63.実力認定試験
しばらくの間、チェスの日常は平穏そのものだった。
朝、カーミラとの戦闘訓練。
その後薬草採取に出かけ、新人を教育する。マイカ以外にも希望者は増えた。
一番の効果はマイカ自身がすぐに昇級したことだろう。
布教が進み、薬草採取の技術は大きく向上した。
カーミラのポーション製作が進み、以前よりも供給は増えた。
午後から鍛冶仕事をこなし、夜、エルルクへの前世報告書をまとめる。
時折、粗暴な冒険者とのいさかいは起きるが、街全体での治安はよくなっていた。
冒険者の記録を閲覧できるチェスは、眼をつけた者に注意を払い、実際に注意することもあった。
大抵は喧嘩で終わる。
一度目で派手に動いたことで、抑止につながっていた。
そんなチェスをギルドが表立って非難することは愚策。
結果として再試験の通達は、実力認定試験と言う名目で決定した。
「―――これはいわば、牽制だ」
ギルドマスターはチェスに説明した。
「お前はギルドからの情報を基に、冒険者を殺した。経緯はどうあれ、それは越権行為だ」
「あいつらは新人の寝込みを襲った。現行犯だぞ?」
「同情の余地は無いのは同意するが、奴らの犯行は未遂だ」
「なら、降格でもなんでもすればいい。なぜ再試験なんだ?」
「運が良かったな。むしろ、お前にとっては好機だ」
フテナのギルドマスターはチェスの実力をD級より高く見積もっていた。
冒険者ギルドでの多くのもめ事は、階級の上下関係で消滅する。しかし、チェスの場合持ちうる影響力が階級を上回っている。
「なぁ、チェス……以前のお前とは何か違う。一体何があった?」
「別に。やってることは変わらないだろう?」
天授技能についてはギルドにも秘密にしている。
信用していないわけではないが、リスクを上げて被害を被るのは自分だけではない。
ワチはまだ12歳。
せめてあと三年。成人までは面倒を見る。
その後は本人の意向を尊重するつもりだが、できればエルルク辺りに後見人になってもらいたい。
チェスの今はその準備のためにある。
「それでいつからだ? どれぐらいかかる?」
「ああ、今回はこの街ではない。迎えが来る」
「なに?」
◇
海底遺跡迷宮『ミノス』
古代の遺跡が海に沈み、迷宮化した。場所は海洋国家アルセンから船でひと月、魔の海域。
チェスが暮らす国からは遠く離れた、異国だ。
公正を期するため、今回の試験参加者が前情報を持たない迷宮が選ばれた。
参加者は8名。
顔見知りはいない。
様々な地域から集められた問題児にお灸を据えるのが目的だ。
各自、ポーターと呼ばれる専門職の冒険者の天授技能でこの『ミノス』まで運ばれてきた。
試験官を務めるのは13名。
C級5名、B級3名、A級1名の系9名と元冒険者の職員4名。
「これより4人ずつ二手に分かれ、三階層の迷宮ボスの討伐をまでを行ってもらう。その過程と結果を評価する。我々試験官は基本的に同行するだけで手出しはしないが、万が一の際は救助する。その際は相応の評価が下ると考えておいて欲しい」
試験官はA級一人とC級3人の班と、B級3人・C級2人に分かれた。それに職員が二名ずつ同行。
チェスはB級3名、C級2名の方へと振り分けられた。
(なるほどな。意図的に説明を省いているが、それを理解することも試験のうちか)
試験官たちのレベルからしてこの迷宮の難易度は決して低くない。そこに4人で入るということは協調性を見せ、パーティとして動けと言う意味だ。
開始と同時にそれを切り出したのはチェスではなかった。
「ちょっと待て、お前ら! このまま進む前に、話し合おうぜ!!」
カタック。チェスと同じD級の戦士でヒューマン。起こした問題はギルド職員への反抗。というより、暴行による殺人未遂である。
彼の名誉のために説明を付け加えると、半殺しにされたギルド職員は達成報酬に難癖をつけて中抜きをしていた。決して私利私欲、自己満足による犯行ではない。よって、実力認定試験という名目で再試験となった。
「なによ暑苦しいわね」
彼女はステル。ハーフエルフの魔導師でC級。
実験でギルドを半壊させたことが理由で送られてきた。不注意だとしても重い罪だ。しかし彼女の実績や能力を鑑み、再試験に留められた。
「あ、あの……これって早い者勝ちってわけじゃないですし、評価は『過程と結果』と言っていましたから、そのぉ……」
手を挙げて発言する青年。名前はクゥート。ヒューマンの弓使い。まだ新米のE級。
極度のあがり症のため、何度も任務を失敗。ギルドとしてはライセンス取り消しが妥当と判断したが、数合わせとして今回招集された。不幸体質。
「最後まで言い切りなさいよ。ったく、まどろっこしいわね」
「す、すいません! あのですね……その、えーっと」
「おい! 冒険者がなんだその弱気は!! なよなよすんなよ、男だろうが!!」
「ひぃ! すいません!!」
完全に委縮したクゥートは俯き、黙ってしまう。
チェスたちの班がまごついている間に、もう一つの班はどんどん先へ進んで見えなくなった。
ステルはまだ一言も発言していないチェスに目を向けた。
「あんたは?」
「パーティを組み、討伐。それが合理的だろう。ソロ冒険者のおれたちが出された任務を全うすることを優先し、協調できるか。当然それを試験官は見ている」
「……だな! おれもそう思ってたぜ!!」
「本当に? まぁ、いいんじゃない?」
「あ、あの、ぼくも同意します!!」
4人は試験官たちの前で打ち合わせを開始した。
「まず、この迷宮の情報について、何か知ってるか?」
「ちょっと、なんで君が仕切るのよ!」
チェスをステルが制する。
(仕切りたがり。それでソロ。性格に難ありだな……まぁ、人のこといえないか)
ランク的には上なので大人しく従った。
チェスが手で促すとステルは満足そうに口を開く。
「で、何か知ってる人!」
「いやぁ、おれは地元の小さい洞窟迷宮しかはいったことねぇな」
「ぼくもです……」
「で、君は? チェス君」
「ふむ……」
チェスも経験としては似たようなものだ。
ただし、この場所については良く知っていた。
(海上都市ミノスなんだよな、ここ……)
前世でチェスはこの都市に住んでいたことがある。
といっても、数千年前の時代、ここがまだ迷宮ではなく、高度に発達した魔導都市だった頃のことだ。
(入口は当時の魔導協会があった施設の塔のてっぺんだな。と言うことは、迷宮と化したのは魔導協会の施設。確か、ここが都市を海上に浮かべていたはず。それが何らかの原因で沈んだのだろう)
「入ったことは無いが、道筋はなんとなくわかる」
「入ったことは無いのにって……ああ、君の天授技能?」
「どんな天授技能だ?」
カタックは尋ねる。
「天授技能については秘密だ」
「なんでだよ! 互いの力を把握しておくべきだろ!!」
「ちょっと待って。私も天授技能まで話す気ないから」
「おいおい、それでパーティとして連携取れんのかよ!?」
普通冒険者は自分の天授技能を言いふらさない。
天授技能にはじゃんけんのような絶対的相性が発生する場合がある。
どんな強力な天授技能にも対応策が存在する。
つまり、天授技能の公開は弱点をさらすことと同じだ。
(だが、今回のようにパーティを組む場合、互いの戦力を把握することは必要だ。カタックの言い分もわかる)
それでもチェスは天授技能を明かすわけにはいかない。
嘘を付いてもいいが、それで行動を制限されて踏破できるかは不明だ。
「いや、生半可な情報共有をしても即席パーティのおれたちに連携するのは難しいだろう。普段ソロなわけだしな。それぞれ役割を決め、簡単な決め事だけを共有する方がいい」
もっともらしいチェスの言い分にカタックは頷いた。
「わかった! それでいいぜ! 確かに口で天授技能を説明してもあんま意味ないか」
いつまでも入り口で話し合っていてもらちが明かない。
4人はフォーメーションを決めて、中に入った。




