82.アンタッチャブル
帝国ギルド本部。
その上層階は高難易度クエストを取り扱う。
受付できるのはB級以上。
チェスは受付カウンター前にあるラウンジでヴァレオンを待っていると声を掛けられた。
「君、その認識票はD級だな。ここはB級以上専用のカウンターだ。下に降りなさい」
「そのB級冒険者と待ち合わせをしているんだが」
「そんなすぐばれるような嘘をついて……降格にするぞ!」
カウンターを見ると、知っている職員がいない。
なら自分を知らなくても仕方が無い。
チェスは面倒だと思いながらも大人しく従うことにした。
「悪いがB級のヴァレオンか、ウルトン、サザンが来たら下で待っていると伝えてくれないか?」
「ああ、本当に着たらな。一生待ってろ!!」
追い出されるように階下に向かう。
上とは打って変わって混雑している。
大都市の市場のようだ。
チェスはウロウロと不慣れな場所で座れる場所を探している。
(ちっ……あまり階段付近から離れても分かりにくいか……ま、サザンが『思念伝達』してくるよな)
適当な場所が見つからないので、いっそのこと一階フロアを色々見て回ることにした。
よくよく見ると、帝国ギルドには多種多様な種族が入り乱れている。
(獣人も多いな……)
最近本気でワチの帝国移住を検討している。
長年住んでいるし、愛嬌もあるのでフテナの住人にはかわいがられている。だが結局のところ人口に倍する冒険者がやってくるため、普通に生きるだけでもリスクが大きい。
ここでは獣人が一つのパーティに一人はいる。
パーティ全て獣人の場合もある。
獣人を見ていたら、相手に気が付かれた。
目を逸らす。
(あまりじろじろ見るものではないか)
続いてクエストボードを確認する。
大都市だけあって窃盗犯の確保依頼が多い。
遠隔地への移動の護衛なんかも豊富で、条件も様々だ。薬草の納品依頼もある。
(今度受けてみるか)
薬草採取依頼を受ければ薬草の種類や群生地の生態、他の冒険者の力量なども比較、洞察できる。
ふと、チェスの背後を誰かが通った。
「ごめんよ」
「ああ」
キョロキョロと周囲を観察していたチェスはさぞかしからかい甲斐があったのだろう。
いわゆる「新人いびり」だ。
(帝都ともなると強烈だな)
背後を通過した猫背の男はチェスからべアリウスのナイフを掏り盗った。
周囲から嘲笑が聞こえ、視線を感じる。
この結末はその他大勢がわかっていたことなのだ。
皆チェスの反応を見ている。悪趣味なことだ。
「待て」
チェスが声を出す。
盗んだ相手は当然止まらない。普段なら。
「なっ……」
雑踏に紛れようとしたが、男の脚は地面に張り付いて離れない。
付与魔術『吸着』だ。
いつもとは違う。
周囲は笑うのをやめた。
「忘れ物だ」
チェスは革袋を掲げる。
男は「あっ」と声を漏らした。それは男の財布だったのだ。
チェスの前世は盗賊。
冒険者のいたずらごとき、児戯に等しい。
チェスなら盗んだことは気付かせない。
チェスのもう片方の手には抜身の紅いナイフ。
「あれ!?」
再び猫背の男が驚き、慌てて自分の手に在るものを確認する。
鞘だけだ。
盗み取られた瞬間、鞘から抜いていたのだ。
「やるな……ほらよ」
男が鞘を投げた。中空で鞘にナイフを納め、腰に差した。
チェスは財布を投げない。
「おい、返せよ」
「これに懲りたらもうやるなよ。これは勉強代だ。間抜け」
立ち去ろうとすると別の冒険者が立ちふさがった。
眼と眉の距離が近い、いかにも危なそうな顔をした男だ。
「持ち逃げする気か? この盗人が。奇妙な{天授技能があるみたいだが、帝都で仕事したかったら大人しく金を返せ」
「お前の許可などいらん」
「そうかよ」
男がにやりと笑う。
そして叫んだ。
「職員さ~ん!! ここに盗人がいますよ!!」
「そうだ、こいつに財布と掏られた!!」
「即チクりかよ」
(こいつら、恥ずかしいとは思わないのか?)
騒ぎを聞きつけてすぐに職員がやってきた。
先ほど上でチェスを追い返した男だ。
(これは良くないな)
何せ経緯はどうであれチェスの手には猫背男の財布がしっかり握られている。一部始終を見ていた周囲の冒険者たちはよそ者のチェスよりこの不愉快な二人の味方をするはずだ。
「ざまぁみろ。これでお前はお終いだ」
勝ち誇る冒険者。
「何をしている!!」
職員はチェスを通り過ぎ、猫背と眉近冒険者の方へ向かった。
「騒ぎを起こしたのはお前たちか!」
(あれ?)
身構えていたチェスは首を傾げた。
「い、いや!! ちげぇよ!! そのよそ者が、そいつの財布を盗んだんだ!!」
「はっ、どうせお前たちが焚きつけたのだろう!?」
「他の奴らに聞けよ!」
納得がいかない様子の冒険者。
「余計なトラブルは起こさないでくれよ。チェス」
そこに黒い甲冑の男が現れ、周囲が騒然とする。
「あ、あなたは……B級のヴァレオンさん……なんで?」
「何か問題かな?」
潮目が完全に変わったことがわかった。
それぐらい、笑い声やはやし立てる声でうるさかったラウンジがそこだけ静かになったのだ。
「ヴァレオン、お前さては有名か?」
「チェス、忘れているかもしれないけどこれでもぼくはB級の『転移』持ちだよ?」
彼らにとって高位冒険者、それもグランドマスターが選りすぐったポーターであり、ラベル討伐に貢献した彼は憧憬の的なのである。
「ひ、卑怯だぞ!! 高位冒険者の連れなら何してもいいのかよ!!」
「被害者面するな。仕掛けたのはお前らだ」
「ちょっと来てもらおうか」
「……ぐ、決闘だ!! おれと勝負しやがれ!! 腰ぎんちゃく!!」
冒険者は分が悪いと察し、決闘を申し出た。
冒険者同士の争いにはギルドは口を出さないのが定石。
もめ事の解決方法として効力が高い方法が決闘。
これは正しい方を決める方法ではない。
強い者を残すこと。それがギルドの運営として正しいという考え方だ。
「ふ……あははは!! 決闘かい? いいんじゃないかな、なぁ、チェス!!」
ヴァレオンは思わず笑い出した。
「よくねぇよ。おれは殺し屋じゃねぇんだ」
「な、なめやがって!! てめぇはおれがぶっ殺す!!」
眉近の実力は察しがついている。
どうでもいい情報だが『解析鑑定』ですでに戦力は把握済みだ。
決闘は命がけ。
あちらは怒り心頭だが、チェスは殺すほど怒っているわけではない。乗る気がしなかった。
「その前に、断っておくよ」
ヴァレオンが口をはさんだ。
相手を憐れんでいた。初めから一階にいる冒険者でチェスに勝てる者などいないことは分かり切っていた。
チェス本人が認めないだけで、その実力は単に戦闘能力だけでもB級以上だと知っている。付与魔法を使えばその能力の価値はS級に匹敵するだろう。
それを認めていないのはおそらくチェスだけだ。
「彼はチェス。あの『テイジンの切裂き魔』ラベル討伐に大いに貢献した男だ」
ヴァレオンのカミングアウトに周囲がどよめく。
ラベルの悪逆非道は今や冒険者で知らぬ者はいない。
そのラベルを討った者たちの中にヴァレオンがいた。その彼が貢献したと紹介した男。
その情報は下位冒険者に知りようも無かったとくダネ。その場で口々に伝播していく。それがまた冒険者を集めた。
「彼はぼくより強いけど、決闘するのかい?」
猫背と眉近は人垣をかき分けて逃げ出した。
笑いが起こる。
注目の的にされて居心地の悪いチェスは苛立たし気にヴァレオンをにらむ。
「怖いな。そう睨むなよ……秘密主義の君の方にも原因はあるだろ? これで同じ問題は起きない。そうですよね?」
問われた職員は頭を下げた。
「あのメイビス様が直々に指名依頼を出している方とは知らず、先ほどは失礼な態度を取ってしまい、真に申し訳ございませんでした!!」
「やめてくれ。特別扱いは必要ない」
「なんと謙虚な……」
職員が感動してチェスを見つめる。
居心地の悪さを感じ、チェスはヴァレオンを再びにらむ。
「怖いな、分かったから睨むなよ。連れて行くよ……全く、ぼくには遠慮が無いんだよな」
チェスは逃げるように『転移』でその場を離脱した。




