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72.厄災級

 

 先に限界が訪れたのはサザンだった。


「ご、ごめ……」



 彼女の魔力切れのため結界が解けた。


 悪夢のような光景だ。

 ここまで必死に与えてきたダメージと疲労が回復されていく。


「よく頑張ったな。褒めてやろう……わしをここまで追い詰めた者はいなかった。特にチェス。貴様はA級並みの働きぶりだ。D級に留め置いていた冒険者ギルドは節穴ばかりじゃのう」



「一つ言っておく」



 これまでまともな会話に応じてこなかったチェス。

 明らかな時間稼ぎ。しかしラベルは応じた。



「聞いてやろう」

「お前は弱いよ」



 怒髪天を突いた。

 ラベルの眼が血走る。



「それだけの天授技能(スキル)のアドバンテージがありながら、お前がやってきたのはだまし討ち。お前は強さを求めているんじゃない。安全に生き続けてたいのさ。おれと同じだな」

「いいい、一緒にするなぁぁ!!! わしは高みへと至る真の強者であるぞぉ!!!」


 チェスの言葉は鼬の最後っ屁だ。

 ウルトンとサザンも加わった。



天授技能(スキル)がなけりゃおれたち格下にまくられちまうもんなぁ。そりゃ天授技能(スキル)大好きだろうよ」

「弱者の振りをしていたってさ、あっちがあんたの本性なんじゃないか?」



 ラベルは煽られて激怒した。

 180歳の老害の癇癪。



「無知蒙昧!! 何たる愚か! 愚か! 愚か!! 愚かぁぁ!!!」



 チェスはそんなラベルをあざ笑う。


「誰からも褒めてもらえず、認められず、かわいそうな奴だ」

「自分を正当化するのに必死だな」

「図星だからそんなに怒るんだろ」




「ふん……愚か、愚か!! ワシを理解など凡夫には不可能。貴様らはなぶり殺しにしてくれる!!」



 有言実行。一撃で殺せるはずの三人をラベルは時間を掛けていたぶることにした。



 肉を割き、骨を折り、叩きつけ、殴りつけ、蹴り、踏み、締め上げる。



 ひとしきりいたぶり、留飲を下げる。



「うぉぉ!!!」



 最後にとどめを刺そうとしたとき、ラベルは思わぬ反撃を受けた。

 満身創痍のチェスが刀を振るった。


「まだそれほどの力を残していたか」

「おれは死なん。死ぬわけにはいかない」



 ワチの顔が浮かんだ。

 シルヴィアにカーミラ。

 ゼータやグレイ。ロイズ、ガガロン、エルルク。そして、剣の師グラス。



 この一生はどの人生よりも人に恵まれた。



「大切なものがある。奪わせるものか」

「奪う権利がある。なぜならわしは貴様より強いからだ」


 チェスの渾身の『一撃』

 そこに『雷撃刃』を付与した。



 それはラベルの幾重にも張られた防御系天授技能(スキル)の前に阻まれた。


 同時に、チェスは致命傷を受けた。


「ぐはっ……!?」

「相打ち覚悟か。くだらん……興覚めだ。では、貴様の天授技能(スキル)、いただくぞ」



 ラベルは『烈風』を発動しかけた。

 その時、身体が硬直して動けなくなった。



「……なんだ?」



 それは殺気だった。

 感じたことの無い殺意。



 ラベルは振り返る。

 そこにいたのはヴァレオンともう一人。

 敵を認識し、『解析鑑定』した。



 個体名 カーミラ・アル=ハノーヴァ

 種族  吸血鬼(真祖)

 脅威度 厄災(ディザスター)

 権能『超速再生』『吸血』『飛行』『全能武装・深紅』『森羅転成・白光』『万物補食・純黒』『魔唱』『変化』『魔眼』『影移動』『擬態』

 獲得術式 『魔操術・極』『闇魔術・極』『錬成術・極』『創薬術・極』『火魔術・天』『水魔術・天』『土魔術・天』『雷魔術・天』『治癒術・天』『結界術・天』

 恩恵『人化』

 加護【聖神の慈悲】


 まるで薄暗い迷宮内を照らす誘蛾灯。

 目を逸らすことができない。


 赤い髪に赤目の美女。



 ラベル、ウルトン、サザン、ヴァレオン皆同じ反応。

 恐怖と驚嘆、あるいは感動と絶望。それらが入り交じり、ゆるやかに現実を侵食していく。



 その存在感はそれまでのラベルの非道な行い、生死を賭けた戦い、痛みや恐怖がとても矮小で些細なことかと錯覚させた。



 ラベルはただ一人、この現実を受け入れられない。



「相手にとって不足なしぃぃ!!!」



 魂の咆哮。震える身体は武者震いだと言い聞かせ、自らを鼓舞し、奮い立たせる。

 その眼には涙。

 これから起こることを、その数多の天授技能(スキル)がすでに告げている。



「―――邪魔」



 鬱陶しそうに羽虫を払うように手を揺らし、一言言い放った。


 カーミラの眼を見て、声を聴いたラベルは、ストンと憑き物が落ちたかのように激高した赤ら顔から穏やかな表情となった。人の顔がここまで変わるものかと思えるほどだ。



 強くなり続ける。高みへと至る。

 そんな言い訳、虚勢を自ら信じ込ませ、こそこそと生きてきた180年間。


 それが如何に無駄な時間であったのか、悟った。

 その後悔と絶望にこれから先苦しみ続けるより、ずっと楽な道がある。



『死』だ。



 今感じているこの恐怖も、不安も、虚しさも、寂しさも、心細さも、情けなさも全てから解放される。


 ラベルにはそれがとてつもなく、魅力的な提案に思えた。



 強烈な死への情動を押さえることは、精神的に未熟なラベルにできるはずもなかった。



『烈風』がその首を斬り飛ばした。


 飛んだ首は最後にカーミラの許しを求めた。これでいいのかと。これで許されるのかと。

 だが、カーミラはラベルに興味は無く、その視線が交わることは無かった。



『テイジンの切裂き魔』は最後に押し寄せた感情に後悔した。



(なぜ? おれはまだ生きたい! なぜ? 死にたくない! どうして、おれを見ろ。おれを見ろ。おれの人生に意味は無かったというのか……おれを見ろ……嫌だ……こんな最後、怖い怖い怖い怖い……)




 ボトリと落ちた首。

 その眼は虚ろだった。



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