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80.聖遺物


 学者たちに迫られて困ったメイビスはヴァレオンにチェスを呼ばせた。

 学者と聞いてチェスは再び帝都ギルドに舞い戻った。



「くだらないな」

「なんだとぉ!! お前、人の気持ち考えろよ。思いやりとかないわけ!?」



 チェスに怒り心頭なのは帝国冒険者ギルドのグランドマスターメイビス。


 執務室が揺れるほどの怒号が響いたが、チェスの心には響かない。




「その辺に脱ぎ散らかしていたくせに今更恥じらうな」

「うるさいっ!! いいから、何とか誤魔化せ!! 学者が研究なんて言い出したら、いよいよ私は生体香木だ」

「ひゃははは!!」

「お前は笑うな!! お前が原因なんだぞ!! 一生着せて剥いでを繰り返されたらどうしてくれる!!」

「ったく。おれは任務を終わらせる方法を教えただけだってのに。まぁいい」



 チェスとしても必要な情報がある。

 聖法術『浄化』の聖遺物。

 帝国の魔導学院ならば情報があるかもしれない。



「あぁ、ちなみに魔力の残滓をにおわせるだけだから、別に脱ぎ捨てた衣類じゃなくても効果はあるぞ」

「……ん?」

「髪や爪だな」

「早く言えぃ!!!」



 チェスは執務室を追われるように退出した。



 客間にいる学者たちには職員が案内した。



(さて、ここからが骨だな)


 シルヴィのことを悟らせずに聖遺物の情報へと近づく。普通に聞いても冒険者には教えてくれないだろう。


「情報が欲しいなら金を払え」


 チェスはシンプルに金を要求した。

 到底支払えないであろう大金を吹っ掛けた。

 学者たちが慌てると、情報との交換を持ち掛けた。

 不信そうだった学者に【赤霧の神隠し】解決の方法を説明すると、一応の信用を得た。

 彼らの関心はチェスがその情報をどこで入手したかだ。

 そのままチェスは聖遺物の研究者の元へと案内され、馬車で帝都魔導学院へと連れていかれた。



 帝都魔導学院はエルルク魔導学院と同じく広大な敷地に建てられていた。



「聖遺物の研究学問は存在する。だが、一朝一夕で学べるものではないのですぞ」

「わかっている」



 学者たちはチェスをうぬぼれた異国の冒険者としか思っていなかった。



「本当に紹介すれば良いでしょうな?」

「ああ」



 疑り深い学者たちが何度も確認する。研究者を紹介したところで研究成果を明かすとは限らない。そんな条件でワイバーンの撃退法が分かるなら、ほとんど無条件と同じだ。



 ちらほらと学生らしき若者たちが出入りする本棟とは別に、人気のない石の廊下をしばらく直進し、突き当りの扉の前で全体の歩みが止まった。



「ここが聖遺物の研究室だ」



 扉を開ける。



「失礼致します、老師」

「おや、何かな?」



 部屋に居たのは白い髭を蓄えた老人。



「こちらの冒険者が老師の研究に関心があるとのことです」

「ほう? それで?」

「ええ、実は彼はワイバーンを戦わず撃退する画期的な方法を知っているらしく、老師を紹介すればその方法を明かすと」

「……なるほど、悪い人たちだ。ぼくの研究を山車に使ったのだね」



 老人の眼がギラリと光る。

 核心を突かれ学者たちがたじろいだ。


「で、ですが、これは重要な情報です。これで多くの人命が救われるかもれないのですぞ?」

「そうだね。ならその方法、ぼくが聞こう」

「え、いや……」

「ん? ぼくにこそ知る権利があると思うけどね? 違うの?」

「い、いえ……」

「ありがとね。じゃあ、君たちは帰っていいよ」



 手柄を逃した学者たちは歯噛みしながらも大人しく部屋を出ていった。



「全く、都合の大義を振りかざせば楽をしてもいいと勘違いしているんだろうね」

「ああ、世の中そんなに甘くない」

「君もね、聖遺物研究はそんなに簡単じゃないし、そう簡単に教えることもできないよ。ワイバーンの撃退法も、広めるべきではない。安易な情報拡散で正しく伝わった試しはないのだ」


 チェスは感心した。


(学者というのは大儀や正義を都合よく曲解して、自分の功名心を満たそうとする。だがこの人は違う)


 チェスは腕輪を引き抜いて、老師に見せた。



「ん? これは……」

「おれが作った、魔力回復リングだ」

「作った?」


 老師はリングを観察した。



「遺跡で出土した古代遺物(アーティファクト)ではないのか?」

「いや」


 老師は鑑定した。

 それは古代遺物級ではなく聖遺物級の代物だ。


「これを作ったというのか?」

「信じられないなら別にいい。おれはただ聖遺物の情報が欲しいだけだ」

「……これほどの魔道具をつくるということは素人ではないのだろう。しかし、なぜ?」


 チェスは経緯を説明した。

 老師は首を振った。



「聖遺物を作ることは大きなリスクがあるのは理解しているか?」

「リスク?」

「神が人に与えし恩恵、奇跡。それらが公平や平等というお題目を並べ安易に道具にされれば、だれがありがたがる? 貴族が金を払うだけだ。金で揃えられる恩恵などあってはならない」



 老師の言葉にチェスは反論できなかった。



 現在の魔法学の衰退、魔導師の水準の停滞は進歩の先にある落とし穴に嵌ったことを示している。人は力を手にした瞬間、愚かになる。徒党を組みさらに愚かさは加速し、やがて滅びへと進む。そうして古代の文明は滅んだのだろう。



「老師。あなたの言うことはもっともだ。反論しようも無い」

「すまんな、力になれなくて」



 チェスは笑顔で部屋を出た。



「言い忘れていた」



 戻ってきた。



「なにかの?」

「呪いを受けた人はまだ18歳だ。今後何年生きるか分からないが、きっと一生あなたを恨むだろう。でも仕方ないよな」

「嫌な捨て台詞を吐くな!! さっさと出ていけ!!」



 チェスは今度こそ出ていった。



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