76.通過儀礼
チェスはできるだけ装備を整えた。
森に入るときの軽装に、持っている中で一番高価な防具を着こんだ。ブーツはあえて磨かない。
腰のベルトには見えるようにべアリウスのナイフを差す。
カーミラが貸してくれた厚めのローブを着た。
その方が冒険者らしい。
どんな格好で行くか、しばらく悩んだ。
チェスにとって、フテナ近郊以外の冒険者ギルドに行くのは初めてのことだ。
新参者というのは、えてして嫌われるもの。
要するに舐められないようにするためだ。
「大丈夫? ついていこうか?」
「いややめろ」
カーミラ達に心配されながら、ヴァレオンの『転移』で帝国にある冒険者ギルドに旅立った。
◇
ヴァレオンの『転移』先は広めの個室だった。
装備の鎧やポーションが並んでいる。おそらくは倉庫。
そこを出てチェスは「外か?」と錯覚した。
それほどに広い空間だった。
天蓋ははるか上方。全面ガラス張り。空が見える。
バルコニー沿いに受付がいくつも並び、階下には冒険者たちが蠢き、行ったり来たりしている。
「ここが……!」
「よかった。君も驚くことがあるんだな」
「ああ驚いた。なんというか、壮観だな」
ふと、階下の冒険者たちがこちらに気が付いた。
「ヴァレオンさんだ……!」
「B級『転移』持ちの……あの人が!!」
下は結構な騒ぎになっている。だがバルコニーに上がる者はいない。
「下はFからC級の受付がある。上はBからS級なんだ」
「人気者だな」
「ああ……何というか役得さ。ぼくはポーターだから、ソロでも多くの冒険者と関わる。だからだろう」
「それだけじゃないぜ」
声を掛けてきた男がいた。
「『テイジンの切裂き魔』を倒すのに貢献したお前を皆尊敬しているし、感謝しているのさ。おれも含めてな」
「光栄です。A級『両短槍』のヘヴィさんにそう言っていただけるとは」
男、ヘヴィはチェスに視線を送る。
「んでヴァル。そいつは? 見ねぇ顔だが」
ヘヴィはチェスの装備を見てただものではないと即座に見抜いた。特にべアリウスのナイフは分かりやすい。
「ええ、紹介します。チェスです。期待の大型新人ですよ」
「へぇ~」
チェスは身構えた。
だが意外なことにヘヴィは友好的な笑みで頭を下げた。
「帝都にようこそ。よろしくなチェス」
D級のよそ者が来て、何度か殴り合いになるだろうと思っていたチェスは拍子抜けというか、意外だった。
「ああ……いや、こちらこそだ」
差し出された握手を握ろうとしたとき、拳が頬をかすめた。
超接近戦で繰り出される打撃をチェスはことごとく受け流した。
「おおう、油断して置いてこれか。こりゃ確かに超大型だな!!」
「お優しい通過儀礼だな」
チェスが反撃する。
ヘヴィもまたチェスからの拳を容易く受け流していた。
だが、不意に躱したはずのチェスの拳が伸びてヘヴィの顔面にクリーンヒットした。
「そ、そこまでだ!! やめろチェス」
「落ち着けヴァレオン。別に本気じゃねぇ。あいさつだろ」
「ああ、驚いただけだ。器用な奴だなチェス」
上層階であるバルコニーに足を踏み入れるものは上位の冒険者から洗礼を受ける。
ギルドが認めても、共に戦う自分たちが最終決定するというポーズで本気ではない。
「一発もらっちまうとはな。頼もしいぜ。組むことがあったらよろしくな。つっても前衛のおれと組むのは大抵魔導師だがな」
「ああ、チェスは魔導師ですよヘヴィさん」
「えぇ!!! う、う嘘つけ! おれが魔導師に一発もらうかよ!! 拳闘士だろ!? なぁ?」
挨拶が終わり、バルコニーを歩くとすれ違う冒険者たちがチェスに視線を送り、頭を下げたり、手を挙げたり、肩をたたくなどして挨拶してきた。皆、B級以上の高位冒険者たちだ。
ヘヴィとの通過儀礼を経て、無事認められたらしい。
「すごいじゃないか。ヘヴィさんは短槍の使い手とは言え、接近戦には慣れているのに」
「黙っていやがって。何が超大型新人だ」
「照れているのかい? はは、君の活躍を見れば嘘ではないとわかるさ」
(活躍ねぇ……)
チェスは自分を卑下することもうぬぼれることもしていない。自己評価はフラットだ。
ラベルには持ちうる全ての力が通用しなかった。
効き目があったのはカーミラの『全能武装・深紅』のみ。それもチェスの評価に加わっていることを考えれば、他人の評価など当てにはならない。
事実を受け入れた。
(今のおれはソロに向いていない。優れた仲間と共に戦うことに適している)
ゼータやグレイとの地下迷宮探索。
サザンウルトンとのラベル討伐。
戦いの中でチェスはソロでいることの危うさと、仲間がいる心強さを実感していた。
「もちろん君の能力については言いふらしていないよ」
「そりゃありがたいな。だが、今後はある程度知ってもらった方がいいだろう」
「それを聞けて安心したよ。ようこそ、帝都ギルド本部へ」
二人はバルコニーの端から端へと歩き、受付を通り越して一番の奥の扉へと進んだ。




