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18. 特効薬②

 ラーシュの言った通りにあっさりと事が運んでしまい、イーダは驚いていた。


(どうしてかまでは分からないけど、魔王様は『一緒に人間界に行きたい』って私の口から願わせたいんだ。ラーシュさんの教えてくれたことは本当だった!)


 そう思ったとき、イーダは反射的にラーシュに視線を向けた。

 それに気づいたラーシュは、コクコクと小刻みに頷いた。


(これは素直に提案に乗っかれってことね)


 けれど、何ひとつ疑っていない魔王から『魔王城に帰ってきたら、今度こそ君の本当の名を教えてね』と優しく微笑まれて、イーダは罪悪感で窒息しそうになった。


(でも、罪悪感だけじゃない…… )


 胸が苦しくなる理由は、もうひとつあった。


(自分でも簡単すぎるし、どうかと思うんだけど……)


 魔女の集落はもちろん魔女しか住んでいないとはいえ、普段から町にも出かける。

 町娘と変らない服装をして歩いていると、器量のいいイーダはナンパされる機会も多い。

 イーダが魔女だと知っていて、それでもなお口説いてくる者だっている。魔女は修道女ではないから、恋愛するもしないも自由だから、別におかしな話でもない。

 これまでに、一般の人と結婚して集落を出ていった先輩魔女だって何人もいる。


 にも拘らず、イーダは交際経験が皆無だった。

 決して男の人を毛嫌いしているつもりも、避けているつもりもない。

 デート中に見つめ合っているカップルを見かければ、微笑ましいなとも思う。

 ただ、あんなふうに唯一の誰かを見つめる自分を想像できなかった。


(きっと私に恋愛は関係ないってことなんだ)


 そう納得していたし、生涯魔女の集落で暮らすことを疑ったこともなかった。


(そんな私が花嫁衣裳に袖を通しちゃうなんて!)


 もっとも、魔王を騙し通して結婚できるはずがないと思っていたけれど。

 禍々しい姿をしているに違いないと想像していた。


(それなのにとんでもない美形で! それで私のことを心配そうに見て……と思ったら、自分に角があることにオロオロし出して……)


 イーダは、自分と同じように魔王が緊張していたことや、自分との婚姻に胸を躍らせていたことに気がついていた。

 そのことには驚きを通り越して、感動すら覚えてしまった。

 その直後に怒らせてしまったけれど。


(本気で怒った魔王様は怖かったー!)


 それでもすぐに機嫌を直してくれて、ふたりで夜空を飛ぶのは楽しかった。


(あんなのデートじゃないの……それで優しく触れられて真剣に見つめられたから、私のほうも魔王様から目が離せなくなっちゃって……それで息を止められて……あー、あー、もう!)


 そうしたら恋に落ちても当然だ。

 仕方がないではないか。


(あー、でも違うかも……?)


 口づけされたから恋に落ちたのではないと思う。あのときにはすでに魔王様に恋をしていた。

 その前だ。

 なら、いつだったのだろう……


(ひと目惚れだった? それともその直後のギャップにやられた?)


 自分の気持ちなのに分からない。

 分かるのは、今感じている胸の痛みだけだ。

 自分はこれから魔王を裏切る。そして魔王は第一王女殿下と結婚する──


(だけど、魔王様に恋をしてまだ2日目じゃないの。たった2日間だけの恋なんて、麻疹のようになんてなりようがない。ひき始めで治ってしまう風邪みたいなものでしょ。元の生活に戻ればすぐに忘れちゃうはず……)


 イーダは自分に言い聞かせ、それから魔王に願った。


「魔王様、私と一緒に人間界に行って、国王陛下の願いを叶えてください」


 知らず、『私と一緒に』の箇所だけ力が入った。



 転移した先は集落の入口前だった。

 帰ってきてみせると意気込んだはずの場所にあっさり立っていたことがおかしくて、イーダはクスっと笑ってしまった。


「えっ、何がおかしいの?」


「何でもないです。時間が惜しいんで、さっそく魔王様に私の家族を紹介させてください」


「君の家族は、王宮ではなくてここにいるの?」


 イーダは自分の素上についてまだ語っていなかった。


(魔王様は私が魔女だってことは知ってるのに、王宮に住んでると思ってたのかな? まあ、王宮から魔界に召喚されたんだから、そう勘違いもするよね)


「祖母と母と姉妹がたくさんいますよ。全員魔女です!」


「それはすごいね!」


 魔王様が驚いたのがおかしくて、イーダは『ふふっ』と笑った。


(みんなは今も薬を作り続けてるのかな?)


 イーダは集落の中へと入った。


「えっ、どうして!?」


 声のしたほうに視線をやると、イーダの母のひとりであるシリエが、持っていた洗濯かごを落としたところだった。

 洗濯かごと山盛りになっていた洗濯物は地面で鈍く跳ねた。


 シリエは振り返って空気を振動させ、集落中に声を轟かせた。


「みんな来てちょうだい! 奇跡よ、奇跡が起きたわ!」


 魔王は『魔法をそういう使い方するんだ』と感心したように呟いた。


 シリエはイーダに向かって駆けてきて、イーダのことをありったけの力で抱き締めた。


「二度と会えないんじゃないかと……!」


 イーダの髪がシリエの涙で濡れた。


 シリエの声を聞いた魔女たちが続々と建物から出てきた。


「本当に!?」


「幻じゃなくて?」


「生きてた!」


 魔王はイーダの耳元に口を寄せると、こそっとイーダに尋ねた。


「……それって、まさか僕に殺されると思ってたんじゃないよね?」


 イーダは噴き出してしまった。

 そこでやっと魔女たちは魔王のほうに目を向けた。

 まるで今までそこにいることに気づかなかったように、ぎょっとしている。


「あの……そちらはどなた?」


「その頭は……!」


 イーダを除く全員が魔王の角を凝視した。


「角が生えてる!」


「えっ、ヤバい!」


 みんなして顔面蒼白になった。


「家族が失礼で、ごめんなさい」


 居た堪れなくなったイーダは魔王に謝った。

 他人の身体的特徴について言及するのはいけないことだとイーダに教えたのは、ここにいる魔女たちのはずなのに。


「いや、こういうのも最近慣れてきた気がするから」


 魔王はそう言って苦笑いした。


「あら? 優しそう……」


「それに美丈夫……」


 イーダは堪らなくなった。


「姉さんたち、いい加減にして! それより大魔女は?」


「薬作ってる。貴方が連れ去られてからは、抗議の意味もあって無茶な量を作るのはやめたんだけどね。それでも、やっぱり苦しんでる王都の人たちのことは放っておけないじゃない? だから、普通に働いて作れる分だけは作り続けてるのよ」


「だったら、ちょうどいい。魔王様、魔女が作ってる薬を確認してもらえますか?」


 イーダの『魔王』という言葉に、また場が凍り付いた。


「やだっ、私さっき変なこと言っちゃった……」


 しかし魔王は笑顔で返した。


「いやー、『美丈夫』って褒め言葉ですよね? うれしかったですよ」


 姉さんたち……どころか、ばばたちも含めて、魔女は一網打尽で心を奪われてしまった。


「きゃー、いい男!」


「魔王様って、笑顔が素敵じゃないの」


 イーダは魔王の腕を引っ張った。


「こっちです。一緒に来てください!」


 イーダの真っ赤な怒り顔に、魔王は笑いが止まらない様子だった。



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