74.来客
チェスにとって帝国の冒険者ギルドの申し出は願っても無いことだった。
フテナに留まっていると世の中の情報に疎くなってしまう。
フテナからは遠いが、ヴァレオンが『転移』で直送直帰させてくれるというのがまず魅力的だ。
しかも、ここでは受けられない高難易度の任務も斡旋してくれる。
非常に都合が良かった。
チェスは三人を歓待することにした。
「これから長い付き合いになるからな。飯でも食べて行ってくれ」
そう言われて三人は断る理由が無い。
チェスのことは信頼できるが未だに謎が多い。
まず家に入り、シルヴィやワチと初対面のサザンやウルトンは面食らう。
というより、怒りを滲ませる。
「おい、お前その子らは何だ?」
「どうした?」
《獣人の子を奴隷にしているのか?》
ワチは急に頭の中に声がして混乱する。
「ワチはチェス君の奴隷じゃないですよ~! ワチはチェス君の奥さんです~!!」
「違うだろ」
ワチの反応からウルトンらは自分たちの勘違いだと気が付いた。
「すまねぇ。帝国以外では獣人が差別されて奴隷にされていると聞いてたもんだからよぉ」
《ウルトンの奥さんは獣人だからな》
「お前、結婚してたのかよ」
「子供もいる。だから稼がねぇと大変なんだよ」
チェスは関心を持った。
(帝国では獣人差別は無いのか……なら、ワチが暮らすには帝国の方がいいのかもしれない)
「帝国の暮らしぶりとか教えてくれ。おれはフテナ付近から遠くに行ったことが無いんだ」
「お食事の準備ができております。どうぞお入りください」
三人はこじんまりした家のダイニングに通される。
「ところでチェス、あの女性は?」
「ん? ああ、ミラ婆か……いるぞ。そこ」
ヴァレオンはゾクリと気配を感じ取る。
階段の上を見上げると、隠れてじっと来客を見つめるカーミラがいた。
「降りてこい」
「はいはい」
チェスはため息をついた。
ヴァレオン達は息を飲む。
降りてきたのは銀髪の美女だった。
「え? 何奴?」
「一度会ってるだろ。忘れたのか?」
「客を呼ぶなら前もって言っておくれよ。心の準備がいるだろ」
渋々降りてきたカーミラに、三人は挨拶をするが、カーミラは眼を合わせず、挙動不審。
「……手土産は?」
「要求するな。いい話を持ってきてくれた奴らだぞ」
「あ、お酒なら持ってきたけど……どうぞ。助けていただいたお礼です」
カーミラはヴァレオンから酒を受け取ろうとする。カーミラは酒好きだ。
チェスはすかさず酒瓶を横取りする。
カーミラに飲ませると絡み酒になるから面倒だ。
カーミラが無言でチェスを見つめる。
「預かって置く」
「帝国のお酒……イジワル……」
ヴァレオン達が座る。
まず疑問を口にした。
「えっと……失礼だが、君たちはどういう関係なんだ?」
ヴァレオン達からすれば、カーミラは美しい天使族。
使用人然としたシルヴィ。料理をしているのは獣人の子供。
一介のD級冒険者の暮らしぶりではない。
「ワチはチェス君の奥さんです~」
「私はメイドでございます」
「チェス君は私が生みました」
「この中に二人嘘つきがいる」
特に隠す必要はないので、チェスが代わりに説明する。
「このこんまりしたのは居候。シルヴィさんはエルルク魔導学院の学院長からお預かりしている客分。あと、ミラ婆も居候」
チェスの説明にワチが猛抗議する。
「なら料理番」と適当にいなす。
「へぇ、そう……えっとカーミラさんは冒険者ではないんだ?」
「ああ」
まったく詳しく説明する気が無いチェス。
シルヴィが仕方なく紹介を代わる。
「こちらのカーミラ様はフテナで製薬業を営む学士様でございます。フテナ市の発展に大きく寄与し、冒険者ギルド、神殿、正教会、執政官に多大なる影響力を持つこの街一番の有力者です」
確かに、今のカーミラは大人物に見合った容姿をしている。しかし、ヴァレオン達はそれでは納得していないようだ。
彼らの関心はその強さ。
ラベルを自殺に追い込んだ力の源だ。
「もういいだろう。食おう」
チェスに説明する気はない。
食事会が始まった。
「こっちの話ばかりじゃなく、そっちの話を聞かせてくれ。あんたらパーティだったのか?」
話題を変える。
《私らはうちのグラントマスターによく組まされるってだけの腐れ縁だ》
「まぁ、相性がいいってことだなぁ。他にも何人かいるけどよ。おれらより上のランクのが」
サザンとウルトンはワチの料理が口に合ったらしく、ガツガツと食べている。
ヴァレオンは品よく自分の肉を切り分けている。
「随分品がいいな」
《ヴァルは貴族だ》
「え?」
「そのピンピカの鎧を見りゃわかるだろ? そいつはシーア帝国ユヴェンタール公国の男爵だ」
シーア帝国は複数の国から成る巨大な複合国家。皇帝はその所属国家の元首から選出される。
「いや! 家がね!! ぼくは家督を継げないから冒険者なんだ」
「ユヴェンタール……知らんな」
「小さい国だからね。でもいいところだよ。いつか遊びにおいで」
ヴァレオンが笑顔を振りまく。
冒険者ギルドや通りでやったら、何人かの女が見惚れるだろう。
「ユヴェンタール……覚えておこう」
《私らのことは『解析鑑定』してないのか?》
「してない。敵以外には使わないようにしている。不和の元だからな」
「そりゃ殊勝なことだな」
もちろん嘘だ。
家に招いてこれから仕事をする相手をよく確認せず信用するなどあり得ない。
(こいつら、おれを信用し過ぎだな。だが、能力は申し分ない)
ヴァレオンはレアスキル『転移』持ちで、応用の『瞬間移動』が使える。おまけにレベル上限が60で現在45とかなりのステータス補正。
サザンもレアスキル『思念伝達』と『思念増幅』を持ち、それを応用した『以心伝心』が使える。これで遠く離れていても会話が可能だ。
ウルトンは『魔拳』というありふれたスキルしか持っていない。レベルも30/30でカンスト済みだ。しかし、チェスたちより頭一つ分以上の大柄ながらかなり動ける。チェスの『身体強化』付与で、問題なく動けていたことからも普段から相当鍛えている証拠だ。
「チェス、食事が終わったらフテナ冒険者ギルドに連れて行ってくれ。ギルドマスターにあいさつしておきたいんだ」
「なぜだ?」
《あんたほどの冒険者を借りるなら、当然だろ》
「あとよ、うちのグランドマスターにも顔見せしてくれ」
「面倒だな」
それらのやり取りをシルヴィが嬉しそうに見ていた。
ずっと、ヤキモキさせられていた。
世の中を良く知る彼女からすれば、チェスのこの待遇は当然なのだ。




