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84.『便利屋』

 今回チェスが呼ばれたのは帝国の北端に位置するモンティゴ高地で発生した事件がきっかけだ。


 モンティゴ高地は元々その風土で魔力の多い魔獣や魔物の生息地となっていた。

 帝国が現在の国境線を確定させる際、この高地が戦略上大きな問題になった。放置すれば隣国からの侵攻を許しかねない要所だからだ。

 紆余曲折を経て、この地にはびこる魔力を封じるため、当時の帝国魔法学者が装置を作った。


 それは上手く機能し、魔獣や魔物の侵攻は抑えられた。

 ところが最近になり、モンティゴ城周辺で魔獣の被害や魔物の目撃情報が多発。


 あきらかに装置の異常が理由だ。

 装置は森の奥深くにある。

 そこで帝国魔導学院の研究者を伴い幾度か調査を試みた。

 しかし、道中は並み並みならぬ危険に満ちており、挑戦は全て道半ばでとん挫した。



 そこで抜擢されたのがチェスだ。

 一番の問題は高位冒険者たちが学者を連れて森の奥深くまで行かなければならないことだ。

 当初この問題は大したことではなかった。

 ヴァレオンがいる帝国ギルドならば、『転移』でその装置がある場所まで学者を連れて行けば良い。



「さすがに結界は機能しているらしい。装置のある場所の座標は分かっているが『転移』できない」

「結界が完全にお釈迦になる前に現地にたどり着かねばならないというわけだな」

「そこから先が大事だ。結界装置を直さねばならない」

「それは、見てみないことにはわからないが」



 しかし、メイビスは別の企みがあった。

 今回の任務はS級との合同任務。

 そこでチェスの戦闘能力を推し量る算段だ。

 S級と連携できるならばこれまで以上に任務を消化していけるようになるからだ。




 ◇


 4人の高位冒険者にチェスとヴァレオンを加えたパーティは出立前に打ち合わせをかねて食事を共にした。

 皆渋ったがエメラルが強く希望した。


「食事を共にするには一種の儀式なのさ。仲間として認識することで連帯が生まれるからさ」


 だが皆食べるのは違う。

 ドワーフのガガゴルンとラシャランは酒。

 バゼードは肉。

 エメラルはパンとスープ。


 チェスはバランスよく全て頼んだ。


「君はどうしてそう普通でいられるんだ? ここにいるのは帝国内外で名の知れた冒険者の方々だぞ。ガガゴルン殿はドワーフ国では英雄だし、エメラル様は帝国軍の剣術顧問だ。ラシャラン殿は神殿で聖職に就いている。バザード殿は帝国闘技大会の代表を務めてらっしゃる」



 すっかり恐縮しているヴァレオン。

 そんな彼とは裏腹にチェスは気にした様子が無い。


「接待じゃねぇんだ。冒険者が肩書でこびへつらってどうする? それにお前も貴族だろ」

「家が男爵家なだけだよ」


 四人はチェスの態度を気にした様子はない。


「ところでチェス。君はどこで魔法を学んだんだい?」


 エメラルは何気なく聞いたのかもしれないがチェスはその答えに詰まる。


「……エルルク魔導学院だ」



 チェスは指輪を見せた。



「あの『十傑』のねぇ……それが私にそっくりの美人の師匠かい?」

「師匠は剣の師だ。魔法は教わっていない」

「てめぇ、さっきエルフの技使ってたろ? 『打振』だったか。それはそのエルフに教わったんじゃねぇのか?」

「あ、ああどうだったかな?」


(あれは『打振』というのか)


 あまり質問に答えるとボロがでてしまう。

 チェスの最大の秘密は前世の記憶があることだ。

 それが判明すれば『反魂魔法』の実験が成功したと知られかねない。



「そもそも、本当の学者ですか? ヒューマンせいぜい20歳そこそこです? 半端な知識であの結界装置治せないはず」

「まぁおれにどうこうできるかは見てみないとわからないが、どうなっているか帝国の学者に説明することぐらいはできるからな」

「じゃが、魔法的機能の喪失なら付与魔術の分野じゃろがい。経年劣化なら錬金術の知識もいるだろがい」


 その点、チェスは専門分野だ。


「大丈夫だ。錬金術もわかる」

「も? ってことは付与魔術もわかるんだ? ふぅん、すごいね」

「うさん臭ぇなおい」

「嘘ですか? 騙すの良くないです」


 チェスはめんどくさいと思いながらも卓の酒を『錬金分解』して水分を飛ばした。

 それをガガゴルンに出す。


「ぬ、酒が強くなったぞ!」

「ふふふ! 君はすごいな!」

「彼は『便利屋』ですから」

「おい、変な呼び方をするなよ」


 それは言いえて妙であった。

 帝国ギルドの一部では実際、それがチェスの二つ名となりつつあった。



「おもしろい呼び名じゃないか」

「彼は今回技術者として参加しますが、実はあのラベル討伐に一役買っているのです」

「何?」


 酒が回ったのか、緊張のせいか、ヴァレオンは口が回った。


「一役買ったとは正しくないですね。ぼくらが彼を便利屋と呼ぶのにはわけがあるのです」

「おい、おれの話はいいだろう。それより、みんなのことを教えてくれ」


 チェスはこれ以上は良くないと話題を逸らした。


「どうして君はそう秘密主義なんだ? さっきの騒動だって、君がいつまでもD級に居座っているから起きたことだぞ」

「階級が上がって手に入る金と名誉よりも拘束時間や世間の煩わしい注目の方を避けたいという気持ちがある。おれがお前らの誘いに乗って帝国ギルドの仕事を受けたのは情報と便利な脚があるという話だったからだ。おれは長期間家を留守にできん」



 チェスの剣幕にヴァレオンが沈黙した。

 チェスを失うのは避けたい。



「それより、おれの方こそ聞きたい。これだけの面子が揃って、なぜ時間がかかった? 学者たちが足手まといというのは分かるが、対策の打ちようがないとは思えん」

「おい、失礼だろ」

「構わないさ。大事なことだよ。確かに今回の任務ははかどっていないね。そもそも帝国国内の冒険者が大事な帝国魔導学院の研究者たちを死なせてしまって、メイビスがこのメンバーをそろえたのだけどね」

「そうだったのか」

「極力戦闘は避けたさ。でも、森の奥に行くほど敵は強力になっていく。おそらく魔力の濃い場所を封じたことで、その中では独特の食物連鎖と生態系の変化が起きたんだろうね。あそこは魔窟だよ」

「それだけじぇねぇ。おれの鼻が利かんし、迷宮のように方向感覚が狂う。結界が侵入者を阻んでいるせいだ」

「わしらは約三分の一程度しか進めて居らんわい。迷宮と同じく、道を開拓するには時間がかかるぞい」



 チェスは不思議に思った。



「なぁ、安全な道筋なり、行き方の情報は集めないのか?」



 チェスの問いに答える者はいなかった。



「だから、古すぎて何の情報も……」

「それは帝国魔導学院の学者の言い分か?」

「そうだけど?」

「この城は調べたのか?」

「……なんでこの城?」


 チェスは席を立ちあがった。やや怒りに満ちて声を上げた。


「探せ!! この城に結界装置の情報が絶対にあるぞ!!」


 チェスは確信を持って断言した。

 全員食事の手を止めてただ唖然としていた。



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