12. 身代わりの花嫁①
イーダは馬車が停まったのを体で感じた。
扉を閉めていた南京錠が乱暴に開けられた。
「降りろ」
乗り心地が最悪な馬車に長時間座りっぱなしだったイーダは、即座に立ち上がることができなかった。
確かめるように、ゆっくりと脚に力を入れた。
「さっさとしろ。この期に及んで拒否するつもりなら、今からでも魔女の集落を焼き払うことはできるんだ」
このまま馬車で籠城するわけにもいかない。
どれほど悔しくても逆らえないのだ。
一方で馬車に揺られている間に、絶望するのにもすっかり飽きてしまっていた。
(そもそもこの人たちは私にお願いする立場じゃないの? 私がしくじって、魔王をダマそうとしてたことがバレたら、魔王はどう考えたって怒るでしょ? そうなったときに、私が『無理やり身代わりにさせられた』って全部白状したらどうなると?)
その場面を妄想してみた。
(魔王のところへは大人しく行く。でも、生命を奪われるときには、王宮も巻き込んでやるんだから……)
イーダは格子をつかんで立ち上がり、檻車から出た。
そこは王宮の裏側だろうと思われた。
日陰になっていて空気が冷たい。
ひっそりとしている入口から、王宮の中へ入らされた。
イーダは兵たちに囲まれて廊下を進んだ。
そうしてある部屋まで連れてこられた。
その部屋にはメイドらしき女たちがいた。
「これが例の魔女です。あとはよろしく頼みます」
『例の』とは、“王女の身代わりの”という意味だろう。
男たちはメイドにイーダを引き渡すと、今来た廊下を戻っていた。
最も年齢の高そうなメイドが、品定めをするようにイーダを見た。
「こちらにお座りください」
威張り散らしてイーダをここまで連れてきた男とは違って口調こそ丁寧だったけれど、侮蔑する視線はまるで同じだ。
乱暴に髪を引っ張られ、髪をひとつにくくられた。
「痛っ!」
しかしメイドたちは誰も何も言わなかった。
そうして、イーダの顔に化粧を施しはじめた。
(『髪を縛ります』とか『化粧をしていきます』とか、ひと言くらい言ってくれたっていいのに……)
イーダに対しては、その程度の気遣いすら不要ということらしい。
イーダが不満を表示するために大袈裟にため息をついたとき、ひとつに束ねられた髪をぐいっと引っ張られた。
「だから、いちいち痛いんですけど!」
ザクッ……
嫌な音とともに、頭皮を引っ張る力が一気に緩んだ。
床に髪の束がバサッと落ちた。
何をされたのかは一目瞭然だった。
それを見下ろすと同時に、涙がポタポタッと落ちた。
これでは、いよいよ罪人だ。檻車で運ばれただけでは飽き足らず、斬首刑にでもされるというのか。
「ウィッグから地毛が見えるといけませんので」
メイドのひとりが冷たく言い放ちながら、ハサミでさらにジョキジョキ切っていく。
そうしてウィッグネットをかぶせられた。
「化粧をしていますので、泣かれては困ります」
(このメイドの家族や知り合いに、魔女が作った斑紋死病の薬で助かった人はいないの?)
イーダは喚き散らしたい気分になった。
けれど、イーダは支度を済ませて魔王の元へ行かなければならない。
そうしなければ、集落に火矢が放たれてしまう。
髪を切られようとも、このメイドたちに第一王女に似せてもらうしかないのだ。
イーダは風魔法を使って涙を乾かした。
メイドたちが一瞬ひるんだ。
「魔王に第一王女殿下ではないと、せめてひと目でバレることのないようにお願いしますね」
「え、ええ……」
それ以後はメイドたちの態度が丁寧になったので、少しだけ溜飲が下がった。
「お着替えをお願いいたします」
立ち上がったイーダは、手伝われながら婚礼衣装に着替えた。
最後にプラチナブロンドのウィッグをつけられたら、魔王の花嫁の出来上がりだった。
「今の私は、第一王女殿下に似ていますか?」
「…………」
メイドたちは互いを見合っている。
(何なの? この雰囲気は!)
「どうなんですか!?」
イーダはイライラして声を荒げた。
(こっちだって、私自身と集落のみんな、それと王都民の命だって懸かってるんだから!)
ようやく最年長のメイドが口を開いた。
「……王女殿下を見知っている私どもは、もちろん別人だと分かります。ですが、王女殿下を絵姿でしか知らない者なら見抜けないでしょう。正直、仕上がりに驚いています」
「ならいいです。こんなやり方は不本意にもほどがありますが、私だって斑紋死病を何とかしたいとは思っていますので。せいぜい頑張ってきます」
イーダがそう吐き捨てると、メイドたちははっとしたように目を見開き、それからイーダに向かってようやく申し訳なさそうな視線を向けてきた。
「それでは、謁見の間へご案内します」
しかし、謁見の間にいたのは国王ではなく、イーダを魔女の集落から王宮まで連れてきた男たちだった。
(できることなら、二度と顔を見たくなかったのに……)
「はっ、多少は見られるようになったではないか。魔王の前でボロがでないように気を付けるんだな」
「そうですね。国王陛下が身代わりを立てたことを魔王が知れば、国王陛下や王国もどうなるか分かりませんしね」
イーダは言い返した。
「なっ! 脅す気か?」
「事実を言ったまでです。それに、散々脅してきたのはそちらですよね?」
しれっと答えてやった。
「魔女風情がっ、」
「やめないか。何を言い合いしているんだ」
割って入ってきた人物のほうに視線をやった。
言い合いをしている間に、その人は壇上に来ていたようだ。
(この人が国王陛下……?)
イーダが驚いたのは、それらしい出で立ちではあるものの、国王然とした威厳が感じられなかったからだ。
(『ノールブルク領出身』だとソフィー母さんからは聞いてたけど、確かに国王陛下っていうよりノールブルク領主とかのほうが似合いそう……)
「王女の身代わりをお願いするように命じたはずだが、脅したというのは本当なのか?」
「……申し訳ありません」
問われると、それまで威張っていた男は縮こまった。
しかしこの男が大人しくなるということは、目の前にいるのが国王で間違いはないのだろう。
集落の魔女たちが疲弊させられ、今まさにイーダが王女の身代わりをさせられようとしている場面──
にも拘らず、不思議なことに、イーダはこの諸悪の根源のような国王に対して怒りを覚えなかった。
(それだけこっちの男に向かった怒りが大きかったってことかもしれないけど)
「魔女殿、臣下の者が無礼を働いたようですまなかった」
国王はイーダに頭こそ下げなかったものの、謝罪の言葉を述べた。
「それでもどうにかして、魔王に斑紋死病の特効薬を作らせてほしい。これは魔女殿にしか頼めないことなのだ」
(ノールブルク領出身だからって、逆に魔女の力を過信しすぎてない?)
魔女なんて、多少魔法が使えるというだけなのだ。
魔王がどれほどの存在なのか知るよしもない。それでも、イーダより遥かに強大な力をもっているであろうことは容易に想像できる。
斑紋死病の特効薬も作れるのだから。
そんな魔王をダマせる自信は、イーダにはこれっぽっちもない。それは、いくらイーダを花嫁に仕立て上げたメイドたちも驚くほどの出来栄えだとしてもだ。
けれど、国王陛下とだってこんなふうにきちんと話ができるのだ。
(バレてしまった場合でも、魔王にも事情を話せば許してもらえるかもしれない……)
一縷の望みに賭けてみたい気がしてくる。
「やれるだけはやってみます。ただ……失敗したからといって、魔女の集落を焼き払うことだけはしないでいただきたいです」
国王陛下は慌てた。
「そんな脅しをしたとは! もちろん感謝こそすれ、罰を与えることなど考えていない。第一そのときには引き続き薬を作ってもらわなければならないのに、焼き払うなどとあり得るはずがない」
(そっか。失敗したって、今までと同じ薬を作ればいいだけの話なんだ。それだけ約束してもらえるなら……)
イーダは国王陛下を見据えた。
(考えてもみれば、指定されたのと違う対価を用意したんだから、特効薬を作ってもらえなくたって当然じゃない。しかもそれは私のせいじゃない。特効薬を作ってもらえないときには、魔王に平謝りでも何でもしてこっちの世界に帰してもらうだけはしよう。そうして私はみんなとまた薬を作る!)
「それなら私なりに精いっぱいのことをしてきます」
「よろしく頼む」
「それで、私はどうやって魔王の元まで行けば?」
「準備ができたら『我を呼べ』と手紙には書いてあったが?」
「『呼べ』?」
(何て雑な指示……どうやったら魔王なんて呼べるの?)
「第一王女が呼べば、魔王に聞こえるそうだ」
「ええっ? なら、身代わりの私では呼んでも聞こえないのでは……」
「あー……」
国王は高い天井を見上げた。
「まずはやるだけやってみてくれないか?」
「えええ……?」
(国王陛下まで雑! 魔界にいる魔王を『呼べ』って言われてもどうしたら……)
そのとき、使い魔召喚のときに現れたネズミもどきのことが不意に思い出された。
(姉さんが『魔界とかからヤバいのを召喚したんだ』とか何とかって……ということは、私が召喚するんじゃなくて召喚されるほうなんだけど、あんなふうに呼びかけてみれば魔王にも聞こえるかも……?)
とりあえず、ダメ元でやってみよう。
イーダは国王陛下の御前にも拘らず、ふざけた呪文を唱え始めた。
謁見の間にいた者たちは眉をひそめた。イーダが真剣に魔王を呼ぶつもりがないのではないかと疑ったのだ。
しかしその者たちの前から、イーダの姿は空気に溶けるように消えてしまった。
謁見の間全体が、狐につままれたかのような空気に包まれた。




