61.職員
二人は街の南部に広がる森へと足を踏み入れていく。
時折マイカが薬草を発見してもチェスは素通りだ。
「えっと、ありますけど採取は?」
「ただ草を集めるのが仕事じゃない。ポーションに使える状態の薬草を納品しなければ当然買い取ってもらえない。それはまだ若い」
「はい」
自然とその脚は森の奥深くへと伸びていく。
魔力が溜まるところで無ければ、回復用のポーションの原料は育たない。
「大抵の冒険者が薬草を引きちぎって雑のうに収める。だがその瞬間薬草は死ぬ。鮮度が落ちる」
「はい」
「当然、効力は落ちていく。ならどうすればいい?」
「生かして運ぶ……根の土ごと掘り返すとかですか?」
「正解だ。だから丁寧に作業する」
森の深くで一所に留まるのは恐怖だ。
常に何かに狙われている気になる。
「丁寧だな。だがいいのかマイカ、周囲を警戒し忘れているぞ」
「え?」
気が付くと小型の獣が背に迫っていた。
グリーンラクーン。
魔獣ですらないただの獣だ。
「きゃああ!! 『鉄壁』!!」
タヌキがマイカに弾かれて逃げ去っていく。
「慌て過ぎだ」
「す、すいません……」
その後、マイカはキョロキョロと落ち着きなく薬草の採取を続け、何とか規定量を確保し、藁で土ごと包んで背負った。
街に戻る頃には体力も精神力も魔力も使い果たし、ボロボロだ。
「よく頑張ったな。初日にしては上出来だ」
「あ、ありがとうございます……」
マイカには自分が満足にできた実感が何もない。自信を失っていた。
もし、安易に薬草採取を受けていたら自分は死んでいたかもしれないのだ。
「大丈夫だ」
「え?」
「マイカには才能ある」
「ど、どこがですか?」
「正しく恐怖できるところだ」
てっきり天授技能のことかと思っていた。
その天授技能も小動物相手に乱発して最後は使えなかくなっていた。
「山という戦いにくい、神経を消耗する環境をお前は恐れている。それは正しい。課題はそこにどう適応するかだ」
「……できるでしょうか?」
「安心しろ。できるまで付き合う」
「……っ! あ、ありがとうございます!!」
◇
10日が過ぎた。
マイカはてきぱきと薬草を集めていた。
時折現れる獣にももう慣れた。
彼女は装備を替えた。手甲だ。
攻撃手段は無論、殴打。
天授技能『頑強』は装備を含め、魔力で強化するためあらゆる近接戦闘と相性が良い。
また天授技能『鉄壁』は守りの天授技能だが、使い方次第で強力な攻撃となると判明した。この天授技能は魔力で増幅した自重と硬さで敵の攻撃を弾くが、攻撃の瞬間発動させることで強力な突撃を可能とする。
チェスはそれを拳に乗せるようアドバイスした。
現れたグレートウルフに対し、その技を放つマイカ。
「『鉄拳』!!」
マイカの細腕からは考えられない威力のパンチがグレートウルフの顔面を打ち抜く。
スキル『鉄壁』から派生した技『鉄拳』。
増幅した自重を体重移動で拳に乗せ、突く。
「いいぞ。『頑強』で距離を取り、『鉄拳』で確実に仕留める。それを中型魔獣相手に通用させるとは、才能だな」
「いえ、先生のおかげですよ!」
グレートウルフをソロで討伐できる腕前ならば文句なく合格である。
「本当に大変なのはこれからですもんね。今までは先生がいたから、いざってときは助けてもらえましたけど」
「そうだ。恐れて備えろ。冒険者は冒険するな」
「はい!」
三週間後。
冒険者ギルドでマイカは薬草採取資格試験合格者第一号に認定された。
「おめでとうございます、マイカさん! 新人でグレートウルフを単独討伐なんてすごいですよ!!」
「先生のおかげです。それに今回は一匹でしたけど、ちゃんと複数相手の場合を想定して対策を練らないと」
「ま、真面目ですね。でもいいことです!」
「先生の教えの賜物ですよ!」
その合格のお祝いムードが癇に障ったのか、冒険者がマイカに寄ってきた。
「よぉ、薬草採取ごときで浮かれてんのか?」
「ごとき?」
「んな金になんねぇ仕事はあの『草取り名人』にやらしとけって。あいつはあれしかできねぇんだからよ」
「君さぁ、気づけって。あいつの出世の道具にされてるんだぜ? あいつは前から有能な新人を抱き込んで自分の代わりに働かせる天才だったからな」
「え?」
「しかも最低の女たらし! 何人もの女を泣かせてる最低な奴だぜ」
マイカは何を言われているのかさっぱり不明だった。
(先生のこと? 人違いかな?)
チェスはグレートウルフの群れを単独討伐できる腕。マイカはそれを目の当たりにしてきた。
凄まじい刀捌き、複数の天授技能、魔導師並みの獲得術式―――その力は計り知れない。
「あの、私の先生はチェスさんと言って、とても強い方ですよ?」
「うわー騙されるよ!!」
「あいつが強いわけねぇって。薬草採取しかできねぇんだからな」
「とにかく他人に取り入るのが上手い奴だよあいつは……一体何すればあんな奴が」
マイカは自分の前で繰り広げられる暴言を聞いて、怒りに震えた。
「天誅!!!」
マイカは冒険者の一人を殴り飛ばした。
「あ、てめぇ」
「ちょっとかわいいからって調子に乗んなよ!」
「天誅!!」
Fランクの新人が喧嘩をすることは珍しくない。だが、Eランク冒険者数名を相手に勝利するのは異例だ。
「マイカ、よせ」
「先生!」
「一応職員として止めさせてもらう」
「ちっくしょう! 女だからって油断したぜ……」
「裸にひん剥いて土下座させてやる!!」
「どけよ!! インチキ野郎!!」
三人の輩がチェス目掛けて飛び掛かる。
「馬鹿が」
三人は吹っ飛んだ。
今度は立てない。
毎日カーミラと訓練しているチェスにとっては敵ではなかった。
(すごい、蹴りと肘と拳で全員一撃だ……)
「一応職員だから手加減はした。だが、別にこの職に固執する気はない。嫉妬で命を懸けるぐらいなら成果で見返してみろ」
誰一人言い返せなかった。
冒険者は実力がすべてだ。チェスはその実力を見せた。
「つ、強ぇ……あれ誰だよ」
「あの人、鍛冶師じゃなかったのか」
「前に絡んだ奴らは天授技能使ってたのにボコボコにされていたぞ」
「チェスに手を出すなんて馬鹿だな……この街で生きていけねぇぞ」
口々に冒険者たちが情報を交換する。
どうやらチェスはこの街の重要人物とされているらしい。それはあながち間違いではない。
薬は手に入らないかもしれないし、武器も調達できなくなる。おまけに今や執政長官のエド卿とも知り合いだ。
この一件がチェスの立場を決定づけた。
自分がすごい人の弟子になっていたことを知り、うれしくなるマイカ。
「マイカさん?」
振り返るとロイズが真剣な顔をしていた。
「あ、ロイズさん……その、師匠を馬鹿にされてつい……」
「マイカさん、一つ言っておくけど、冒険者同士の恋愛は死亡フラグだってことは肝に銘じておいて」
「は、はい?」
何のことか尋ねたかったが、肩をがっしり掴まれ睨まれたマイカは無言で首を縦に振るしかなかった。




