているからか、イーダはズカズカと入っていく。
「ええっと、確かこの辺に……あった、あった!」
イーダは中央に近い棚の最上段を見上げていた。
魔王が、イーダに触れるか触れないかの距離まで近づいた。
「手が届かないだろ? 僕が取るよ」
「私魔女なんで、これくらいは取れますよ」
イーダは呪文を呟き、薬草の入った瓶を浮かせて手元に引き寄せると、『ふふん』と得意気に魔王を見上げた。
「残念、いいとこ見せたかったのにな」
魔王様が大げさに肩をすくめた。
「ところで、その瓶の中身よく見せて?」
「いいですよ。はい」
上半身を捩じって魔法に瓶を手渡した。
そのとき魔王と視線が交わった。
その瞳に捕らえられて、イーダの心臓は大きく跳ねた。




