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22. 王宮①

 これが円卓会議というものだろう。ドーナツ型をしているテーブルの外周に沿って、椅子が並んでいる。

 会議メンバーは内側を向いて座っていた。

 メンバーの中には国王もいた。


 イーダはちょうどドーナツの穴にあたる部分に転移していた。もちろん魔王も一緒だ。

 一瞬にして全員の視界に入ってしまう場所だった。


「な……」


 そのとき国王はテーブルに両肘をついて手を組み、その上に顎を載せていたが、ふたりの登場に上半身をのけ反らせて驚いていた。

 魔王は、イーダの目線が向けられた人物に気づくと、自身の目線もそれに揃えた。

 周囲からは、椅子がガタガタッと鳴る音が聞こえた。


「だ、誰だ!?」


「近衛兵、捕らえろ!」


 魔王が不愉快そうに笑うのが耳元で聞こえ、イーダの背筋はゾクッとした。

 血が通っていないような冷ややかな笑い。


(こんな魔王様、私は知らない……)


 イーダが名前を偽って婚姻の儀式を中断させたときにも怒ってはいたが、あのときとは温度がまるで違う。


「依頼された特効薬を届けに来たというのに、とんでもない歓迎だな」


 剣を構えた親衛隊を横目で見た魔王は、ひと言だけ呟いた。

 すると、剣身がドロドロに溶けて床に垂れ落ちた。


「うわっ!」


 親衛隊は握っていた柄を放り捨てた。


(これって魔王様がやったの?)


 魔王は涼しい顔で、もうひと言呟いた。

 すると親衛隊はひとり残らず膝を屈した。


「う、動けない……」


「この力は?」


 魔王は国王に視線を戻した。

 国王は愕然とした表情を浮かべていた。


「あっ、ま、まさか……」


 唇が小刻みに震えている。


「どうも。この度ご依頼をいただきました魔王です」


 魔王は今さら無駄だろうに、人畜無害そうな笑顔で名乗った。


(この場面でその笑顔は逆に恐怖だと思うんだけど……)


 それでも、イーダに限ればそれは見知った笑顔で、ほっとしている自分がいることに気づいた。


「特効薬を持ってきました」


 魔王は国王の眼前に瓶を突き出した。


「僕は作り方を教えただけで、実際にはこの国にお住いの魔女の皆さんに作ってもらいました」


 国王は真っ青な顔で、魔王ではなくイーダのほうを見た。


「魔王様は、私が魔女であることをご存知です。隠しておくのは無理でした。でも、魔王様は今回だけでなく今後のことまで考慮して、斑紋死病の特効薬の作り方を考えてくれて、ノールブルク領の魔女に作り方も指導してくれました。ですから、これからはご依頼を頂戴すれば、魔女がいつでも特効薬を作れます!」


 イーダは、自分たち魔女がいかに有益であるかを強調して話した。


(だから、このあと当初の要求通りに第一王女殿下が嫁ぐように求められても、どうか魔女の集落を焼き払おうなんて思わないで!)


 必死になって訴えたイーダは、自分の顔が上気してくるのを感じた。


「まあ、まあ、そんなに焦らないで」


 魔王がイーダの肩に軽く手を置いた。


「まずは特効薬の効果を確かめてもらわないと」


「あっ、そうでした!」


「魔女の君にはこの薬の効果がわかるんだろうけどね」


 魔王はイーダに微笑んだあとで、国王に言った。


「感染者に飲ませてください。ひと粒飲んで半日もすれば斑紋は消えますよ」


「あっ、だったら王女殿下に飲んでもらえばいいと思います!」


 イーダのその言葉に国王は狼狽えた。


「いや、王女に治験のようなことをさせるのは適切ではないというか……ああっ、決して疑っているわけではないのです。気を悪くしないでいただきたい。ただ、立場上……」


(そっか……本来の花嫁であるオリーヴィア王女殿下が早く治ったほうがいいと思って、余計な口出ししちゃった)


「ごめんなさい」


「いいえ、魔女殿はよかれと思って提案してくださったことですから。ですが、そういうことで人選はこちらにお任せいただきたい」


「構いませんよ」


 恐縮しているイーダに代わって、魔王が返事をしてくれた。


「ではさっそく感染者に飲ませます。もしよろしければ、今日のところは時間も遅いことですし、王宮に滞在されませんか?」


 国王の提案に、魔王はぱっと顔を輝かせた。


「晩餐の用意もさせましょう」


 さらなる提案に、魔王は期待した目でイーダを見た。


「魔王城にだって帰ろうと思えばすぐ帰れるんだけど、王宮に泊まってみたいなー」


「魔王様は王宮に興味があるんですか?」


「王宮だけじゃなくて、人間界なら何でも興味あるよ」


 イーダはクスっと笑ってしまった。


(魔王様にこんな目でお願いされたら断れっこない。それに私も王宮のごちそうを食べてみたいし……)


「じゃあ、そうさせてもらいましょうか」


 魔王様は、『うん、うん』と何度も頷いた。



 晩餐の準備が整うまでの間、王宮内のパプリックエリアを見学させてもらうことにした。

 魔王は歴代の国王の肖像画や、建国の歴史を物語る壁画を眺めながら感心しきりだった。


「僕だけ楽しんでてごめんね?」


「いえ、私も楽しいですよ」


 本心だった。


「本当に? でも、さっきから僕のことばかり見てるよね?」


「そ、それは!」


(だって、魔王様があんまりにもいい顔してるから目が離せなくて……って、そんなこと魔王様に説明できなーい!)


 イーダは顔を赤くした。


「まあ、王宮は見慣れてるんだろうからなー」


 魔女の集落から無理やり連行されてきたときには、このエリアには来ていない。

 だから見慣れるどころか初見なのだが、イーダはそういうことにしておいた。


「魔王城ももうちょっと飾り気があったほうがいいかなー。どう思う?」


「どうでしょう……でも、お庭があるといいかもしれません」


 イーダは見学した中では庭園が最も印象に残っていた。

 すると魔王は口を尖らせた。


「屋内庭園でいいならできるんだけど……」


「屋内庭園、」


 『いいじゃないですか』と言いかけて、イーダはそれを飲みこんだ。


(二度と魔王城へ行くことのない私からは、これ以上は言わないほうがいい)


 イーダは曖昧に微笑んで、それきり黙っておくことにした。



  国王も含めた会議出席者との、少しも打ち解けることのない重苦しい雰囲気の晩餐後、魔王とイーダは部屋へ案内された。


「本日はこちらの部屋をお使いください」


(魔王様と同室?)


 王宮の人たちは、イーダを魔王の花嫁として差し出した。そしてそのイーダが、魔王と一緒に王宮を訪ねてきたのだ。


(ひょっとして夫婦と認識されてる?)


 そうかもしれない。


(だけど、同室って……)


「わー、凝った部屋だね」


 魔王は部屋を隅々まで見て回った。

 けれどイーダの目は部屋の4分の1を占めているであろう大きなベッドに釘付けされた。


(ベッドがひとつしかないけど?)


 魔王は王国側のお願いをきいて特効薬を作ってくれた。

 なら、今度はイーダが魔王のお願いをきくターンのはずだ。


(えっ、私は今夜実質的に花嫁になっちゃうわけ?)


「ねえ?」


 魔王がイーダの顔を覗き込んだ。


「わっ、あっ、は、はい!」


 イーダは後ろに足を引きながら上擦った声で返事をした。


「期待してるところ悪いけど、まだ婚姻の儀も済んでないのに、そういうことをするつもりはないからね」


「き、期待なんてっ」


 魔王は『はははっ』と大笑いした。

 イーダも『もう!』と怒ってみせたものの、すぐに『ふふふっ』と笑ってしまった。


「大きいベッドだから、ふたつに割ろう」


 そう言うと、魔王は巨大な刃で割ったみたいにベッドを真っ二つにしてしまった。

 イーダは『ひいっ』と小さく悲鳴を上げた。


「何てことを……」


「朝になったら、元に戻すから平気だよ」


 魔王は何でもないことのようにそう言うと、ベッドの間に距離を取った。


「魔王様の魔法は規格外すぎて、今日は驚きの連続です……」


「僕と結婚したら、魔法で叶うことは何でも僕にお願いしてくれていいからね」


 魔王が優しく未来の話をするから、イーダは泣いてしまいたかった。



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