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77.残務処理

 そこはまるで宮殿だった。

 床石は鏡のように磨かれ、壁には黄金の装飾が並ぶ。

 天井からはガラス細工が吊り下げられ、魔導装置により光を乱反射している。

 目の前に鉄の扉。

 屈強な冒険者二人がその扉を開け放つ。


 すると、そこは地味な執務室となっていた。


「さぁ、紹介するよ。この方がこの帝国の冒険者ギルド全てを取り仕切るグランドマスター、メイビス。元SSS級冒険者にして『十傑』。『アルタミラの竜女王』だ」

「竜女王、泣いているぞ」



 見ると執務室の机に突っ伏し、メイビスは泣きじゃくっていた。

 ヴァレオンは心配そうに駆け寄る。



「ど、どうしたんですか! グランドマスター!? 今、いい感じに紹介したところなんですが!?」

「う、うう、ヴァル……アーミィスとライトラルが結婚だって……冒険者辞めるんだってぇ……!!」

「ああ……グランドマスター、あの二人はずっと恋仲だったでしょう。仕方ありませんよ」

「で~もぉ~」

「確かにあの二人が抜けるのは厳しいですが」

「寂しいぃ~!!」

「ああ、そっちですね。ところで―――」



 チェスは部屋に入るべきか迷っていた。

 扉の前にいる冒険者と顔を見合わせている。



「彼を連れて来ました」

「えぇ? ……どこ?」

「なぁ、日を改めようか?」

「いや、ちょっと待ってくれチェス」


 ヴァレオンが扉を閉め、バタバタと片づけを始めた。


「だから片付けておいてくださいとお願いしましたのに!」

「ごめん忘れてたぁ!!」


 チェスは躊躇なく部屋に足を踏み入れた。


「ああ、待ってって!」

「おれに仕事があるとか」

「ああ……」



 ヴァレオンにハンカチをもらい、涙を拭うとメイビスはチェスを見つめた。



 竜人族の眼はヒューマンとは異なる。

 眼の性能が段違いに高い。

 その眼は魔力を視認できる。


「我が名はメイビス・ドラシオン。『アルタミラの竜女王』の異名を持つ元SSS級冒険者で―――」



 それはさっき聞いたと、突っ込みたかったが初対面なので自重するチェス。



「ようこそ、帝都ギルド本部へ。はぁ、これで激務から解放されるぅ」



 机の上の書類の山が崩れた。

 部屋の隅にはいつの物か分からない食べかけのカビパン。

 脱ぎ散らかされた服。

 散乱している本や書類。



 チェスは来る場所を間違えたと後悔した。


 帝国ギルドはこなすべき任務が山積みで、パンク寸前だったのだ。



(はぁ……好条件の理由はこれか。なぜどいつもこいつもババアは部屋を片付けねぇんだ?)



「それで? おれはまず何をやればいい? 部屋の掃除か?」

「ああ、まず、これを見てくれ!」



 メイビスはぱちんと指を鳴らした。

 すると、異空間から羽のある人型の小さな獣が現れ、パタパタと飛びながらチェスに分厚いファイルを渡した。



(悪魔召喚。召喚術か……この時代では初めて見た)



 チェスはファイルを受け取り、パラパラとめくる。

 悪魔はファイルを渡すとパタパタと飛び回り掃除を始めた。


「それらは未解決案件。冒険者が失敗を繰り返したクエストだ。未踏破の迷宮や秘境の探索。道を塞ぐ魔獣や魔物の討伐。度重なる失踪の原因究明。探し求められる秘宝の捜索……等々、より困難な任務で指名させてもらうだろう」

「ふむ……これじっくり見させてくれ」

「もちろん。できそうなものがあれば、教えて欲しい。こちらは君の実力を疑っていない」




 チェスはソファに座り、ファイルを読む。



(さすが厄介そうなクエストばかりだな)



 チェスは前世の知識で解決できそうなものを探した。



【霊玉の捜索】

【赤霧の森の神隠し 原因究明】

【ベンゼン伯爵領カルカヤック ワイバーンの群れの撃退】



「一先ずこれだな」

「おお、受けてくれるのか!! 助かるよ!!」

「もう解決した」

「……え?」



 メイビスとヴァレオン達が顔を見合わせる。


「そんな報告は受けてないけれど?」

「『霊玉』は精霊や幽体などの霊的存在を物体に定着させることができるアイテムだ。大昔はゴーレムの製作や霊剣と呼ばれる武具に使用されたが……探すものじゃない。制作可能だ。これは錬金術師の領分だからな」

「……うそぉ!?」



 メイビスが目を見開く。

 その眼はチェスの体内の魔力の揺らぎを確認している。


「本当みたいだね……」

「いや、しかし、そんな情報を一体どこで?」


 もちろん、カーミラから。

 彼女が地下迷宮で作ったゴーレムにも同じく霊玉が使用されている。これが無ければ動きの模倣や自動制御はできない。


「……あれ? ねぇ、チェス。君が指にしている指輪ってもしかして……」

「ああ、忘れていた。『ミント家』の家紋だったか」


 魔法的視覚を阻害する指輪にはミント家の家紋が刻まれている。

 それに、もう一つ。

 塔の魔導師に属することを証明する指輪も。

 メイビスは落ち着きを取り戻した。



「なるほど。君はあの『魔女』とつながりがあったのね」

「グランドマスター……一体?」

「私と同じ『十傑』の一人よ。と言っても、私が駆け出し冒険者だった時にはすでに『十傑』だったから、同格ではないのだけれど」



 彼らはエルルクが情報源であり、ヴァレオン達が恐れる凄腕の助っ人の正体を勝手に勘違いした。



「あの女なら確かに、製法を知っていてもおかしくないわ。でも、それを君みたいな若者に教えるなんて……弟子? あの女に戦闘以外の知識があったのね」



 チェスは訂正できたが、自分にはどうでもいいことなのでスルーした。

 ヴァレオンは首を傾げた。


「素材さえあれば作れる。その素材も、おそらく後の二つの任務で手に入る」

「そうなの? でもこの二つはどうかしら? この赤霧の森で起きている失踪はもう三十年以上も謎とされている現象なのよ」

「『赤霧』これは魔物の出す分泌物が気化したものだ。幻覚作用があり、森に強い郷愁を感じ離れられなくなる」

「そこまでは帝国の学者も推測している。でも何度調査しても魔物は見つからなかったわ」

「魔物は、樹に擬態してるんだ。誘い出し死んだ人間を養分にしている。判別するのは至難の業だ」



 チェスはこの事例を前世で一度だけ経験した。

 農夫だった前世で、多くの死者を出し、その中には彼の家族もいた。

 原因究明が成されたのは半世紀経ってから。ある天才学士が、霧の無害化と討伐方法まで見出した。


「増えやすいキノコを森に撒く」

「それで?」

「魔物を退治できる」

「……意味が分からない」

「キノコの胞子は魔物の出す分泌物で爆発的に増える。そして擬態している魔物に寄生して養分を吸い、魔物は勝手に干からびて死ぬ。ひと月ぐらいして枯れている樹が魔物だから間引けばいい」



 二人共「そんな簡単な方法で?」という顔をしている。

 それはかつて彼も同じだった。

 だが、彼はそれを実際にやり、霧が出なくなった。森に入るとキノコに埋め尽くされた大木がいくつか見つかった。


「黒石茸がお勧めだ。食っても美味いぞ」

「やってみる価値はあるかも」

「最後にワイバーンだが」

「これはさすがに討伐しないとだめでしょう?」


「さぁどうかな」



 チェスは小悪魔がせっせと集めている洗濯物を奪い取った。



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