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78.犠牲の上に成り立つ平穏

 


 ベンゼン伯領カルカヤックは連峰の麓に広がる平野。

 そこに唯一ある城塞都市は、ワイバーンの襲撃に悩まされていた。


 名立たる冒険者たちがその数の暴力と制空権を振りかざす執拗な波状攻撃に苦しめられ、消耗しきっていた。



 そこに希望が差し込んだ。



 帝都ギルド本部から送られてきた書状と一箱の荷物。

 彼らはわずかな希望にすがり、その書状の指示に従った。



 すると、どうしたことか。



 ワイバーンは最初こそ都市の周囲を旋回し様子見を続けたが、ついには仲間割れをして殺し合い、最後には連峰へと飛び去って行った。



 都市は歓声に包まれた。



 都市を預かる総督と騎士たちはこの奇跡をもたらしたアイテムを『庇護の聖布』と呼んだ。



 ワイバーンが飛び去った後も、『庇護の聖布』は外壁の上に掲げられ続けた。




 ◇


 片付いた執務室にヴァレオンが訪れた。



「グランドマスター、どうやらやったみたいです」

「なんでだよ」

「効果が認められたようです」

「だからなんでだよ!」



 メイビスは憤慨する。



「まさかいきなり服を根こそぎ奪われるなんて」

「着ていた服まで寄こせって言ってましたものね」



 チェスはメイビスの服をカルカヤック市に送らせた。

 竜人族であるメイビスのにおいでワイバーンを撃退するためだ。



「竜種の中で群れるワイバーンは個体の強さに対して過敏に反応する。嗅覚で魔力の残滓を嗅ぎ取り、強者を察知すると決して近づかない。これは竜種の中で劣等種であるがゆえに、他のドラゴンに近づかないための生存本能。それは竜人族のグランドマスターのにおいでも例外ではない……彼の読みは当たりました」

「当たって無かったら許さないぞ!!? そうじゃなかったら、アイツただの変態だからな!!」



「でも、あんな方法でワイバーンを撃退できてしまうとは。なぜ広まってないんだろう?」

「広まってたまるかぁ!! 一生身ぐるみはがされ続けるし、竜人族だからって恥ずかしいとか普通にあるからねぇ!!?」

「ええ、ええ、わかりますとも。でもそれをなんでチェスは知っていたんだろう」



 チェスには前世の格闘士仲間に竜人族がいた。彼が自分の衣類を売買していた。

 強い竜人族のにおいは他の竜種を遠ざける効果があると、知られていたからだ。

 だが、やはりこの方法は竜人族にとってはあまり好ましい方法ではない。誇りある竜人族が常に上着から肌着まで狙われるのは気持ちのいいことではなかったからだ。いつしかこの方法は竜人族が事あるごとに断っていき伝わらなくなった。



「どうせ、エルルク・ミントにでも聞いたんだろう」

「【赤霧】もすでに効果が出始めているようですよ。雇ってよかったじゃないですか」

「お、怒るに怒れない!!」



 メイビスは一度洗濯させて欲しいと懇願したがその願いは無情にも、あるいは非情かつ卑劣に却下された。においが無くなっては意味がないという理由で。


 おかげでカルカヤックの外壁には彼女、メイビスの平服から下着まで繕われて掲げられ、人々が祈りを捧げていた。


「普段から洗濯しておかないから」

「何か言ったかしら、ヴァル?」

「いえ、いえ」

「しかし、これからはこうはいかない。討伐任務には小細工は通用しない。戦力の穴埋めとして機能するのかお手並み拝見ね」




 そこにギルド職員が入ってきた。

 青ざめた顔をしている。


「大変です、グランドマスター!!」

「どうした?」

「帝都魔導学院の方が、今回のカルカヤック・ワイバーン撃退の方法を公開して欲しいと」

「ええ!! いやよいやよ!! 私これでも女なんだけれど!!」

「しかし、なぜ秘密にするのかと詰め寄られておりまして……」

「ひぃ……」

「何とか追い返すんだ! このままでは我が帝国グランドマスターが一部の変態愛好家の標的になってしまう!!」


 まごつく職員。

 メイビスを庇うヴァレオン。


「しかし一体何と言えば……」

「竜種の生態についてだけ伝えるか。いや、誤魔化して誤情報が伝わるのはマズい。これは命に係わる情報だ」

「ですよね。隠す理由を説明しても、結局バレますし」



 メイビスははたと立ち上がった。



「あいつだ。あいつを呼ぶのよヴァレオン……」

「グランドマスター?」

「あいつが招いた危機はあいつに解決させる!! 何としても、私の下着は死守させるのよ!!」

「分かりました!!!」




 ヴァレオンはただちにチェスを迎えに行った。


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