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16. 身代わりの花嫁⑤

 侍従長が魔王城に帰ってきてからほどなくして、魔王とイーダも戻ってきた。

 第一王女そっくりの色だったはずのイーダの髪は本来の色に戻っていた。

 イーダが第一王女ではないと魔王が知ったことが確定したと思っていいだろう。あのプラチナブロンドこそ王族の象徴なのだから。


(おや? それにしてもおかしいですね……)


 先ほど人間界ではキャッキャと箒で飛び回っていたはずだ。

 それなのに、目の前にいるふたりは無言でどうもぎこちない。


「お帰りなさいませ。追いかけっこをされて喉が渇いていませんか? お茶でもご用意しましょう」


「僕はいいから、王女にだけ頼む。近日中に彼女のために侍女を選定してほしいが、今日のところは侍従長が彼女を部屋まで案内して、お茶も出してあげてくれ」


「かしこまりました。では、お部屋までご案内します」


「あっ、でも……」


 イーダが狼狽えながら、魔王をちろっと見上げた。


「今日はもう遅いから、明日……そう、明日にしよう! 大丈夫、特効薬を作る約束は忘れてない!」


(おお? いい感じに話が進んでいるではないですか!)


「明日……ですね?」


「ダメかな?」


「だ、大丈夫です! きっと1日くらいなら!」


 イーダは胸に手を当て、ほっと息を吐いた。

 しかし、やはりふたりは挙動不審だ。


(箒のふたり乗りしておいて、よそよそしいですね。けれど、魔王様は怒っているわけではないし、喧嘩をしているふうでもない……)


「何かありましたか?」


「えっ!? 何もない! 何もないよね?」


「ないです、ないです!」


 妙な雰囲気のくせに、息だけは合っている。


「それならいいですが……ところで、寝室はまだ別々でよろしいですか? 急なことで準備が……」


 こう尋ねたのは、魔王なら『いや、同室で』と押し切ることなど不可能なのが分かっているからだ。

 本当のところは花嫁の部屋を用意したときに、夫婦の寝室も作ってしまっていた。

 けれど、イーダを帰すとソフィーと約束した。帰すならばむろん傷ものになどさせられない。


(この一線だけは何があろうと固守しなければいけません)


 けれど、魔王は寝室問題など微塵も頭になかったようで、虚をつかれたように『えっ』と固まって、首から顔まで順々に赤くした。

 イーダもついでに赤くなった。やはり息がぴったりだ。


(奥手な魔王様には杞憂でしたか……)


 魔族なら年齢も性別も関係なく、いくらでもお手付きできる立場なのに、それを全くしてこなかった方だ。

 強引に花嫁にすると決めた娘を、召喚した初日に……などと要らぬ心配だった。


「あのう、それでよろしいですよね?」


「あ、ああ、もちろん」


 魔王は振り返りもせずに『じゃあ』と手だけ上げて、足早に引き上げていった。

 右手と右足が同時に出ていたことには気がつかないふりをした。


 侍従長は魔王を見送ったあとで、イーダに向き直った。


「それでは、魔女様もこちらへどうぞ」


 イーダは『えっ』と驚いた。

 侍従長はにっこり微笑んだ。


「魔王城の中を箒で飛ぶのはお止めくださいね」


「あっ、あの残像のひとつにラーシュさんもいたんですね」


「残像とは……?」


「な、何でもないです。とにかく、だからラーシュさんも私が魔女って知ってるんですね」


 侍従長は、それ以前から知っていることは黙っておくことにした。

 代わりに『はははっ』と軽く笑ってこう言った。


「何なら魔王城の全員に知れ渡りましたよ」


 イーダは『ひゃー』と恥ずかしそうに小さく叫んだ。


「ごめんなさい。あのときは慌ててしまって……」


 イーダを部屋に通したところで、侍従長は本題に入ることにした。


「それで、魔女様はどうして第一王女の替え玉をされていたのですか?」


「あれ? 儀式の間は防音なんじゃ……でも、聞こえてたんですね」


 これも聞こえたわけではない。元々イーダの素性を知っていただけだ。

 侍従長の淹れたお茶を飲みながら、イーダは事の経緯を語った──


(可哀そうに。それなら、ますます元の世界に帰してあげなければいけませんね)


 ソフィーだけでなく、イーダのためにもそうしようではないか。

 考えてもみれば、ソフィーが侍従長にとって娘のような存在ならば、イーダは孫娘のような存在ということになる。


「ところで、先ほどまで魔女様と魔王様は人間界にお出かけのご様子でしたが、あれはどうやったのですか?」


「どうやった……あれは、魔王様の口車に乗せられたんです。魔王様に『魔王様と空を飛びたい』ってお願いしたような形になっちゃいまして」


「魔王様にお願いを……?」


(なるほど。魔王様は人間の願いを叶えるという名目でなら、人間界に転移することが可能なんですね)


 魔女に召喚してもらう以外にも、もうひとつ人間界に行く方法があったということだ。もっとも、それは魔王にしか使えない方法なのだが。


「確認なのですが、まだ婚姻の儀式は完了していないのですよね?」


「はい。私がその……名前を偽ったので中断となりました」


(婚姻の契約を結んだあとではどうなるか分かりませんが、まだ結んでいないのなら……)


「魔女様、元の世界に戻りたければ、これから私の言うことをよーく聞いてください」


「えっ? 元の世界に戻るって?」


 唐突な提案にイーダは戸惑いを見せた。


「魔王様は貴方に、魔王様と共に人間界へ行くことをもう1度願わせるはずです。どうぞそれに乗っかってください。ですが、そのあと魔界にはどうにかして魔王様ひとりで帰らせてください。『人間界でやりたいことがあるから、あとで迎えにきてほしい』とでも言えばよいでしょう。以降、魔女様から魔王様に呼びかけなければ、それで終わります」


「それだけ……でいいんですか……? それだけで終わり?」


 イーダは信じられないようだった。

 まさか魔王の移動範囲に制約があるなどと、想像もできないのだろう。


「はい、それだけです」


「だけど、そんなことをしたら疫病は?」


「もちろん魔王様に特効薬を作ってもらってから実行してください」


「そんなズルいことをしちゃっていいんですか?」


「魔王様の特効薬で完治したのち、第一王女に嫁ぎ直してもらいます。それで万事解決ですよ」


 イーダはまだどこか信じられないようだ。

 『はあ』と曖昧な返事をした。


「誤りは正せばよいのです」


「誤り……」


(どうも反応が薄いですね。もっと喜んでほしかった気がしますが……)


 けれど、イーダが元の生活に戻ったあとでソフィーに召喚してもらう機会はいずれ訪れるだろう。そのときにはイーダの笑顔も見られるはずだ。


(それまで楽しみに取っておきましょう)



第3章が終了しました。

次回から第4章スタートです。よろしくお願いいたします。

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