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17. 特効薬①

 魔王はベッドの上で身悶えていた。


(やってしまった……『そういうのは追々でいいんじゃないかな?』って言っておいて、その日のうちにって……!)


 あのとき、彼女をどれだけ見つめても同じ熱量で見つめ返してくるから、まず心が動いて──

 それから身体も動いてしまった。


 星空マジックもあったのかもしれない。

 いや、あったのかもではない。あったに違いない。

 でなければ、あんな大胆な行動にでられたはずがなかった。


(それにしたって、『対価をもらおうかな』って……対価でもらうものじゃないだろうが! あれはもっと神聖なもので……)


 魔王は恥ずかしくなって、枕に顔を埋めた。

 しかし視界が真っ暗になると逆効果だった。くだんの場面が映像となって脳内で鮮やかに映し出された。


(だけど言い訳させてもらうと、あのとき王女だって僕のことをすんなりと受け入れたんだよ!)


 そう、彼女がほんの少しでも嫌がる素ぶりを見せていれば思いとどまったはずだ。


(だったら、これから毎日だって何か小さなお願いを叶えてあげて、その対価としてあの唇を……って、ああ、僕は何考えてるんだ! いつも対価に破廉恥なことを要求する最低野郎だと勘違いされでもしたら……)


 こんなことではいかん! と魔王はかぶりを振った。


(はっ、今こそ禁呪である時間戻しをおこなうときか!?)


 魔王の中で、『そんなわけないだろ!』と突っ込む声と、『それにあれはなかったことにしたくない……』とこっそり訴える声が上がり、その案は棄却となった。


 魔王はなけなしの理性を総動員した。

 王女も素直に応じてくれたことと最高のシチュエーションだったことを鑑みると、このあとさえ失敗しなければ、まだ取り返しがつくだろう。


(だって直後の王女はぼうっとしてただけで、嫌悪感や不快感みたいなものは感じてなかった。これは断言できる……)


 次に取るべき行動は明白だった。

 特効薬を作って安心させてやることだ。

 それと名前を偽ったことも蒸し返さない! これは絶対だ。


(頼れる男だというところを示せば、彼女のほうから進んで名前を教えてくれる気になるかもしれない)


 婚姻の儀式はそれからでいいし、毎日小さなお願いを叶えるのだって……と、油断するとすぐに思考がそっちに戻る。これがいけないのに。


(危ない、危ない。この先ずっと一緒にいられるんだ。今はとにかく焦らないでいこう、うん)


 計画はまとまった。

 あとは明日に備えて睡眠はきちんと取るのみだ。


(寝不足だと判断力が鈍って、またうっかり心のままに行動する……なんて失敗を犯しかねないからな)


 しかし、目を閉じると王女と箒に乗っていたときの高揚感が蘇ってきて、一向に眠れそうになかった。

 魔王は自らに魔法をかけて、朝まで強制的に眠ることにした──



 ぐっすり眠ったせいか、フワフワと浮きっぱなしだった気分は、翌朝になるとそれなりに落ち着いてくれていた。

 それでも、気を抜くと顔の筋肉はすぐに緩んでしまう。

 魔王は意識して顔を引き締めた。


(今日は何としてもいいところを見せる!)


「侍従長!」


「おはようございます」


 廊下で待機していた侍従長はすぐにやってきた。


「今日は忙しくなると思う。王女は起床しているか?」


「はい。どうやら昨夜は睡眠が浅かったようです。特効薬のことが気になってのことかもしれませんね」


(しまった! 慣れないベッドだったしなー。王女にも僕と同じ魔法をかけてあげるべきだった……)


 こんなことでは頼れる男には到底なれないし、彼女の心も掴めない。


(しっかりしなければ!)


「今日中に王女の憂慮は取り除く」


「ぜひともそうなさってください」


 侍従長はやたら機嫌よく答えた。

 魔王は居心地の悪さを感じた。

 侍従長が昨夜の出来事(つまり対価と称して王女に口付けしたこと……)を知るはずがないのに、余計なことまで見透かされている気がしたのだ。


(でも、これはきっとあれだ。後ろめたい気持ちがあるから、疑心暗鬼になるやつだ)


「あー、まずはその疫病とマルスドッテル王国の状況について王女から話を聞きたい。応接間に呼んでくれるか?」


「かしこまりました」


 王女を呼びに行く侍従長の足取りは軽い。

 侍従長は当初、王女を花嫁にすることにいい顔をしていなかったはずだ。

 それなのに、今ではどうだ。

 いざ会ってみたら好印象をもったに違いない。

 侍従長がどう思おうが関係ないのだが、歓迎してもらえるほうが望ましい。


(あとは肝心の王女の気持ちだ) 


 魔王は口を引き結んで、王女を待った。


「おはようございます……」


 侍従長が事前に用意していたのだろう。

 王女は昨日とは一変して、黒いドレスを着て現れた。


(どちらもいいが、黒のほうが王女に似合うと思うし、もっとはっきりいうと僕は好きだなー)


 侍従長から聞いていた通り寝不足なのか、心なしか顔色が白い。

 しかし魔王をチラッと見た途端、その頬だけ赤みが差した。


(ひょっとして、僕のことを意識してる?)


 せっかく引き締めた心がふわっと浮上し始めて、慌てて引っ張って沈めた。

 魔王はさも落ち着き払った振りをして、差し向かいに座らせた王女から聞き取りをおこなった。斑紋死病の症状やそれが流行っているという王都の状況、それから魔女が薬を作っていることも──


「ふーん。となると、今回、僕が特効薬を作って感染者を治したところで、数十年後にはまた大流行する可能性が十分あり得るってことだよね」


「そういうことになると思います」


「なら、今回だけ解決してもって気がするなー」


「そんな……!」


「あっ、そういう意味じゃないんだ」


 魔王は王女を安心させるために微笑みかけた。


「僕がその斑紋死病の特効薬を作るのは簡単なんだけど、魔女が作れるようになればもっといいんじゃない?」


 王女は目を見張った。


「どう?」


「それは最高です!」


 王女から笑顔を引き出せた魔王はニンマリした。


「なら、そうしよう。そのために一緒に人間界に行こうか」


「『一緒に』って、魔王様と私とでってことですか?」


 王女が隅に控えている侍従長に視線をやった気がして引っかかった。


「何か問題ある? 王宮はいいとしても、魔女の集落に僕ひとりで行くっていうのはね。怖がらせたくないし、一緒に行ってくれたほうが話がしやすくていいな」


「行きます、一緒に! それで、そのあとは具体的にどうすればいいんですか?」


 王女は前傾姿勢になって答えた。


「最初に魔女の集落に行って、今魔女が作ってるっていう薬を確認させてもらいたいんだ。僕はそれを参考にして、魔女でも作れる特効薬を考えるよ。それから王都中に配れる量の特効薬を作って、王宮に納品してこよう。どう?」


「ばっちりだと思います。ああ、魔王様には感謝してもしきれません」


「じゃあ、僕にこう言ってくれる? 『一緒に人間界に行って、国王の願いを叶えてほしい』って」


「あっ、そうしたら対価が必要になるんじゃ……」


「これはもらうつもりないよ。国王からの願いに付随してることだから。でも、魔王城に帰ってきたら、今度こそ君の本当の名を教えてね」


 王女はうつむいて、小声で『はい』と返事をした。

 嘘の名前を告げたことを恥じているのかもしれない。


(人間界を再訪問できて、なおかつ王女の心もつかめて……ああ、顔がニヤける!)


 王女が魔王のセリフを復唱している間、魔王はさり気なさを装って手で口元を隠した。



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