11. 対価④
(人間を王妃になんて……いくら魔族全員が家族みたいなものだからといっても、それはないでしょう……)
カラスに擬態して王宮の周りを飛んでいる今は到底できないけれど、気持ちの上ではラーシュは完全に頭を抱えていた。
それでも主君が決めたこと。
あそこまできっぱりと宣言されてしまっては、反対することは不可能だ。
(誰でもいいから結婚したいと思う者がいないのかと尋ねたときに沈黙したのは、誰かを思い浮かべていたからではなかったのですね……)
魔王のことを分かったつもりで、まだまだだったことに気づかされる。
嘆息すると、少し諦めもついた。
そもそも幼少期の魔王にせがまれるままに、人間界の話をして憧れを植え付け、立派な大樹へと育ててしまったのは自分だ。そのことを今さら悔やんだところで、どうにもならない。
(魔界に嫁いでくる花嫁のために、せめて居心地のいい部屋だけでも用意するとしますか……)
ゆっくり飛びながら窓の奥を覗いていった。
第一王女の部屋なのかどうかまでは定かでないが、若い女性が好みそうだと思われる部屋を見つけた。十分な広さがあり、家具は白で統一されている。
ラーシュは目についた木の枝に止まることにした。
(若い女性の部屋を観察するのは気が引けますが、これは仕事ですから……)
後ろめたさを感じる自分にそう言い聞かせた。
部屋の奥に、プラチナブロンドの髪とヘーゼルの瞳の華奢な女性がいるのが見えた。
まだ若い。10代後半だろうか。
顔立ちこそ可愛いものの、眉を吊り上げてキーキー声を張り上げている。よくは聞こえないが侍女に何やら文句を言っているようだ。
ラーシュは、ないはずの眉を寄せた。
(この少女がそうなんでしょうか? 感情的に怒るタイプはどうも苦手なんですよね。年齢的には魔王様の伴侶として若すぎるということもないですが、魔王様……やっぱりよしておいたほうがいいと思いますよ……)
鼻から息を吐いたとき、キーキー声が止まった。
『うん?』と部屋の様子を調べようとして、ラーシュと少女の目線がかち合った。
「あのカラスは何? 手紙をくわえてるわ! まさか伝書カラス?」
少女がバルコニーに出ようと駆け寄ってきた。
伝書カラスに間違いはないが、配達先が違う。
ラーシュは慌てて飛び立った。
(部屋の調査はもう充分でしょう。ついでに王妃候補と思しき少女も確認できたことですし、上出来です。正直なところ、知りたくなかった気はしますが、心の準備ができたと思えばいいですね……)
自分を慰めつつ、国王の元へと向かった。
国王はバルコニーから執務室に引き上げていた。
窓に背を向け書類に判を押していたが、その最中である今も、魔王から返事が来るのを今か今かと待っていたらしい。
ラーシュが窓ガラスをくちばしの先でほんの少し叩いただけで国王は振り返り、勢いよく椅子から立ち上がった。
そしてすぐに窓を開けた。
くちばしを突き出すと、国王は『ご苦労』とねぎらいのひと言をかけてから手紙を受け取った。
(偉くなったもんだな)
『ご苦労』などと、昔は言わなかった。若者らしい快活な笑顔で『ありがとう!』と言われたことを思い出す。
手紙を広げるときに眉間に現れた深いシワが、20年という歳月を感じさせた。
そして、ソフィーが経験したのとは全く違う種類であっても、サンディもまた苦労してきたであろうことも想像させられた。
手紙が開かれ魔法が発動すると、国王は顔を綻ばせたり、驚愕したり、青ざめたりした。
第一王女を嫁がせる準備ができたあとの手順は手紙に書かれているはずだ。
ラーシュの任務はこの時点で終了となる。
身体が透け始めていたが、手紙に食い入るようにしている国王も、その国王の表情を見つめている者たちもそのことに気づきはしなかった。
ラーシュは静かにその場を離れてから、完全に姿を消した。
魔界に戻った途端、ラーシュの耳に快活な声が飛び込んできた。
「国王の住まいは見てきたか?」
目がキラキラと輝いている。
「ええ、ええ。見てきましたよ」
「何だよ、その投げやりな言い方」
さっきの第一王女(推定)と国王の顔が交互に浮かんだ。
ため息がついて出た。
「第一王女らしき人物の部屋を確認できました」
魔王が目を見開いた。
「どんな部屋だった?」
「白い家具で統一されていましたよ」
「白い家具……?」
「はい、まっ白でした」
魔王とは対極なイメージの部屋だった。
「そうか……てっきり無垢材の家具に囲まれてるかと……」
侍従長は首を傾げた。
「どうしてそう思われたのでしょうか?」
「いや、気にするな。ただの勘違いだ。白でも何でもいい。とにかく王女が気に入りそうな部屋を用意しておいてくれ」
しかし、そっくりな部屋というのも趣に欠ける。
いっそのこと、魔王が勘違いしたという無垢材の家具で統一された部屋というのもいい気がしてきた。
(そうすればリラックスできて、あんなふうにキーキー喚いて怒る必要もなくなるかもしれない……)
侍従長はソフィーが若い頃に使っていた部屋を思い出す。自分が使い魔になったばかりの頃に呼ばれた部屋。
(ああ、よさそうですね)
国王……サンディに思うところがないわけではない。
ラーシュはどうしたってソフィーの側に立ってしまう。
そして迎えるのはその国王の娘……
別の人間だからと割り切れる自信はない。
それでも、国王の眉間に寄ったシワがチラついた。
それにあの王女だって、否応なしに魔界に嫁がされるのだ。
疫病の状況を鑑みると、待ったなしだ。心の準備ができるのを待ってやることもできないだろう。
(ならば、侍従長として温かく迎えなくては……)
何より魔王が王女と会えば、気が変わる可能性だって無きにしも非ずではないか。
もし王女が魔王城で捨て置かれるような状況にでもなったときには、どうにか人間界に戻してやる手立てでも考えよう。
侍従長としての方針は固まった。
※
それからは粛々と王妃を迎える準備を整えた。
あとは王妃を待つのみ……
「花嫁だ!」
魔王様が天井を見上げた。
「今からここに呼ぶぞ、いいな?」
侍従長は努めて恭しく頷いた。
魔王が呪文を唱えると、花嫁衣裳を着た少女が現れた。
その少女を見て、侍従長は心の中で叫んだ。
(何で!? 貴方は第一王女じゃないでしょうが!)
次回より第3章に入ります。
ぜひぜひお付き合いください。




